#83 再会
新学年・新学期が始まった今週の日曜日、僕たちは電車に乗って競技場へとやってきた。
僕の他には愛野さん、戌亥さん、それに堀越くんがおり、今からこの四人で柄本さんの応援をする予定である。
火曜日のアルバイトの時、柄本さんが僕と戌亥さんにこう話してきた。
「今週の日曜日にサッカーの試合があるんだけどさ、良かったら二人とも見に来ないか?」
そのまま「どうだ、どうだ!?」と、柄本さんは僕と戌亥さんにキラキラとした眼差しを向けてくる。
前から何度かこうやって誘われたことはあったが、その時は関わりを避けていたこともあり、いつも断りの返事をしていた。
そのため、今回は試合を見に行こうかなと思っている。
いつも断っていたことに対する申し訳なさというのももちろんあるが、サッカーをしている時の柄本さんがどんな感じなのか、実はずっと興味があったからだ。
「分かりました。見に行きます」
僕がそう言うと、「ほ、本当か!?」とオーバーリアクションをしてくる柄本さん。
また、戌亥さんの方も、
「はじはじが行くなら~るかちゃんも行くことにします~」
と手で丸を作りながら柄本さんにそう答えていた。
「うぉー!川瀬っちといぬちゃんが見に来てくれるなんて燃えてきたぜ!」
柄本さんは僕たちが見に行くことが嬉しいようで、「うぉー!」と声を上げながら謎の動きをし始める。
それが相変わらず絶妙にキモいため、「やっぱり行かないでおこうかなぁ」と口にすると、
「はじはじ~こーた先輩がキモいのでやっぱりやめませんかぁ~?」
と戌亥さんも同じことを言い始めた。
そこからは、柄本さんが「頼むよぉ~来てくれよぉ~」と言いながら、ジト目を浮かべている僕たちを説得するという時間が続いたのだった。
「あれがサッカー場かなっ?」
「多分そうだと思いますよぉ~」
「楽しみであります!」
「それじゃあ移動しよっか」
そうして僕たち四人はサッカー場に向けて歩みを進める。
ちなみに、どうして愛野さんと堀越くんがいるかというと、柄本さんが「他の人も誘ってくれて良いからなっ」と言っていたのが理由だ。
戌亥さんは「それならたーくんも誘いましょう~」と言い、その場で堀越くんにメッセージを送った。
すると、参加をするという旨の返信がすぐに届き、堀越くんも観戦メンバーに加わった。
そして戌亥さんは、
「はじはじは誰も誘わないんですかぁ~?」
と続けて僕にもそう提案をしてきた。
実は、誘いたい相手が一人思い浮かんでいたものの、その人はサッカーに興味がないかもしれないので、僕は誘って良いものなのかどうかと悩んでいた。
そんな僕の様子を見た戌亥さんは、まるで僕の心を見透かしたかのようにこう言ってきた。
「姫ちゃんを誘ってみたらどうですかぁ~?」
思わず僕が驚いた顔をしてしまったことで、戌亥さんに心の中が完全にバレてしまい、戌亥さんからはニヤニヤとした笑みを向けられてしまった。
そのまま戌亥さんから「それじゃあはじはじは姫ちゃんを誘うように~」と言われてしまい、結局僕は愛野さんを誘ってみることになった。
そうして、アルバイトが終わったその日の夜、いつものように愛野さんとメッセージのやり取りをしている時にダメ元でサッカー観戦のお誘いをしてみると、
『私も行きたいっ!』
と、まさかの了承メッセージが届いたので、愛野さんも参加をすることになったというわけである。
その愛野さんは、ちょうど僕の隣を歩いているのだが、今日は会った時からずっと楽しそうな様子である。
「何だか楽しそうだね、愛野さん」と声を掛けてみると、サッカーの試合を生で見るのは初めてだからと愛野さんは楽しそうに話してくれた。
更に、愛野さんは僕にこう言った。
「でも、一番は川瀬がこうして誘ってくれたからかなっ♪」
そして、愛野さんは「えへへっ♪」と嬉しそうな笑顔を僕に向けてくる。
そんな笑顔を向けられて、自分の胸がドキドキとしてしまうのは不可抗力であろう。
(戌亥さんには後で感謝をしておこう)
戌亥さんが背中を押してくれたおかげで、こんなにも愛野さんが誘ったことに喜んでくれている。
僕は、もっと愛野さんのこの可愛い笑顔が見たいと思った。
なので、今度は自分の意思で愛野さんにお誘いの連絡をしてみようと心に決めつつ、僕たち四人はサッカー場を目指すのだった。
***
目的のサッカー場に到着すると、ちょうど練習をしていた柄本さんが僕らのことを見つけたようで、こっちへと向かってきた。
