#98 文化祭 中編







「ありがとうございましたー!」


 愛野さんと宣伝をしながら校内を歩き回った後、現在僕は三年六組の教室にて接客対応をしている。

 予想以上に多くのお客さん(生徒や外部からの参加者)が和装カフェに足を運んでくれているため、僕たちのクラスは大忙しだ。

 接客は相も変わらず女装姿で行っているのだが、しばらくこの姿でいることもあり、僕は段々と慣れを感じ始めている。

 そう言いつつ恥ずかしいものは恥ずかしいが、和装カフェに来てくれる生徒の中には僕を目当てに来てくれる人がそれなりにおり、とっても恥ずかしいけど楽しんでくれる人がいるなら…という「サービス精神」に近いものが、女装に対する僕の羞恥心を抑え込んでくれているという訳だ。


 そんなこんなで接客を続けていると、見覚えのある四人組が和装カフェにやってきた。


 その四人とは、戌亥さんに堀越くん、それに柄本さんに深森さんのことである。


 この前のアルバイトの時、僕は戌亥さんと柄本さんに文化祭の招待券を渡した。

 二人が星乃海高校の文化祭に行きたいとずっと言っていたというのもあるが、二人にクラスの出し物に来て欲しいという気持ちもあったし、去年は二人に素っ気ない対応をしてしまったので、こうして招待をしたのである。

 ちなみに、堀越くんと深森さんの分の招待券もその時に渡しておいた。


「あっ!流歌ちゃん!」


 そして、どうやら僕だけでなく、愛野さんもその四人の来店に気付いたようだ。


 愛野さんはすぐに四人の元へと移動し、そのまま四人をテーブルへと案内し始める。

 僕はそんな五人の姿を見ながら、「どうしようか…」と今日一番の悩みを抱えていた。


 というのも、今の僕は女装姿であるからだ。


 本当なら僕も愛野さんと一緒に四人の元へと向かうところなのだが、この姿で行ってしまったら最後、戌亥さんと柄本さんにいじられまくるのは目に見えている。

 柄本さんにはまだバレていないが、戌亥さんには愛野さんと南さん経由で体育祭のことがバレてしまい、その時はこれでもかというほどニマニマとした笑みを向けられた。

 その時でも大変だったのに、そこに柄本さんが加わったりなどしたら、僕の身が持たないのは確実だ。


 そのため、今の僕が取るべき行動は、「四人にバレないようにする」である。


 招待をしておいて会わないというのは申し訳なく思うが、これ以上黒歴史を積み重ねないためにも、この行動は英断と言えるだろう。

 四人がいるのは奥のテーブルであるため、ひとまず手前のテーブルの接客をしながら嵐が過ぎ去るのを待つしかない。


 そうして前の方でコソコソとしていると、


「川瀬ーっ♪」


 という愛野さんの声が例の方向から聞こえてきた。


 僕はその声に肩をビクッと震わせる。


 恐る恐るそっちの方に視線を向けると、驚いた表情を浮かべている堀越くんと深森さん、それに「良い獲物を見つけた」と言わんばかりの笑みを浮かべている戌亥さんと柄本さんの姿が目に入り、


(あっ、終わった…)


 と僕は瞬間的にそう感じた。

 しかし、バレてしまった以上、僕はもう逃げも隠れもできそうにない。


 まさか、アルバイトの仲間たちに女装姿を見せることになるなんて…。


 そして僕は、重い足取りで一歩ずつそのテーブルの方へと歩みを進めた。










「あははっ!川瀬っちのこんな貴重な姿を見ることができるなんてなっ!」


「はじはじがぁ~はじはじちゃんになっちゃいましたぁ~」


 四人のいるテーブルに移動をすると、案の定二人は僕の女装姿に騒ぎ始め、僕の羞恥心を刺激し始める。


「まさかはじはじが女の子だったとは~」


「いや、僕は男だからねっ!」


「でもよ、今の川瀬っちはどっからどう見てもただの女の子だぜっ?」


「自分も最初は女性の方だと思ったので、川瀬さんだとは分からなかったであります!」


「ちょっ、堀越くんっ!?」


「ふふっ、今の川瀬さんはとても可愛らしいと思いますよ」


「ふ、深森さん、恥ずかしいです…」


 また、堀越くんと深森さんも参戦し、僕はそのまま怒涛の攻撃を受けてあっけなく自分の顔を真っ赤にさせた。

 学校のみんなに見られるのとはまた違った質の恥ずかしさが全身を駆け巡り、僕はもう穴があったら入りたいという感じになる。

 そこから僕のメイクで女性陣がキャッキャと盛り上がり始め、隣からは愛野さん、前からは戌亥さんと深森さんが僕の顔を見つめてくるので、僕は両手で顔を隠して身悶えし始めた。

