第32話 澤田 瞬---side24

大島に電話の理由を話さないと……そう思いながらも、何をどう話したらいいのかまとまらない。



美結ちゃんにひどいことをした自覚がある。


あの時オレは「みゆき」と呼びそうになった。

呼びたかった名前を。


あまりにもクズすぎる。


引っ叩かれて良かった。



考え事をしながら歩いていたせいで、前から来たやつと肩がぶつかった。


「あ、すみません」


謝って通り過ぎようとしたら名前を呼ばれた。


「澤田?」


振り向くと、知らない女を連れた風早がこっちを見ていた。


「風早かぁ」


風早はオレの顔を見ると、女に何か言った。それで女が手を振ってどこかへ行ってしまった。


「お前、暇なんだろ? 付き合えよ」

「え? 彼女は?」

「彼女じゃないし、別に問題ない」


でも、さっき腕組んでたと思ったけど? 一瞬だったから見間違えた?




風早に連れて行かれたのは小さなバーだった。


「いらっしゃーい。あら司ちゃん」

「氷ちょうだい」

「まぁ。わかった、用意する」


風早は勝手に一番奥の席に座ったので、その隣に座った。


しばらくすると、氷が入ったビニールをタオルで包んで渡された。


「はい、どうぞ」

「え?」

「澤田気づいてなかった?」

「何が?」

「引っ叩かれただろ」

「何で?」

「頬が赤い。それ引っ叩かれた時になるやつ」

「ああ……」

「やっぱり思い当たることあるんだ」

「まぁ」

「さぁ、ちゃんと冷やして」


性別のよくわからないママ? だかに渡された氷を頬に当てた。


「ユキちゃん、全然客いないじゃん。この店大丈夫なの?」

「そう思うんだったら、一番高いの飲んでちょうだい」

「いいよ」

「ありがとう! 司ちゃん大好き!」

「あの?」

「大丈夫よ。司ちゃんがここへ連れて来たってことは、全部司ちゃんの奢りだから。好きなだけ飲んじゃいなさい」

「そういうわけには……」

「遠慮しなくても大丈夫。司ちゃんお金持ちなんだから!」


そういう言われ方、好きじゃないんじゃないかと思って、思わず風早を見ると、笑っていた。


「ユキちゃんは特別だから」

「ふふ。そうよワタシたち、特別な関係なの」

「もういいから、あっち行って」

「まぁひどい。でもそこがまたいいのよね」


そんなじゃれあいみたいなやり取りの後、ユキさんはカウンターの奥へ入って行った。


「合コンにでも行って、酔って女に手出した?」


何も言い返せなかった。


「お前のキャラじゃないだろ? 相手の女、美雪に似てた?」

「人の痛いとこをずけずけと」

「あきらめたんじゃなかった?」

「……あきらめてるよ。どうこうしたいとか考えてない。ただ、忘れられないから」

「ピンクの水玉の象のことはすぐに忘れろよ」

「え?」

「今何考えてる?」

「ピンクの水玉の象のことは忘れようと……」

「ほら。無理に忘れようとしたら、逆に忘れられないんだよ」

「はーい、お待たせ」


ユキさんがカウンターにグラスとボトルを置いた。


「シルバーじゃん」

「好きでしょ? こんなの司ちゃんしか飲めないから」

「一緒に飲もうよ。客いないし」

「やだぁ! ありがとう! そう言ってくれると思ってグラス用意してたの」


ユキさんは3人のグラスにお酒を注いでくれた。


「何これ? うまっ」

「そりゃあ、アルマンドだもの」

「アルマンドって何?」

「ただのシャンパンだよ」

「シャンパン……」

「司ちゃんはそんな言い方してるけど、普通の会社員じゃ躊躇する価格よ。聞かないで飲んだ方がいいわ」

「……そうします」

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