第六話 決闘再びー①

 争いの世が終結するのと同時に師匠連中は後人育成に頭を悩ませた。


 派手な戦闘も偉大な決闘もできない中、魔法使いの噂を聞きつけ弟子候補は続々と現れる。


 ともすれば魔導書を使った座学をするほかない。現役の彼らにとって実践重視から座学重視となることは避けたかった。ぎっちぎちに縛られた固定観念などではなく、座って文字を見つめることが苦手なのだ。


 師匠たちは考えに考えを重ね、一つの結論に辿り着く。

 『阿部空市が駄目なら裏阿部空市を作ればよい』と。

 

 なぜ暴れてはならないか。


 魔女狩りで痛い目を見た上人間たちが物理的な戦争を辞め、大いに目立つようになったからである。


 つまり人間たちに存在がバレてしまうからである。


 したがって人間たちに存在がバレない亜空間を作れば、どれだけ暴れても問題はない。

 


 地元王妃の言葉を借りた無謀な答えであったが、浦々と唐紙扉戸の尽力あって鏡映しの裏世界、裏阿部空市うらあべがらは誕生した。



 ちなみに裏阿部空市は週に一度メンテナンスが入り、時間になると即刻追い出される為居住地としては適さない。

 


 さてこれで今まで通りの教え方ができるとふかふかの椅子にどっかり座っていた師匠連中はまだ問題を解決できていないことに後々気付いた。


 土地は確保できたが、多すぎる弟子候補に対し、師匠の数は変わらない。

 深刻な人手不足だ。


 裏阿部空市をせこせこ作っている間にも魔法使いの噂はどんどんと広まっていた。


 遠方へのやり取りと言えば書面だけだったのが、ラジオ、電話、テレビ、インターネット、瞬く間に人間は技術革新を行い、噂のスピードは最早彼らの想像を軽く越える。門を叩く数は膨れ上がり、マンツーマン指導は不可能だと悟った。



 志ある者を一定以上画一的に指導を行い、魔法使いとしての基盤を作れば、師匠たちの負担も減る。

 基礎の部分であれば大魔法使いでなくとも教えられる。


 こうして作られたのが魔法学校。

 居を構えるは裏阿部空市の地。

 運営は魔法協会と六碌亭。

 

 そして今日、魔法学校に在籍する優秀な学生への各亭号がアピールが解禁される。


 弟子を増やすことは御御亭に箔をつけることへに繋がり、地の底を這う御御亭のイメージ払拭にも繋がる。


 一年にたった一度のまたとない機会、これを逃せば後一年切ない思いをすることになってしまう!



 薄桃色の散り花弁が春風に乗せられる桜並木、奥には白亜の城もどきの巨城が聳える。

 橙や灰のレンガが敷き詰められる大通り。新品のローブを纏い、たまに裾を踏みぞろぞろ進行する新入生たち。

 


「度胸ある者!根性ある者!我こそは唐紙扉戸の末端を汚し、蹴落とし、染め上げ君臨したらんと野望を燃やす者!我々は熱き魔法使いを歓迎する!」


「六碌亭は誰でも歓迎!攻撃魔法、精神魔法、回復魔法、召喚魔法、製造魔法、補助魔法!各方面のスペシャリストが揃う七色の六碌亭に入りませんかー?」


「知性の宝庫、魔道を究めんとする同胞諸君、魔導書蒐集に興味はないかね。今なら『跳ねる!浦々愛蔵ソフビ』も付いてくるぞ」

 


 フライヤーを配り、試供品を配り、大声で勧誘しつつ、入門届に催眠魔法でサインをさせつつ、新入生たちからは見えない角度で他亭号の魔法使いの足を踏む。


 水面下で激化する戦いを制するのはやはり七座の亭号だった。


 御御亭以外。


「やっぱり他の亭号はすごいなあ」


 月並みな感想を抱き、チラシを通りがかる生徒に差し出してみる。


 まず受け取ってくれる数が少ない、同情して貰ってくれてもすぐ四つ折りしてポケットにしまわれてしまう。

 


 『御御亭ごおんてい』と筆文字で書かれた使い古した旗を背負い、急ごしらえで作ったフライヤーの束を抱える。この日の為に準備をしたと息巻いていた師匠の姿は見えず、罰ゲームのような格好でぽつんと勧誘活動に勤しんでいた。


 他亭号はぽつぽつと人が見物に来る程度だが、七座は元よりそれ狙いで入門届を手に持つ生徒が多数。


 それに比べて私はどうか。


 七座どころか他亭号より人気がない。魔法使いとして認識されてるかどうか怪しい、不審者に間違われてる気がする。


「七座は御御亭、かつては解道の王と謳われた我々でありますがこの度大型リニューアル!回復魔法に力を入れてます!魔道の第一歩を私と共に始めませんかー?」

 

「へー入りやすそうな一門だなあ。七座みたいだし、私ここにしようかな」


 人混みの中、桃色髪のふわふわした少女が物珍しそうにこちらを見ている。


 来た!隙を逃さずフライヤーを渡し、御御亭のあることないこと素晴らしい部分を語り尽くそうと、


「やめなよ!!絶対駄目!!!」


 紙を持つ手はつい止まる。危ない薬に誘われた同級生を阻むが如く、同じく新入生の空色髪のしっかりした少女が声を上げた。


「え?なんで?」


「なんでって、御御亭って言ったら、魔法協会で魔導書書きたくないって師匠が駄々こねてた一門だよ!?研究している魔法意味分かんないし、なんで七座にいられるのか分かんないし、絶対ヤバいとこだよ!!」


 思わずフライヤーを全て落としそうになった。あの一幕もう噂に……。


「でもあの人優しそうだよ」


「あんなパッとしなさそうな奴より、尊琴様に会いに行こ!若き天才魔法使いの方がいいに決まってる!」


 軽い会釈をした桃色髪の少女は空色髪の少女に引っ張られ消える。彼女らの向かう先は隣の六碌亭。

 新入生が密集する中心には、先日私に大敗を喫した若き天才魔法使い(笑)尊琴様が構える。


 便意に負けた奴のどこが良いのだ。


 なんだったら今から腹痛魔法をかけてやろうか。


「…………」


 いやいかん御御亭は変わるんだ。敵対一門に喧嘩吹っ掛けてこれ以上の悪名を轟かせるなど言語道断。ここで負の連鎖を断ち切るんだ!

 

「御機嫌ようひとりぼっちの牛蛙よ。入門届は集まっているかね?」


「せっかく意気込んだのに!お前から来るんじゃ意味がないだろう!?この大馬鹿!!一人ゴズメズ野郎!!」

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