 そのまま湧き上がる恥ずかしさにもじもじとしていると、


「まぁでも、川瀬っちが楽しそうで良かったぜ」


 と柄本さんが言ってくるので、僕は柄本さんの方に視線を向ける。

 すると、柄本さんは僕に優しい眼差しを向けてきていた。


「ここに来る時、いぬちゃんと少し心配してたんだ」


「心配…ですか?」


 そして、柄本さんは更にこう話を続けた。


「去年の文化祭の後、川瀬っちは何か思い悩んだような、辛そうな顔をしてただろ?最近の川瀬っちは明るくなったから大丈夫だとは思ってたけど、やっぱりちょっと気になってな。でも、こうして川瀬っちの姿を自分の目で見て、そんな心配はなくなったよ。今の川瀬っちは、本当に楽しそうな顔をしてるからなっ。…きっと『ここまで』来るのにさ、川瀬っちは沢山の何かを乗り越えてきたんだろ?俺らは全部を知ってる訳じゃないけど、これだけはいつもみんな思ってるから言わせてくれ」




___本当にすごいなっ、川瀬っちは。




「…ぁ」


 柄本さんからの言葉に、僕の胸には温かい気持ちが広がっていく。


 まさか、柄本さんと戌亥さんが僕のことをこんなに心配してくれていたとは知らなかった。

 しかし、思い当たる節もある。

 文化祭の準備期間が始まったことを伝えてから、二人はバイトの休憩時間に沢山文化祭のことを僕に尋ねてきた。

 恐らくあれは、僕のことを気に掛けてくれていたのだろう。


 柄本さんが今の話の中で言っていたことだが、僕はこの四人に過去のことを詳しく話してはいない。


 なぜなら、僕は過去の話を掘り返して四人と悲しさを共有したい訳ではないからだ。


 僕は、「今」の僕を知ってくれている四人と、「今」の楽しい話がしたいのである。


 そんな四人に視線を向けると、みんなの顔には優しい笑みが浮かんでおり、こんなに素敵な人たちと関わりを持てたことに、僕は改めて感謝の気持ちが溢れ出す。


 柄本さん、いや、大切な人たちから「すごい」と成長を認めてもらえたことで、「前を向く」と決めたクリスマスの日から今日までの自分自身が、何も間違っていなかったのだと僕は強く実感することができた。


