第52話 青柳時忠---side1

『ねぇ、君、いけばなに興味ない?』


確かそう声をかけられた。

でも、


『出会いは逆ナンだったよね』


と言うと、姫乃は怒る。


『違う! サークルの勧誘だった!』


そうなのかな?

でも、その後すぐにお互い惹かれ始めたよね……




高3の時、受験する大学にこっそり潜り込んで、大きな教室で行われる講義を後ろの方で聴講した。

少しがっかりして教室を出たところで、四菱姫乃に声をかけられた。


「ねぇ、君、いけばなに興味ない?」


肩より少し長いくらいの髪をくるっと巻いて、裾がフレアになったワンピースを着た彼女を、最初同じ年くらいだと思った。

ここが大学ということを考えたら、実際同じ年であることはありえないから、年上なのは明白だったけれど。


「いけばなですか?」

「そう! 最近は男の子もやってる子多いんだよ」

「興味ないです」

「待って! そう言わないで、ちょっとだけ覗いてみない?」

「しつこいですよ?」

「だって君、いけばな似合いそうなんだもん」

「似合うって……どんなやつが似合うんですか?」

「だから、君みたいな子」

「……覗いたら、一緒にご飯食べてくれますか?」

「いいよ!」



僕の出した交換条件に、何の躊躇いもなく即答したこの人を、変な人だと思いながら、後をついて行った。


連れて行かれたのは、畳の敷かれた部屋で、真ん中の大きなテーブルを囲むように、数人が花器を前にいけばなをしていた。

それを見て回っている若い女性がどうやら講師のようだった。


「見学者連れてきました!」


姫乃の声で、そこにいる皆が一斉にこちらを向いた。


「どうぞ、ゆっくりと見て行ってくださいね」


講師の女性にすすめられた場所ではなく、端っこの方に座った。

隣に姫乃が座った。


「講師をして下さっているのは菅沼流の先生なの」

「そうですか」


講師をしていると言う女性が、自分でいけるのをじっと見ていた。

ああ、そこに高さを取るのか……僕ならそっちじゃない。その隣の枝を……

まるで兄のいけばなを見ているようだった。


「真剣だね」

「もういいですか? 約束は果たしたと思うので帰らせてもらいます」

「まだだよ?」

「え?」

「まだ、一緒にご飯食べてない」


姫乃が僕の服の袖を掴んで笑顔を見せた。

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