第36話 伊藤 紗香---side9

何日も、もやもやしながら過ごした。



大学に行っても、ぼんやりしていて、春奈に心配されてしまった。


忘れてしまいたいのに、頭にこびりついていて、ふとした時に思い出されては苦しくなってしまう。


サークルに顔を出す気にもなれないから、バイトがあるって嘘をついて休んで、正門に向かってグラウンドの横の坂道を下っている時だった。


前から歩いて来た男の子に声をかけられた。


「あー! 伊藤先輩も啓修大学だったんですか!」


誰? わたしの名前を知ってるみたいだけど?

わからなくて黙っていたら、向こうから名乗ってくれた。


「佐伯ですよ? 佐伯慎吾。サッカー部の」


そう言われて思い出した。


「あ! 佐伯くん? え? ここの大学?」

「はい。この4月から。澤田先輩にはまたサッカー部でお世話になってます」

「そうなんだぁ。久しぶりすぎてわかんなかったよ」

「ひどいなぁ。こっちは覚えてたのに。先輩よく試合見に来てましたよね」

「行ってた、行ってた」

「だからずっと澤田先輩の彼女かと思ってました。それで澤田先輩が小渕先輩と付き合ってるって聞いた時びっくりしたんですよね」


小渕?


「よく間違われてたからねー」


小渕って?


「佐伯くんは、なんで知ってるの?」

「小渕先輩の妹が同級だったんで」

「そっかぁ。あ、ねぇ、ふたりが仲良くなったきっかけって何だったの?」

「え?」

「どーしても教えてくれないから逆に気になってたんだよね」

「ああ。図書委員って聞きました」

「そっかぁ。わたしが聞いたの内緒ね」

「わかりました! じゃあ!」

「うん、部活頑張ってね」



高3の時、瞬が内申点を少しでも上げるために、一番楽そうな委員に立候補したと言って、図書委員をした。

瞬との接点はそれだったんだ。


でも小渕さんの顔がどうしても思い出せない。



急いで家に帰った。




帰ってすぐに、クローゼットの奥の方の段ボールにしまっていたアルバムを引っ張り出して、「小渕」という名前を1組から順番に探していった。


それで、写真を見てようやく思い出した。


小渕真奈


普通より少しかわいいくらいの子。


まだ、月島さんや美結ちゃんと付き合ってたって言われた方があきらめがつく。

こんな、どこにでもいそうな子が、瞬の彼女だったなんて……


全然知らなかった……


どんな子だったのか知らないでいる方が苦しいと思ってたのに、知ってしまった方がもっと苦しい。


「好き」という気持ちは同じはずなのに、どうして、瞬はこの子と付き合ったんだろう?

どうしてこの子は瞬の「特別」になれたんだろう?


わたしと、何が違うの?


もう別れてしまってるんだから、泣いたって仕方がないのに、それでも涙が出てくる。

もうとっくの昔に終わったことに、失恋したみたいに泣くなんてバカみたい……そう思うのに、涙がとまらない。


瞬、なんで小渕さんだったの?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る