#97 文化祭 前編
今日は、待ちに待った星乃海高校の文化祭当日だ。
昨日までの準備期間で、僕はやれることは全部やったと思っている。
そのため、不安などは何一つ感じていない。
今、僕たち三年六組のメンバーは教室に集まって円陣を組んでいるが、クラスの雰囲気もまた、これでもかというほどの「やる気」に満ち溢れている。
クラスが「一致団結」している様子に胸が熱くなるのを感じながら、僕は円陣の真ん中へと移動した。
「今日は文化祭の本番です。まずは、みんなのおかげでこうして無事に出し物が準備できました、本当にありがとうございます」
そして僕はそのまま頭を下げたのだが、そんな僕の堅苦しい挨拶に、周囲では笑いが起き始める。
「ちょっと、みんな笑わないでよっ!」
それが恥ずかしくなった僕は、照れ隠しのためにみんなへ抗議の視線を向けたのだが、
『顔赤くしてるの可愛い~っ!』
と女子たちに揶揄われてしまい、普通に逆効果だった。
男子たちも「ヒューヒュー!」と変ないじり方をしてくるので、僕は気にしないようにしようと決め、「んんっ!」と咳払いをした後、何事もなかったかのように話を続ける。
「えっと、それで、本番を迎えるにあたり、僕からみんなに伝えたいことが一つだけあります」
僕はそう言い放ち、ぐるっとクラスメイトの顔を見渡し始めた。
今さっきまではニヤついていたみんなだったが、今は黙って僕のことを見てくれており、そこには確かな「信頼」が浮かび上がっている。
たまに揶揄われたりもするが、本当にこのクラスの人たちは良い人ばかりで、僕はこのクラスで良かったと改めて実感した。
そうして順番にみんなの顔を見ていった最後に、僕は愛野さんと視線を交わす。
愛野さんの顔には笑みが浮かんでおり、僕も同じように笑顔を返した。
「今日はこのクラスのみんなで、沢山楽しい思い出を作ろうっ!」
僕のそんな声出しに、みんなは力強い頷きを返してくれる。
僕はそれに、溢れんばかりの心地良さを感じた。
___行くぞ!
___おーっ!!
こうして、僕たちの文化祭がスタートしたのだった。
***
円陣が終わり、僕は悠斗と一緒に着替えの場所へ移動しようとする。
というのも、僕たちは接客を担当するため、和服へと着替える必要があるからだ。
「和服を着るのって何か新鮮だし、楽しみだな、朔っ!」
「そうだねっ」
そんな会話をしながら二人で教室の外へと出ようとすると、僕は後ろから誰かに肩をぽんぽんと叩かれた。
そうして後ろを振り返ると、そこには「笑み」を浮かべた愛野さんに南さん、そしてクラスの女子たちがいた。
僕は女子たちの「笑み」に、何故か不思議と寒気を感じ始める。
「…な、何なのこれ?」
僕にはこの状況が全く理解できなかったので、困惑から女子たちにそう問い掛けると、
「川瀬はこっちだよ?」
と言いながら、愛野さんが僕の腕を掴んできた。
その愛野さんの行動に、僕は益々何が何だか分からなくなる。
(川瀬は「こっち」って、一体どういう意味なんだろう…?)
そのまま「何なんだ?」と頭を悩ませていると、南さんがサッと僕の後ろに周り、
「それじゃあみんなっ!出発進行っ!」
と「楽しそうな声」を上げ、僕の背中を押してきた。
「えっ?え!?」
そして僕は、愛野さんに腕を引っ張られながら南さんに背中を押され、どこかへと連行され始める。
「ちょっ!?え、本当に何これ!?悠斗っ!何か分かんないけど助けてっ!」
気付けば四方八方も他の女子たちに囲まれており、何だか覚えのある恐怖を感じた僕は、とりあえず後ろの悠斗に助けを求めることにした。
すると、僕が助けを求めた瞬間、女子たちの「圧」を感じさせる笑顔が、一斉に悠斗の方へと向けられる。
悠斗は一歩後ずさり、「あ~、えっと…」と返事を言い淀み始め、一拍置いて僕にこんな言葉を返してきた。
「…朔!まぁその、がんばれよっ!」
そのまま悠斗は親指をグッと上げ、気持ちが良いほどの清々しい笑みを僕に向けてくる。
…悠斗は、女子たちからの圧にあえなく敗北したようだ。
「悠斗ぉ~っ!」
そうして僕は、再び女子たちにどこかへと連行され始める。
後ろからは「生きて帰って来いよ~!」という悠斗の声が聞こえてきているが、本当に僕はここから戻って来られるのだろうか…?
