西川口のゴブリン退治 7

「田中さん、このビルに人間が居ますよね?上の方の階」


「ん、そうか?何で判るんだよ」


「だって、息遣い...。聞こえるでしょ?ゴブリン達に混ざって、人間の息遣いが」


暫くの間、田中さんは上階の方に意識を集中し、耳を澄ませていた。


「...うーん、わからん。上の方に、何やら、たくさん居るのは分かるけど、どれも同じように聴こえるなあ」


「いや、でも、ゴブリンの息遣いは、ふっふっふ...って感じだけど、それに混じって、ふーっふーっふー...って聞こえるんですよ。ひとり分。

それに、音の高さも違います。ふーっふーっふーっていう息遣いの方は、音が低くて、ゴブリン達より大きい身体だと思うんです」


「...そうなのかなあ。やっぱり分からん。

山田って、音楽の素養があるのか?」


「ええ、まあ。嗜み程度に」

正直、バンド活動していた頃の事は、思い出したくないのだが。


「そうか。で、人間が居るとして、どの辺りだ?このすぐ上とか?」


「いえ、けっこう上の階ですね。ここのビルって、5階建てでしたよね。かなり上の方...4階か5階に居ると思います」


「最上階あたりか...。ホームレスなんかが寝泊まりするために忍び込んだとしても、ゴブリンの群れを搔い潜って、そんな上まで行くかなあ?」


「迷い込んだ人間が、ゴブリンに捕まってるんでしょうか」


「ゴブリンに、そんな習性は無いと思うけどなあ。まあ、上まで行けば分かるだろうよ」


調査がメインの仕事なので、危なくなったら撤収する予定なのだが。

もし撤収する事になったら、中に居る人を見捨てて逃げるみたいで後ろめたい。


「じゃあ、2階に移動するか。おっと、その前に...。

ちょっと、ここの階段に居てくれ。ゴブリンが降りてこないか、見張ってて。すぐ戻るからさ」


と言うと田中さんは、ビルの入り口の方に行き、すぐに戻って来た。

手には、何やら御札おふだを持っている。ギルドが関係している小道具なのだろうが、以外にも和風のデザインだ。


「田中さん、それは?」


「これはな、魔物除けの札だ。

魔物は、この札に近寄れない。効果は、だいたい5メートルくらいかな。

ビルの入口のところに貼ってあった物だけど、気付かなかったか?」


気が付かなかった。しかし、今は判る。

この御札は、物凄い魔力を放出している。

ポーションを飲んでいるため、俺でも魔力を感じ取れるようになったのだ。


田中さんは、その魔物除けの札を階段の手すりに貼り付けた。


なるほど。この魔物除けが入口に貼ってあった目的は、ビルの中のゴブリンを外に出さないためなのだろう。

1階のゴブリンを全て片付けた後で、2階に続く階段を御札で封鎖。

続いて2階のゴブリンを一掃したら、御札を張り替える事で3階への階段を封じ、3階のゴブリンを退治しに行く...。これを繰り返す訳か。このビルに地下の階が無いのは、好都合だった。

最上階まで行かずに撤収したとしても、ゴブリンの生息域を狭めれば、とりあえずは仕事を達成した事になるな。

...それまでに、上の方にいる人間まで辿り着ければ良いのだが。


俺と田中さんは、2階へと急いだ。

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