#92 幸せ
一学期の学年末テストが終わり、そろそろ夏休みを迎えようとしている七月の後半、今日は毎年恒例の三者面談の日となっている。
「こちらが川瀬くんの今学期のテスト結果と、五月に行われた模試の結果になります」
現在、僕は進さんと一緒に四宮先生との面談を行っている最中であり、四宮先生から各種テスト結果が手渡された。
「テストは満点に、模試もA判定。何度見ても凄い成績だね、朔」
テスト返却の時点で進さんにはテスト結果を報告していたが、進さんはその時と同じような反応を今回も浮かべている。
四宮先生が言ったように、五月の半ばくらいに模試があったのだが、それで僕は進路希望の帝東大学でA判定を取った。
その結果を見てひとまずホッとしたのは事実だが、あくまでもこれが模試であるということは忘れず、気を抜かないようにしたいところだ。
それに、模試レベルになると流石に難しい問題がいくつかあり、全てが満点という訳にはいかなかったので、もっともっと勉強する必要があると僕は思っている。
「学校での成績、それに模試の結果も私から何か言うことはないし、この調子でがんばっていきましょう、川瀬くん」
「はい!引き続きよろしくお願いします!」
「ふふっ、もちろんよ」
三年生になってから、僕は四宮先生や他の教科担当の先生たちにかなりお世話になっている。
気になったところを質問したり、おすすめの参考書を聞いたりなど、今学期は先生たちとも交流を深めた。
こうして確実に模試でも結果が表れているのは、その先生たちのサポートがあったからこそだと僕は感じている。
今週末から始まる夏休みの間は、普通の課題の他に僕だけの「特別課題」を先生たちが用意してくれたので、それにしっかりと取り組む予定だ。
数学の「特別課題」には、なんと四宮先生の想い人である辻翔吾先生も関わってくれたようで、今度会う機会があれば感謝を伝えたいと思っている。
そうして勉強面での会話が終わった後、次は学校生活の会話が始まった。
「四宮先生、朔の学校での様子はどうでしょうか?」
進さんがそう四宮先生に尋ねると、四宮先生は優しい顔を浮かべながら、僕の一学期の様子を話し始めた。
「三年生になってからの川瀬くんは本当に活き活きとしていて、毎日楽しそうな表情を私にも見せてくれています」
「そうよね、川瀬くん?」と四宮先生が話を振ってくるので、僕は少し照れくさくなりながらも頷いて肯定を示す。
「今の川瀬くんの周りには、いつも沢山の笑顔が溢れています。私は担任として、そのことをとても嬉しく思っています」
四宮先生の言葉を聞いた進さんは、「そうですか、ありがとうございます」と嬉しそうな笑みを浮かべた。
毎月の泊まりの時、進さんや日奈子さんには学校のことを話しており、「友だち」ができたことや体育祭が楽しかったことを伝えると、二人は嬉しそうな顔で喜んでくれたりした。
今の進さんの表情も、僕が毎日楽しく学校生活を送っているということに対して本当に喜んでくれているというのが伝わってくる。
僕の周りにいる大人たちは、みんなとても優しくて、僕の目標となるような人たちばかりだ。
誰かのことを自分のことのように喜ぶというのは、簡単そうに見えて実はそう簡単ではない。
自分しか見えていなかった時間を過ごしたからこそ、僕にはその難しさというものが理解できる。
しかし、だからこそ、僕はそんな素敵な自分になりたいと思っている。
誰かと喜びを共有できるような、そんな優しさに溢れた人間でありたい。
そうして僕は、二人の優しさに触れ、自分の胸の奥を温かくさせた。
三者面談が終わり、進さんと廊下を歩いていると、
「あっ!川瀬っ、進さんっ」
と言いながら、愛野さんが声を掛けてきた。
その隣には南さんもおり、二人は僕たちの方に駆け寄ってくる。
「愛野さん久しぶりだね」
「お久しぶりですっ!」
そのまま進さんと愛野さんは挨拶を交わし、楽しそうに会話を始める。
