#86 居場所







 今週から五月を迎え、三年生の生活に随分と慣れてきた今日この頃、今は食堂から教室へと戻っているところだ。

 そうして廊下を歩いていると、前に見慣れた三人の姿があった。

 それは、一輝と元山さん、そして桐谷さんの三人である。

 何だか意外な組み合わせにも思える三人だが、実はそうでもない。

 三年生のクラス替えがあった後、どうやら元山さんと桐谷さんの二人は「友だち」になったようだ。

 実際二人が一緒にいる姿はよく目にしており、かなり仲が良さそうな雰囲気である。

 たまに元山さんに揶揄われて恥ずかしがっている桐谷さんを目撃したりするが、桐谷さんも案外楽しそうな様子を浮かべており、元山さんとの心を許した関係性というのが見て取れる。

 一輝もその二人と一緒にいることが多いのだが、それは桐谷さんの「護衛」も兼ねているとのことだ。

 少し前に、桐谷さんの存在を知った新入生の男子たちがクラスに押しかけて面倒なことになったのを機に、元山さんと二人で桐谷さんを守ることにしたらしい。

 その効果は絶大で、多くの男子は一輝の眼光の前に撃沈し、桐谷さんの平穏は守られている。


 そして、そんな仲の良い三人が話しているところに、僕、愛野さん、南さん、悠斗の四人も混ぜてもらうことにした。


「おーい、一輝、元山さん、桐谷さん」


 そのまま僕たち七人は、それぞれ思い思いの会話を始める。


「愛野さん、こんにちはっ!」


「桐谷さん、こんにちはっ♪」


 悠斗と一輝がスポーツの話を、南さんと元山さんがファッションの話をし始めた僕の隣では、愛野さんと桐谷さんが会話をしている。

 今も二人が楽しそうに話していることからも分かるように、愛野さんと桐谷さんは仲良しになったのだ。

 この二人が仲良くなったというのは学校でも話題となり、今も二人が話している様子を色んな人たちが遠くから眺めている。

 星乃海高校が誇る二人の美少女がこうやって楽しそうに話しているだけで、周囲がパッと華やかになったような感じさえ覚えるのは、何も錯覚ではないだろう。

 二人が仲良くなったのは、つい二週間ほど前、僕が廊下で会った桐谷さんと本の話をしていた時だ。

 頬を膨らませながら僕たちの方を覗いていた愛野さんに桐谷さんが声を掛け、三人で話し始めたのがきっかけである。

 そこから瞬く間に二人は仲を深め、今ではこうして楽しそうに会話をするまでなった。

 元々お互いがお互いと話したかったようなので、こうなるのも自然な流れと言えよう。




 何か良いなぁ、こういう時間って。




 仲の良い人たちに囲まれ、その仲の良い人たちが楽しそうな笑顔を浮かべている。


 当たり前だけど当たり前じゃない、そんな光景に充実感を覚えていると、


「川瀬も一緒に話そっ♪」


 というように、愛野さんが僕に声を掛けてくれた。


「うん!」


 僕はそれに返事をし、二人と会話をし始める。




 これが、今の僕の「居場所」だ。










***










 今日の六時間目は、委員会と体育祭の役割決めが行われる。

 今は、どの委員会に所属するかを決めている最中であり、僕は希望する委員会の名前が言われるのをじっと待っている。

 そして、四宮先生の口からついにその委員会の名前が出された。


「それじゃあ次は、『美化委員会』に所属する人を決めるわね」


 「男子で美化委員会に入りたい人は手を挙げてちょうだい」と四宮先生が言った瞬間、僕は「はい」と手を挙げた。

 そう、僕が狙っていた委員会というのは、美化委員会のことだ。

 二年間やってきたからこそ慣れているというのもあるし、今年も花の世話をしたいと思っていたので、僕は迷わずに美化委員会を選択した。


「川瀬くん以外に希望者は…いないみたいね。それじゃあ男子の方は川瀬くんで決まりよ」


 案の定誰も手を挙げる人はいなかったので、僕は無事に美化委員会への所属が決まった。

 何でこんなに不人気なんだと思わず苦笑してしまいそうになるが、そのおかげで今年も美化委員になれたので、むしろ喜ぶべきことなのかもしれない。


 そして次は、女子の美化委員を決める番となった。


 「女子で美化委員会に入りたい人は手を挙げてちょうだい」という四宮先生の声が、少し静かな教室内に響き渡る。