「今日は来てくれてありがとな!」
そのまま僕たちは柄本さんと会話を始めた。
「柄本さんのユニホーム姿を見るのは今日が初めてですね」
「おっ、そうだなっ。会うのは大体バイトの時だから、お互いバイト姿がデフォルトみたいなところあるよな!」
「こーた先輩って~本当にサッカーをちゃんとしてる人だったんですね~」
「俺はいぬちゃんにどんな人だと思われてたんだ…」
「ん~うるさい人ですかね~?」
「いや正解だから何も言えねぇ!」
「自分は柄本さんのユニホーム姿、カッコいいと思うであります!」
「へへっ、たーくんサンキューなっ!」
そして、柄本さんは愛野さんの方にも視線を向けた。
「夏祭りの時にちょっと会ったくらいで、こうやって話すのは初めてだなっ」
「愛野姫花と言いますっ。柄本さん、よろしくお願いしますっ」
「おう、よろしく!愛野さんも今日は楽しんでいってくれよな!」
「はいっ!」
そこからもうしばらくみんなで会話をした後、柄本さんは練習の方へと戻って行った。
「柄本さん、とっても良い人だねっ」
「そうだね。変なノリで絡んでくることも多いけど、いつも僕のことを気にかけてくれる、とっても良い先輩だよ」
「そっか♪」
愛野さんが柄本さんのことについて話し掛けてきたので、僕は柄本さんに対する素直な気持ちを愛野さんに伝える。
ただ、柄本さんに伝わると面倒くさいことになりそうなので、今言ったことは愛野さんに秘密にしてもらうことにした。
でも、柄本さんに感謝をしているのは本当だ。
柄本さんがいたおかげで、今もアルバイトを楽しく続けられている。
今日は、そんな頼りになる先輩の雄姿をしっかりとこの目に焼き付けよう。
そして、毎日の感謝を今日の応援で少しでも返せたら良いなと僕は思った。
応援スタンドに行くと、そこには深森さんの姿があった。
どうやら深森さんも柄本さんの試合を観に来たらしい。
「深森さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、川瀬さん。会うのは夏祭り以来ですね。今日はこーくんのお願いを聞いてくれたみたいで、本当にありがとうございます」
「柄本さんのサッカーをしているところには興味があったので、こうして観ることができて僕も嬉しいです」
深森さんと挨拶を交わしていると、戌亥さんが「雪姉~会いたかったです~」と言いながら深森さんに抱き着き始めた。
度々戌亥さんは深森さんのことをバブみがどうのこうのと言っていたが、今も深森さんによしよしされて「むふぅ~」と満足げな様子である。
どうやら二人は夏祭り以降も会ったりしていたようで、その近い距離感に僕は驚いた。
愛野さんも最初はびっくりとしていたが、すぐに深森さんと仲良くなり、今は女性陣三人で楽しそうに会話をしている。
そうして、深森さんと柄本さんの馴れ初めで盛り上がっている三人を横目に見つつ、僕の方も堀越くんとそれぞれの学校の話をしながら、試合が始まるまでの時間を楽しむことにしたのだった。
しばらくすると、ピッチに選手たちが移動を始め、予定時刻ピッタリに試合がキックオフした。
僕たちの他にも応援をしに来ている人たちは多く、スタンドは大学の応援団の人たちを中心に最初からかなりの盛り上がりを見せている。
僕たちもまた、手に持った応援うちわを振りながら、味方チームの応援を始める。
ちなみに、このうちわはサッカー部のマネージャーさんがさっき渡してくれたものだ。
柄本さんはコートの大体真ん中のポジションから、味方へと指示を出してパスを繋いでいる。
愛野さんと同じように、僕もサッカーの試合を生で見るのは初めてだが、近くで見るとその運動量や熱量に思わず圧倒される。
プロの試合になるとまた更に違った感じなのだろうが、この試合も十分に熱くて見ごたえのある試合であると僕は思った。
そうして手に汗握る前半が終了し、後半までのハーフタイムが始まった。
「何だか凄い試合だねっ」
「うん。味方も相手もみんな上手で、どっちがゴールを決めてもおかしくない試合展開だね」
現在試合は両者無得点の拮抗した様子であり、どちらのチームにも惜しい瞬間が何度もあった。
そうしてしばらく愛野さんと前半の感想を話し合っていると、ベンチの方から柄本さんが手を振ってきた。
その顔にはいつもの笑みが浮かんでおり、試合の時の真剣な表情とは大違いである。
