#91 体育祭 後編
体育祭の午前の部が終了し、一時間の昼休憩が始まったため、僕、愛野さん、悠斗、南さんの四人は裏庭へと移動した。
いつもとは違い、今日はごはんを食べる場所が自由となっているため、他の生徒たちも続々と色々な場所に移動を始めている。
そんな生徒たちを横目に見ながら歩みを進め、僕たちは裏庭に到着した。
意外にも裏庭にいる生徒の数はまばらで、落ち着いてごはんが食べられそうな雰囲気が広がっている。
午前中は色々なことが起こって少し疲れてしまったので、これなら一時間ゆっくりとした時間が過ごせそうだ。
そのまま僕たちは、愛野さんが持ってきてくれていた大きめのレジャーシートに腰を下ろす。
そして「よし!そんじゃあメシにしようぜ!」という悠斗の声を合図に、僕たちの昼ごはんが始まった。
悠斗はコンビニで買ってきたおにぎりやパンをいくつも取り出し、「どれから食おっかな~」と楽しそうな顔を浮かべている。
そんな様子を眺めていると、
「朔はメシ食わねぇのか?」
と、悠斗が僕に尋ねてきた。
悠斗がそう問い掛けるのも無理はないだろう、何故なら今の僕は、何も昼ごはんを用意していないからだ。
そのまま僕は悠斗に曖昧な笑みを返しながら、隣に座っている愛野さんへと視線を向けた。
昨日、花城高校の文化祭を訪れた日の帰り道、僕は愛野さんからこう伝えられていた。
「ねぇ川瀬、明日のお昼ごはんは用意しなくても良いからね…?」
どういう意味かは分からなかったが、僕は愛野さんの言伝通り、今日は昼ごはんを持ってこなかった。
いや、本当はそれが何を意味するのかは分かっている。
しかし、それを改まって確認するのは何だか恥ずかしかった。
そして、そんな僕の視線に気付いた愛野さんは、荷物の中から僕に「あるもの」を渡してきた。
それを見た僕は、やっぱりそうだったんだと段々胸が熱くなり始める。
そう、その「あるもの」というのは、愛野さんの手作りお弁当だった。
「か、川瀬っ!その、良かったらこれ、食べて欲しい…です」
顔を真っ赤にしながらそう言ってくれている愛野さんから「お弁当」を受け取り、
「わぁ!愛野さんありがとうっ!」
と僕は素直な気持ちをそのまま愛野さんに伝えた。
そのまま「中を見ても良いっ?」と愛野さんに聞いてみると、愛野さんからコクコクと緊張気味の肯定が返ってきたので、僕はそのお弁当の蓋を開けることにする。
そうして中を見てみると、卵焼き、タコさんウインナー、ポテトサラダ、プチトマトに加え、僕の大好物がそのお弁当には入っていた。
「これって…」と思わず僕が言葉を発すると、
「川瀬はハンバーグが好きだから、お弁当に入ってたら嬉しいかなぁと思って作ってみたんだっ、えへへっ」
と言いながら、愛野さんは恥ずかしそうに笑顔を向けてきた。
僕は、そんな愛野さんの優しさに、止めどないほどの嬉しさがこみ上げてくる。
また、愛野さんが「僕のため」にハンバーグを作ってくれたということに対し、心臓がドキドキと大きな音を鳴らし始めた。
「えと、じゃあ、いただきます…っ」
見ているだけではあまりにも勿体ないので、僕は早速そのハンバーグに箸を入れ、その一欠片をパクっと口に入れた。
箸を入れた時にも感じていたが、このハンバーグからは肉汁が溢れ出し、ジューシー感というものがしっかりと口の中で伝わってくる。
「このハンバーグとっても美味しいよっ!!」
そんな僕の感想を聞いた愛野さんは、
「やった♪」
と、嬉しそうに顔を綻ばせる。
そのまま僕は、他のおかずにも箸を伸ばした。
すると、ハンバーグだけでなく他のおかずもとっても美味しくて、特に卵焼きの味付けは、何故か母さんや日奈子さんが作るものと全く同じような感じだった。
その理由を尋ねてみると、
「昨日、日奈子さんに電話をして味付けを聞いたのっ」
とのことだった。
まさか味付けを僕の好みに合わせるため、日奈子さんにまで連絡をしていたとは思わず、僕はびっくりとしてしまう。
それと同時に、愛野さんの想いが強く感じられ、僕は幸せな気持ちとなった。
その瞬間、僕の目からは涙が流れてくる。
「…えっ!?川瀬大丈夫っ!?」
僕がボロボロと涙を流し始めると、愛野さんが心配そうな様子で僕にそう声を掛けてきた。
「やっぱり、美味しくなかった…っ?」と更に愛野さんは言葉を重ね、不安げにその瞳を揺らし始める。
それに対し、僕は「うぅん、違うよ」と首を横に振り、
「愛野さんが、僕のためにこんなに美味しいお弁当を作ってくれたのが嬉しくて…」
