#88 花城高校の文化祭







 時刻はもうすぐお昼という頃、僕は花城高校の文化祭へと足を運んでいた。

 今日は体育祭の前日準備ということで、例年通り星乃海高校はお休みであり、戌亥さんに「これまでで一番のお化け屋敷ができたので~はじはじも来てください~」と誘われもしたので、こうして文化祭に参加することにしたというわけだ。

 そして僕は、隣にいるもう一人の参加者の方に視線を向けた。


「じゃあ中に入ろっか、愛野さん」


「うんっ♪」


 そのもう一人の参加者というのは、愛野さんのことである。


 悠斗と南さんも誘ったのだが、二人は団長・副団長として前日準備に参加したり、明日の予行練習をしたりする必要があったため、予定が合わなかった。


 そのため、今日は愛野さんと二人きりというわけだ。


 二人だけでどこかに行くのは、それこそ一年ほど前に外出をした時が最後であり、今も心臓はドキドキとしている。

 二人で行くと言った時の悠斗と南さんのニヤニヤとした顔がちらついて、何だか恥ずかしくもなってきているが、折角の機会なのだ、今日は愛野さんと一緒に花城の文化祭を満喫することにしよう。


 そうして僕と愛野さんは、派手にデコレーションされた花城の門をくぐり、校舎の中へと足を踏み入れた。










 多くの人で賑わっている校舎の中をゆっくりと眺めながら、僕たちは最初の目的地に向かって歩いていく。

 前回来た時は有志発表に参加することしか考えていなかったため、こうして校舎の中に入るということはなかった。

 そのため、花城の文化祭はほとんど今日が初めてという感じであり、内心ではかなりワクワクとしている。


「まずは流歌ちゃんのクラスに向かうんだよね?」


「うん。戌亥さんがこれまでで一番のお化け屋敷ができたから、僕たちに来て欲しいって言ってたよ」


「去年のお化け屋敷もかなり凄かったから、あれ以上と考えるとちょっと怖くなってきちゃうかもっ」


「あはは…、戌亥さんが気合いを入れ過ぎてないことを願うばかりだね」


 そう言いながらも、戌亥さんなら絶対本気で脅かしてくるよな…と僕たちは確信しているため、二人で苦笑いを交わし合う。


 去年、星乃海高校でも話題になっていた花城のお化け屋敷…それは一体どんな感じなのだろうか?