そうしてみんなで手を振り返していると、ハーフタイムの終了を知らせる音が鳴り、選手たちがピッチへと戻り始めた。
その時、愛野さんの隣に座っていた深森さんが、
「こーくんがんばれーっ」
と柄本さんに声を掛けた。
それはしっかりと柄本さんに届いていたようで、
「せっちゃん任せろっ!」
という返事を柄本さんは深森さんへと返していた。
そんな二人の確かな「想い」を感じさせるやり取りの後、後半戦がキックオフした。
後半は、味方チームの優勢で試合が進んでいった。
試合は二点を取った味方チームが相手に得点を許さず、そのまま勝利を収めた。
柄本さんは、一点目のゴールアシストに加え、自分のシュートで二点目のゴールを決めるなど、まさに大活躍の試合となった。
そして、選手たちは応援スタンドの前に並び、「応援ありがとうございました!」と言いながら僕たちの方へとお礼をしてくる。
勝利を収めた選手たちに僕たちも拍手を送っていると、顔を上げた柄本さんの視線が、深森さんの方へと向いていることに僕は気が付いた。
その柄本さんの顔には、いつもの笑みとはまた違った笑みが浮かび上がっている。
ちらっと深森さんの方も見てみると、深森さんも柄本さんと同じような笑みを浮かべていた。
その笑顔は、他の誰でもなく、お互いにだけ向ける「特別な笑顔」であるように僕は思った。
そう思ってしまうほど、二人の笑みには「お互いを想う気持ち」というものがあったからだ。
僕は、そんな二人の想い想われている素敵な関係を垣間見て、自然と胸が温かくなるのだった。
***
試合が終わり、柄本さんに試合の感想を伝えた後、僕は愛野さんと一緒に帰ることになった。
戌亥さんと堀越くんは近くの楽器店に寄ってから帰るということだったので、こうして二人で帰ることになったという次第である。
「とっても良い試合だったねっ!」
「だね、柄本さんのゴールも見れたし、本当に観に来て良かったよ」
「サッカーの試合ってこんなに面白かったんだっ」
「確かに、初めて見たけどとっても面白かったよね」
僕たちはさっきの興奮冷め止まぬといった感じで、感想を言いながら楽しく帰り道を歩いていく。
本当に、今日の試合は面白かった。
スポーツとは中学の頃から疎遠になっていたが、こうして観戦をしたことで、やっぱりスポーツは良いなと僕は思い直した。
全力でプレーをしている姿というのは、それだけで力をもらえるような気がする。
北見くんはスポーツ観戦が趣味だと言っていたので、明日の学校でスポーツ観戦について詳しく聞いてみよう。
それに、他のスポーツにも詳しくなれば、愛野さんとまた観戦に行くなんてことができるかもしれない。
そんなちょっとした思いも胸の中に抱きつつ、僕は愛野さんとの会話を続ける。
そして、競技場の入口を少し出たところで、僕は前から誰かに声を掛けられた。
「朔…?」
少し低いその声は全く聞き覚えのない声であり、本当に口から漏れ出てしまったというくらいの小さな声だったが、何故か僕の耳にはハッキリとその声が聞こえた。
声が聞こえてきた正面に視線を向けると、そこには一人の制服を着た男子が立っていた。
その男子は、僕よりも高い身長にがっちりとした体付きをしており、何より野球部だとすぐに分かるような坊主頭をしていた。
「ぇ…」
僕は、その男子のことを「知っていた」。
声や身長などは僕の「記憶にある」姿とは大きく異なっているものの、その顔だけは中学の時と何も変わっていなかった。
…彼としっかり目を合わせるのは、「決別」をしたあの日以来だ。
彼の目を見た瞬間、あの日やそれ以前の記憶がどんどん掘り起こされ始め、頭の中によぎっていく。
「光…」
僕は、その男子の名前を実に五年ぶりくらいに声に出した。
光は僕が名前を呼んだ瞬間、色々な感情がごちゃ混ぜになったような、そんな複雑そうな表情を浮かべた。
そして、自分でもその感情をどう扱って良いのか分からない様子のまま、光は僕にぎこちない挨拶をしてきた。
「朔、その、久しぶり」
光から名前を呼ばれているということに「懐かしさ」や「痛み」を感じながら、僕はそんな光に返事をした。
「久しぶりだね、光」
こうして僕は、かつての「親友」だった男、市谷光(いちがやひかる)と再会したのだった___。
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