#87 団発表







「よし!これでひとまずオッケーだな!」


「はぁ~ギリギリ間に合ったねーっ」


「みんなサンキューな!これで何とか三日後の団発表を迎えられそうだ!」


 季節は六月。

 昨日は雨が降って一日中じめじめとした天気だったが、今日は雲もなくからっと晴れた良い天気で、今も夕焼けの光が教室内に届いている。


 そんな僕たちは今、来週から始まる体育祭期間に向けて事前準備をしていた。


 この事前準備が始まったのは二週間前からだが、ようやく終わりの目処がつき、僕はホッと一息つく。

 団長の悠斗と副団長の南さんを見てみると、二人の様子からも「安堵」が伝わってきた。


「二人ともお疲れさまっ」


 そんな我らがクラスの団長・副団長コンビに、愛野さんがそう声を掛ける。

 ちなみに、どうして僕や愛野さんがこの場所にいるかというと、僕たちはともに「団員」となったからだ。

 ちょうどその二週間前に団員を決めるタイミングがあり、その時に僕と愛野さんは団員になった。

 団長・副団長のサポートや、各教室にダンスを教えに行くなど、団員も色々と仕事の数は多いが、三年生ではクラスにいっぱい関わっていこうと決めていたし、何より悠斗と南さんの力にもなりたかったので、僕は迷わず団員への立候補を決めた。


「それじゃあ来週から忙しくなると思うけど、みんなで一緒にがんばっていこうな!」


 そうして、悠斗の言葉を合図に、今日の団活動は終了となった。

 そのまま他の団員たちは各々の部活動などに向かって行き、教室は僕と愛野さん、悠斗、南さんのいつもの四人だけとなる。


「無事にダンスが決まって良かったね、悠斗」


「おう!全体練習で振り付けの確認とかは必要だろうけど、結構良い感じになったと思うぜ」


「ただ、ボクたちの気合いが入り過ぎてちょっと難しくなっちゃったのが難点だよねー、にゃははっ」


「まぁでも、ダンスが壊滅的に下手な俺でも踊れるようになったんだ、問題ないだろっ」


「あははっ、悠斗が言うと説得力が違うね」


「川瀬くんの言う通りだよーっ。何なら北見にダンスを教えることに一番時間を使ったまであるからっ」


「それは本当にすんません…」


「ふふっ、でも今回のダンスが私はこれまでで一番可愛くて良いと思うなっ」


 僕たちはこれまでの二週間を振り返りながら、会話に花を咲かせる。

 話題に挙がった今回のダンスは、ダンス経験者の女の子が中心となり、かなりの時間を掛けて作ったものだ。

 経験者の人が考えてくれたダンスということもあり、クオリティはかなり高いのではないかと僕は思っている。

 今までに比べると確かに少しダンスの難易度は高いが、思わず踊りたくなるような振り付けが沢山あるので、きっとみんなも楽しく踊ってくれるはずだ。


 そして、悠斗もそろそろ部活に向かうということで、僕たち四人も今日はここで解散となった。


「三人とも、また月曜日に会おうぜ!」


 正面玄関で悠斗が部活に向かって行くのを見送った後、僕たち三人も校門に向けて足を動かし始める。


「来週が楽しみだね、川瀬っ♪」


「うん!」


 夕焼けの空、仲の良い人たち、それに体育祭への期待___、僕は今この瞬間に、言葉では言い表すことのできない「特別」な何かを感じた。


 それは、以前にも感じたことのある、あの「青春」の感覚だった。










***










 土日を挟んでついに迎えた月曜日、ちょうど今から体育館で団発表が行われようとしている。

 本当のところ、僕たち三年生はどの色の団になるのかを知っているのだが、直前まで伏せていた方が面白いという毎年の演出により、下級生には内緒となっている。

 前回も前々回も、その当日まで団の色が分からなかったことを考えると、これまでの三年生たちが律儀に団の色を隠していたということに気付き、星乃海生のネタバレ防止意識の高さに僕は驚いた。


