第十二章 三年生編 二学期
#96 文化祭実行係
夏休みが終わり、二学期が始まってから既に二週間以上が経過した九月の半ば。
現在、星乃海高校は文化祭の準備期間である。
二学期がスタートしてからというもの、時の流れを更に早く感じるようになり、夏休みが随分と前であるようにさえ錯覚してしまう。
そんな今年の夏休みは、本当に充実した毎日を送ることができた。
挙げ出せばきりがないほどの思い出の数々が、今も僕の心を満たしてくれている。
今年の夏を、僕はきっと忘れないだろう。
そうして感傷に浸っていると、
「朔、これってどこに置けば良いんだっ?」
という悠斗の声が聞こえてきたので、僕は指示を出すためにそっちへ移動をする。
ちょうど一週間前、クラスで係決めが実施され、そこで僕は「文化祭実行係」に立候補をした。
文化祭実行係は、準備が円滑に進むように指示を出したり、率先して作業に取り組んだりするなど、クラスの文化祭運営をメインとする係である。
他にも悠斗や南さん、それに愛野さんが立候補をし、計八名の文化祭実行係が選ばれたのだが、何故か僕はその係の代表に選ばれた。
てっきり悠斗が団長に引き続き代表をしてくれると思っていたので、当然僕は驚きを隠せなかったが、文化祭実行係のメンバーや他のクラスメイトからも「やって欲しい」と言われ、僕は引き受けることにしたという訳だ。
困惑はもちろんあったが、クラスメイトから頼られたということに悪い気はしない。
折角こうして選んでもらえたのだ、僕はみんなの期待に応えられるような働きをしようと思っている。
それに、副代表には愛野さんが満場一致で選ばれた。
隣で愛野さんが代表の役割をサポートしてくれているのもあり、僕はいつもよりやる気が漲っている。
「好きな子」の前ではカッコいいところを見せたい。
まさか自分がこんなことを思うようになるとは予想していなかったので、僕は今の自分の単純さに思わず笑みがこぼれてしまう。
そうして悠斗に指示を出し終えると、他のクラスメイトからも僕を呼ぶ声が聞こえてくるので、それに一つずつ答えながら「出し物」の作業をみんなで進めていく。
そんな僕たちのクラスの出し物だが、この前の投票の結果、「和装カフェ」ということになった。
名前の通り「和」をコンセプトにしたカフェであり、メニューも団子やどら焼きなどを提供する予定である。
去年の出し物では調理方法が懸念点として挙がっていたが、今回は既に出来上がっているものを依頼発注することにした。
盛り付けなどいくつか調理工程を挟む必要はあるが、四宮先生からも問題なしの判断をもらったので、これでその課題は解決したと言えるだろう。
また、当日に着る衣装については、地元の呉服店さんから衣装を貸してもらえることになった。
そのお店の方が星乃海高校の卒業生ということもあり、二つ返事で協力を申し出てくださったのは本当にありがたい限りである。
周囲の優しさにも恵まれ、こうして「和装カフェ」を出し物として企画できたことに感謝をしつつ、僕は作業の手を動かす。
そのまま作業を続けること一時間、僕の元にクラスメイトの男子がやってきた。
「川瀬、ペンキがなくなったんだけど替えってある?」
その男子によると、どうやら作業で使うペンキがなくなったらしい。
作業に必要なものは、一応最初に学校から与えられたりするのだが、それは毎年繰り返し使われているものでもあるため、こうやって途中でなくなったり、壊れたりすることがある。
その場合は、外に必要なものを買いに行くことが認められており、
「そのペンキはそれだけしかないから、今から買ってくるね」
と僕はその男子に返事をした。
今は学校時間内ということもあり、基本は文化祭実行係のメンバーが担任の先生に外出届を出して、買い出しに行くことになっている。
というのも、このルールがなかった場合、放課後ではないのに理由もなく沢山の生徒が学校外へ出て行ってしまう可能性があるからだ。
そんな理由もあり、僕は買い出しに行くことになった。
「よろしく頼むわっ」という男子からの返事を聞いた後、僕は外出する準備をして、クラスの女子たちと楽しそうに作業をしている愛野さんのところへと移動する。
そして僕は「愛野さん」と声を掛け、愛野さんにペンキを買いに外へ出掛けることを伝えた。
それと同時に、クラスを離れている間のことも愛野さんに任せておくことにする。
愛野さんからは「任せてっ!」という頼りがいのある返事が戻ってきたので、これなら愛野さんが副代表として問題なくクラスの作業を進めてくれるだろう。
必要なことは伝え終わったので、ここを離れようとすると、
「あ~、何かこのボンドもなくなりそうだよねー」
と一人の女子生徒が声を出した。
すると、「だよねー」「これは買いに行かないとねー」というように、次々と女子たちがその声に賛同を示し始める。
「だから、愛野さんも川瀬くんに付いて行った方が良いと思うなー」
そうしてクラスの女子たちは、僕の外出に愛野さんも同行するべきだと提案し始めた。
それに愛野さんは「ふぇっ!?」と頬を染めながら驚いた顔を浮かべており、僕も似たような感じとなっている。