と言葉を返す。
「それに、こういう日にお弁当を作ってもらうのは本当に久しぶりだから、母さんが作ってくれていた頃を思い出したんだ」
小学校の運動会や中学校の体育祭の時など、行事があるごとに母さんはいつも美味しいお弁当を作ってくれた。
そのお弁当に母さんはいつもハンバーグを入れてくれており、僕はその母さんのお弁当と今回の愛野さんのお弁当が重なって見えたのだ。
それには、味付けが本当にそっくりだということが関わっているだろう。
でも、重なって見えた一番の理由は、愛野さんのお弁当から確かな「愛情」が感じられたということに違いない。
がんばって僕のために美味しいお弁当を作ってくれたと考えるだけで、僕の胸は温かい気持ちでいっぱいになる。
「愛野さんっ、僕のために美味しいお弁当を作ってくれて、本当に、本当にありがとうっ!!」
僕は色々な想いを乗せ、愛野さんに改めて感謝を伝えた。
「どういたしましてっ♪」
そんな僕の言葉に、愛野さんは咲き誇るような笑顔を浮かべる。
僕もまた、自分の中にある「確かな強い感情」に促され、嬉し涙を流しながら笑みを浮かべるのだった___。
☆☆☆
川瀬くんが嬉しそうに涙を流し、姫花と仲良くごはんを食べ始めた直後、ボクは少し席を外してとある場所へと向かっていた。
隣には北見もおり、ボクたちは二人の会話に花を咲かせている。
「はぁ~あの二人が尊過ぎる~っ!あのままあそこにいてたらキュン死しちゃいそうだったよっ」
「あぁマジで危なかったなっ」
さっきのあの二人からは、お互いを想う気持ちがこれでもかというほど溢れ出ていた。
「てかよ、もうあんなの愛妻弁当だよなっ!?」
「にゃははっ、間違いないねっ」
そうして、ボクと北見はあれこれ二人のことを話しながら目的の場所へと到着した。
どうやら北見もこの場所を目指していたようで、ボクたちは共にその自動販売機から目的の物を購入する。
もちろんそれはブラックコーヒーだ。
「はははっ!やっぱ南もこれを買いに来たんだなっ!」
「流石にあんなの見せられたらこれを飲むしかないよねっ!」
そのままボクたちはその缶を開け、乾杯しながらそれをゴクゴクと飲み始める。
そのブラックコーヒーは、何故だかとても甘かった。
***
昼休憩が終わり、体育祭は午後の部が始まった。
午後の部は団対抗ダンスからのプログラムとなっており、ちょうど今から僕たちピンク団の発表がスタートするところである。
「よしっ!それじゃあ行くぞ!」
悠斗の掛け声と共に僕たちはテント前から一斉に駆け出し、それぞれの立ち位置へと移動する。
僕の立ち位置の隣には愛野さんがおり、横に顔を向けると笑顔を見せてくれた。
それに僕も笑顔を返し、最初のダンスの準備をする。
そして、音楽が鳴り始めると同時に、僕たちのダンス発表が始まった。
今回のピンク団のテーマは、団Tシャツにも描かれているように「ハート」となっており、何度も手でハートを作るダンスが登場する。
最初はちょっぴり恥ずかしかったものの、回を重ねるごとに自然と慣れ始め、今はかなり楽しんでダンスを踊っている自分がいた。
しかし、どうしても未だに恥ずかしい箇所というものが存在し、もうすぐその箇所が訪れようとしている。
その箇所というのは、ペアでハートを作るところだ。
僕のペアは愛野さんなのだが、どうにも一緒にハートを作るのが気恥ずかしく、これまでの練習ではこの箇所だけぎこちない感じとなっていた。
それを悠斗や南さん、それに団員のみんなから笑われたのは記憶に新しい。
そうして今流れている音楽のサビが近付き、一緒にハートを作る瞬間がやってきた。
(恥ずかしさはある、でも、今は楽しさでいっぱいだ)
そして僕は、その楽しさに身を任せたまま、愛野さんとしっかりハートを作ってみせた。
そのまま曲はサビを迎え、ダンスも盛り上がりを見せ始める。
隣で一緒にペアダンスを踊っている愛野さんを見ると、愛野さんは頬を赤く染めながらも本当に楽しそうな表情を浮かべていた。
この楽しい時間が、ずっと続けば良いのに。
去年までの僕であれば、こんなことを考えることはなかった。
そんな自分自身の成長を実感し、僕は自然と笑みがこぼれる。
そうして僕は、かけがえのないこの一瞬一瞬を全力で楽しんだ。
***
つい先ほど体育祭は閉会式を迎え、今は全体の後片付けが終わったところだ。
閉会式では結果発表がされたのだが、ピンク団は総合優勝こそ逃したものの、団対抗ダンスではグランプリを獲得し、僕たちは喜びを分かち合った。