 そして目的地に近付くと、


「はじはじ~姫ちゃん~こっちです~」


 と言いながら、戌亥さんが手を振って僕たちを出迎えてくれた。


「戌亥さんおはよう」


「流歌ちゃんおはようっ♪」


「二人ともおはようです~」


 僕たちは挨拶を交わし、そのまま噂のお化け屋敷の方に視線を向ける。

 ここまでの道中で色々な出し物を眺めてきたが、このクラスの気合いの入り方は、何というか…明らかに群を抜いていた。


「な、何か、戌亥さんたちのクラスだけ雰囲気違うね」


「ふっふっふっ~今年のは最高傑作ですからな~」


 そのままドヤ顔を浮かべ始める戌亥さんに聞こえないように、僕と愛野さんは小さく会話を行う。


「愛野さん、前回もこんな感じだったの…?」


「うぅん、前はこんなに禍々しくなかったよ…?」


 僕と愛野さん、恐らく今二人が考えていることは全く同じだろう。


『『これ絶対やばいやつじゃん…』』


 今も中から聞こえてくる悲鳴が、僕たちのその考えを良くも悪くも後押しする。


「どうかしましたかぁ~?」


 僕と愛野さんが現実逃避をし始めていることに気付いた戌亥さんがそう尋ねてくるので、


「「何でもないよっ?」」


 と、僕たちは精一杯強がった笑みを浮かべた。




 その後、そのまま戌亥さんは「それじゃあるかちゃんも準備してきますね~」と僕たちに言い残し、そのお化け屋敷の中へと入って行った。


 そして、この場に残された僕と愛野さんは、すっとお互いに顔を見合わせる。

 愛野さんの表情は若干引き攣っているが、恐らく僕も全く同じ表情を浮かべているだろう。


「じゃ、じゃあ、その、入る…?」


 僕がそう問い掛けると、愛野さんは肩をびくっとさせた。

 …僕もまさか、お化け屋敷がこれほどのクオリティだとは思いもしなかった。

 去年の二年七組の出し物に思考が引っ張られ、少し油断していたところがあったのかもしれない。

 できることなら「入らない」でおきたいくらいだが、僕たちはその選択肢を持ち合わせてはいない。

 愛野さんもそのことは分かっているのだろう、


「う、うん、そうだねっ」


 と僕に頷きを返してきた。


 戌亥さんは僕たちの参加を楽しみにしてくれていたのだ、僕たちはその期待にしっかりと応えてみせる…!(*お化け屋敷に入るか入らないかの話です)


 そして僕たちは入口の前に立ち、大きく深呼吸をする。


「愛野さん、行くよ…?」


「う、うんっ!」


 そうして僕と愛野さんは、薄暗いそのお化け屋敷の中へと入って行くのだった___。










***










 お化け屋敷から出た後、僕たちは疲労を感じさせる足取りで、ふらふらと廊下を歩いていく。


「「こ、怖かったぁ…っ」」


 入る前は、もしかしたら意外とそんなに怖くないかもしれないなんて思っていた。

 しかし、そんなのはただの思い違いだった。


 もうただただ普通に怖かった。


 もう一度入れと言われたら、僕は喜んで首を横に振るだろう。

 思い返すのも嫌になるほど圧倒的な「怖さ」が凝縮され、出し物という観点だけで見れば、あまりの出来栄えの凄さに開いた口が塞がらなくなるほどだ。

 しかし、まさか自分がこんなに怖がりだったとは思わなかった。

 さっきは愛野さんが隣にいるのにも関わらず、思いっきり驚いた声を上げてしまった。

 そのことが頭にフラッシュバックし、今度は何だか恥ずかしくなってくる。

 そのままちらっと真横に視線を向けると、愛野さんも耳を真っ赤にさせ、何だか恥ずかしそうな様子を浮かべていた。


(確かに、愛野さんも僕と同じようにびっくりした声を上げてたもんね)


 そんなことを考え始めると、二人揃って驚きの声を上げていたさっきの時間が、何だか無性に楽しいものに思えてきた。


「ふ、ふふっ…あははっ!」


 我慢できずに僕が笑い声を上げ始めると、愛野さんも我慢の限界がきたような感じで、そのまま楽しそうに笑い始める。

 怖さで感情が抑えられていたことの反動からか、笑いのつぼに入ってしまって涙も浮かんできた。


「怖かったけど、楽しかったね愛野さん!」


「うん!楽しかったねっ!」


 そのまま僕たちは、しばらくその場で笑い続けた。










 落ち着きを取り戻した後、僕と愛野さんは色々なクラスの出し物を見て回ることに決めた。

 そんな僕たち二人は、「手を繋いで」廊下をゆっくりと歩いていく。

 実は、お化け屋敷へ入った直後に愛野さんが手を握ってきてから、僕と愛野さんは手を繋ぎ続けている。

 手を離すタイミングを失ったというのもあるが、愛野さんから手を離すような素振りは見られず、それに僕自身がこの手を離したくないとも思っているため、この状態が続いているというわけだ。