僕はギラついている女子たちの目を見て、「ひぃ…っ」と体を縮こまらせた。
***
どうも、女子たちに捕まった川瀬朔です。
僕は今、沢山の女子に囲まれながら鏡の前に座らされています。
ここは三年六組の女子たちの着替えスペースであり、当然ここにいる男子は僕だけだ。
「川瀬、それじゃあ次は反対側をするからねっ♪」
「う、うん」
愛野さんは僕にそう言った後、柔らかいスポンジのようなもので僕の頬を優しくトントンと叩き始める。
そんな僕は、愛野さんの顔が目の前にあることにさっきから心臓がドキドキとしっぱなしだ。
結論から言うと、僕はクラスの女子たちによって再び「女装」をさせられることになった。
女子たちのギラギラとした視線に既視感があるとは思っていたが、まさかこれだったとは…。
僕はもう既に女性用の和服へと着替えさせられているのだが、この和服の手配やメイク道具など、綿密な準備の元で僕の「女の子計画」が進行していたことに、僕は驚きが隠せなかった。
何が彼女たちをそこまで駆り立てるのかは分からないが、とにかく凄い熱量がひしひしと僕にも伝わってくる。
そして現在、僕はこうして大人しく椅子に座り、愛野さんやみんなにされるがままとなっているのだが、当然最初は少し抵抗をしてみせた。
僕の頭の中には、体育祭の恥ずかしい記憶が今も頭にこびり付いている。
その時のことを思い出しては毎回羞恥心で身悶えしそうになるため、回避できるのであれば回避したいと思い、抵抗を決めたのだが、僕は女子たちの勢いにあっさりと丸め込まれてしまった。
女子たちからのキラキラとした期待の眼差しに加え、愛野さんから少し悲しそうに「…だめっ?」なんて言われてしまっては、断ることなんてできるはずもないのである。
つまり、女子たちが僕に女装をしてもらおうと意見を一致させた時点で、僕には拒否権などなかったということだ。
もうここまできたら、現状を受け入れる他に選択肢はない。
とっても恥ずかしいが、女子たちが楽しそうにしてくれているのだ、とっても恥ずかしいが(二回目)、今日は女装でも何でもやってやろうじゃないか(やけくそ)。
「朱莉っ、川瀬のメイクできたよーっ」
「おっけーっ!」
愛野さんからのメイク完了報告を受け、次は南さんがウィッグを持って僕の方へと近付いてくる。
そのウィッグは、体育祭の時に被ったものと同じだった。
南さん曰く、生徒会から借りてきたらしい。
「川瀬くんウィッグ被せるよーっ?」
そして南さんは、僕の頭にその黒髪のウィッグを被せ始める。
ついさっき「女装でも何でもやる」なんて意気込んだばかりなのに、やっぱり恥ずかしさが勝ってしまった僕は、ぎゅっと目を瞑って南さんがウィッグをセットし終わるのを待った。
そうして少しすると、
「川瀬くん、完成したよっ」
という南さんの声が耳元で聞こえてくる。
「立ってみんなに見せてあげてっ」と南さんから続けて言われたので、僕はゆっくりと椅子から立ち上がり、女子たちのいる方へと体を向けた。
___その瞬間、何かが弾け飛んだかのような勢いで、女子たちから黄色い歓声が上がり始める。
『キャー!!』
『川瀬ちゃん可愛いー!!』
『ぐふっ!』
着替えスペースは大盛り上がりとなり、それぞれが僕のことをあれやこれやと褒めてくる。
それにむずむずとした感覚を味わっていると、満面の笑みを浮かべた愛野さんが僕の目の前にやってきてこう言った。
「最っ高に可愛いよ川瀬っ♪」
愛野さんの一言で限界値に到達した僕は、
「恥ずかしいよぉ…!」
と両手で顔を隠し、その場に蹲った。
『可愛過ぎる~っ!!』
僕が身悶えしている間も、周りからはキャッキャと楽しそうな声が聞こえてきており、僕の顔の熱が冷めそうにない。
結局、ここからもうしばらく僕は女子たちに囲まれ、「可愛い」と言われ続けるのだった。
***
「お、おいっ、あれ!」
「何あの二人っ!超可愛いんだけどっ!」
文化祭の時間が始まり、教室や廊下では賑やかな喧騒が広がっている。
僕と愛野さんはプラカードを持ち、そんな文化祭特有の雰囲気を肌で感じながらクラスの和装カフェを宣伝して回っているところだ。
元々こうして宣伝をする予定だったが、まさか女装姿で宣伝をすることになるとは思いもしなかった。
「ふふっ、みんな川瀬が『女の子』だって思ってるよっ」
「うぅ…、僕は男なのに…」
廊下を歩いていると、僕の姿にびっくりして声を掛けてくる人が何人もおり、さっきは一年生の女子たちにまで周りを囲まれてしまった。
それに、前回の女装の時のことを覚えている人がほとんどで、後輩にも「川瀬ちゃん」と呼ばれている現状に、僕は思わず頭を抱えてしまう。
「でも、みんながそう言っちゃう気持ちも分かるけどねっ。だって実際、川瀬は可愛過ぎるもんっ♪」
僕が「はぁ…」とため息をはいていると、愛野さんがクスクスと笑いながらそう言ってくるので、「もぉ!愛野さんまでっ!」と僕は顔を熱くさせた。
男女関わらず、色んな人が僕の女装を(不本意ながら)褒めてくれているが、一番褒めてくれているのは間違いなく愛野さんだろう。
そのため、僕は二つの気持ちの間を行ったり来たりしている。
好きな女の子から褒められて嬉しいという気持ちと、でもそれが女装姿のことであるという恥ずかしい気持ち。
そんな何とも言えない板挟み状態に僕が悶々としていると___、
「えっ!?愛野さんっ!?」
___愛野さんが僕の腕に抱き着いてきた。
僕たちは廊下を歩いているところであり、周りには沢山の生徒たちがいる。
それなのに抱き着くという大胆な行動を取ってきた愛野さんに、僕はびっくりとした声を上げた。
「な、何してるの!?」
僕がテンパりながらそう口を開くと、
「『女の子同士』なんだから、こうやって腕を組むのも普通だよねっ♪」
と言い、そのまま愛野さんは僕に楽しそうな笑顔を向けてきた。
その愛野さんの発言に、僕は一気に自分の顔が真っ赤になるのを感じ始める。
そうして僕は、湧き上がる感情そのままに大きな声でこう言い放った。
「だから僕は女の子じゃないってばーっ!」
その声が廊下中に響き渡り、更に周りから視線を集めたのは言うまでもない。
その後、廊下では腕を組んだまま歩く和装姿の二人組が目撃され、「あまりにも尊過ぎるペア」と学校中で話題になるのだった___。
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