第56話 青柳時忠---side5

青柳流の家元である父は、この話にのってくるとわかっていた。


同じ華道四大流派のひとつ、風早流の海外進出に対して、青柳流が随分遅れをとっていることを、父は良しとしていなかった。

だから、「銀行の頭取の一人娘」という姫乃の肩書きは、必ず父を動かす。


姫乃のことを話すと、父はすぐに四菱の家に話を持ちかけた。




しばらくして、父から兄と一緒に呼び出された。


「四菱の家からも正式に結婚をという話になった」


結婚? 婚約ではなくて?

どちらでも構わないけれど。



「わかったな、時政」



何……を言ってる?


「待ってください! どうして兄さんが?」

「先方の希望は、青柳流の長男である時政との結婚ということだった。こちらとしては、兄だろうと弟だろうとどちらでもいい」

「待って!」

「既に決まったことだ」


父はそれだけ言うと、部屋を出て行った。


「兄さん、兄さんからも何か……」

「俺に逆らえると思うか? 俺はあの事件から今まで以上に何も言えなくなった」


嘘だ……


なんで……


なんでこんなことに……




長男だから何だよ?



笑わせるなよ。




ずっと、長男より上にたつなと言われてきた。


兄より上の学校に行くなと言われ、下のランクの高校に行かされた。大学もそうだ。


いけばなでも目立つなと釘を刺された。


何もかもあきらめてきた。



それでも、そんなことはどうでも良かった。大したことじゃない。




姫乃だけはダメだ。姫乃だけは、譲れない。

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