第59話 青柳時忠---side8

半年なんてあっという間で、気が付くと10月になっていた。


兄の結婚式以来、両親とは顔を合わせないようにしていた。半ば意地のように、家に帰っているだけだった。

それでも、姫乃が日本に戻って来るようなことになったら、家は出るつもりでいた。姫乃を困らせるようなことだけはしたくない。




適当に入った店で、午前の株の動きをチェックし終えた後、少し経済動向のニュースを読んでいたら、店内が騒がしくなってきた。


どうやら気がつかないうちに12時を回っていたようで、近隣のビルの社員たちがランチに来店し始めたようだった。

それで店を出ようと立ち上がった時に、後ろの席の声にはっとした。


「それで、姫乃先輩どうだった?」

「うん、すっかりお腹大きくなってて、ママの顔になってた」

「へぇ。日本に帰って来ないのかなぁ?」

「向こうで産むみたい。産んだ後もしばらくは帰らないって言ってた」

「旦那さん、どんな人だった?」

「すっごい優しい人だった」

「そっかぁ。結婚急だったからびっくりしたけど、幸せなら良かった」

「そうだね。だって確か、年下の彼氏がいたよね?」

「あー知ってる! 何回か見たことある」

「仲良さそうに見えたのに、結局付き合うのと結婚は別ってことなんだね」

「旦那さんって、青柳流の家元の長男だったっけ?」

「そうそう」


姫乃の名前が出たから思わず聞いてしまったけれど、聞きたくもない話だった。

それで今度こそ席を立った。

姫乃の話をしていた2人組の女性の横を通り過ぎる時、聞こえた内容に、立ち止まった。


「今8ヶ月って」

「それは違うよ。結婚したのが4月なんだから」

「あれ? 間違ってる? 確か8ヶ月って聞いたと思ったんだけど?」

「あ! だから結婚急いだとか?」



兄が姫乃に初めて会ったのは3月の半ばだった。


だから、もし彼女たちの言うことが本当なら……



姫乃の守りたいものは……



兄の覚悟は……





すぐに、家を出た。


ふたりのために。


父は、僕に金輪際何の援助もしないと怒ったが、必要ない。

株で儲けた金はもうすぐ、億に到達しようとしていた。

学費はもとより、しばらく働かなくても生きていける。


大学を卒業したら分籍することを決めた。

分籍したところで親子の縁が切れるわけではないけれど、青柳の名前を捨てることができる。

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