第二話 茶会
分類は無いに等しいが、派閥は現代にも通用する話であり、更に少しややこしい。
『私は
魔法使いとは位置づけの決まり。
上から大魔法使い、魔法使い、使い魔とある。順に偉さが違う。
魔法使いは亭号によって自らを分類する。
姓は基本名乗らない。これが本名である魔法使いもいるし、偽名である魔法使いもいる。私は本名だ。
魔法協会に籍を置く魔法使いは全員この三種の組み合わせをもって我を通す。いかに人間に見破られないか、いかに日本的であるかに重きを置いた結果の進化である。
御御亭のほか、数え出したらキリがないほど魔法使いは派閥が存在し、そのどれもがいずれかの亭号と因縁を持ち、犬猿の仲であり、一触即発の関係である。
加えて私のような階級『魔法使い』は師匠にへつらい、弟妹弟子の世話をし、板挟みにやることが多い。魔導書を書いては推敲し、投稿し、添削され、たまの発表会にて名も知らぬ先人たちの素人質問にドラキュラ公の如く串刺しにされる。
縦の関係もあれば、横の関係もある。立体構造の交友関係は非常に面倒で煩わしい。最近の魔法使いは関係疲れをしやすいとの研究結果もあると聞く。現代魔法使いは誰にも邪魔をされない息抜きの場を必要としているのだ。
木造建築に囲まれる石畳の通り。
コンビニを出て、片手には最近値上がりした二百三十円の醤油せんべいと500mlコーラの入ったレジ袋。
「これで五百円……世知辛い」同じ値段の牛丼屋の朝定食に思いを馳せながら、右手の路地へ入る。
ぱらぱらあった人通りは途端に消えて、代わりにまだ灯らない居酒屋の提灯やネオン看板が見える。
大きなポリバケツを避けてぐらつく羊羹ほどの石煉瓦を踏むと、廃墟が現れた。
店の裏側に残るぽっかり開いた空き地。聳える鉄筋コンクリートの廃墟は解体日時が定まらず、ガラスの破片が伸びる雑草に散らばり、スプレーの落書きが目立つ。
立ち入り禁止のロープをふわり飛び越えて、通電していない自動扉を魔法でこじ開ける。
元は小さなビルのフロントだった薄暗い広間。家具がほとんど撤去された中、ぽつんとエレベーターだけが残される。上向きのボタンを押せば到着の音が鳴り、赤毛の絨毯が敷かれた鏡付きの小さな鉄の箱が下ってきた。
中に入る。むわりと鼻につく埃とカビに眉を僅かに動かして、一つしかない上階への押しボタンを押す。
ごうんごうん。
鉄箱は肩や頭に緩やかな重力を乗せて動き出した。扉上の黒い小窓は到達地点への大まかな距離を示す。まだまだ長い。
手持ち無沙汰にスマホを眺めていると、ふと壁一面の鏡が視界に入る。映るのは左右逆の自分、そこらを歩く若人と大差ない容姿にぱっとしないなと苦笑する。黒髪黒目、中肉中背、服のセンスさえ垢抜け途上の大学生を思わせる。完璧な人間の擬態だ。
レトロな音が到着を知らせる。
「よう、遅かったな苦労人」
扉が開くと同時に生温くも粗暴な物言いが飛び込んできた。
「遅くないだろ昼下がりだぞ」
エレベーターが辿り着いたのは四畳半の一部屋。
腐る寸前の畳が敷かれ、土壁が三面、残る一面は隙間風吹く汚れ色の木壁。天井からは吊り下げ式の古照明が垂れ下がり、あちこちに残る釘の後は数えきれない人数を住まわせた跡である。生活雑貨やがらくた類の散らばりからは家主の万年床宣言が聞こえてくる。
市の天然記念物に制定されて然るべき時代錯誤な空間で一番目を引くのはこたつだろう。たった四畳半しかないのに中央に堂々構え、残されたスペースは狭すぎて死んだも同然。それなのに案外心地よしと居座る三人の魔法使いがいた。
「ブツは当然持ってきたんだろうな」黒いスーツの魔法使い、
「あまり催促するもんじゃないぞ、いちの信」学生蘭服の魔法使い、
「外は冷えるでしょ。こたつ入ったら」和装の魔法使い、
紫煙の臭い。「失礼」私はこたつの中に足を突っ込み、思い切り伸ばした。布団の中に四次元空間の広がる魔道具こたつである為、足がぶつかる心配は全くない。
自ら言うのも憚られるが、私たちの属する亭号は『
『七座』とは魔法協会の定める特別階級で、様々な特権を備えている。
席は七つ。内一つは意見の偏りを防ぐため魔法協会が所有する。
今日まで続く魔法史にいかに影響を残したかにより選ばれており、現七座の功績は魔法使いの日常に色濃く出ている。うちもまあ、百年前まではすごかった。魔法使いたちの体内時計が一世紀前がひと昔前と判断するぽんこつで良かった。
ともかく、七座の魔法使いとは言え、本当に素晴らしいのは功績を残したごく一部であり、その他の魔法使いはぽんこつ極める。
我々ぽんこつは七座としての既得権益を享受しつつも、不相応な実力によって白い眼で見られがちで、過大評価をされがちであった。縦横斜め三次元に拘束され魔法社会を生きるのは非常に疲れる。
だから私たちは息抜きの場を設けた。