内容は僕のことやひまちゃんのことであり、
「いつも二人と仲良くしてくれてありがとう」
と進さんは愛野さんに感謝を告げていた。
そして、進さんは南さんの方に視線を向け、
「南朱莉さんだよね?朔や日葵から話は聞いているよ」
と優しく微笑みながら南さんに声を掛け始める。
南さんは進さんと初対面であるため、少し緊張した様子を浮かべながら、
「は、初めましてっ!南朱莉ですっ!」
と自己紹介を行った。
「水本進です。私のことは遠慮なく名前で呼んでくれて構わないよ」
そして進さんの方も自己紹介を終え、二人はそのまま話し始める。
最初こそ緊張していた様子の南さんだったが、僕とひまちゃん、それに愛野さんという共通の話題もあり、すぐに進さんと打ち解けたようだった。
そんな二人が話しているのを眺めていると、愛野さんが僕に話し掛けてくる。
「川瀬は面談終わったの?」
「うん、今終わったところだよ」
「メグちゃん先生は何か言ってた?」
「成績も問題ないし、このままの調子でがんばろうって言ってくれたよ」
「そっか♪」
「愛野さんたちは今から帰るの?」
「そうだよっ。川瀬と進さんは?」
「僕たちは今からちょっと遅めの昼ごはんに行こうって話してたんだ」
「なるほどっ。時間もまだ一時になったばかりだもんねっ」
僕と愛野さんがそうして会話を弾ませていると、僕たちの会話が聞こえていたのだろう、南さんと話していた進さんがこう言ってきた。
「折角だし、二人も一緒にごはんを食べに行かないかい?」
進さんのその提案に、
「はいはーいっ!ボク行きたいですっ!」
と南さんは手を真っ直ぐに上げ、賛成の意を表明する。
愛野さんもまた、
「一緒に行きたいですっ!」
と返事をし、僕たちは四人で昼ごはんを食べに行くことになった。
「それじゃあ早速行こうか」
そうして僕たちは学校の外に出て、進さんの車に向かい始める。
今日は面談があるということもあり、電車で学校にやって来たので、今回は自転車のためにここへ戻ってくる必要はない。
それにしても、意外なメンバーでの食事だなぁと思い始めた途端、僕は何だか楽しくなってきた。
すると、「ねぇねぇ川瀬くん…」というように、南さんが横から小さな声で話し掛けてくる。
「どうしたの?」と僕も南さんに小さな声で返すと、南さんはこう言った。
「進さんって俳優さんとかじゃないよねっ!?あんなハンサムなお父さん見たことないよっ!」
いきなりのそんな「南さん過ぎる」発言に、僕は思わず笑いを吹き出す。
以前、愛野さんが「朱莉は可愛いものとイケメンに目がないから」と言っていたが、どうやらそれは本当だったようだ。
確かに進さんはスマートなイケメンであるため、南さんがそう言うのも分からなくもない。
そんな南さんは目をキラキラとさせ、「目の保養だーっ」と言いながら変なテンションとなっている。
僕がそうしてクスクスと笑っていると、愛野さんもその南さんの様子に気付いたようで、またやってるよという感じで少し呆れながらも僕と同じようにクスクスと笑い始めた。
結局、僕と愛野さんは一緒になって笑い、それは進さんが「どうかしたのかい?」と声を掛けてくるまで続くのだった。
***
数日後、星乃海高校は一学期の終業式を迎え、その日の放課後を迎えた。
今日も午前中で学校は終わり、昼からは「一学期お疲れさまでした会」をする予定である。
その会は南さんの発案によりカラオケで行われることが決まり、僕たちは電車に乗ってカラオケ店にやってきた。
カラオケに来たのは今日が初めてなので緊張はしているが、それ以上に未知の領域に足を踏み入れたような感じがして、内心はかなりワクワクとしている。
カラオケの部屋に入った後、僕たち「四人」はそれぞれ座席に腰を下ろした。
今回のメンバーは、僕と愛野さんと南さんの他に、実はもう一人参加している。
そのもう一人のメンバーとは、桐谷さんのことだ。
