第十一章 三年生編 一学期

#81 新しいクラスメイト







 通学路の桜が今年も綺麗に花を咲かせ、ひらひらと舞い落ちている。

 一年のこの時期にしか見られない特別な光景を眺めながら、四月の到来を強く実感する。


 今日から星乃海高校の新しい一年が始まる。


 気付けば僕も高校三年生となった。

 今年も色々な学校行事に加え、最後には受験も控えている。

 忙しくなることは間違いないだろうが、そこに不快感はなく、むしろ「がんばるぞ!」という気持ちを僕は抱く。


 そうして桜に元気をもらいながら、僕は自転車を漕ぎ進めた。










 学校に到着すると、正面玄関の前に生徒が集まっている光景が目に入ってくる。

 みんなが目にしているのは、毎年恒例のクラス替えの張り紙であろう。

 去年はクラスなんてどうでも良いと思っていたが、今は自分がどのクラスに入っているのかとワクワクする気持ちが胸の中に浮かび上がっている。

 それに、僕の中には大きく「期待」していることが一つあり、実はハラハラしていたりもする。


 自転車を駐輪場に停め、僕もクラスを確認するために正面玄関へ向かおうとすると、


「川瀬っ♪」


 と後ろから僕を呼ぶ声が聞こえてきた。

 振り返ると、そこには愛野さんと南さんの姿があり、僕は「二人ともおはよう」と声を掛けた。


「おはようっ♪」


「川瀬くん、おはようだよーっ」


 二人はちょうど今学校に到着したところで、


「川瀬はもうクラス見た?」


 と愛野さんが尋ねてくる。

 それに「まだ見てないよ」と返事をすると、


「それじゃあ一緒に見よっ♪」


 と愛野さんが提案してくれたので、僕たちは三人でクラスを確認することになった。


 そうして集団の前まで移動をし、前の人たちがクラスを確認するのを待っていると、


「何だか緊張するねっ」


 と愛野さんが僕に話し掛けてくる。

 「そうだね」と愛野さんに頷きを返すと、愛野さんは僕にこう言ってきた。


「今年も川瀬と同じクラスだと良いなぁ」


 僕はその言葉を聞き、自分の頬が自然と緩むのを感じる。

 愛野さんも「同じこと」を考えてくれていたことが分かり、嬉しさがこみ上げたからだ。


 「愛野さんと一緒のクラスになること」、それが今回のクラス替えで僕が大きく「期待」していることの正体だ。


「僕も愛野さんと同じクラスが良いな」


 僕がそんな自分の気持ちを口にすると、愛野さんは嬉しそうに頬を赤く染める。

 違うクラスだったら落ち込む自信しかないが、クラス表は見ていないのだ、まだそうだと決まったわけではない。


(愛野さんと同じクラスでありますように…!)