 そして、各団の団長・副団長たちがステージの前に姿を現す。


 ステージの中央辺りに悠斗と南さんの姿があり、二人がクラスの方に手を振ってきたので、僕たち三年六組の生徒も二人に手を振り返した。

 そんな二人は現在団Tシャツを身に付けており、その色は「ピンク色」である。


 そう、今回の僕たちの団は、「ピンク団」ということになった。


 その団Tシャツは、前の左胸の部分にハートが、後ろには天使の羽が描かれたデザインで、南さんが考えてくれたものだ。

 デザインが決まった時から「可愛い」とクラス内で話題になってはいたが、今も周囲から「ピンク団のTシャツ可愛い」との声が聞こえてきている。

 僕がデザインをしたわけではないが、仲の良い人が褒められているのを聞くのは何とも嬉しいことのように僕は感じた。


 そうして次々と団の発表が行われ、いよいよピンク団の順番が回ってきた。


 一輝と南さんはマイクを持ち、いつもの様子で楽しそうに団の紹介を行っている。


 そんな二人の姿を見て、いよいよ体育祭の準備期間が幕を開けることへの実感が湧いてきた。


 僕はこの体育祭を、今年は本気で取り組むことに決めている。


___今年は、忘れられない体育祭になりそうだ。


 僕は確かな気分の高揚を味わいながら、前のステージに視線を向けた。










 団発表が無事に終わった後、僕たちは三年六組の教室へと戻ってきた。

 何故戻ってきたかというと、今日の六時間目はグラウンドの割り当てから外れているため、ダンスの全体練習ができないからだ。

 そのため、この時間を使って同じピンク団となった一年生と二年生のクラスに団Tシャツを渡しに行こうという話になった。

 それと一緒に、ダンスの最初の部分も各教室で教えようということになり、僕たち団員は一年生を教えるグループ、二年生を教えるグループ、そして三年生を教えるグループの三チームへと分かれ始める。

 僕と南さんは二年生を教えるグループに決まり、悠斗は一年生、愛野さんは三年生を教えるグループに決まった。

 このチーム分けは、一年生のところにダンス経験者の女の子、二年生のところに南さん、そして三年生のところに愛野さんという感じで、「踊れる人」がしっかりとどの学年にもいるという配置となっている。

