第三話 決闘
いちの
ちらと見た視線に気付いて「ぼこぼこにしろー!!」「茶会の矜持を見せつけろー!!」「できるだけ長引かせて暇を潰させろー!!」実に魔法使いらしい自分のことしか考えていないヤジが飛ぶ。
こたつの天板に足を踏み入れると途端に体は小さく、縮尺変わらず縮み出した。
これはこたつの機能ではない、戦うには狭いとあの三人の誰かが小さくなる魔法を掛けたのだ。正面に構える猫背の尊琴も灰皿に隠れた。
ごろごろとそこいらに転がっていた手のひらサイズの招き猫たちは荒野に影を作る巨大岩石。アコンやテレビのリモコンは晩餐会で見る長テーブル。天板の端なんて落ちたらただじゃ済まない崖のよう。
こたつ布団がうねる水面のようで変にリアルだ。
招き猫にぴったり背を付けて勘付かれぬようゆっくりと正面、灰皿の方へ顔を出す。
「『爆発せよ』!」
ぴしり。木彫りの招き猫から亀裂が走るような音。
血の気が引き、汗が噴き出した。迷いなく直線に走り出した刹那、鼓膜を震えさせる爆音、黒煙混じる爆風が背に到達した。灰皿までに二つの招き猫が転がる。
「『爆発せよ』!『爆発せよ』!」
発声による魔法の起動。何の術式か聞き届けるより先に目の前で爆発が起こり、半ばこけながら踵を返しとにかく走る走る走る。
右へ行けば右の招き猫が爆発し、左へ行けば左の招き猫が爆発した。やっとの思いで辿り着いたリモコンにもたれながら息を整える。からからと尊琴の笑い声が聞こえる、ああうっとおしい。
「事前準備とは卑怯だぞ!魔法使いなら正々堂々戦え!」
「どこに博愛の魔法使いがいるものか!これ以上爆撃されたくなければ杖を差し出せ!」
「くそっダブルスタンダード掲げやがって、私とどう違うっていうんだ。魔法使いらし過ぎて好感が持ててしまう」
だが走り回ったおかげで卓上の招き猫はおおよそ四散した。視界も開けて、攻撃方法も減って一石二鳥。私が負いこまれているように見えてその実五分、まだ勝機はある!
「『招来せよ』!!」
「は」
灰皿を中心に天板全体を埋め尽くさんとする夜空が展開し、紫色に煌めく星々の合間からぬるりと黒い楕円が落ちる。十は下らない楕円はその足、その手、その小判を夜空から見せつける。黒い招き猫だ。大きさもデティールも寸分たがわないそれらはかたかたこたつを揺らす。
「これで貴公の望み通り〝正々堂々〟よな。『捕えよ』」
尻もちをついた黒猫はつやつやした小判を片手にこてんこてんと私に迫る。
囲うように配置された招き猫は緩慢な速度で、けれど統率が取れているせいで抜けられそうにない。
頭によぎるのは爆発の合図。歩く爆弾はぎゅうぎゅうに身体を押し付け、身動きを取れなくしてしまった。
尊琴は一つの招き猫に足を降ろし私を見下す。
「手も足も出んな。やはり解道は時代遅れ、これからは魔道の世。即ち六碌亭の時代なのだ。貴公ら御御亭は大人しく歴史の闇に埋もれろ」
「概ね同意するよ。解道なんて百年前の古典にしがみついてていいはずがない。もう来ている魔道の時代に取り残されぬよう、私たち御御亭は見る方向を変えねばならない。発声起動のぽんこつ術式に負けてるようじゃ駄目なんだ」
「敬太郎っ!!……もういい、杖を折る。爆発せ」
起動用の呪文を発そうとした瞬間、腹を押さえて爆弾の頭からずり落ちる。
壊れた玩具のように私に向かって前進し続けていた黒い招き猫たちはこと切れ、思い切り押すとこてんとこけた。横たわり丸まる長身の彼を見下ろし、思わず笑みを零した。
「ぐうう……き、貴公、僕にいったい何を」
「回復魔法だよ」