 その嬉しさを抱えたまま、僕は横にいる愛野さんの方に視線を向ける。


「やったねっ♪」


 愛野さんにはその視線の意味など全部お見通しで、まるで自分のことのように嬉しそうな笑顔を僕に返してくれた。


「うんっ!」




 そうして僕は、自分の確かな成長を実感し、その喜びを全身で噛み締めた。










***










 星乃海高校の文化祭も終盤に差し掛かり、今は体育館にて有志発表が行われているところだ。

 ステージでは三年の女子たちがダンスを披露しており、会場は大きな盛り上がりを見せている。

 それをステージ横から眺めながら、僕は悠斗と一輝と一緒に次の出番の最終確認をしていた。


「いよいよこの次だなっ!」


「発表順が最後だから緊張しちゃうね」


「ふっ、そうだな。でも、練習通りやれば問題ない」


 そう、僕と悠斗と一輝の三人は、このあと有志発表にバンド演奏で参加をする予定である。


 僕は一輝の言葉に「だねっ」と頷きを返しながら、今日に至るまでの練習期間を頭の中で振り返り始めた___。










 あれは夏休み前、ちょうど次の日から面談が始まろうとしていた日の休み時間だった。


「朔、一輝!俺ら三人で文化祭の有志発表出ねぇか!?」


 廊下で三人仲良く他愛もない会話をしていると、急に悠斗がそんなことを言ってきた。

 悠斗が言うには、


「昨日の部活で文化祭の話になってさ、それで有志発表のことを思い出したってわけよっ」


 ということらしく、「ちなみに聞くが何をするつもりなんだ?」と一輝が悠斗に問い掛けると、


「そりゃあもちろんバンド演奏だっ!」


 とのことだった。

 そんな悠斗の言葉を聞き、僕と一輝はひとまず悠斗のプランに耳を傾けることにする。


「前に朔はベースができるって言ってたろ?」


「まだまだ初めて数ヶ月くらいだけどね」


 どこかのタイミングで、僕は趣味でベースを弾いていることを悠斗に話したことがある。

 そのベースとは、もちろん春休みにイリーナ先輩から譲り受けたものだ。

 ベースを弾くのは意外と楽しく、最近ではもっぱら僕の勉強の息抜きになっている。

 どうやら悠斗は、その話を覚えていたようだ。


「それに、一輝は去年の有志発表にバンドで出てたよな?」


「あぁ。部活の先輩に誘われてドラムをやったな」


 僕は去年の有志発表を見ていないので知らなかったのだが、どうやら悠斗も一輝もバンドとして有志発表に参加をしていたらしく、一輝はドラムを、悠斗はギターボーカルをしたそうだ。


「ちなみに一輝は他に出る予定とかあんのか?」


「いや、今年は特にないな」


「俺も今年はない、というかこの三人で出ようと思ってたから予定は入れてないんだよなっ」


 悠斗は予定が空いていることを強調しながら、僕と一輝にワクワクとした瞳を向けてくる。

 そして、


「ちょうどギターとベースとドラムが揃ってるし、どうだっ、やらねぇか!?」


 と言いながら笑みを向けてくるので、僕たちは「仕方ないなぁ」というような感じで肩を竦め、バンドリーダーにこう言った。


「良いよ、やろっか」


「俺も参加しよう」


 その後、悠斗が廊下で「よっしゃーっ!!」と大きな声を上げたせいで「何事だ!?」と凄い注目を浴びたりもしたが、こうして僕たち三人のバンド結成が決まったのだった。




 そこからしばらく時間が経ち、夏祭りの日の三日前、僕と悠斗と一輝の三人は楽器店へとやって来た。

 結成からこうして三人で集まるのに少し期間が空いてしまったのは、悠斗も一輝も七月は部活動があったからだ。

 そのため、今日まではそれぞれが時間を見つけては自宅で自主練という感じであったが、僕は部活動がない分、楽譜を見ながらであれば曲の最後まで弾けるようにはなっており、悠斗も一輝も一番までは覚えたと言っている。

 ちなみに、演奏する曲はもう既に決まっており、僕が提案したとあるロックバンドの曲が採用となった。


 そのまま楽器店の中に入ると、沢山のギターやベースが壁一面に引っ掛けられているのが目に入り、僕たちはその光景にキョロキョロと視線を動かし始める。

 すると、お店の人が声を掛けてきてくれたので、僕は戌亥さんの紹介で来たことをその人へと伝えた。


 この場所は、八月八日のアルバイトの時に戌亥さんから紹介してもらった楽器店である。


 ここはスタジオも完備している楽器店で、スタジオの利用料も安くて機材も充実しているからオススメだと戌亥さんに教えてもらった。

 それに、戌亥さんがギターを買ったのもここであり、


「店長とも仲良しなので~るかちゃんが話を通しておきますよ~」


 とのことだったので、僕は戌亥さんの厚意に甘えることにしたという訳だ。


 そうして戌亥さんの名前を出すと、どうやら声を掛けてきてくれたのがその店長さんだったようで、すぐに一番広いスタジオへと僕たちを案内してくれた。

 スタジオのサイズは大中小という三つのサイズがあって、利用料金もサイズによって違うのだが、戌亥さんの知り合いということで小スタジオの料金で大スタジオを利用させてもらえることになり、後で戌亥さんに感謝のメッセージを送っておこうと僕は思った。


 そこからスタジオの説明を店長さんから聞き、僕たちは一つ一つ確認しながら演奏するための準備を進めた。


「去年の夏休みは部活終わりに教室を借りて練習とかしてたからさ、こうやってスタジオで練習するのって新鮮だぜっ」


「俺もこうしてスタジオに来るのは初めてだ」


 二人は初めてのスタジオに興奮した様子であり、僕はそれを見て何だか懐かしい気持ちになる。

 僕もスタジオを借りるというのは初めてだが、イリーナ先輩のお家にある演奏ルームがちょうどこんな感じだったので、今年もこうして演奏をする機会に恵まれたことに僕の顔には笑みが浮かんだ。