この四畳半がそれである。
同じく七座の位を持つ亭号の階級『魔法使い』たちで作り上げた聖域、ここでは上下左右のしがらみ無く自由に愚痴を言い合え、自由にストレスを発散できる。
通称『
七座であること。
階級魔法使いであること。
何かしらお茶請けを持ってくること。
ここで聞いた話は他言無用であること。
等、事細かなルールが制定されている。が、細かすぎて皆全容は把握していない。
竹かごの盛られたみかん、箱詰めの最中、ファストフード店のポテトが並べられた卓上に醤油せんべいを加える。
「コンビニのかよ、しけてんなあ」いちの信はぶつくさ言いながら勝手に封を切り、一枚かじる。
文句の割に彼の手は一向に止まらない。七座は唐紙扉戸の若頭が二百三十円のコンビニ菓子に夢中で、ハイスピードで減りゆくせんべいに内心焦っている七座は御御亭の一番弟子がここに。何が七座なのか、何が既得権益なのか、今一度問いたい。
「で、愚痴はいま誰の番?」
「一通り終わったとこ。姉弟子兄弟子妹弟子弟弟子の愚痴もそれぞれ話して、魔法学校の勧誘解禁そろそろって話もして、話題に尽きてたんだよね、ナイスタイミング」
親指を立て何故か自慢げの正之。
「あそうだ正之。紹介会の手伝い頼めるか?」
「いいよ。去年とおんなじ感じ?」
「師匠が変なこと言わなければ」
「あの方が変なことおっしゃらなかったことなんて一度もないだろう。溜まっているんだろう?好きなだけ話せ」譲渡が口を挟み、私は苦笑いを浮かべた。
ここはなんて理解のある環境なんだ、何を言っても欲しい答えが返ってくる。「では遠慮なく」と咳払い。
「うちの師匠の話なんだけど、」
レトロな音が到着を知らせる。
言葉を詰まらせて、背中の扉を睨む。自然と他三人の視線もエレベーターの扉へ向かう。いざ話そうとしたときに中断させるなんて空気の読めない奴だ、一言文句を言ってやらないと。七座、実質六の亭号の魔法使い、それも少数のみで築き上げた茶会では全員が顔見知りである。
しかし鉄箱に入っていたのは黒い招き猫だった。
床から天井まで、隅から隅まで敷き詰められた無数の招き猫は支えの扉が開いたことで雪崩が起きる。
「なんだ!?」背後から小さな悲鳴が何度か聞こえて、足を捉え胴を押し、何層にも渡って身体を暗がりに埋めさせる黒い大群。
窒息せぬよう押しのけ掻き分け、四人がほとんど同時に顔を上げたとき、黒の外套を纏う黒猫のような男が天板の上に立っている。
「御機嫌よう未だ地を這う愚鈍な山椒魚よ。七座ともあろう者達が揃って昼後に屯とは、恥ずかしくはないのかね」
「お前も暇潰しに来てるじゃないか。恥ずかしくないのかよ」
立ち上がり、肩に乗る招き猫を払う。黄金の瞳をじろり私に向けた。
「かはは。僕は貴公らを軽蔑しに来たんだ。魔法使いを軽蔑するのは大魔法使いの責務故に。貴公らとは違う」
「ここは魔法使いの聖域だぞ。大魔法使いになった奴が入ってくるな!それともあれか、先日の『尊琴くん昇級おめでとう会』が気に入らなかったのか」
「あの乱痴気騒ぎのどこが祝賀会だ!!あれ以来みかんを見る度に足が震えて……」
「大魔法使い殿は気弱だなあ。むしろ私はみかんが大好物になったよ」
いくつかの条件をクリアすることで使い魔は魔法使いに、魔法使いは大魔法使いに階級を上げることができる。彼は一足先に大魔法使いになったのだ。
敷き詰められる黒招き猫の中からかご入りのみかんを掘り当て、一つ剥いて口に放ってみる。
一瞬にして顔の青くなった彼を見ながら食うみかんはどんな高級柑橘類をも上回る至上の味であった。俺も俺もと三人の仲間たちもこぞってかごを漁りとうとう在庫は底を尽きる。
「性格の悪い……だから貴公らは未だ魔法使いなのだ。上昇志向も探求心もなく、享楽主義的に現状の良し悪しでしか物事を測れない。七座という特権階級にありながら何だこの無様な姿は、」
「待てよ」私は懐から杖を取り出した。指揮棒ほどの長さ太さの先が細くなっている棒。
上昇志向も探求心もない?私がどれだけ御御亭のこと、師匠のことに悩み、苦心し、現状を改善せんと立ち回っていることを知らないらしい。お情けで首の皮一枚繋がる没落亭号のことなぞ彼の眼中にないのだ。
尊琴は杖を向けられた意味を理解し、同じく杖を構える。
「どれだけ師匠のことを、きょうだい弟子たちのことを悪く言ってもいい!だがこれ以上私を悪く言うのであればこの御御亭敬太郎が許さない!!」
「そういうところが嫌いなのだよ!!」
現代において杖は魔法の補助としての役目はほとんどない。争いの世が終わってもなお続く揉め事の解決方法、魔法決闘の指標として今は使われている。
どちらか一方の杖が折れた方の勝ち。
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