Dランク冒険者 田中さん 4

 冒険者たる物、装備を揃えなくてはならない。

俺の最初のクエストは農作業だから丸腰でも問題ないが、いずれ受ける予定の高度なクエストでは、武器の類が必要となるだろう。

新しく登録した冒険者が、ギルドから祝い金と支度金をもらえるのは、装備を揃える資金という意味でもある。

田中さんが、ギルド御用達の武器屋へ案内してくれるというので、お願いする事にした。田中さんも、ついでに買い物するらしい。


「その店って、近いんですか?」


「すぐそこだよ。今日もらった冒険者マニュアルの巻末の、指定武器販売業者リストにも載ってるはずだよ。ほら、この店だ」


田中さんが指さしたのは、普通のコンビニだった。

冒険者ギルド所沢は、航空公園駅の駅ビルの中にある。

目の前のコンビニも、駅から徒歩0分。

どう見てもコンビニだ。ゲームなどに出てくるような武器屋には、見えない。

中に入ってみても、並んでいる商品は、普通のコンビニにあるような物ばかりだ。


「ここ、装備の品揃えは、今一つなんだけど、山田君が受ける依頼は明日だし、遠くの店まで行く余裕は無いしなあ」


田中さんは、コンビニに入ると、買い物かごを手に取り、ズンズン歩いて行った。

裸の上半身に直接防具を着用し、翼のような飾りの付いた金属製のヘッドギアを被る男が、買い物かごを腕に引っ掛け買い物する姿は、コンビニに如何にも不似合いだった。

小瓶に入った、栄養ドリンクのような商品をポンポンかごに放り込んでいく田中さん。


「これ、みんなポーションね。有効期限を確認しながら買う方が良いよ。

これが、怪力ポーション。飲めば人間離れした筋力が出せる。使用時間に限りがあるけどね。

これは、加速ポーション。その名の通り、高速で動ける。

こっちは、体力増強剤。飲めば暫くの間は、疲れ知らずになる。

それから、疲労回復ポーションと、治癒ポーション、蘇生ポーションは、間違えやすいので要注意。

疲労回復ポーションは単なる疲労回復効果だけど、治癒ポーションは、死にそうなダメージ受けても回復できる。値段も段違いなんだ。

蘇生ポーションは、物凄く高価。死んだとしても、直後なら生き返らせる事が可能になるから。

買うときは、冒険者の身分証が必要。冒険者以外には、売ってくれないからね」


解説してくれるのはありがたいが、話の内容は、とても信じられない。


「あの、田中さん。そんな物凄い薬物があるなんて初耳なんですが、全て本物ですか?

