第19話 澤田 瞬---side13

思いつきでいけばな展に来たものの、少し後悔していた。

この後部活に行くつもりだったから、ラフな格好で来たせいでひどく目立つ。会場には、オレみたいなのはひとりもいなくて、母親と同年代か、それよりだいぶ年上の女の人ばかりだった。

たまに見かける男は、着物姿だったりするから、きっと関係者だ。

若い女の人も着物姿が多い。門下生ってやつなんだろうか。


花よりも人を見ながら中を歩いていると、会場の奥に人だかりがあった。


近づいてみると、そこには、屏風を背に、大きな松の枝と花が「いけられている」と言っていいのか、畳4畳分くらいはありそうな巨大な作品が展示されていた。


いけばななんてさっぱりわからないけれど、圧倒された。足を止めて見ずにはいられない。

人と人の隙間から、しばらく見続けていたら、周りの人がはっと息をのむような空気があった。

隣の人が向いている方向に顔を向けると、風早恭一がいた。

やっぱり着物姿だった。

周りにいる男たちも着物姿で、話をしながらこっちに向かって来る。

じっと見ていたせいか、目が合った。

すると、風早恭一は、そのまま真っすぐにオレの前まで来て、話かけてきた。


「もしかして司の友達?」

「え? いえ、あ、はい」


どっちなのかよくわからない返事をしてしまった。

あまり話もしたことがない風早司のことを友達と言うのは図々しすぎる。かといって、『違う』と言ってしまうと、ここにいる理由を聞かれた時、何か取り繕わなければいけなくなる。そもそもそんなことは聞いてこないかもしれないけれど。


「司なら、午後にならないと来ないよ。知らないってことは、さっきの返事は、『いえ』の方が正解なんだね。だったら……」


風早恭一は、近くにいた男性に何か耳打ちをした。

何か、言った方がいいのだろうか?


「いけばなとかよくわからないんですけど、あの松のやつ、目が離せませんでした」

「ありがとう」


風早恭一は微笑んだ。近くで見ると弟の風早司よりきれいな顔をしている。


「澤田くん」


風早恭一の後ろの方から、声がして、月島が現れた。


まさか会うとは思ってもいなかった。

学校で会うのとは全然違う。この前の打ち上げの時とも違う。他の誰よりも、きれいだった。


「いけばな興味あったんだ」

「まぁ。母さんが急に来れなくなって、ちょっと見に来ただけだけど……」


月島に笑われた。


「美雪、悪いんだけど、大町さん呼んできてれる?」

「はい」


名前……呼び捨てにするんだ。


風早恭一に頼まれた用事に向かう前に、月島はオレに声をかけてくれた。


「じゃあ、また学校でね」


月島の姿が見えなくなるのを見届けてから、風早恭一はオレの方に向かって言った。


「司の方じゃなくて、美雪の方なんだ」


その一言で月島をこの場に呼んだ理由がわかった。


わざとだ。


こいつは、確認したんだ。


オレがどうしてここに来たのかその理由を。


オレがこいつを見に来たってことを。

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