「正しくは内臓の回復にまつわる魔法の研究中生まれた、全く逆の腹痛を起こす魔法だけど」無駄に長い外套の下をまさぐり、黒く装飾だらけの杖を見つけて両手で折る。
これでこの決闘、私の勝ちだ。けれど彼は諦めきれないと見上げて睨む。
「そ、うではない。いったいいつ魔法を起動したと言うのだ、そんな複雑な魔法をあの距離から当てるなど……ふ、不可能だ」
「誰が灰皿までの長距離を狙い撃ちしたと言った」
「なんだと……!?」
「魔法を当てたのは決闘を申し込む、杖を向けた瞬間だよ」
発声起動は相手に何をしようとしているか悟られやすく、流行りの無詠唱魔法というやつに乗っかった次第である。
「卑怯姑息は魔法使いの基本と君が先に言ったのだからね。ま、どーしてもと言うなら引き分けにしてあげてもいいけどぉ?」
「ぐうううう!!だから、だから貴公は大嫌いなのだああああああああ!!!」
「はっはっはっはー!好きなだけ喚くといいさ!騒げば騒ぐほど腸の爆弾は下っていくと思うがね!!」
ぎゅるうぉくうぉをろ。
彼の腹から聞いたこともない軽快な音が響く。元気にゲートインした爆弾はいつ出走準備が整ってもおかしくない。
「いや愉快愉快」目尻に浮かぶ涙を拭いて、笑い疲れる。
このまま放置するのも一層笑えるだろうが、私は鬼ではない、魔法使いだ。各爆弾ゲートインから一斉にスタートするところなんて見たくないし、敵対関係にある亭号とは言え、相手は茶会として愚痴を言い合った仲でもある。ここは一つ寛大な心を持って彼を救ってやろうではないか。
……おや。
彼にかけられた魔法は二つ。腹痛の魔法に加え、体の大きさを変える魔法。二重の魔法はダルマ落としの構造となり、一層目を取り除かなければ二層目を排除することはできない。
肝心の一層目、サイズ可変魔法は私にもかけられているものだが、想像以上に術式が複雑かつ難解、婉曲に婉曲、遠回りかつ遠回り――おおよそ現代に作られたとは思えない構造に眩暈がする。事前知識なく解道するには時間が足りない、嫌な爆弾解除だ。
「おい三バカー!お前らの誰か知らんが私たちにかけた魔法解いてくれ」
四畳半の天空を見上げると、決闘の観戦中であった三人の姿。
更に三人の大小様々な御客人が。
唐紙扉戸いちの信をアイアンクローした上身体を宙吊りにする黒スーツの大男。
「手前エ、家業ほっぽってんなところに居やがったのか、えェ?」
七座は大魔法使いにて現
浦々譲渡を椅子にして醤油せんべいをぼそぼそ食らう生死の判別が際どい御老体。
「………………………………………………………………」
七座は大魔法使いにて現
日青日月亭正之の首を絞め欠伸をする和装の美幼女。
「次期当主に薄汚い部屋で持て余す暇はないのですよ。分からないとは言わせません」
七座は大魔法使いにて現
現代においても栄光を途絶させることなく、燦然と輝く魔法史の至宝――七座の大魔法使い。我々ぽんこつ弟子たちとは才能も実力も桁違いの師匠が三名も集まってしまっている。
気迫に威圧。うちの師匠とはまるで違う本物の実力を備える彼らに、私はほとんど反射的にかしづき、首を垂れていた。
これはどういうことか。
うちの師匠ならいざ知らず、真の大魔法使いたる彼らは多忙を極める。ひょんなことから隠れ家的四畳半で一堂に会するなんて、有り得るはずがない。
「かははは。僕がただで転ぶと思うたか。僕は大魔法使いになったのだぞ」
「お、おのれ
「いや
「ほっ。ちなみに何で連絡を?」
「グループチャット」
電話も嫌う機械音痴にそんなもの扱えるわけない。というか大魔法使いのグルチャあるのか、なんかとても嫌だ。
