#100 良いこと







 文化祭が終わってしばらくし、中間テストが終わった日の放課後、僕たち三年六組の生徒は「焼肉店」を目指して歩いていた。

 そこは、学校から歩いて十五分ほどのところにある焼肉食べ放題のお店であり、何を隠そう、これは文化祭でグランプリを獲ったことに対する「お祝い」だ。

 理事長先生からプレゼントを考えて欲しいと言われた僕は、クラスの男子たちが「焼肉」と話していたことを思い出し、ダメ元で理事長先生に「焼肉の食べ放題」をお願いしてみた。

 それがまさかの採用となり、今日がその「焼肉」の日となったという訳である。

 予約はもちろん、代金も全て理事長先生がお祝いということで出してくれることになり、理事長先生には頭が上がらない。

 しかし、ここには理事長先生はおらず、代わりに四宮先生が僕たちの引率という形で同行をしてくれているため、今度理事長先生に会った時には沢山感謝を伝えたいところだ。


「テストが終わったばっかだし、時間もちょうど昼メシ時だからさ、めっちゃ腹減ってきたわっ!」


「そうだねっ」


 そうして僕は、一緒に歩いている悠斗と会話を始める。


「それにしても、本当に焼肉になったって聞いた時はマジで驚いたぜ」


「あははっ。みんなびっくりし過ぎて大騒ぎだったもんね」


「朔が体育のバレーでいきなり無双し出した時くらい声出たわっ」


 理事長先生との会話の後、クラスに戻って焼肉の食べ放題になったことを伝えると、


『えぇぇぇぇぇっ!?』


 という声がクラス中に響き渡り、みんなは一瞬放心状態になっていた。

 その時のみんなの顔は傑作で、今思い出しても笑いがこみ上げてくる。

 そこには四宮先生もいたのだが、四宮先生ですら驚きで目を丸くしていたのは何だか面白かった。

 恐らくだが、四宮先生は文化祭の「良いこと」がどんなことであるのかは知っていたのだろう。

 しかし、僕がいきなり例年とは違う「良いこと」の内容を話したことで、予想外の展開に驚きを隠せなかったという訳だ。

 そして僕は、理事長先生の厚意でいつもとは違う「良いこと」の内容になったということと、他のクラスには内緒ということをみんなに説明した。

 特に、焼肉が「良いこと」であるのは今年だけのことであり、毎年そうだと思われてしまっては理事長先生の負担が大きくなる。

 そのため、僕は万一の保険として「バレたら焼肉がなくなるかも…」と少し意地悪な言葉を付け足しておいた。

 すると、その効果もあってか今日まで他のクラスに「焼肉」のことがバレることはなく、こうして無事に?学校から移動ができている。

 …それだけクラスの焼肉に行きたい欲が高かったということだろう。

 理事長先生に提案をした後、


(女の子たちは焼肉とかのがっつり系は嫌だったかな…?)


 と少し不安に思っていたりもしたので、男子たちは言わずもがなだが、女子たちも乗り気でいてくれて僕は安心した。


 そして、ついに目の前にそのお店が見え始め、


「今日は元を取るくらい食ってみせるぜっ!」


 と悠斗が宣言するのを聞いて、僕は自分の口角を持ち上げる。


 そうして僕たちは、そのお店の中へと足を進めた___。










***










「みんなっ、改めて文化祭お疲れさまでした!みんなとがんばった成果がグランプリとして認められて、今こうして一緒にごはんを食べられること、本当に嬉しく思います!ちょうど今日は中間テストが終わったというのもあるので、この二時間だけは一旦勉強のことを横に置いて、楽しい時間にしましょう!」


 そのままみんなで「いただきます」をした後、僕は挨拶を終えて自分の席に腰を下ろした。

 すると、


「挨拶お疲れっ、朔!」


「川瀬お疲れー」


「お疲れい~」


 という感じで悠斗たちが僕を出迎えてくれたので、僕は三人に「ありがとうっ」と返事をする。


「そんじゃあ俺らも食べ始めるとしますかっ!」


 この焼肉店のテーブルは四人一組となっており、僕たちは男女に分かれて座っている。


 そのため、今日は何気に初めて悠斗以外の男子たちと一緒にごはんを食べるということもあり、若干の緊張をしているところだ。

 三年生になってからは他のクラスメイトとも積極的にコミュニケーションを取っており、休み時間や体育の時でも普通に話したりするので緊張する必要はないのだが、こうして顔を見合わせながらゆっくりと話すというのはまた違った感じがしている。


 ただ、今日は折角の機会なので、他の男子たちともっと交流ができたら良いなぁ。


 そんなことを考えていると、悠斗がいきなりカルビを十人前も頼もうとし始めるので、僕たち三人は「おいっ!」と悠斗にツッコミを行った。

 そのツッコミのタイミングがバッチリ重なったことが面白くて、僕たちは揃って笑い声を上げ始める。


 こうして、僕たちの楽しい焼肉イベントがスタートした。










 焼肉を食べ始めて早くも一時間が経過した今、僕はクラスメイトの男子たちに周りを囲まれている。


 つい先ほどまで、僕はテーブルが同じ三人と仲良く趣味の話をしていた。


 最初こそ緊張はしていたものの、話し始めたらいつものように会話をすることができ、途中からは自然と楽しさから笑みが浮かんできたほどだ。


 だからこそ、僕は油断していた。


 テーブルが同じ男子の一人から「川瀬に聞きたいことあるんだけど」と言われた時、僕はかなり気分が乗っていたこともあり、


「何でも聞いてよっ」


 と返事をした…してしまった。


 その瞬間、彼は笑みを浮かべ、僕にこう言ってきたのだ。


「川瀬って愛野さんとやっぱ付き合ってたりすんの?」


 僕はいきなりの直球過ぎる質問に「…えっ!?」と思わず声を出して驚いてしまい、それが隣のテーブルにも聞こえ、『何だ何だ?』という感じで僕たちのテーブルにぞろぞろと男子が集まってきた。


