#90 体育祭 中編
障害物競争が終わり、元の団Tシャツ姿に戻った後、僕はやっとの思いでピンク団のテントにたどり着いた。
「おっ朔!さっきはお疲れさまだなっ!」
「川瀬くんお疲れさまーっ!」
テントには悠斗と南さんがおり、僕がテントへ戻ってきたことに気が付くと、二人はそう声を掛けてくれた。
僕は「二人ともありがとう」と返事をし、二人の横へと移動する。
「はぁ~疲れたぁ…」
そして僕は、ここに戻ってくるまでの出来事を思い返し大きく息を吐いた。
僕のそんな様子を見て、悠斗と南さんは楽しそうな笑みを浮かべている。
「いやぁ~しかし、朔の女装姿にはマジでビビったぜ!」
「もう最高だったよっ!」
そのまま二人からさっきの障害物競争での女装を話題に上げられ、僕は自分の顔が熱くなるのを感じた。
障害物競争の仮装ルームにて、僕が引いた一番の箱に入っていたのは、まさかの「女子高校生」の衣装だった。
もはやそれが仮装なのかは全く判断が付かないものの、黒髪ロングのウィッグにセーラー服、そして黒のタイツが中には入っていた。
僕はそれを着てゴールまで向かったのだが、何故だかその女装が注目を集めてしまったらしいのである。
今もこのテントに戻ってくるまでの間、僕は色々な生徒に周りを囲まれ沢山声を掛けられた。
…特に女子たちからの勢いが凄く、グイグイと目の前まで距離を詰め寄られた時は、ほんの少しだけ恐怖というか身の危険?を感じたほどだ。
というのも、その女子たちの目がまるで獰猛な肉食獣のようにギラついていたからである。
そうして、「ぐへへ、川瀬ちゃ~ん」と言いながら手をわきわきさせている女子たちから何とか脱出し、僕はこのテントまで戻ってきた。
「もう二度と女装なんてやらない…」
僕のそんな言葉に南さんは「えぇ~」と不満そうな声を上げているが、本当にもう女装は懲り懲りだ。
もう一度やると僕の羞恥心が爆発してしまうので、ほんとのほんとにご容赦願いたいところである。
僕がそうして自分の胸に誓いを立てていると、
「こんなに可愛いのになぁ~っ」
と口を開いた南さんは、スマホの画面に僕の女装姿の画像を表示させた。
「ちょっ!もう!南さん恥ずかしいよぉ!」
「ほれほれ~、これを見たら女装がやりたくなってきたでしょ~?」
そして南さんがニマニマと頬を緩ませながらその画像や動画を見せようとしてくるので、僕は顔を隠して精一杯の抵抗を行う。
そこからは、女装がしたくない僕と女装をさせたい南さんによる謎のじゃれ合いが始まった。
そんな僕と南さんのやり取りを見て、悠斗は豪快な笑い声を上げている。
「僕はもう絶対に女装はやらないからねっ!」
僕の羞恥心を滲ませた声が、ピンク団のテント前に響き渡る。
結局そんな僕と南さんの攻防は、次の種目が始まるまで続くのだった。
***
今から目の前では、三年生の「借り物競走」が始まろうとしている。
その三年生の参加者の中には、愛野さんの姿があった。
そう、愛野さんは今から借り物競走に参加をするのだ。
障害物競争の次が借り物競走であったため、愛野さんとは入れ違いになってしまった。
しかし南さん曰く、愛野さんは僕の女装姿が気に入ったようなので、もしかしたら入れ違いとなって正解だったのかもしれない。
愛野さんは時々僕のことを「可愛い」と言って揶揄ってくることがあるため、女装という絶好の話題を逃すなんてことはしないだろう。
まぁ借り物競走が終われば愛野さんはこっちに戻ってくるので、揶揄われるのは時間の問題かもしれないが…。
そんなことを考えていると、ちょうど前の方にいる愛野さんと目が合ったので、僕は手を振ってみることにした。
すると、愛野さんも手を振り返してくれたので、その嬉しさで僕は頬を緩ませる。
「「じ~っ」」
僕が口元をもにょもにょとさせていると、見てますよということをアピールしながら悠斗と南さんは僕に視線を向けてきた。
その顔には二人揃ってニヤニヤとした笑みが浮かんでおり、それに僕は気恥ずかしさを覚える。
さっきの女装のこともあり、何か言うとまたいじられそうな感じがしたため、僕は二人とは逆側に顔を向けた。
それが僕の照れ隠しだとは分かっているのだろう、後ろからはクスクスと笑う二人の声が聞こえてくる。
そんなことをしている間に、男子の借り物競走がスタートをした。
女子のレースは後半であるため、愛野さんの登場はこの次である。
男子たちが前に置いてあるお題の紙を取り、それぞれの借り物を求めてグラウンド中に散らばりを見せている時、僕は「川瀬先輩っ」と後ろから声を掛けられた。
後ろを振り返ってみると、そこにいたのは二年生の女の子たちだった。
「みんなどうしたの?」
僕がそう声を掛けると、五人はキラキラとした瞳を向けながら、僕にこう言ってきた。
「「「「「川瀬先輩の女装、とても可愛かったです!」」」」」
五人からいきなりそう言われ、僕は「あ、ありがとう…」と返すことに精一杯となる。
囲まれた時にも後輩らしき生徒は沢山いたが、こうして顔見知りの後輩たちにも女装のことを言われてしまうなんて…。
僕が恥ずかしさで顔を赤くしていると、
「「「「「キャーッ!!」」」」」
と言いながら、五人はキャッキャと嬉しそうな反応を浮かべ始める。
そのままその五人は、僕に「写真を撮りませんか!?」と尋ねてきた。
今写真を一緒に撮るのは何だか恥ずかしいため、どうしようかなと迷っていると、
「「「「「ダメですか…?」」」」」
と、その五人は上目遣いを向けてくる。
「う…っ」
