#102 行きたい場所







 あっという間に二学期も終業式を迎え、今年も残すところ一週間を切ろうとしている本日、僕は朝から電車に乗っている。

 つい最近まで秋の名残を感じていたはずだが、今はすっかり冬の季節に様変わりしており、時間の進む速さには毎度驚かされる。

 あと少しで今年が終わるということに、僕はまだまだ実感が湧いていなかったりもしているが、それは今年があまりにも充実した一年であったからに違いない。

 思い返すのはどれだけ時間があっても足りないと思うほど、今年は沢山の思い出を作ることができた。

 だからこそ、僕はこんなにも今年が終わって欲しくないと強く感じているのだろう。

 しかし、どんな人に対しても時間というのは平等に与えられ、秒針は刻々と「未来」に進んでいく。

 「過去」を置き去りにしている…と表現することもできるだろうが、それは後ろ向きな表現であり、何とも切ない。

 今の僕は、今年が終わって欲しくないと思いつつも、それと同じくらい来年に対して期待や希望を抱えている。


 一年前の今日、僕は過去から抜け出せず、未来の自分を思い描くことができなかった。


 しかし、今の僕は「これから」に思いを馳せることができている。


 本当に、僕はこの一年で大きく成長することできた。


 そんなことをしみじみと思いながら、僕は一年前の自分と今の自分を重ね合わせる。




___今日は十二月二十五日、僕の十八回目の誕生日だ。










 冬休みに入った初日、僕のスマホに進さんから電話が掛かってきた。

 その内容は、クリスマスの日は進さんの家で誕生日パーティーをしようというものだ。

 それを聞いた僕は、元々クリスマスはそっちに帰省しようと思っていたこともあり、すぐに進さんへ了承の返事を伝えた。


 そこからなんやかんやしている間にクリスマスの今日を迎えたのだが、実は今、僕の隣にはとある人物が座っている。


「三人のお家に行くのは初めてだから、何だかドキドキしちゃうっ」


___その人物とは、もちろん姫花のことだ。


 進さんと電話をしている時、


『他に誰かを誘ってくれても良いからね』


 と、僕は妙に楽し気な進さんに伝えられた。

 その時の僕は、驚きと恥ずかしさが入り混じったような表情を浮かべていただろう。

 というのも、誕生日パーティーの話を聞いた瞬間、


(姫花も誘いたいなぁ)


 と僕は内心で考えていたからだ。

 恐らく、いや間違いなく、進さんはそんな僕の気持ちを見透かしていた。

 つまり、進さんが言った「誰か」というのは、「姫花」のことを指していたのである。


 電話が終わった後、僕は進さんに「気を遣われた」ことに悶えまくった。


 今年は色々と恥ずかしい出来事はあったが、身内に自分の気持ちを見透かされるというのがこんなにも恥ずかしいものだったとは…、あれは、今年一と言っても過言ではないほどの恥ずかしかった瞬間である。


 そして、しばらく時間を掛けて落ち着きを取り戻した後、僕は姫花に誕生日パーティーのお誘いメッセージを送った。


 すると、すぐに姫花からは「参加したいっ!!」というメッセージが返ってきた。


 こうして、僕は姫花と一緒に進さんたちのお家へ向かうことになったという訳だ。


 今、時刻はお昼までまだまだ時間があるという感じだが、誕生日パーティー自体はお昼過ぎからの予定であり、その時間を目掛けて進さんが僕たちのことを駅へ迎えに来てくれることになっている。