 そうして、その四宮先生の声に「はいっ!」と返事をする女の子が一人現れた。


 その女の子以外に手を挙げている人はおらず、


「美化委員の女子は愛野さんにお願いするわね」


 というように、そのまま愛野さんの美化委員会への所属が決まった。

 隣に座っている愛野さんは、「やった♪」と小さく嬉しそうな声を上げ、僕の方に笑顔を向けてくる。


 この時間が始まる前に、愛野さんとは事前にどの委員会に入るのかを話していた。


 美化委員に二人でなれたら良いなぁなんてことを思ってはいたが、まさか本当に同じ委員会になれるとは。

 愛野さんから向けられる笑顔に、僕も同じく笑顔を返す。

 去年の文化祭で愛野さんと同じ係になった時は物凄い嫉妬の視線を向けられたりもしていたが、今はほとんどそんな視線は感じない。

 ひと月前のバレーの授業から僕を見るクラスメイトの視線が変わってきており、気さくに話し掛けてくれる男子も現れ始めている。

 それに、クラス内では僕たち四人は仲良しグループとして認識されているため、組み合わせに違和感を持つ人が少ないのも大きな理由の一つだろう。

 ただ、クラスの女子たちの視線がちょっと生温かいのが気になるところではあるが…。


 そのまま委員会決めは順調に進んでいき、次は体育祭の役割決めが始まった。


 星乃海高校の体育祭は六月末であり、まだ当日まで二ヶ月近くの時間があるものの、三年生はやることが多いため、この時期から準備が始まるというわけだ。

 クラスTシャツをデザインしたり、団対抗ダンスの振り付けを決めたりなど、今からやることは山積みである。


 今日は、その団をまとめる団長と副団長を決めるとのことだ。


 そして、早速団長の立候補が始まった。


「先生、俺団長やります!」


 その立候補が始まると、僕の前にいる悠斗が元気良く手を真っ直ぐ挙げ、団長へと名乗りを上げた。

 そんな悠斗を見たクラスの反応は、みんながみんな「納得」をしているような感じである。

 悠斗はクラスのリーダー的ポジションを確立しており、気さくな性格でみんなからの信頼も厚いため、この立候補に反対する人は誰もいないだろう。

 実際今も、


「よっ!俺らのリーダー!」


「北見しか団長に相応しいヤツいないって!」


 とクラスの男子たちからいじられており、


「恥ずいからやめろよな!」


 と悠斗はツッコミながらも、なんだかんだ嬉しそうな表情を浮かべている。


 そして、満場一致で悠斗の団長就任が決まり、続いて副団長の立候補が始まった。


 その立候補が始まると同時に、みんなの視線が悠斗の隣の南さんに集中し始める。

 恐らく、クラスのみんなが考えていることは一緒だろう。

 そんな視線を向けられた南さんは、


「分かった、分かったよーもぉ~。メグちゃん先生、ボク副団長に立候補します」


 と言いながら手を挙げ、副団長へと立候補をした。

 悠斗と同じように、南さんもクラスのみんなからの信頼が厚く、副団長をするのは南さんが相応しいと誰もが感じている。

 それに、悠斗と南さんは苗字の「北」と「南」から「方角ペア」ともこっそり言われ、クラスのみんなから二人一組のように考えられている節があるので、悠斗が団長なら副団長は南さんというのは、最早「確定事項」と言えるだろう。


 結局南さんの副団長就任も満場一致決まり、二人はそのまま教壇の方へと移動をして横に並んだ。


「団長になった北見悠斗だ。団長といっても俺一人じゃ何もできないし、みんなも力を貸してくれよなっ。一緒に楽しい思い出を作ろうぜ!」


 僕たちクラスメイトは、そんな悠斗の団長挨拶に拍手を返す。

 悠斗には、イリーナ先輩とはまた違った「この人に付いて行きたい」と思わせる何かがある。

 イリーナ先輩は圧倒的カリスマでみんなを引っ張っていく感じだが、悠斗はみんなを引っ張るのではなく、みんなと一緒に歩いていく、そんな寄り添う感じだろう。

 どちらも素敵なリーダーシップであり、優劣がつけられるものではない。

 そんな素敵な人がクラスの団長をしてくれるというのは、本当にありがたいことだと僕は思った。


「副団長になった南朱莉です。楽しい体育祭になるよう精一杯がんばるので、これからよろしくお願いしますっ。それと、団長が余計なことをしてたらすぐにボクへ連絡してねっ」