 少しして演奏をする準備が整ったので、


「それじゃあ一番のサビまでやってみるかっ!」


 という悠斗の声を合図に、僕たちは「やるぞ!」という気合いに満ちた表情をそれぞれ交わし合う。


 そして、そこから僕たちのバンド練習が始まった。










___本当に楽しい時間だったなぁ。


 今日までのことを言い表すとしたら、この言葉に尽きるだろう。

 初めてスタジオに行った日も合わせて四回、僕たちはスタジオで練習を重ね、今日この日のために準備をしてきた。

 最後の練習では納得のいく演奏ができていたので、一輝がさっき言っていたように、練習通りにやれば問題はないだろう。

 失敗をするかもしれないが、それも込みでみんなには僕たちの演奏を楽しんでもらえたら嬉しいなと思う。


 そうこうしているうちに女子たちのダンスが終わり、いよいよ僕たちの番がやってきた。


「最後の発表は、仲良し三人組によるバンド演奏となっております!皆様、最後まで盛り上がっていきましょう!」


 有志発表の司会をしている生徒からの紹介があった後、ステージの照明は消え、体育館は見事な静寂に包まれる。

 そんな「熱」を感じさせる静けさに胸を高揚させながら、僕と悠斗と一輝は三人で円陣を組み、右手をグーにして前に突き出した。

 そして、僕たち三人はそれぞれ顔を見合わせ、今から始める自分たちの演奏にワクワクとした笑みを浮かべる。

 そこには緊張や不安などは浮かんでおらず、あるのは純粋な「楽しもう」という気持ちだけだった。




「よしっ!そんじゃあぶちかましますかっ!」


「うんっ!」


「あぁ」




 そうして、僕と悠斗と一輝はゆっくりとステージに移動をする。

 僕たちが出てきた瞬間、ステージにはライトが照らし出され、堰を切ったように歓声が上がり始めた。

 悠斗と一輝を呼ぶ声はもちろん、僕の名前を呼ぶ声も聞こえており、僕はほんの少し照れくさくなりながらも観客の方に手を振り返す。

 演奏位置に到着し、改めてしっかりと前を見ると、今回は被り物をしていないために観客の方が鮮明に見渡せた。

 そのまま視線を手前の方に移動させると、見知った人たちの姿が視界に入ってくる。


 戌亥さん、柄本さん、堀越くん、深森さん、南さん、元山さん、桐谷さん、そして愛野さん。


 みんなは僕の視線に気付いて手を振ってくれており、僕もみんなに笑顔で手を振り返す。


 すると、「川瀬がんばってねーっ!」という僕のことを応援する愛野さんの声が聞こえてきた。


 たったそれだけのことで、僕はやる気が漲ってくる。


 それに僕は力強く頷きを返し、愛用のベースをしっかりと構え、大きく一度深呼吸を行う。


 そして、隣にいる悠斗と少し後ろにいる一輝に準備完了のアイコンタクトをし、僕は顔を真っ直ぐ前に向けた。


 今から演奏する曲とは、三年生が始まった時くらいに出会った気がする。

 僕はこの曲を初めて聴いた時、言葉にできないほどの感動を覚えた。

 それは、この曲の歌詞に強く背中を押されたからに他ならない。

 それ以来、この曲は僕のお気に入りである。


 この曲の歌詞には、「生きろ」というフレーズが登場する。


 それは、僕が一度は捨て去ろうとし、「大切な人」から拾い上げてもらったものだ。


 生きる意味をくれた「大切な人」の前でこの曲を演奏できること、僕は本当に嬉しく思う。


___愛野さん、見ててね。


___僕は愛野さんのおかげで、こんなにも楽しい毎日を生きることができているよ。




 そうして、僕たちの演奏が始まった。




 悠斗の力強い歌声とギターの音、一輝の正確なドラムのリズム。


 練習よりも更に良い二人の演奏を聞きながら、負けじと僕も今できる全力をこの瞬間にぶつける。


___あぁ、本当に楽しい。


 やっぱり僕は、誰かと楽しさを共有するのが好きなようだ。


 僕は、自分の口角が自然と上がっていくのを感じ始める。


___この楽しい気持ちが、これからもずっと続くと良いな。




 僕の顔には、溢れんばかりの笑みが浮かんだ___。






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