第50話 伊藤 紗香---side12

JRの駅で電車を待っていると、遠くから名前を呼ばれた。


「あー! やっぱ紗香ちゃん!」


声をかけてくれたのは瞬のお姉さんの英里佳ちゃんだった。


「すっごい久しぶりだよね? 紗香ちゃん、しばらく見ないうちにすっかり大人になっちゃって。瞬なんか相変わらずガキだよ」


瞬の名前が出てどきりとした。


「全然変わんないよぉ。英里佳ちゃんはすっかりデキる社会人って感じ」


瞬は英里佳ちゃんに何も話してないんだ……当たり前か。


「今日はどうしたの? ひとり?」

「友達と遊びに行った帰り」

「もうすぐ4年生だね。就活本格的に忙しくなるんじゃない?」

「考えるだけで憂鬱だよ」

「そう言えば、紗香ちゃんって啓修大学の文学部だったよね? 月島美雪って子と友達だったりする?」

「え?」


なんで英里佳ちゃんがその名前を知ってるの?


「あまり……話したことない……」

「なんだ、そっか」

「月島さんがどうかしたの?」

「風早流わかる? いけばなの」


風早……


「そこの次期家元って言われてる、風早恭一と婚約したんだって!」

「英里佳ちゃん、なんでそんなこと知ってるの?」

「わたし風早恭一と同級生だもん。この前高校のクラス会があって、風早くんと仲いい子から聞いたんだよね。ニュースにもなってたみたいだけど」

「そう、なんだ」

「高校の時さぁ、風早くん彼女いたんだけど、上手くいかなくって、心配してたんだ」

「心配?」

「風早くん、有名ないけばなの流派の家元の長男で、まわりのやっかみとかいろいろすごくて、彼女の方が精神的に参っちゃって、最後泣きながら別れたらしいんだよね。家も引っ越しちゃったし、彼女、誰とも連絡とらなくなっちゃって。風早くんもその後、まじめに誰かと付き合ったりしてなかったから」

「そうなんですか」

「てっきり政略結婚みたいなのすると思ってたのが、いけばなとは無縁の、一般人の子と婚約したって聞いてびっくりよ。しかも相手は大学生! 風早くん、幸せそうに見えたから、どんな子が婚約者になったのか興味あったんだよね」


電車が到着するメロディが流れて、英里佳ちゃんは、停車位置の方に顔を向けた。


「電車来るみたい。あ、ねぇ、また家に遊びにおいでね!」

「うん。ありがとう」

「バイバイ」



わたしの知らないところで、知らないことがいっぱいあった。


月島さんばっかり、自分の欲しいもの手に入れてずるいと思ってた。

こんなふうだから、誰よりも近くにいたのに、瞬から拒絶されちゃったんだ。


次に、誰かを好きになることがあったら、もっと、いっぱい、まわりのことも考えられるようにしよう……そんな時がいつ来るのかわかんないけど。



『幸せになってね』


心の中でつぶやいた。





伊藤 紗香 END

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