そんな医療効果の高い薬が在るんなら、冒険者以外の一般人でも買えるようにすべきだと思うんですが」


「そりゃ、無理だ。薬事法に引っかかるような材料ばかり使ってるからだよ。

というより、入ってる素材は、本来は人間に対して使用できないような物ばかりだしね。それに、使えば間違いなく寿命が減る薬だから」


「は?なんで、そんなシロモノを冒険者は飲むんですか?」


「冒険者登録した時、誓約書にサインしただろ?命を失っても構いませんって内容の誓約書」


「あ...」


「それから、年に一回の無料健康診断。何もギルドは、そんなのを親切でやってるわけじゃない。

ポーションを使った効果や副作用なんかを研究するためのデータ収集でもあるんだ。

それぞれの冒険者が、どのポーションを購入したか、情報は全てギルドが把握しているからね」


なるほど...。うまい話には、裏があるって事か。


「次は、武器を見てみるか。ほら、これだ」


傘立てみたいなのに、バカでかい剣が無造作に何本も入ってる。観光地の土産物屋に売っている玩具のように見える。

田中さんに促されて手に取ってみるが、どれも驚くほど軽い。アルミか何かで出来てるように思える。


「でもこれ、刃が付いてないようですが。玩具じゃないんですか?」


「常人にとっては、単なる玩具かもしれんな。しかし、ほんの少しの魔力を込めて振るえば、鉄でもバターのように切れるんだ」


「魔力...?それ、どうやるんですか?」


「才能のある冒険者なら、5年か10年も修行すれば、一人前の魔法使いとして、相当なレベルに行けるらしい。

と言っても、そんなに時間はかけられないからな。だから、これを使う。魔力増強ポーション」


「それも身体に悪いんですよね?」


「もちろんだ」

サラリと田中さんは言う。


「まあ、他のポーションに比べると、副作用は軽い方だ。魔力の鍛錬も同時に続けて行けば、いずれ必要なくなる。

君の武器は、そうだな、他の装備も揃えなきゃならないし、長剣は予算的に厳しいかな。この短剣でどうだ」


田中さんが差し出す短剣は、長めの包丁くらいの大きさで、柄の部分に装飾が施してある。やはり、驚くほど軽かった。そして、安い。


「それから、防具。

これなんか、どうだ?俺が使ってるのと同じ製品だが。

かなりコンパクトに折り畳めるので、持ち運びにも便利だぞ」


折り畳めるのか、それ。でも、どうして田中さんは着用しっぱなしなの。


「田中さんのと同じですか。でもそれ、身体を防御している部分って、ほんの少しですよね?殆ど剥き出しになっちゃうし、アクセサリー着けてるのと変わりないじゃないですか。もっと全身を覆う鎧の方が良いんじゃないですか?」


俺がそう言うと、田中さんは、ふっと笑った。


「そう思うだろう?試しに、思いっきり殴って来な。防具の無い部分をな」


殴る?防具の無い部分と言うと、腹が剥き出しだな。

田中さんの腹筋は見事に割れていて、硬そうだ。これなら、少しくらい殴っても大丈夫かな。


「じゃ、お腹。行きますよ」


俺は拳を握り、軽めの力で田中さんの腹筋を殴った...つもりだった。


ガン!


俺の拳は、田中さんの腹ではなく、防具に当たった。


「あれ?変だな」


「ふふふ、もう一回、いや、連続して殴っていいぞ」


そう言われたので、もう一度拳を握り、連打した。

しかし、何度殴っても、全て拳は田中さんの防具に当たる。

どうしても拳は狙った所を避け、防具に引き付けられるのだ。

ちょうど、磁石同士が反発したり引き寄せられたりする感覚に似ていた。


「わかったかい?攻撃されても、全て防具に当たる。ダメージは全て防具が引き受けるわけさ。打撃だけじゃなくて、例えば炎で攻撃されても皮膚は焼けずに防具が焦げる。それから、暑い日も寒い日も快適に過ごせるわけだ」


それで田中さんは、この寒い時期に半裸の状態で過ごしてるわけか。単なるファッションじゃなかったんだな。


「でも、それなら素肌の上に直接防具を付ける必要も無いんじゃないですか?もしくは、防具の上から何か羽織るとか」


「おいおい、例えばTシャツなんか着て、その上にこの防具を着けるとしたら、どう思う?なんか不似合いで不格好だろう」


なんだ、やっぱりファッションを気にしてるのか。


「それに俺はいつも刀を背中に担いでいるからな。普通の恰好してると、銃刀法に引っかかるから、時々、警官から職務質問されるのさ。一目で冒険者と分かる格好なら、そういうトラブルも回避できるんだよ」


「じゃあ、僕も普段から田中さんみたいな恰好しなきゃいけませんか?」


「そんな事は無い。殆どの人はギターケースなんかに刀や装備品を入れて移動して、現場で着替えるそうだから、好きにすれば良い。

さてと、装備品は、こんなもんかな。あと、非常食なんかも有れば良いんだけど、それは、普通のカロリーメイトなんかで十分だ」


カロリーメイトは、すぐに見つかった。やっぱり、ここはコンビニだ。冒険者用の装備も、ついでに販売している。そいう店なのだ。


レジの近くで消費期限間近のポーションが安売りされていたので、買う予定だったいくつかのポーションをそれと交換した。クエストは明日なので、それで十分だ。

レジ打ちの店員は、カゴに入った我々の装備品に付いたバーコードをリーダーでピッピッと読み取って会計した。

田中さんはエコバッグを忘れたので、装備品をレジ袋に入れてもらっていた。


「山田くん、レシートは取っとけよ。経費だからね」

とアドバイスくれる田中さん。


買い物を済ませた俺たちは、航空公園駅から西武線に乗った。

「田中さん、今日は色々と教えていただき、ありがとうございました。

それで、あの、メンター制度なんですけど、田中さんに僕のメンターになっていただく事は、可能でしょうか?」


「ああ、うん。なってもいいし、なってやりたいのは山々だけど、無理なんだよ。

メンターになれるのは、Cランクからなんでね。俺はまだDランクだもん。ギルドに申請すれば、適した人を紹介してもらえると思うよ」


そうなのか。それは残念。


「だけど、まあ、その代わりと言っちゃ何だけど、聞かれた事は教えてあげるよ。

良かったら、一通りの事を説明しようか。今から酒場にでも行くか」


おお、酒場とは、RPGっぽいな。


俺たちは次に停まった所沢駅で降りて、駅前プロぺ通り商店街の居酒屋・鳥貴族に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る