第46話 風早 司---side7

華道風早流家元の次男として生まれ、小さな頃から、いけばなを「やらされて」きた。でも長男である兄貴は、それを空気を吸うことみたいに当たり前に捉えていた。

兄貴は「不思議なやつ」だった。




オレは自分の家が他とは違うと早々に気がついた。

小学校に入る少し前くらいだったか、女の子に言われたのがきっかけだった。


「司くんはわたしの王子様なの」


それを言葉通り、物語の王子様だと言ってもらえたのだと思って嬉しかった。でも間違いだった。その子が友達に言っているのを聞いてしまった。


「お母さんがね、司くんと結婚したらお姫様になって、何でも欲しいものが買えるようになるって。司くんのお家、すっごいお金持ちなんだって」


オレの家?


それから、ガキのくせに既に女を疑うようになって、小学校高学年くらいになると、恋愛にはすっかり冷めたやつになっていた。

金目当てで近寄ってくる女。

顔だけしか見てない女。

金と顔と両方のために媚を売ってくる女。


毎日吐きそうだった。

でも、決して態度には出さなかった。こんなくだらないことでまいってるなんて知られたくなかったから。



オレとは反対に、兄貴の周りには、なぜか悪意のないやつが集まって来るから、兄貴は、誹謗中傷やいじめや、「家」を目当てで近寄って来るやつらとは無縁だった。

だから長い間何の疑問も持っていなかったんだろう。

そのせいで、兄貴は「普通の恋愛」をしてしまった。そして、ようやく自分の家が他とは違うことに気がついた。好きだった相手をどん底まで追い詰めたことを代償に。


兄貴は変わった。

言葉を選ぶようになった。

誰にでも優しいフリをするようになった。

適当な相手としか遊ばなくなった。

「不思議なやつ」ではなくなった。



そんな兄貴が白血病になった。

親も、弟であるオレも、親戚一同探しまくっても、誰もドナーとして適合しなかった。けれども、全くの赤の他人がドナーになって、兄貴は助かった。



その後、アメリカに留学していたオレは呼び戻された。


「長嶺商事、欲しがってたわよね? 条件をのんでくれたら、あなたのものになるようにしてあげる」


それが実の母親から出た言葉だった。


母親の祖父さんは元総理大臣だったし、現役の大臣にも頭が上がらないやつらがいっぱいいる。高祖父が築いた親族企業の長嶺商事は海外にも名を馳せる大企業で、他にも親戚が大きな総合病院の経営者だったり、大学の理事長だったり……金と権力があったから、どんな卑怯な手段を使ったのか知らないけれど、兄貴のドナーになった相手を突き止めていた。


「月島美雪という娘を恭一と結婚させるから、あなた、その娘が大学生の間、見張ってて」

「何で見張る必要があんの?」


母親が説明した理由は奇妙なものだった。

兄貴の病気が再発した場合に備えて、唯一のドナー適合者である月島美雪を手の中においておきたい。

でも兄貴の気持ちを尊重して、兄貴が自分の意思で彼女と結婚すると言うのを2年間待つ。その間に、月島美雪が他の男と親しくならないように見張っとけ。

何だそれ?

気持ちを尊重?

今までそんなこと考えもしなかったくせに。


「兄貴がその娘と結婚するって言わなかったらどうすんの?」

「あなたが結婚して」


月島美雪の方には選択権はないんだ。

兄貴かオレかどちらかと結婚することが決まってるんだ。


「ふうん。だったら正式な証書にしてよ。月島美雪が兄弟どちらと結婚しても、長嶺商事をオレにくれるって」

「わかりました。すぐに弁護士を呼んで手続きします。あなたが物分かりのいい子で良かった」


やっぱりこういうやつだ。


オレは結婚相手に興味はないし、誰でもいい。恋愛なんかする気はさらさらない。

長嶺商事が欲しいとずっと言って来た。それが現実になるなら何でもする。



ただ……一つだけ気になることがあった。


同姓同名なんてめずらしくない。

だけど……両親がいつも使っているところとは別のとこに、月島美雪が、あの月島美雪なのか調べさせた。




赤の他人がドナーになる確率は数百~数万分の1って聞いた。


でも、オレが彼女にもう一度会うのは、80億分の1の確率の奇跡だ。



月島美雪はオレが今までで、たったひとり好きになった、初恋の相手だった。

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