現在グラウンドにはまだまだ多くの生徒たちが残っており、いたるところで写真撮影が行われている。
かくいう僕も、一輝や元山さん、それに桐谷さんと写真を撮り、この時間を満喫していた。
そして僕は、前の方に悠斗の姿を見つけたので、そのまま悠斗と合流した。
「それにしてもさすが団長。今も凄い人気だったね」
「まあな!今だけで人生に撮る写真の半分以上は撮ったと思うぜっ」
「あははっ、何それ」
「それによ、あんなに女子たちから写真を撮って欲しいって言われるなんて、もしかして俺のモテ期来たんじゃねぇか!?」
「それはどうかなぁ~」
「あっ今朔、俺にモテ期が来てないって思ったろ!?」
「ソンナコトナイヨー」
「その棒読みは絶対思ってるじゃねえか!」
そのまま僕と悠斗は、意味もなく謎の追いかけっこを始める。
僕はもちろん、悠斗の顔にも楽しそうな様子が浮かび上がっており、僕たちはそのままお互いにふざけ合った。
そうして二人で盛り上がっていると、
「おーい二人ともーっ」
と南さんが声を掛けてきた。
南さんの隣には愛野さんもおり、僕たちは二人の方へと移動をする。
悠斗と同じく、愛野さんと南さんも沢山の人に囲まれていたが、どうやらみんなとの写真撮影は無事に終わったようだ。
そして、僕たちは最後に四人で写真を撮ることにした。
愛野さんと南さんが前、僕と悠斗が後ろに立ち、スマホのカメラに収まるように僕たちはぎゅっと近くに集まる。
「みんな撮るよーっ」
そのまま南さんは、手に持っているスマホのシャッターボタンを押した。
今撮れた写真をみんなで確認してみると、そこにはみんなの楽しそうな表情がしっかりと写し出されており、僕は「とても良い一枚」だと思った。
そうして、みんなとの「思い出」ができたことに頬を緩ませていると、
「じゃあ次は川瀬くんと姫花のツーショットだねっ!」
と南さんがいきなり言い始め、「それは良いなっ!」とその提案に賛同する悠斗に背中を押された僕は、そのまま愛野さんの横に移動させられる。
愛野さんとのツーショットは、プリクラを除けば初めてのことであり、僕は何だかソワソワとする。
愛野さんも「えっ!?」と驚きの声を上げながら顔を真っ赤にさせており、お互い落ち着きのない様子を浮かべ始めた。
しかし、僕たちのそんな様子はお構いなく、
「ポーズは二人でハートを作ろっか!」
と南さんはポーズの指定までしてきている。
ダンスの時とはまた違った恥ずかしさが僕の心を支配し、南さんと悠斗の前でハートを作ることに今にも身悶えしそうだが、二人はそのポーズの写真を撮るまで僕たちを解放してはくれないだろう。
何故なら二人の顔には、ニヤァ~と絶対にこの状況を楽しんでいるかのような満面の笑みが浮かんでいるからだ。
そのため僕は、片手でハートの片方を作り、愛野さんの前へとその手を差し出す。
すると、そんな僕の手に合わせるようにして、愛野さんがもう片方のハートを作ってくれた。
「キャー!良いよ良いよぉーっ!それじゃあ撮るからねーっ!」
僕と愛野さんがハートを作ったのを見て、南さんは何だか変なテンションになっているが、何だか楽しそうなのは伝わってくるのでまぁ良いかと思うことにした。
「はい、チーズ!」
そして、南さんは手に持っているスマホカメラのシャッターを切り、撮影を終えるとそのまま僕と愛野さんにその写真を見せてくれた。
そこには、顔を真っ赤にさせながらも満面の笑みを浮かべている僕と愛野さんの姿があった。
その写真に何とも言えない羞恥心や心地良さを感じていると、愛野さんが「川瀬っ」と声を掛けてくる。
愛野さんの方に視線を向けると、愛野さんは写真と同じような満面の笑みを浮かべており、そのまま僕にこう口を開いた。
「今日はとっても楽しかったねっ♪」
愛野さんの言う通り、今日はとても楽しい一日だった。
今日の一日だけで、数えきれないほどの思い出が僕にはできた。
「うんっ、そうだね!」
みんなと体育祭に参加することができて、本当に良かった。
昼間よりもかなり涼しくなった風を肌で感じながら、僕は赤くなり始めている空を見上げる。
___これから先、僕は今日の体育祭を忘れることはないだろう。
僕は自分の「青春」の一ページに、今日のことをしっかりと刻み込む。
こうして、僕の最初で最後の星乃海高校の体育祭は、大満足のままその幕を下ろすのだった___。
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