第八話 一門紹介会

「ふわあ……む、我が弟子よ。なぜ片付けを始めておる。せっかく七座初代大魔法使い御御亭御御が直々に出向いてやったというのに、これでは勧誘のしようがないではないか」


「やっぱり寝てたんですか」


 洋鐘が鳴り響き、午前九時ちょうどを知らせる。


 新入生で満ち満ちていた並木道はもぬけの殻、みんな入学ガイダンスを受けに大講義室へ行ってしまったらしい。他一門も撤収作業中がほとんど。


「あれだけ『この日の為に準備をしておいた』だの息巻いていたのに」


「寝てない!寝てなんかいないぞ!仮に吾輩が寝坊していたとして、何の不都合がある!まだ勧誘の機会はいくらでもあるではないか!!」


 長いまつ毛の寝ぼけまなこ、僅かに床に触れる白サンゴのような髪は寝癖が目立つ。せっかくの瀟洒なドレスの皺だらけだ。


「それに一門紹介会には間に合っている!!責められるいわれはない、なんだったら起こさない敬太郎が悪い!!」


「逆ギレも甚だしい。師匠今年でいくつなんですか、一人で起きられない年齢なんですか」


「ピチピチの二十歳だが」


「いや日本最古の魔法使い、」


「ピッチピチの二十歳だが」


「解道が流行ったのって百年以上前、」


「敬太郎」


「はい」


「黙れ」


「…………」


 今度魔法協会に老人介護手当を請求しよう。本当に出そうな気がする。


「そもそも私はこの勧誘の為の準備をしていたのではない。紹介会に向けての準備をしていたのだ」


「分かりましたって、まだ言いますか」


 入学ガイダンスが終わると一門紹介会が始まる。


 人間の世界で例えると、魔法学校は大学、一門はサークル。つまりサークル紹介の場である。


「例年通り日青日月亭の者に攻撃を依頼しましたが。準備とは一体何を?」


「ふふふ、それは時間になってからのお楽しみ。あっと驚く素敵な仕掛けが待っているぞ!」


 また変なことをするおつもりなんでしょう。小言を言ってやろうかと思ったが、太陽に透かされたラムネのビー玉のような瞳を見るとそんな気も失せてくる。


 師匠とは長い付き合いだ。どんなトンチキも受けて立つのが弟子の役目。




 巨城から隣の円形闘技場に大人数が移動していく。


 その通り道でも絶えず勧誘は行われている。しかし私と師匠はこの時間を捨て、新入生たちに混ざって闘技場へと歩いていた。


 弟子一人の一門だと分担作業ができないのが苦しいな。物欲しそうな表情をしていたのか師匠は私の頭に手をポンと置き、「案ずるな」と美麗に笑った。

 


 闘技場入口手前の大きな石門に人だかり。


 人の流れはその塊に吸い寄せられ徐々に大きく、道を塞ぐ程に成長している。


 「正之様がここにいるの!?」「誰かこの中に意中の人が……はっもしかして私!?」集まっていくのは勘違い甚だしい黄色い声援。見れば人だかりは全て女性もしくは女性と認めざるを得ない容姿の者ばかり。台風の目は茶会の一員、日青日月亭正之だった。


 色白な顔を真っ青に染め上げ、せっかくの和装をもみくちゃにされている。ほとんど胴上げだ。あっこっち見た。目尻には涙を浮かべている。


 口がぱくぱくと動いているが黄色い声が全てをかき消してしまう。

 


「日青日月の坊主は色恋に事欠かんなあ」


「全員玉の輿狙いの腹黒女ですけどね……なぜ私を見るんです」


「腹黒くない魔法使いなぞおらんよ我が弟子。そのくらいの器量は持たんと恋人なんて夢のまた夢、」


「余計なお世話です!!さ、あの色男を拾いに行きましょう」


 「誤魔化したな」腹黒い笑みを浮かべる師匠を無視して、甘ったるい匂いを放つ黄色い群衆に突撃する。


「そこをどけ!そいつの用事は私だ!!」




「あ、ありがとう。油断してた、死ぬかと思った」


 円形闘技場内部の関係者通路。ベンチに座る彼は俯いている。ペットボトルを両手で包み、その指先は震えていた。


 見るも無残な怯え切った姿に通りがかる女魔法使いは涎を垂らしては理性と戦っている。


 彼はイケメンである。それも女性と見間違えそうな中性的なイケメン。


 目元まで隠れる長い青髪から覗く、切れ長で深海のような深い青の瞳。魔法使いにしては珍しい消極的な性格。容姿と性格その両方が若い魔女の母性を掻き立て、その人気を我が物としているとか。