「ごほん」正面から聞こえた大男、信のすけ師匠の咳払いに文字通り矮小の身である私たちは吹き飛ばされそうになり、尊琴は転がり尋常ではない唸り声を上げた。
「
僅かながら下げられた頭。弟子への乱暴な言葉遣いとは異なり心のこもった口調に動揺してしまう。
ちらと見れば三名の師匠は弟子をそれぞれ抱えて姿を眩まそうとしていた。まずいぞ。
「お待ちください!」
身体が小さいからか声は届かない。
「お待ちくださいっ!!」
「む。貴殿は確か、」
「わたくしは七座は大魔法使い初代御御亭御御の一番弟子、魔法使い御御亭敬太郎にございます。横に転がるこいつは皆さまも知るところでしょう。わたくしたち実は先ほどまで決闘をしておりまして、四畳半は手狭にてお弟子様に身体を縮めて貰った次第。決着は既についたのですが、このまま帰れば、我々はのみと勘違いされて潰されてしまいます。どうか元の大きさに戻してはくれませんでしょうか」
「無論だ。だが御御亭は随一の解道の腕を持つはず、わざわざ頼ることもあるまい」
「お恥ずかしながら修行の身の私にはこの魔法は難解も難解で、さっぱり解き方が分からないのです」
弟子の首根っこを掴んだまま師匠は目線を合わせるように屈み、「ふん」と鼻息でちまい私たちを揺さぶった。
「何を恥ずかしがる必要がある。学ぶことが多きことは良きことだ。明日か明後日、一週間後か一か月後、一年後でも十年後でもいつか理解できていればそれでよい。理解に遅いも早いもなかろう」
「信のすけ師匠!」
私は本能のまま手を合わせ、目の前におわす現人神に祈った。
これこそ七座という栄華にどっかり座る、皆が憧れる師匠のあるべき姿だ。魔導書書きたくないからごねる幼稚な師匠などいるはずがない。
「よそ様の前だからって格好つけやがって」ケータイにつけたストラップのように揺れていたいちの信のみぞおちに師匠のエルボーが入り、彼は物言わなくなった。
師匠は瞬く間に私たちにかけられた魔法を解き、この部屋に現れたときと同様、いつの間にか消えていた。
爆散してもなお残る黒い招き猫に埋もれ横たわる尊琴と、天板の上に座り、醬油せんべいの最後の一枚を食べる私。
「こ、これで僕の腹痛魔法は解けるのであろう?実は先から下半身の感覚が薄れていてな、これ以上我慢すると腸内で爆発してしまいそうだ」
この部屋には一つだけ窓がある。開けば冷たい春風が吹き込み、時計塔と変わらない景色が続く。
「自分で言うのもなんだが、私は慈悲深い方だ」
「は?急に何を」
「いや考えたんだよ。お前が出走してもお前が痴態を晒すだけだが、ここでお前を助けると私も捕まった三人に恨まれかねない。慈悲深いので本当は助けたいのだが、もし御御師匠にも連絡がいっていたらと思うとどうにも助けずらくて」
「嘘だろ、嘘だよな?ここで見放すなんてないよな」
「見放すも何も、師匠陣に連絡をしなきゃすぐに助けられたんだよ。ってことでまあ、」
私は窓枠に片足をかけた。
「自分のケツは自分で拭いてくれ」
生涯で最も酷い罵詈雑言を浴びながら天空を飛行し、一刻も早くその叫びが聞こえなくなることを願った。
彼の名誉の為に追記するが、この魔法は対象者に腹痛を起こさせるだけで、腸の動きを活発化させるわけではない。爆弾は妄想であり、出走は気のせいである。
尊琴という男はかなりプラシーボに弱いらしい。
いや愉快愉快。
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