本当は悠斗と一輝と元山さんの三人も誘う予定だったのだが、三人は最後の夏の大会に向けて部活の練習があるため、誘うことができなかった。
そのため、今日はこの四人でのお疲れさまでした会というわけである。
南さんは「あ、あ~」とマイクの音量を調整し、準備を完了させると、どこかから取り出した変なサングラスを掛け、僕たちの方を向いた。
「え~、皆さま、今日は一学期お疲れさまでした会に参加していただき、誠にありがとうございます」
僕と愛野さんと桐谷さんはパチパチと拍手を行う。
「今日はこの四人でいっぱい楽しく盛り上がっていこーっ!」
そして、僕たちはついさっきドリンクバーで取ってきた飲み物を掲げた。
「「「「かんぱ~いっ!」」」」
こうして、僕たち四人のお疲れさまでした会が始まった。
お疲れさまでした会が始まって一時間が経過し、僕は今ドリンクバーに飲み物を取りに来ているところだ。
ついさっき人生で初めてマイクを手に持ち歌を歌ったが、想像以上に歌うことが楽しさを感じるものだというのが分かった。
それに、愛野さんたちが上手だと褒めてくれたので、これからは家で歌の練習でもしてみようかなと思っている。
そんな感じで僕を褒めてくれた三人だが、南さんは歌い慣れた様子で元気いっぱいな歌声を披露し、愛野さんは綺麗で可愛らしい歌声を響かせていた。
僕はそんな愛野さんの歌に聴き入り過ぎて、「そんなに見られると歌えないよぉ」と顔を真っ赤にした愛野さんに可愛く注意をされてしまったが、多分僕はこの後も全く同じ行動をするだろうと自分の直感が言っている。
桐谷さんは僕と同じく今日が初めてのカラオケということで、恥ずかしそうに歌を歌っていたが、鈴を転がすような歌声は聴いていてとても心地良かった。
三人とカラオケに来ていることが他の男子たちに知られたら大変なことになりそうだと苦笑しつつ、僕は自分のグラスに飲み物を注いでいく。
「川瀬くんっ」
そうしていると、桐谷さんも飲み物がなくなったようで、ドリンクバーに飲み物を取りにやってきた。
「初めてカラオケに来たけど、とても楽しいねっ桐谷さん」
「今も緊張でちょっぴりドキドキしてるけど、川瀬くんの言うようにとっても楽しいですっ!」
「この後もお互い初カラオケ同士一緒に楽しもうね」
「はいっ!」
ドリンクバーの飲み物を取り終わり、僕と桐谷さんは二人の待つ部屋へと向けて歩き始める。
…桐谷さんとまさかカラオケに来る日が訪れるなんて、人生とは何があるか分からないものだ。
桐谷さん一緒に歩いていると、一年生の時の校外学習が頭によぎってくる。
あの日もこうやって二人で一緒にハイキングの道を歩いたが、あの時に比べて僕も桐谷さんも大きく変わった。
それは見た目であったり、関係性であったり、はたまた性格であったり…、細かいところを上げていけばキリがないだろうが、どれだけ変わっても尚、今こうして桐谷さんと笑い合えているというのは、本当に特別なことなんだと僕には感じられる。
すると、桐谷さんは「えへへっ」と笑みを浮かべながら、僕にこう言ってきた。
「川瀬くんっ、私、今すっごく幸せですっ!」
どうやら桐谷さんも同じことを考えていたらしい。
「うん、僕も幸せだよ」
僕はその幸せをしっかりと自分の胸で噛み締める。
この一学期、僕は仲の良い人たちと一緒に沢山の幸せを感じることができた。
僕は、その幸せをこれからも「大切な人たち」と紡いでいきたい。
部屋に到着し、ガチャッと扉を開けると、愛野さんと南さんは笑顔を浮かべ、「おかえりーっ」と僕たちを出迎えてくれた。
「川瀬っ、一緒にこれ歌おっ♪」
そして、そのまま愛野さんがデュエットを誘ってくれたので、僕はマイクを受け取り、愛野さんの真横に並んでその歌を一緒に歌い始める。
そんな幸せの中にいる僕の顔には、曇りのない笑顔が咲いていた___。
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