 そして、もう一人の男子が集まってきたみんなに今の状況を説明し、気付けば僕は周りを囲まれていたというのがここまでの出来事だ。


 みんなはその話が気になるようで、今も好奇心に満ち溢れた視線を僕に向けてきている。

 その視線は、これまで他の男子たちから向けられてきた僕を非難する視線ではないため、不快感などは全くない。

 だからこそ、余計にその質問には答えないなんて言えるはずもなく(そもそも何でも聞いてと言ったのは自分だから…)、僕は「やらかした…」という気持ちと恥ずかしさを感じ始める。

 そうしてもじもじしていると、「でっ、どうなんだ!?」と質問をしてきた男子が楽しそうにそう言葉を重ねてくるので、僕は「えぇと…」と口ごもりながら、一拍置いてこう言った。


「姫花とは、付き合ってないよ?」


 その返事に、男子たちは『本当かぁ~?』と僕の発言を疑う声を上げ始めるので、僕は何度も頷いてその言葉を肯定する。

 そうして、何とかその発言を認めてもらう?ことに成功し、ホッと一息つこうと思っていると、


「てかさ、川瀬って最近愛野さんのこと、名前で呼んでるよな?」


 と男子の中の一人がそう発言し、『それな!』とみんなは盛り上がり始めた。

 そんなみんなの様子に、僕は段々と自分の顔が熱くなっていく。


「なぁなぁ、二人はいつから名前呼びになったんだ!?」


そのまま顔を赤くさせていると、また別の男子からそんな質問が飛んできた。

 続けてみんなも『聞きたい!』というワクワクした声を上げるので、「えっと、文化祭のフォークダンスの時…かな」と羞恥心を抱えたままそう言うと、


『フゥー!!』


 と男子たちから歓声が上がる。


「あの時な!」


「遠くから見ててもドキドキしたわ!」


「完全に二人の世界に入ってたよな!」


 そこからみんなは、あの時の僕と姫花の様子をあれこれ話し始めた。

 南さんからはよく「二人の世界に入ってる」なんてことを言われたりするが、まさか男子たちにも同じことを思われていたなんて知らず、僕の恥ずかしさはもう限界を迎えようとしている。

 そして、みんなからのニヤニヤに身悶えしそうになっていると、こんな質問が僕に投げ掛けられた。


「川瀬は愛野さんのこと、どう思ってるんだ?」


 僕はその質問に、「えぇ!?」と再び大きな驚きの声を上げた。


(こんなの恥ずかし過ぎるよっ!)


 しかし、彼らの楽し気な追及はとどまるところを知らず、やはり答えることしか選択肢はないと諦めた僕は、自分の顔を真っ赤に染めながらこう口を開いた。


「…僕は、姫花のことを、その、とっても魅力的に思ってるよ。優しいところも、がんばり屋さんなところも、たまにムッとしちゃうところも、笑顔が可愛いところも…僕は、姫花の全部が本当に素敵だなぁって…はい、思ってます」


 そうして話し始めたのは良いものの、途中でとうとう恥ずかしさが限界に達した僕は、


「もう終わりっ!」


 とみんなに告げ、顔を隠しながら身悶えし始めた。

 男子たちから、今度は生温かい視線が向けられているような気もするが、今の僕にはそれを気にしている余裕などこれっぽっちもない。

 とりあえず、顔の熱が冷めて落ち着くまではこのままでいよう。


 そこから僕は、黒歴史確定の自爆状態をしばらく維持し続けた___。










☆☆☆










 俺は手に持っていたスマホの録画停止ボタンを押し、前に集まっているクラスの男子たちに視線を向ける。

 ちょうど今、朔が愛野さんのことを話して自爆し、隣で声にならない声を上げ始めているところだが、みんなには全く同じことを考えていそうな表情が浮かんでおり、俺はそれに共感を覚える。

 恐らく、いや、間違いなく、みんなが考えていることはこれだろう。


『もう早く結婚すれば良いのに』


 これは朔と愛野さんの近くにいる時にいつも俺が思っていることだが、今日こうしてみんなにも共有ができて本当に良かった。

 今のみんなは、口から砂糖が出てきそうなあの甘い気持ちになっているはずだ。


 そのまま男子たちにサムズアップすると、みんなも同じように親指を立て、満足げな笑みを浮かべながら頷きを返してくる。


『二人のことは、これからも優しく見守っていこう』


 そして、俺たちはアイコンタクトでそんな約束を交わし合い、お腹だけでなく胸をもいっぱいにさせた。


___三年生になってから、俺の学校生活は益々楽しくなった。


___それは、川瀬朔っていうすげぇ面白くて最高なヤツと、こうしてダチになれたからだ。


___朔、俺とダチになってくれて本当にありがとな。


 俺は、これからもこの最高のダチと一緒に楽しい時間を過ごせることに、期待で自分の胸を膨らませる。


 そうして俺は、恥ずかしさから復活し始めたダチの肩に自分の腕を回し、「楽しいなっ!」と言いながら笑顔を浮かべた___。




 …ちなみに、朔がみんなに囲まれた辺りからこっそり撮っておいた動画は、しっかりと南にも送信しておいた。

 それが案の定愛野さん本人にまで伝わり、朔は焼肉終了後にもう一度身悶えしていたのだが、その様子は傑作だったと言っておこう。






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