 


 だが正之は大の女性恐怖症だった。


 日青日月亭は血縁のみで構成される一門。


 次期当主たる彼とお近づきになれば七座に入れるだけではなく、将来の安寧も確約される。だから一門紹介会の参加や勧誘が一切必要ない。


 生まれながらにして相性最悪の流派を支えなければならない彼の心労は計り知れない。

 


「もういっそ御御亭に入らせてもらおうかな……」


「「え!?」」


 師匠の声は高く、隣を見れば口角が上がっている。あ、私もか。


「い、いやいや。日青日月亭を抜けるなんて御母堂が許さないだろ。仮に入ったとて全面戦争は免れない……いやしかし正之に覚悟があるなら御御亭は大歓迎だがね!?」


「覚悟……」


「そうだ覚悟だ」


「ない……」


「「だよね」」


 薄々返答は分かっていた。それでも『優秀な魔法使いがもしかしたらうちに来てくれるかも!?』という期待は捨てられなかった。


「それが日青日月に生まれた者の宿命。辛いとは思うが耐えなさい、世の中には好かれたくてもまるで好かれない悲しき獣もいるのだから」


「だから何故こちらを見るんです。そして誰のせいでモテないと思ってるんです!?」


「人のせいにすることなかれ悲しき獣」


 さっきから煽りよるなこのババア。私なにかしたっけ。


「どうだ坊主、仕事はできそうか。外に出れば先以上の衆人環視に晒されることになるが」


「い、いえ去年もやり遂げましたし、今年も……大丈夫です。頑張ります」


「無理はしてくれるなよ」


 師匠は艶麗に微笑み、ようやく安心できたのか僅かに頬を緩ませる。

 


 その長い白髪をかき上げ「吾輩は最終確認がある。あとは任せたぞ」と言い去り、私と正之が廊下に取り残された。



『只今よりィ、一門紹介会を開催しまァス!どの一門も負けず劣らず粒揃い!!てめェら目ん玉かっぽじってよく見とけよォ!!』



「挨拶担当間違えてないか」


 外からは紹介会開催の宣言がくぐもって聞こえる。遅れてわっと観衆が沸き立ち、間髪入れず一つ目の一門の紹介が始まった。


 七座はトリだから出番まで時間がある。魔導書かパソコン持って来れば良かったな……姿勢よく座る正之は片耳にワイヤレスイヤホン、にやけながらスマホを見ている。横向き画面には二次元の美少女キャラクターが、下部にはテキストメッセージが流れている。


 ゲームの女の子は大丈夫なのか。


 そういえば師匠と会話するのも問題なさそうだった。


「女性恐怖症の線引きは一体どこなんだ?」


「どこって言われても。俺を好きじゃない女の人は何とも思わないよ」


「でもそのキャラはプレイヤーのこと好きだろ」


「二次元キャラは危害を加えてこないでしょ」


 違いない。


「あとね敬太郎。この子は俺のことを好きとか嫌いとかそんな次元で想っちゃいないんだよ」


「おっと」


 目の色を変えた正之に防御姿勢を取った。


 彼の喋る速度は電光石火の如く、矢継ぎ早に投げられる言葉の数々はまさに魑魅魍魎。


 踏み込んだ異界はとおに私の器量を越えている。ひどく後悔し、けれど最後まで聞いてやるのが責務と耐えた。


 キャラクターへの愛情、ストーリーの味わい深さ、イベントへの力の入れ方、そもそものゲームシステム。


 事の発端たるキャラクターの設定なんぞ飛び越えて、そのソーシャルゲームについて余すことなくみっちり一時間語り尽くされた。


 私のスマホにはそのゲームが今しがたダウンロードされた。


「御御亭さーん出番でーす」


 紹介会運営の間延びしたその声はまるで天使の声に聞こえた。

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