 僕も含め、団員はひと通りダンスを覚えてはいるのだが、特に上手なのがこの三人ということで、各学年にこうして分かれてもらったという感じだ。

 ダンス指導は、この三人をメインに行っていく予定である。


 そうして僕たちは、それぞれの教室へと向かい始めた。


 僕は南さん、それに他の団員たちとともに二年生のクラスへ移動する。


「いやぁ~何だか緊張してくるねーっ」


「自分たちが教える側に回るなんて思わなかったよ」


「確かにっ、ボクも自分が副団長をするなんて思わなかったもんっ」


「あははっ。でも、今日まで沢山準備をしてきたし、何とかなりそうだと僕は思うな」


「そうだねっ。よーしっ、それじゃあボクたちもがんばるとしますかっ!」


「うん!」


 そして、二年生の教室に到着した僕たちは、「失礼します」と声を掛け、その教室の中へと足を進めた。


「はーい、ボクの名前は南朱莉ですっ。さっき体育館でも紹介はあったけど、ピンク団の副団長をしてますっ。これから二週間、ピンク団として一緒にがんばっていこうねっ!」


 南さんのそんな自己紹介に、二年生からは大きな拍手が返ってきた。

 愛野さんや桐谷さんが学校全体で目立ってはいるが、南さんも学校の有名人の一人であり、二年生たちからは多くの視線が向けられている。

 女子たちからは「南先輩可愛い」という声が上がっており、男子たちも南さんの登場にテンションが上がっているようだ。


 そこからは運んできた団Tシャツをみんなに渡し、教室の机と椅子を後ろに下げてもらって予定通りダンスを教えることになった。


 ダンスを教える時の配置については、一番前で南さんがダンスを指導し、僕たち団員が二年生たちの近くでサポートに回るという感じである。

 そうして南さんのダンス指導が始まり、困っている生徒はいないかな?と端から教室内を眺めていると、


「あの、川瀬先輩ですよね?」


 と僕は横から声を掛けられた。

 横を向くと五人の女の子たちがそこにおり、「うん、そうだよ」と返事をすると、何故か彼女たちから黄色い声が上がり始める。

 そのことを不思議に思っていると、


「私たち、この前の球技大会のソフトボールから川瀬先輩のファンなんです!」


 と、その五人は理由を教えてくれた。

 ファンって言われるほどの活躍はしてないんだけどなぁと苦笑しながらも、褒めてもらえるのは素直に嬉しいので、


「そうなんだ。とっても嬉しいよ、ありがとう」


 と僕は笑顔で感謝を伝えた。

 すると、またしても五人は黄色い声を上げ、何やら五人でコソコソと会話をし始める。


『ちょっ、今の笑顔見た!?』


『見た見た!なんかめっちゃキュンって来たんだけど!』


『カッコいいのに笑ったら可愛いとか、そんなのギャップ萌え過ぎない!?』


『それな!ねぇ、川瀬先輩って彼女いるのかな?』


『そんな話聞いたことないし、もしかしたらワンチャンあるんじゃない…?』


『『『『『キャー!』』』』』


 何を話しているのかは分からないが、五人は何だか楽しそうな様子であり、僕はそんな仲の良い様子を見てほっこりとする。

 すると、そこから五人にダンスを教えて欲しいと頼まれた。


 この教室にはダンスを教えるためにやってきたので、僕は「もちろん」と返事をし、その五人の申し出を快諾する。


 こんな風に誰かから頼られるのはやはり気持ちの良いものだ。


 そして僕は五人に混ざり、分からない箇所があればその箇所を教えたりして、みんなのダンス練習のお手伝いを始めた。


「少し難しいダンスだけど、みんなしっかりと踊れてて偉いね」


「「「「「ありがとうございます~!」」」」」


 今まで後輩たちとの接点がほとんどなかったこともあり、ひまちゃんと接する時のような感じとなってしまっているが、五人は嫌そうな顔を浮かべてはいないので、僕は気にしないようにした。


『『『『『川瀬先輩のお兄ちゃん感が尊過ぎる!』』』』』


 そうしてその後も、僕は後輩の女の子たちと一緒に楽しくダンスの練習をするのだった。










 六時間目の終わりが近付いてきたので、僕たちは二年生の教室を後にし、自分たちの教室へと戻ることにした。


「川瀬くん、後輩ちゃんたちからめっちゃ人気だったねっ」


「後輩からあんなに頼られることなんて今までなかったから、新鮮な感じだったよ」


 三年六組の教室へ戻る時、五人は僕に手を振ってくれ、「また教えてくださいね!」と嬉しい言葉を掛けてくれた。

 最初はどうなることかと思ったが、しっかりと団員の役割を果たせているような気がして、僕は小さな達成感を覚える。

 その達成感に頬を緩ませていると、南さんはニマニマと口角を上げ、僕のことをツンツンと肘で突いてきた。

 それに「どうしたの?」と声を掛けたが、南さんは「川瀬くんは『ここから』が大変だね~っ」と言いながら笑っているだけであり、僕はその言葉に「ん?」と首を傾げるのだった。


