第47話 風早 司---side8
日本にいると否応なく兄貴と比べられる。それにいろんな意味で苦痛な場所でしかなかった。だから親戚のいるヒューストンによく遊びに行っていた。ここでは風早なんて名前知ってるやつなんて誰もいなかったから。
オレが美雪に会ったのは中学の頃。
あの頃の美雪はテニスをしていて、誰が見ても敵わないとわかる相手にも、あきらめずぶつかっていくようなやつだった。
オレは早々に兄貴に勝つことをあきらめたのに。
だから、美雪を見るのが好きだった。
そして、願わずにはいられなかった。
ずっと負けるな、って。
話したことは数回しかなかったけれど、交わした言葉のひとつひとつを覚えている。
オレが誰かなんて関係なく、普通に話をして、笑いかけてくれる子。
大学で再会した美雪は、ショートカットで真っ黒に日焼けしていたあの頃と違って、長い髪で、肌の色も白くて、華奢に見えた。
あんなに頑張っていたテニスを、やめなくてはいけなかった理由を知って、自分のことのように悔しかった。
当事者の美雪は、どんな思いだったんだろう……
美雪はオレのことを全然覚えていなかった。
しばらく一緒にいて、美雪が本当に兄貴のことを好きなのがわかった。決して金のためじゃない。
兄貴も美雪が好きなんだと見ていてわかった。
でも、兄貴は昔別れた彼女のことがひっかってるようだった。
彼女に未練があるわけじゃない。
当時高校生だった兄貴と彼女の交際がわかってすぐに、彼女の父親は会社で降格させられた上に地方のど田舎に飛ばされた。母親はパートをクビになった。変な地上げ屋みたいなのに脅されて、そこに住み続けることができなくなって、一家で遠くに引っ越すはめになった。兄貴と付き合ったばっかりに。
オレの母親はそのくらい平気でやる。
それでも、兄貴は美雪と付き合うようになった。何か心境の変化があったのかもしれない。
兄貴は家族が唯一集まる正月に、両親に告げた。
「もし、彼女や、彼女の周りに何かあったら、僕はいけばなを捨てます。絶対に手を出さないでください」
両親とも美雪と兄貴の結婚を望んでるんだから意味のないことだったけど、今度は彼女を守ろうとしていることがわかった。
だから、オレは2人を守ることにした。
それなのに、兄貴は事故にあった後、美雪と簡単に別れることを選んだ。
事故のせいで美雪との記憶を全部忘れたからって、ふたりの間のことを、なかったことにしてしまった。
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