 では、何故こんな少し早い時間から姫花と電車に乗っているかというと、進さんたちのお家に行く前に、僕にはどうしても「行きたい場所」があるからだ。

 姫花にはそのことを事前に伝えており、一緒に着いてきて欲しいともお願いしてある。

 そこに行くことに対して、昨日の夜は緊張や不安を感じていたが、今は姫花が隣にいてくれるという安心感の方が強く、緊張や不安はほとんど感じていない。


 姫花が一緒にいてくれることで、今日はようやくあの場所に行くことができる。


 そんなことを思いながら、僕は姫花と繋いでいる手に少しだけぎゅっと力を込めた。

 姫花はすぐにそのことに気付き、「どうしたのっ?」と僕に尋ねてくる。

 それに対し、


「いや、姫花が一緒にいてくれて嬉しいなぁと思って」


 と僕は素直な気持ちを伝えた。

 そうすると、いきなり僕がそんなことを言い出したので、


「もぉ~いきなり何っ、ふふっ♪」


 と姫花は楽しそうに笑い始める。

 その笑顔がとっても可愛くて、自然と僕にも笑顔が浮かび始めたのは言うまでもない。


 そうして僕と姫花は、その後も手を繋ぎながら目的地に着くまでの電車時間を楽しむのだった。










***










 電車を降りた後、昨日進さんが教えてくれた道のりを姫花と歩き、しばらくして僕たちはその場所に到着した。

 ここには、この場所特有の静謐な空気が流れており、それを肌で感じ取った僕は、「ついにここへやってきた」ということを強く実感する。


「姫花、行こっか」


「うんっ」


 そして僕たちは、更にその場所の中をゆっくりと進んでいき、とうとう「そこ」の前までやってきた。


 「そこ」を目にした瞬間、僕の頭には次々と大切な思い出がよぎり始め、痛みとはまた違った言葉にならない感覚が、僕の胸を優しく締め付ける。


___あの日からちょうど三年。


 この場所に来るのに、随分と遠回りをしてしまった。


 本当は…ここに訪れたいとは何度も思っていたのだ。


 しかし、去年までの僕は、その勇気を持ち合わせてはいなかった。

 それに、ここに来たら最後、僕は自分自身が分からなくなってしまいそうだったから。


 でも、今は違う___。


 今の僕は、胸を張って「二人」に向き合うことができる。


「久しぶり、父さん、母さん」


 そして僕は、父さんと母さんが眠る「お墓」の前で、そんな再会の言葉を口にした___。




 父さんと母さんが亡くなった後、進さんが僕に二人のお墓をどうしようかと尋ねてきた時があった。


 父さんは実家と絶縁をしており、母さんは身寄りがない。

 生々しい話だが、二人の眠る場所がどこにもないというのは、事後処理としてどうしても考えなければいけない問題だった。

 そこで進さんは、僕の家の近くにお墓を建てようと提案してくれた。

 恐らくだが、僕がいつでもお墓参りに行けるようにという配慮があったのだろう。


 しかし、僕はその提案を突っぱねた。


 その時の僕は、父さんと母さんを「拒絶」していたからだ。

 近くに父さんと母さんの存在を感じる「何か」があると考えるだけで、僕は自分の気持ちがざわついて胸が苦しかった。

 そのため、僕は家の近くにお墓を建てないで欲しいということと、場所などは全部進さんに任せるという身勝手な言葉だけを伝え、その時は部屋に閉じこもった。

 今になって思えば、父さんや母さん、それに進さんになんて酷いことをしてしまったんだとあの時の自分を責めたくなる。


 そして、僕からのそんな返事を聞いた進さんは、今僕と姫花がいるこの場所に二人のお墓を建ててくれた。

 この場所は、進さんたちのお家の最寄り駅から更に二駅移動した場所にある。

 ちなみにだが、どうしてこの場所になったかというと、このお墓のすぐ近くに「二人の思い出の場所」があるからだ。

 その場所とは、視界一面に沢山の花が咲き誇る大きなお花畑のことである。


___父さんは、そのお花畑で母さんにプロポーズをした。


 あの時、進さんからここに建てると聞いた時は何も思わなかったが、今はここを選んでくれたことに感謝の気持ちしかない。

 何より、進さんが二人の思い出を大切に扱ってくれているということに、僕の胸の奥からは嬉しい気持ちがこみ上げてくる。


 この後、進さんには改めて三年分の感謝を伝えよう___。




 そうして、僕は姫花とお墓の前にしゃがみ、用意していたお花を飾って、お線香をあげる。

 そのまま僕たちは、二人の眠るお墓に手を合わせた。


 二人に何を話そうかということは、お墓参りに行くと決めてからずっと考えていた。


 しかし、いざお墓を前にすると、何から話せば良いのか分からなくなってしまう。

 それでも、僕にはこれだけは絶対に二人に話そうと思っていたことがあったので、最初はこの話をしようと思った。


(父さん、母さん。僕の隣にいる女の子を紹介しても良い?)


 それは、今日ここまで僕と一緒に来てくれた姫花のことだ。


(この子は愛野姫花さん。星乃海高校では学校一の美少女なんて言われているくらい可愛くて、人気者な女の子なんだよ)


 当初の予定では、お墓参りは僕一人で行くつもりをしていた。

 だけど、僕はどうしても姫花のことを二人に紹介したかったので、こうして一緒に来てもらうことにしたのだ。


 僕が今ここにいるのは、他の誰でもなく、姫花がいてくれたおかげである。


___僕に「生きなければいけない理由」をくれた大切な人。


 僕は、二人に姫花のことを話せる日を心待ちにしていた。


(姫花は本当に優しくて、可愛くて、素敵な女の子でね、いつも僕に元気や勇気をくれるんだ)


 もし、二人が生きていたら、姫花を見た時にどんな反応をするのだろう。


 父さんは、きっとびっくりした声を上げるんだろうなぁ。

 「朔が女の子を紹介するなんて…」とか言いながら、その日は遅くまでお酒を飲みそうだ。

 普段はお酒を飲まない父さんだが、僕に良いことがあった日や特別な日などは、進さんを誘ってよく遅くまでお酒を飲んでいたことを僕は知っている。


 母さんは、きっと姫花と仲良くなりたがるに違いない。

 二人の性格はとってもよく似ているので、きっと二人はすぐに仲良くなるだろう。

 二人が仲良くなった後の服選びは過酷なものにもなりそうだが…、きっとそれ以上にその時間は楽しいものとなるはずだ。


(実はね、えと、僕はそんな姫花に…恋をしてるんだ。姫花は、僕にとって「これから」もずっと一緒にいたいと思える人で…、あははっ、二人にこんなことを話すのは何だか恥ずかしいな。僕は今、生まれて初めての恋に絶賛翻弄されているところだけど、恋をするのってこんなにも胸が温かくなって、幸せを感じるものなんだね。…父さんが母さんと出会った時も、こんな感じだったのかな?)


 今はまだ、僕と姫花のことを表現するのに相応しい関係性というのはないけれど___、


(次に来た時は、二人がもっとびっくりするような報告ができるようにがんばるね)


___次にここへ来る時は、しっかりと僕たちの関係性に「名前」が付いていると良いな。


 そのままチラッと横を見ると、肩が触れ合う距離でしゃがみ、目を閉じて手を合わせている大好きな女の子の姿が目に入ってくる。


 ここに来る電車で、姫花は「朔のご両親には沢山お話したいことがあるのっ」と言っていた。


 僕は、姫花と二人が話している「もしも」の姿を想像し、その幸せな光景に頬を緩める。


 次も、その次も、こうして姫花と二人でお墓参りに来ることができますように。


 そんな未来を思い浮かべながら、僕も再び目を閉じ、大切な思い出を一つ一つ二人に話し始める。




 それからしばらくの間、僕と姫花は心の中で二人と話し続けた___。






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