「いや、でも、ボンドを追加で買うくらいなら僕一人でも…」
『二人で行った方が良いよねー?』
「あっ、はい」
女子たちが変な気を遣ってきていることに僕は気付き、その照れ隠しから一人でも大丈夫だということを伝えようとしたのだが、僕の意見は食い気味に却下されてしまった。
すると、そこに南さんも参戦し、
「ボクが姫花の代わりにクラスを見ておくから、『二人』で行ってきなよーっ」
と、更に僕へ追い打ちをかけてくる。
こうなってしまってはもうどうすることもできないので、僕は素直に負けを認め、僕のことを見つめてきている愛野さんにこう言った。
「愛野さん、僕と買い出しに来てもらっても良い?」
そんな僕のそんな買い出しのお誘いに、
「うん、良いよっ」
と愛野さんは頷きを返してくれたので、僕は愛野さんと二人で必要なものを買いに行くことになった。
僕たちのやり取りを見た女子たちは、キャーキャーと黄色い声を上げて盛り上がりを見せており、中には何故か心臓を押さえて「ぐふっ」と変な声を上げている人までいる。
体育祭の後から、僕と愛野さんはこうしてセットのように扱われることが多くなった。
それは、愛野さんが借り物競走の時に「大切な人」というお題で僕を選んだことが関係しているのだろう。
女子たちから今のように生温かい視線を向けられるのはとても恥ずかしく、毎回照れくさい気持ちとなってしまう。
加えて、女子たちの盛り上がりを聞きつけた男子たちからもニヤニヤとした視線を向けられており、僕と愛野さんは羞恥心からもじもじとする他なかった。
そうして、クラスのみんなから『行ってらっしゃ~い』とニヤついた顔で見送られた僕と愛野さんは、外出許可をもらうために四宮先生の元へと移動を始める。
「もぅみんなってばっ」
「これは…戻ってきた後も大変そうだね」
「「はぁ~恥ずかしい…っ」」
僕たちはお互いにため息をつき、みんなの「気遣い」からくる恥ずかしさを共有する。
そのまま僕たちは四宮先生のところに向かったのだが、「二人とも顔が赤くなっているわよ?」と指摘されてしまい、またしても身悶えしそうになるのだった。
***
現在、僕と愛野さんは、無事に近くのホームセンターで買い出しを終え、学校へと戻っているところだ。
行きは羞恥心から若干ぎこちなかったものの、今は普段通りの様子で会話ができている。
「へぇ~っ!市谷くんのところもカフェの出し物をするんだっ」
昨日の夜、僕は光と近況報告の電話を行った。
今はその時の話を愛野さんとしており、愛野さんは興味津々といった様子で楽しそうに相槌を打ってくれている。
その電話で僕は近々文化祭があることを光に伝えたのだが、光の学校も文化祭があるということを教えてもらい、そのまま僕たちは文化祭の話になった。
話を進めていくと、どうやら光のクラスもカフェの出し物をすることが分かり、コンセプトは男装カフェということだった。
女子が男子の制服を着て接客をするらしいのだが、男子たちはまさかのその逆で、当日は制服のスカートを履いて接客をするらしい。
僕は、スカートを履くことを「恥ずい」と言っていた光の照れた感じに、同意や共感を禁じ得なかった。
何故なら、その瞬間体育祭での女装のことが頭の中をよぎったからである。
しかし、体育祭で女装をしたことを光には伝えていないので、光は不思議そうな反応をしていた。
言ったらいじられることは目に見えているし、そもそもあれは僕の黒歴史なので、光には絶対内緒である…。
そして、ちょうど話題に挙がっているそんな光だが、今年の夏は野球の全国大会に出場するという凄い活躍を見せてくれた。
まさか画面越しに親友の姿を見るとは思わなかったので、出場すると聞いた時は本当に驚いたりもしたが、それ以上に僕は喜びを感じていたと思う。
結果は惜しくも準々決勝で敗退してしまったが、その大会に出場していた選手たちの中で、光は一番キラキラと輝いていた。
夏休みの終盤にごはんを食べに行った時にも本人に伝えたのだが、僕はそんな光の姿に大きな力をもらった。
…何かに全力で取り組む人の姿を見ると、自分もがんばろうという気持ちになる。
だからこそ、今はその気持ちを文化祭にぶつけ、クラスのみんなが最後に楽しかったと思えるような出し物にしたい。
「よしっ!帰ったら作業をがんばらないとっ」
そうして僕は、文化祭の準備に対し、改めて気合いを入れ直した。
僕のそんな様子に、愛野さんは「ふふっ」と楽しそうな笑みを浮かべ、僕にこう言ってくる。
「川瀬っ、今年はみんなで楽しい文化祭にしようねっ♪」
それは、ちょうど今まさに僕が頭の中で考えていたことと一緒だった。
愛野さんも同じことを考えていたということに、僕の胸には嬉しさが溢れてくる。
愛野さんと「同じ」を共有できているこの時間は、僕にとって本当にかけがえのない時間だ。
「うんっ!」
そんな愛野さんの言葉に、僕は笑顔で頷きを返す。
楽しい文化祭になると良いなぁ。
いや、きっと文化祭も楽しいものになるはずだ。
___僕は、そんな予感がしている。
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