 南さんのそんな副団長挨拶に、クラスではワッと笑いが起きた。

 「余計なことなんてしねぇよっ!…多分」「ほら多分じゃんかっ」と前ではいつもの言い合いが始まっており、僕たちは二人に生温かい視線を向ける。

 二人は途中でクラスメイトたちからのそんな視線に気付き、「「んんっ!」」とわざとらしい咳払いでお茶を濁そうとしていたが、全然二人は恥ずかしさを隠しきれておらず、微笑ましい光景が広がっていた。


 やっぱり、クラスの代表はこの二人しかいない。


 この二人が団長と副団長をしてくれる体育祭は、きっと楽しいものになるだろう。

 僕はこの二年間、サボったり体調不良だったりで体育祭に参加をしていないため、何事もなければ今年が初参加となり、それも相まって今からワクワクとした気持ちが生まれている。




 これからまた、更に学校が楽しくなるような、そんな予感がした。










***










 放課後となり、僕と愛野さんは美化委員の集会へと向かって廊下を歩いていた。


「一緒の委員会になれたね、川瀬っ♪」


「うん、そうだねっ」


「前に川瀬と水やりをしてから、私もお花のお世話をしてみたかったんだ~。川瀬はずっと美化委員会に所属してる大先輩だし、作業を教えてもらわないとねっ♪」


「あははっ、任せてよ愛野さん」


 そして美化委員会の教室へとたどり着いた僕と愛野さんは、黒板に書かれてある指定の席に腰を下ろした。

 そこからまた二人で楽しく会話をしていると、しばらくしていつもの先生が教室に到着し、美化委員の集会が始まった。


 そのまま順調に説明は進み、とうとう水やり当番を決める時間がやってきた。




 しかし、今年はこの二年間と大きく異なった展開を見せ始める。




「今年度から花壇が大きくなったこともあり、しっかりと『全員で』水やり当番を回していこう」


 どうやら今年からは、しっかりと「当番制」で花の水やりをしていくらしい。


 先生は全員にそう言った後、「川瀬」と僕に声を掛けてきた。


「二年間、一人に作業を任せてしまって本当に申し訳ない。俺は川瀬の優秀さに甘えていたようだ。それのせいで、一人の生徒に責任を押し付けるということをしてしまっていた。反省はしてもしきれないが、改めて言わせて欲しい、本当にすまなかった」


 そうして先生は頭を下げて謝罪をした後、


「川瀬、二年間花の世話を毎日してくれて、本当にありがとう」


 と僕に感謝を伝えてくれた。


 実を言うと、今年も任されたら全然一人でやっても良いという心づもりでいたので、もう毎日水やりをしなくても良いことに、僕はほんの少しだけ残念な気持ちを感じている。


 しかし、今の僕には「裏庭の花壇」以外にも「居場所」ができた。


 これまでは裏庭の花壇が唯一僕の落ち着く場所であったが、今はそうじゃない。

 色々な出来事を経て、僕はあの場所以外にも心が落ち着く場所を見つけたのだ。


 僕は、心の拠り所のようになってくれていた裏庭の花壇に、感謝の気持ちを抱く。


 つらい時も苦しい時も、いつもあの場所は僕を迎え入れてくれた。


 ただそこにある裏庭にそう感じるのも変な話だが、実際僕はそのように感じている。


 本当にありがとう。


 そして、これからもよろしく。


 僕は、これまで自分の「居場所」となってくれていた裏庭の花壇に、心の中でしっかりと感謝を伝えておいた。




 そうして水やりの日にちがひと通り決まると、実際みんなで作業をしてみようという話になり、僕たちは裏庭の花壇へと移動した。

 そして僕は、先生から作業を教える役に任命され、みんなの前に出て道具や水やりの説明を行っていく。


 まさか僕が、みんなに作業を教える日がくるなんて。


 最初は「やりたくない」と思いながらも始めた花の世話だったが、今は作業に「楽しさ」を感じており、人というのはこんなにも知らず知らずのうちに変わっていくんだなと感慨深くなる。

 みんなに説明をしていると、愛野さんと視線が合った。

 僕がみんなの前で話している姿に、愛野さんはどこか誇らしげな表情を浮かべている。


 それを見た僕は、自然と口角が上がっていった。




 こうして、今年度の新しい委員会活動がスタートしたのだった___。






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