西川口のゴブリン退治 3

西武線の秋津駅とJRの新秋津駅は別の駅なので、駅から駅へと歩いて移動する。

5分か6分の道のりなのだが、いったん駅の外へ出るのが微妙に面倒だと感じられる。

それほど離れていないのに、なぜ同じ建物にしないのだろうか。


朝の通勤時間、この2つの駅を繋ぐ商店街は、ヒト、ヒト、ヒトで、びっしり混んでいる。

それを見越して商店街の食堂は、店の前に設置された長テーブルの上に弁当を並べて販売している。どれも手ごろな値段で、出来立てだ。


「しかし、田中さん。こうやって新秋津駅まで歩いて行くのって、面倒ですよね。

都心だったら、きっと同じ駅舎にしますよね。

せめて、この商店街がアーケード街にでもなればいいのに」


「どうかな。新宿駅と西武新宿駅だって、あんなに近いのに別々の駅だろ」


それも、そうか。


「山田。昼飯用に、弁当でも買っていくか」


田中さんは、並べられた弁当を見て言った。


「え、今からですか?現地のコンビニとかでいいんじゃないですか?」


「コンビニ飯より、こういう定食屋が作る弁当の方が、美味そうだろう。奢ってやるよ...。

店員さん、このカツ丼弁当ふたつね。領収書もお願い」


テーブルの向こうに居る店員は、とてもカタギに見えない不審なコスプレ親父にビビりながら、弁当を袋に入れて渡して来た。

田中さんは、受け取った弁当を肩から担いだ、でっかいクーラーボックスに、ポイと放り込んだ。

どうやら、弁当が傾いて中身がずれても、気にしない人らしい。


「ところで、田中さん。何で今日はクーラーボックスなんて持ってきてるんです?弁当入れておくだけにしちゃ大きくないですか。釣りに行くわけでもないのに」


冒険者スタイルだけでも目立つのに、普通のクーラーボックスを肩から掛けている姿は、失礼ながら少々間抜けに見えてしまう。


「あ、これか?今日はゴブリン退治だろ?

ウジャウジャ出て来るだろうから、何匹か生け捕りして持って帰ろうと思ってな」


「生け捕り?どうして?」


「魔物は、死んだら魔石を落として、すぐに消滅するだろ。だから、魔物の体を調べたり実験したりするには、死なない程度のダメージのものを持ち帰るしかないのさ。ゴブリンくらいの大きさなら、手足を切り落としたせば持ち運べる程度の大きさになるからな」


クーラーボックスで冷やしている間に死んでしまわないのだろうか?

いや、それより、そんな魔物の死体を入れておくような箱に、弁当を入れておいても、気にならないんだろうか、田中さん。

気にならないんだろうな。


「田中さん、魔物の死体を回収する依頼なんて、ありましたっけ?」


「いや、特に依頼は無いんだけどな。生きた魔物なら、いつでもギルドが買い取ってくれるんだよ。魔石よりも高い値段でな。

生け捕りした魔物は、それだけ稀少なんだ。

持って帰る途中で死んだとしても、魔石に変わるだけだがな」


「へー。ギルドって、生きた魔物を使った実験してるんですね」


「実験するのは、ギルドじゃないよ。所沢だと防衛医大あたりだな」


防衛医大と云えば、所沢の冒険者ギルドが入っている航空公園駅の、すぐ目の前じゃないか。

なるほど、立地条件など色々考えられているんだな。


魔物の脅威を取り除く事は、害獣駆除や治安の維持という側面だけでなく、魔石のように富を生み出す資源の回収も含まれる。そのため、農水省、警察庁、経産省などが冒険者ギルドに深く関わる事は、良く知られている。そういえば防衛庁も関与していたんだったな。


「そういえば、山田。知ってるか?ここは帰還者が時々現れる街なんだぞ」


キカンシャ?


「帰還者というのは、異世界に行って戻ってくる奴の事だ」


そんなのが居るんだ?


「魔法や武具やポーションの知識や技術ってのは、そんな奴らが持って来たんだ。異世界で何年も暮らすうちに、あっちの技術が身に付いたってわけさ。

秋津ここはな、異世界と時々つながるんだよ。

凄い人混みだろ?それも皆、同じ方向を目指して歩いてる。こういう通勤の群れに混じって歩いているとな、そのまま異世界に入っちまう事があるんだよ」


え、オカルト?


「逆に、異世界人が、何の拍子か、この人込みに紛れ込んじまう事もあるんだけどな」


ホンマかいな


「異世界との行き来なんて、そんな頻繁にあるんですか?」


「あるよ。少なくとも秋津ここでは」


秋津駅は、所沢駅から1駅だ。冒険者ギルドのある航空公園駅からも2駅。目と鼻の先の距離にある。

帰還者とやらが大勢現れるのならば、冒険者ギルドが所沢にあるのも、理にかなっているのか。ギルドの目の前に防衛医大があるのと同じような理由かな。そういえば、ここ秋津にも、薬科大があったはずだな。


「そうは言っても、帰還者なんて、今までの人生で会った事ありませんよ。田中さんは、会った経験あるんですか?」


「うん、俺の師匠が帰還者だったよ」


マジですか?


「それから、山田も、帰還者に会ったはずだよ。

ギルドの受付に居る人が、そうだ。帰還者のエマさん」


え!?

あのお姉さん?

知らなかった。


まあ、顔に帰還者と書いているわけでもないからな。

知らないだけで、けっこう帰還者には会っているのかもしれない。

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