第60話 青柳時忠---side9
夜中の2時を回ったくらいに、ドアフォンが鳴った。
カメラを見ると、司さんが元気良く、大量の酒の入ったビニール袋を掲げていた。
司さんは、父が最も目障りとしている、華道四大流派のひとつ、風早流の次男だった。
僕のことを気にかけてくれている、やはり華道雅流の三男の雅正宗さんの紹介で知り合った。以来、司さんはこうして時折家に遊びに来る。
ドアの鍵を開けると、
「お邪魔〜」
と、やたら明るく入って来るなり、テーブルの上にお酒を並べ始めた。
「やけにご機嫌ですね」
「夜中の1時になっても、兄貴が帰って来ないから、約束通り遊びに来たよ」
「はれて失恋したってことですね」
「わかってないな、時忠。オレは最初から何も望んでない」
司さんも、「家元の次男」という立場だったし、兄の相手が自分の好きな相手という境遇も同じだったけれど、いろいろ僕とは異なっていた。
無理やり引き裂かれた僕とは違って、司さんの好きな人は、最初から司さんの兄を好きだった。
それ以上に、司さんの恋愛に関する考え方は、僕とは全く異なるものだった。
「前に、僕の話を聞いてもらいましたよね?」
「えー? うん」
「僕は、どこで間違ってしまったんでしょうか?」
「正解なんて誰もわからないよ」
「司さんならどうしてましたか?」
「聞いてどうする? 過去には戻れないのに」
「教えてください」
「……オレなら、人を道具みたいに扱うやつは、自分の利益しか考えてないから、先に彼女の親を落とす。そいつに、自分の存在がいかに有益かを金で示す」
「僕は、冷静に判断できていなかった」
「だからオレは恋愛しない……つもり」
「最後が弱気ですね」
「何もかも考えてる通りに行くわけじゃないからなぁ……だからオレにはお前が必要なんだよ。片方がミスしそうになっても、もう片方がそれに気づいて修正できたら、怖いもんなしだと思わね?」
「面白い考え方ですね」
「時忠、大学卒業したらオレのところに来い」
「それは、風早流にってことですか?」
「違うよ。オレは卒業したら長嶺商事に役員待遇として入る。それで、ゆくゆくは代表になる。でも……」
「でも?」
「今の代表が結構元気な爺さんで、なかなかその椅子を譲ってくれそうにない。だからオレが引き摺り下ろす。それ手伝えよ。いい加減頭悪いフリも飽きてきた頃だろ?」
「青柳の人間が入って疎まれませんか?」
「長嶺の方は、会社が大きくなればそれで満足するタイプの家なんだよ。そこに誰が関わろうと関係ない。いけばなに未練がある?」
「いいえ。あるとしたら……」
一瞬、思い浮かべてはいけないものが脳裏に浮かんだ。
でもすぐにそれを振り払った。
「いえ、未練なんて何もありません」
僕はあの場所にいるべきじゃない。
「ただ、少し怖いです。僕が何かを望んだりしたら、誰かに『お前が何かを手に入れるなんて無理なんだよ』って言われるような気がして」
「その誰かって誰? いもしないやつに、言われてもないことで悩むとか無駄じゃね?」
「司さんのそういうところ好きです」
司さんは、無理やり何かを聞いたりしない。
いつも僕の方が聞いて欲しくなって、つい話してしまう。
そして、どうしようもなく沈んでいきそうになる僕を救い上げてくれる。
きっと、大丈夫だ。
支えてくれる友達ができた。
だから、僕は、遠くからふたりの幸せを望むだけ。
青柳時忠END
ミセバヤ 野宮麻永 @ruchicape
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