 そうして教室へと到着し、扉を開けると、


「川瀬っ、朱莉っ♪」


 と言いながら、愛野さんが僕たちの元に向かってきた。


「二年生の子たちはどうだった?」


 そのまま愛野さんがそう尋ねてくるので、僕と南さんは順調に最初の部分を教えることができたと愛野さんに報告する。


「そっか♪」


 そうして楽しい雰囲気で報告をし合っていたのだが、


「聞いて、姫花っ。川瀬くんは二年生の女の子たちに大人気だったんだよーっ」


 と南さんが言った瞬間、愛野さんの笑顔がピシッと固まり、その雰囲気に変化が訪れた。

 そして愛野さんは、その笑顔を浮かべたまま僕にこう尋ねてくる。


「川瀬、一体どういうことなのかな?」


 その愛野さんの声は、いつもと同じような感じなのに、全く感情がこもっていなかった。

 それに、笑顔を浮かべているにも関わらず、その目は全く笑っていない。


「え、えぇと…」


 愛野さんの突然の豹変に冷や汗が止まらなくなり始めた僕は、動揺で返事を言い淀んでしまう。

 そんな僕を見てどう思ったのか、愛野さんは「ふ~ん」と少し不機嫌そうな表情を浮かべ、


「で、どういうことなの?」


 と更に僕への追及を強めてきた。


(なっ、なんでこんなことになってるの!?)


 そんな僕の内心を知ってか知らずか、


「後輩ちゃんたちに次もダンスを教える約束をしてたもんねっ、川瀬くん?」


 というように、南さんが火に油を注ぎ始めた。


「み、南さんっ!?」


 勢いよく南さんの方に顔を向けると、南さんは絶対にこの状況を「楽しんでいる」ことが分かるような表情を浮かべており、さっき言っていた「ここからが大変」とはこういうことだったのかと、僕は思わず頭を抱える。

 とりあえず、愛野さんにしっかりと事情を説明しなくてはと思い、


「あ、えと、愛野さん…」


 と声を掛けてみると、「川瀬」と愛野さんに名前を呼ばれ、僕は「は、はい!」と背筋を伸ばし、緊張で「ごくり…っ」と喉を鳴らした。

 そして愛野さんは、僕にこう言ってきた。


「次のダンス指導は、私も二年生の方に行くから」


 愛野さんが言ってきた内容に、僕は「えっ?」と目を丸くする。

 愛野さんが二年生の方に来てしまうと、三年生にダンスを教える人がいなくなってしまう。

 厳密に言えばいなくなるわけではないのだが、三年生のダンス指導に穴ができるのは間違いなかった。

 それに、愛野さんがいきなり二年生の教室に現れたりなどしたら、二年生の男子たちが愛野さんを囲んでしまいそうな気がするため、そのことを愛野さんに伝えようと思い、


「でも、それだと…」


 と僕は口を開いたのだが、


「行くから、ね?」


 と愛野さんが有無を言わせない物凄い「圧」を感じさせながらそう言ってくるので、


「はい…」


 と僕は借りてきた猫のような状態で、流れるように「屈服」を選択した。


(女の子は怒らせたら怖いって進さんも言ってたなぁ…)


 そうして「ふんっ」と愛野さんがぷんぷんと怒った様子を見せ始める一方で、南さんは「あははっ!」と僕たちの様子に楽しげな笑い声を上げ始める。


 そんな時、悠斗が一年生の教室から三年六組に戻ってきた。


「おっ、三人とも何やってんだ?」


 戻ってきた悠斗は僕たちの様子が気になったようで、そんなことを僕たちに尋ねてくる。


「にゃははっ、北見も聞きたい?それがね…」


 そうして南さんからこの状況に至る経緯を聞いた悠斗は、「はははっ!」と豪快に笑い声を上げ始めた。


「それは朔が悪いかもな!」


 そのまま悠斗と南さんの二人が生温かいニヤニヤとした視線を向けてくるので、


「もお!笑い事じゃないってば!」


 と僕は二人にツッコミを入れつつ、僕は頬をぱんぱんに膨らませている愛野さんの方へと視線を向けた。

 これまでも何回かこういうことはあったが、大体は僕の行動が原因であるため、ひとまず愛野さんと話すところから始めるしか僕に選択肢はない。


(これは許してもらうのに時間が掛かりそうだ…とほほ)




 「お姫様」の可愛らしいご機嫌斜めは、放課後を告げるチャイムが鳴るまで続いた。




 結局、次の日のダンス指導から、僕も三年生を教えるチームになったということを報告しておこう___。






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