 そのまま一緒に歩いていると、愛野さんがいつものように沢山の人たちから視線を向けられていることに僕は気付いた。


 特に、花城の男子生徒は愛野さんを初めて見たということもあり、


「あの女の子めっちゃ可愛いんだけど」


「誰か話し掛けてこいよ!」


 と、愛野さんに「下心」を向けてきている人も少なくない。

 愛野さんにも周囲のその声は聞こえているはずだが、愛野さん本人は気にしていないような様子を浮かべている。


 確かに愛野さんは魅力的過ぎる女の子であるし、みんながそう思ってしまうのはよく理解できる。


 …でも、それは何だかちょっと面白くない。


 だから僕は、繋がっている手を愛野さんと自分の指を絡ませるような繋ぎ方に変え、周りに僕が愛野さんの隣にいるんだということをアピールすることにした。


 これは、僕のちょっとした「独占欲」というやつなのかもしれない。


「ぁ…えへへっ♪」


 僕の意図なんて愛野さんには筒抜けなのだろう、愛野さんはそんな僕に笑顔を向け、そのまま手をぎゅっと握り返してくれた。


 その時の愛野さんの「幸せそうな顔」に、僕の胸は大きく高鳴った。




 そこから僕たちは、各クラスの出し物を楽しんだ。




___星の解説をしてくれるプラネタリウム。


___怪しさ満点の占いの館。


___縁日を思わせる輪投げや射的。


___美味しそうな匂いを漂わせる焼きそば。


___オシャレな見た目のタピオカミルクティー。


 他にも色々な出し物を見て回りながら、僕と愛野さんは余すところなく花城の文化祭を満喫した。

 途中で愛野さんの中学時代の友人と出会い、ニヤニヤと揶揄われて大変だったりもしたが、本当に楽しい時間を過ごすことができた。


 しかし、そんな花城の文化祭も、そろそろ終わりを迎えようとしている。


 そうして僕たちは、有志発表が行われる体育館へと移動をした。

 もう少しで有志発表が始まるということもあり、既に体育館内には人が沢山集まっていたので、僕と愛野さんは少し端の方からそのステージを眺めることにする。

 そこからしばらくすると、体育館のステージ上に見慣れた二人がマイクを持って現れた。


「皆さん、こんにちはであります!僕は花城高校の生徒会長、堀越陽太であります!」


「はいは~い、るかちゃんは~戌亥流歌ですよ~」


「今日は僕と流歌ちゃんの二人で、有志発表の司会進行をさせていただくであります!」


「よろしくです~」


 どうやら今年の司会進行係は、前にいる堀越くんと戌亥さんのようだ。

 有志発表には出ずに司会をするとは戌亥さんから聞いていたが、二人の雰囲気がいつも通り過ぎて、僕は思わず笑ってしまう。

 愛野さんもクスっと笑っており、僕たちは二人の司会姿にほんわかとした気持ちとなった。

 それにしても、堀越くんが生徒会長として生徒の前に立っている姿は初めて見るが、その表情には確かな自信が浮かんでいるように見える。

 この文化祭期間を経て、堀越くんは僕たちには推し量ることができないほどの成長を遂げたに違いない。

 三月末に会った時にもその片鱗はあったが、今の堀越くんは、もう誰が見ても立派な生徒会長のようだ。

 この光景をイリーナ先輩が見たら、きっと大喜びするだろう。

 今度イリーナ先輩と会った時に話してあげようと思いつつ、僕はそのまま前の二人に視線を向ける。


 そうして、堀越くんと戌亥さんの司会により、ついに有志発表が始まった。


 今は男子五人組が有名な文化祭定番ソングを演奏し、会場が盛り上がりを見せている。

 それを楽しく眺めていると、隣にいる愛野さんが僕に声を掛けてきた。


「川瀬っ、私たちの文化祭もこんなに楽しくなると良いねっ♪」


「うん、そうだねっ」


 今日一日花城高校の文化祭に参加して、僕は色んな生徒の楽しそうな表情を見ることができた。

 愛野さんの言う通り、星乃海高校の文化祭もそんな笑顔の溢れる楽しい文化祭になれば良いな、なんて僕は思う。

 明日は文化祭ではないが、早速体育祭というイベントが僕たちには控えている。

 それならまずは、楽しい体育祭となるように精一杯がんばろう。


 明日も、今日と同じくらい楽しい一日になりますように。




 僕は、明日の体育祭が更に待ち遠しくなった___。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る