最初のクエスト3

え?え?


熊??


埼玉県内で熊?


そういえば、秩父で熊が出没したってニュース、ずいぶん前に見た気がする。

て事は、ここ秩父で熊に遭遇するってのは、全くおかしな話ではないんだなあ...って、頭の中で冷静に考えていられる自分が不思議だ。


あ、熊の奴、こっちに歩いて来る。


待て待て待て。もっと冷静になれ、俺。


戦うのは無理だ。

ポーションは飲んでない。

武器も防具も身に着けてない。

全部、鞄の中に入れたまま、向こうに置いてある。


となると、どうにか、ここから離脱せねば。


えーと、死んだふりとか、木に登って逃げるってのは、確か逆効果だったんだよな。

そうそう、目を逸らしちゃいけないんだった。

熊の方も人間を恐れているんだ。目を逸らした途端に襲い掛かってくるって聞いた。

確か...確か、目を逸らさずに、ゆーっくりと下がって距離を取るのが最善だって、何かで読んだ。


手に持っていた農機具を地面に置いて、そーっと、そーっと、俺は後ろに下がったのだが...。

そういえば、後ろは、どうなっていたっけ。

小屋か壁か、障害物が有ったりしなかったっけ。

後ろは崖だったっけ?地面に大きな穴とか無かったっけ?

勢いよく転んだりしたら、そのとたんに襲い掛かられそうだ。

振り向いて確認したかったが、目を逸らすわけにいかない。


熊の方も、じっくりと近づいて来る。

こちらに敵意を持っているのが、分かってしまう。これが、殺気というやつか。

一気に襲ってこないのは、品定めをしているからか。


いつの間にやら、俺と熊との距離が縮んでいった。

10メートルくらいあった距離が、6メートルくらいになっていた。

熊の息遣いが聞こえてくる。そればかりか、獣臭い匂いまで判る。

そろそろ、熊がその気になれば、一息で襲える間合いじゃないのか...?


もう...無理かもしれん。ここで死ぬのか。熊に食い殺されて。

最初のクエストも達成できずに、Fランクのまま死ぬんだ。労災も適用されないんだ。

ゆうべ、冒険者ギルドに登録した事を電話で報告したのが、両親との最後の会話になってしまったな...。


ギルドの受付のお姉さん、素人相手に親切に手続きしてくれて、ありがとう。

せっかく冒険者になったのに、魔物やドラゴンと戦わず熊に食われる事になってしまったよ。農作業の合間に。


Dランク冒険者の田中さん。色々と教えてもらったのに、無駄になってしまったね。

昨日、田中さんと飲んだのが、最後の酒になってしまうんだね...。

冒険者は死にやすいって言ってたけど、ホントだね。いや、この状況、冒険者とか関係ないよね?ただ、農作業手伝ってただけだもん。


うう...死にたくない...。


その時だった。


「山田!伏せろ!!」


田中さんの声がした。


え?どこから聞こえるんだ?声の方向を見たかったが、熊から目を逸らすわけにいかない。


「伏せろったら!早くしろ!」


右の方から聞こえる。視界の片隅に、例によってRPGっぽい防具を着けた田中さんが走ってくるのが見える。

その手には、何か長いモノを持っている。


「え?え!?」


訳が分からないけど、助かった?


熊は田中さんの方を向いた。

俺は、慌てて地面に伏せた。


ズドーン!!!

ピシ!


銃声が聞こえたと同時に、俺の目の前の地面に、何か細かい物が、勢い良くめりこんだ。


田中さんが発射した猟銃だ。恐らく散弾だろう。


え?あと数センチズレてたら、俺に当たってたぞ。死ぬところだった?田中さんに殺されかけた?


熊は、どうなった?


なんと、熊に弾丸は掠っただけのようだった。まだ倒れていない。

どころか、殆どノーダメージ。散弾だから威力も弱いのか。


田中さんよ、こんな近距離で、外すか?

しかも、散弾で?


熊は田中さんに向かって走り出した。

良し、この距離なら外さないだろう、田中さん。

2発目を撃ってくれ!


「むう、もう弾が無いか」


絶望的な言葉を田中さんが呟いた。


ええぇ~。

どうすんのよ!


田中さんは、慌てず猟銃を投げ捨て、背負ってた刀を抜いた。

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