五人からそんな目を向けられて、「撮らない」なんて言えるはずもなかった僕は、
「うん、良いよ」
と頷きを返した。
僕は年下の子のお願いにはめっぽう弱いと自覚している。
その時にどうしてもひまちゃんの顔が浮かんでしまうのは、お兄ちゃんの性というやつだ。
そして、僕の周りを五人が囲うようにして並び始め、そのまま六人で写真を撮った。
「「「「「ありがとうございます!」」」」」
「こっちこそ、誘ってくれてありがとうみんな」
写真を撮り終わり、五人に感謝を伝えていると、僕は背中側から強烈な視線を感じ始めた。
急いでバッと後ろを向くと、愛野さんが物凄い「圧」のある眼差しを僕の方に向けてきていた。
あの眼差しは、いつぞやにご機嫌斜めとなってしまった時と全く同じである。
あの時を思い出して一歩後ずさっていると、後ろからは「どうしたんですか?」と五人に声を掛けられ、僕はまさかの板挟み状態となってしまう。
そのため僕は、五人には「何でもないよ?」と返事をしつつ、愛野さんにはジャスチャーで「何も悪いことはしていない」ということを必死に伝えた。
そんなことを続けていると女子のレースが始まるということで、愛野さんはスタートラインへと移動をし始めた。
危機を脱した?ことにホッと一息ついていると、「パンッ!」という音がグラウンド中に響き、女子の借り物競走がスタートした。
愛野さんは素早くお題が書かれた紙の元へとたどり着き、その紙の内容を確認し始める。
その直後、お題の紙を閉じた愛野さんは、僕たちピンク団のテントに向かって走り始めた。
お題の内容が何か分からないため、僕たちはピンク団のメンバーは「何だ何だ!?」と一気にざわつき始める。
愛野さんは前回も借り物競走に出場したらしいが、その時は南さんがお題に当てはまる人物であったため、二人でゴールを目指したらしい。
もしかしたら今回も南さんの可能性は十分にあるが、人ではなくシンプルにモノである場合もあるため、一応僕も荷物を確認する準備をしておく。
そうしてテントの前にやってきた愛野さんは、真っ直ぐ僕の方に視線を向けた。
「川瀬、一緒に来てっ!」
「えっ、僕!?」
まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったため、僕は急な展開に驚きを隠せない。
しかし今はレース中であり、僕があれこれ考えている時間がタイムロスに直結するため、僕はすぐに驚くのをやめ、そのまま愛野さんの元へと移動した。
そして僕は愛野さんと手を繋ぎ、一緒にゴールへと向かい始める。
僕と愛野さんが手を繋いでいることに対し、周囲ではどよめきが生まれているが、僕は全く気にならなかった。
なぜなら、
「ふふっ、何だか楽しいね川瀬っ!」
と言いながら僕の隣を走る愛野さんの笑顔に、僕は目を奪われていたからだ。
「うんっ、楽しいねっ!」
そのまま僕たちは一番乗りで審査員の前に行き(審査員は生徒会の女子生徒だった)、愛野さんはそのお題の紙を審査員へと提示する。
その紙を確認した審査員は、目を見開いて僕と紙を二度見した後、僕にこう尋ねてきた。
「あなたは愛野さんの『大切な人』で間違いないですか?」
想像を遥かに超えるお題の内容に、僕は「えっ!?」と大きな声を出しながら隣の愛野さんへと視線を向けた。
しかし、愛野さんは顔を真っ赤に染めながらも、僕に「期待」する眼差しを向けてきている。
そのため僕は、愛野さんの期待に応えるべく、その審査員にこう告げた。
「はい、間違いないです」
僕がそう答えると、審査員の人が合格の判定を出してくれたので、僕と愛野さんは手を繋いだままゴールへと向かい、二人でゴールテープを切った。
「一着は、ピンク団の愛野さんです!」
ゴールをすると同時に順位のアナウンスがされ、それを聞いた僕たちは、
「やったね愛野さん!」
「うんっ!」
と喜びの声を交わしながら、二人で仲良くハイタッチを交わし合う。
そしてそのアナウンスは、順位を伝えると同時にお題の内容も発表し始めた。
「愛野さんのお題は、『大切な人』でした!」
お題の内容が伝えられた瞬間、グラウンドでは更に大きなどよめきが起こり始める。
この借り物競走が終わったらさっきの女装で囲まれた時よりも大変なことになりそうだなぁ…とこれから起こることを想像し、僕は思わず苦笑してしまう。
しかし、そうなることは分かった上でこのお題には肯定を示したし、何より愛野さんが僕の「大切な人」であることは何も間違ってはいないため、この決断に後悔は一つもない。
そうして隣を見てみると、愛野さんはピンク団の方に視線を向け、僕の手を握ったまま何故かドヤ顔を浮かべていた。
その視線の先を更に詳しく辿ってみると、愛野さんが二年生の五人組の方を見ているのが分かった。
どうやら愛野さんは、さっきまでのやり取りを忘れてはいなかったようだ。
彼女たちにダンスを教えて教室へ戻って来た時、愛野さんは僕が五人と「仲良くしていた」ということを聞いて、その目に闘志の炎を燃やしていた。
恐らく今の愛野さんは、自分の方が僕と「仲が良い」ということを五人に自慢しているのだろう。
もちろんそれは僕の推測だが、「ふふんっ♪」と愛野さんは胸を張り、勝ち誇った様子を浮かべているので、強ち間違いでもなさそうである。
そして僕は、そんな何とも可愛らしいマウントを取っている愛野さんのことを隣で眺めながら、その想いに胸を温かくさせるのだった___。
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