最初のクエスト5

新井さんからは風呂場を使って良いと言われたが、辞退した。

脱糞までしてしまったのだ。家に上がらせてもらうのも申し訳ない。

なので、庭先で水道を貸してもらい、ホースから出る水で尻を洗った。さすがに3月の寒さの中では、こたえる。

農作業なので着替えは持ってきていたが、パンツは無い。帰りはノーパンになるか。やれやれ。


はあ。ただの農作業のはずだったのに。死にかけた。熊を前にして、この体たらく。これで魔物の討伐依頼など来たら、命がいくつあっても足りないのではないか。

やはり冒険者になるなんて、無謀な選択だったのか。もう就活するには遅すぎるが、命には代えられないのではないか。


田中さんは、傍らで熊の死体の後始末をしている。


「田中さん、猟友会から助っ人の依頼でしたっけ。猟銃の免許持ってたんですか?」


「無いよ」


「え、いいんですか」


「いいよ。冒険者だと、そういうのは緩くなるから。薬事法も銃刀法も、冒険者には関係ないでしょ、基本的には」


そうだったな。

 

「でもまあ、今回は猟友会の人が撃った事にしとくよ、念のため。銃の持ち主が撃ったって云う方が、自然だしね」


「え、あれって田中さんの銃じゃないんですか?銃の持ち主の人は、どこに?」


「ああ、熊にやられてさ、瀕死の重傷」


「...大丈夫なんですか、その人?」


「うん。ポーション飲ませたからね。命に別状ないけど、そのまま寝かせている。俺は一人で熊を追いかけてきたってわけさ」


一般人にポーションを飲ませたのか、この人?冒険者にしか使っちゃいけない事になってるのに?薬事法に抵触するようなシロモノなのに?


「ところで山田、帰りはバスと電車だろ?俺、車だから送ってくよ」


「え、いいんですか?助かります。それじゃ、お言葉に甘えて」


「どこに住んでるの?」


小手指こてさし駅近くのアパートです」


「そうか、じゃあ車を取ってくるから、荷物まとめて、ここで待ってな」


今日一日で、ずいぶん田中さんとの距離が近くなったようだな。呼び捨てにされるようになったし。

ノーパンのまま電車に乗るのは、何となく嫌なので、ありがたい。



田中さんの車は、意外と普通の乗用車だった。

もっと山の中に乗り入れるのに適した車種を想像していたのだが、予想外だ。

それでも、例によって非日常的な冒険者の衣装のままで運転していた。こういうところは田中さんだな。


聞くところによると、田中さんは、午前中、既にオーク退治のクエストを終了させていた。

午後からは、猟友会の助っ人依頼で熊退治を完了させたのだ。やはり、凄いな、田中さん。


それにしても、秩父山中という所は、熊だけじゃなくオークも出没するのか。恐ろしい。

田中さんは、熊の胆だけでなく、オークを倒した時に得られる魔石も持ち帰っていた。どちらもギルドで換金できるそうだ。


「ところで山田、アプリ入れたよね?忘れないうちに、クエスト終了報告しといた方がいいよ」


「はい」


「お、噂をすれば、何とやら。

ギルドからだ」


田中さんはスマホを取り出し、片手で操作し始めた。

この人、運転しながらスマホ弄る人だったの?


「ん、朗報だ。今日のクエスト達成で、Cランクに昇格したよ」


「あ、おめでとうございます」


「て事で、メンターとして登録が可能になったわけだ。

弟子にしてやるよ。アプリで手続きしておきな」


あー...。

こりゃ冒険者やめられる雰囲気じゃなさそうだな。

いいか。この人に付いて行けば、今日みたいな事態になっても生き残れる。たぶん。


こうして、俺の初クエストは、終了したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る