第49話 風早 司---side10

美雪が一番どん底の時に、同じ学部の伊藤紗香が、いきなり感情を爆発させて、美雪に酷いことを言った。確かこいつは澤田のことが好きだった。

オレがいない間に、澤田が美雪に言い寄った?

澤田が美雪を好きだからって、相手の女を責めるとかないだろ?

澤田も美雪のことは、あきらめたんじゃなかったのかよ?


美雪は言い返さなかった。

言えないことが多すぎて言い返せなかったんだ。



何とかしてやりたかった。

美雪の相手はオレじゃない。


兄貴がホテルで打ち合わせをする日時を調べた。

それで、ホテルと公園を挟んだところにある美術館に美雪を誘った。

美雪にムーミンが好きなのかと聞かれて適当に返事をした。ムーミンって北欧のなんかの動物くらいしか知らない。美術館の催しがムーミンの原画展だったから聞かれたのか。


美雪を近くの公園に待たせておいて、兄貴に電話した。


「美雪が怪我して大変なんだ」


もし、これで兄貴が来なかったら、オレが絶対に美雪を幸せにしてみせる。


でもオレの望みは、兄貴が全部を放って美雪のところへ行くこと。

オレはいいんだ。




美雪は、父親の工場を盾に身動き取れないようにされていた。

それなのに、あの母親の目をまっすぐに見て、正しいことを言う。きれいなものをきれいだと、間違っていることを間違っていると。

それが理由なのかはわからないけれど、あの母親が美雪を気に入ってるようにみえる。


だからきっと、最後はハッピーエンドだ。

物語の初めのとおり、第一王子と。




兄貴が大切な仕事の打ち合わせを途中で放ったのは初めてのことだった。


雪の中、兄貴が何も羽織らずにホテルを出て走って行く姿を見届けて、代わりにオレがホテルにへ行った。

兄貴の小学校からの親友が事故で意識不明になって……そんなでっちあげた理由で何度も頭を下げ、その後の打ち合わせを引き継いだ。

兄貴は何もかも置いていってたから、それを見ればなんとなくコンセプトもわかった。今後のスケジュールなんかを細かく話し合って、多分問題なく終わらせることができたと思う。

帰り際、向こうの担当に、兄貴の心配までされた。

適当に流して、ホテルを後にした。



その日、兄貴は夜中になっても家に帰って来なかったから、きっとうまくいったんだ。


夜中の1時をまわってから、青柳時忠の家に、大量の酒を買って遊びに行った。




兄貴と美雪の婚約がニュースになってしばらくしてから、澤田が友達づてにオレを飲みに誘ってきた。

美雪がどうしてるのか気になるんだろう。

まぁいいや、誘いにのってやる。

あいつのことは嫌いじゃない。





風早 司 END

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