 そうして心の中で祈っていると、前にいた生徒たちが移動し、いよいよクラスを確認する時がやってきた。


 僕たちは前へと進み、まずは自分の名前を探し始める。


 僕は自分の名前を「三年六組」に見つけた後、すぐにそのクラスのところをより丁寧に眺めた。


___そして、僕は愛野さんの方に視線を向けた。


___愛野さんもまた、僕の方に視線を向けていた。


「愛野さん!」


「川瀬っ!」


 口角が上がっていくのを、僕たちは止めることができなかった。




 そうして僕と愛野さんは、「嬉しさ」を滲ませる笑みをお互い交わし合うのだった___。










***










 今、僕と愛野さんと南さんの三人は、「同じ」クラスを目指して廊下を歩いているところだ。


「三人とも同じクラスになれるなんて、ボクびっくりしちゃったよーっ」


 そう話す南さんの顔には、嬉しそうな笑顔が浮かび上がっている。

 南さんが言うように、僕たち三人はまさかの同じ三年六組だった。

 「やったねっ♪」と声を掛けてくる愛野さんに、僕も「うん!」と返事をする。


 そうしていると、南さんがクスクスと何やら笑い始める。


 そのまま「揶揄い」を含んだ笑みを向けながら、南さんは僕と愛野さんの二人にこう言ってきた。


「いやぁーそれにしても、クラスが一緒だったと気付いた時の二人の反応、可愛かったなぁ~っ」


「「…!」」


「お互いの名前まで呼んじゃってさー!それに何なのさ、あの可愛すぎる二人の笑顔っ!尊過ぎてキュンキュンが止まらないよぉ~」


 そうして南さんは、ウキウキな様子でさっきのことを楽しそうに話し始める。

 愛野さんは「あ、朱莉っ、恥ずかしいからやめてぇ…っ!」と言いながら顔を両手で隠して身悶えし始めた。

 一方の僕も、さっきのやり取りを思い出して顔が尋常じゃないほど熱くなっている。

 そんな僕たちの様子に南さんは更に笑みを深くし、楽しそうな笑い声を上げた。


 あの時は、愛野さんと一緒のクラスになれたことが嬉し過ぎて思わず舞い上がってしまった。


 今日のことでしばらくは南さんにいじられ続けそうな予感がする…。


 しかし、愛野さんだけでなく、南さんとも同じクラスになれて僕は本当に嬉しい。

 気楽に話せる人がいるというのは、どの場面においても安心に繋がる。

 今は恥ずかしさが限界突破をしているが、僕はこんな「楽しい」毎日を心待ちにしていた。


 愛野さんと南さんと同じクラスになれるなんて、本当に夢みたいだ。


 これから毎日二人とこうして話せると思うだけで、僕の心は弾んでいく。




 新しい生活は、最高の形でスタートを切ったようだ___。










 三年六組に到着した僕たちは、後ろ扉を開けて教室の中へと足を進める。

 すると、案の定愛野さんは先に教室へと来ていたクラスメイトに囲まれ始めた。


「愛野さんだ!」


「愛野さん、今年もよろしくね!」


「このクラス当たり過ぎだろ!」


 男女問わずの人気ぶりに、僕は「相変わらず凄いなぁ」という感想を頭に浮かべる。

 そして南さんもまた、愛野さんと一緒に囲まれていた。

 特に、女子たちから仲良く話し掛けられている姿が目に入る。

 南さんは誰にでも気さくな性格をしているため、こうしてみんなに囲まれるのも納得だ。


 二人がみんなと会話をし始めたので、僕は自分の席を確認することにした。

 黒板に貼られてある座席表を見てみると、今年も三列目の一番前の席であるため、カバンをすぐ後ろにある自分の机に置いて、そのまま席へと座り込む。


 そうして席に座りながら提出課題の確認をしていると、誰かが肩をトントンと叩いてきた。


 その方向に顔を動かすと、僕の後ろの席に座っていた男子が「おっす」と声を掛けてくる。


「俺、『北見悠斗(きたみゆうと)』ってんだ。よろしくなっ」


 僕にそう自己紹介をした男子、北見悠斗くんは、そう言って笑顔を向けた。


 北見くんの第一印象は、金のメッシュの入った髪色が特徴的なイケメンの男子という感じだ。


 今までクラスが一緒になったことはなく、もちろん話したこともない間柄であるため、


「初めまして、川瀬朔です。よろしく北見くん」


 と僕は初めましての挨拶を北見くんに行った。

 すると、北見くんは僕に顔を寄せ、キラキラとした瞳を向けてきた。


「川瀬ってこの前の球技大会のソフトで逆転サヨナラヒット打ってたよな!?あれマジで良かったぜ!」


 「あん時から川瀬とはずっと話してみたいって思ってたんだよなー!」と言いながら、北見くんは僕にグイグイと話し掛けてくる。

 こうして同級生の男子にちゃんと話し掛けられたことは高校に入ってからは一度もなかったので、僕は珍しいような、それでいて新鮮な気持ちとなった。


「あれは狙って打ったのかっ?」


「うん。一球目で球筋を確認して、タイミングを合わせたって感じだよ」


「いや、それって結構凄くね!?相手のピッチャーの球ってだいぶ速かったよな。あれのタイミングを一回で掴むとかバケモンだろ!」


「あははっ、そんなことないよ」


 そうして僕と北見くんは、球技大会の時の話題で盛り上がり始める。


 その過程で、北見くんは自分のことも色々と教えてくれた。

 見た目からも運動部なのかな?と思っていたが、北見くんは陸上部に所属しているようだ。

 何でもスポーツ観戦が趣味で、特に野球を観るのが好きらしい。

 そのため、僕のバッティングに食い付きを見せてくれていたというわけである。


 こうして同性の同級生と話すのは今まで堀越くんとしかなかったので、僕は「楽しさ」を感じ始める。

 まだ話し始めたばかりの相手だが、北見くんはコミュニケーション能力が高い人だと僕は感じた。

 話を振るのはもちろんだが、僕の話にも楽しそうに耳を傾け、相槌を打ってくれる。

 この気さくな感じは誰に似ているだろうと考えると、僕は南さんに似ているかもしれないと思った。

 そう思って南さんや愛野さんの方に視線を向けると、


「おっ、そう言えば川瀬はあの二人と教室に入って来たよな」


 と北見くんは僕にそう話してくる。

 そして「川瀬は二人と仲良いのかー?」と北見くんが尋ねてきた。


「愛野さんとは去年クラスが一緒で、南さんともその流れで話すようになったんだ」


 僕がざっくりと二人との関係を説明すると、


「三人が食堂にいるのも見たことあったけど、やっぱり仲良かったんだな」


 と北見くんはうんうんと頷いていた。

 その北見くんの反応が「いつもの」男子たちとは違ったことに、僕は少し驚きを感じる。

 「ん?どした?」と北見くんが聞いてくるので、


「いや、これまでは男子にあまり良く思われていなかったから、僕が二人といるって聞いても普通な様子の北見くんにびっくりしたんだ」


 と僕は思ったことをそのまま伝えた。

 すると、北見くんは歯を見せながら豪快に笑い始めた。


「はははっ!確かに他の男子たちからしたら、二人と、特に愛野さんといつも話してる男子って羨ましいんだろうな。でもさ、川瀬も向こうの二人も、仲良しだから一緒にいるんだろ?別に誰が誰と仲良くしようなんて、他人には関係ねぇ話だよな。だから俺は、川瀬を目の敵にするなんてダサい真似はしねぇし、安心してくれよな!」


 北見くんが話してくれた言葉に、僕は胸が空くような感覚を味わう。

 僕が距離を取っていたことがそもそもの原因ではあるのだが、高校ではこうして「対等」な立場から何かを言ってくれる同性の男子はいなかった。


 凄く単純な理由かもしれないが、僕は北見くんと「仲良くなりたい」と思い始めた。


「ありがとう、北見くん」


「おう!」


 そこから北見くんとはあの二人の話となった。

 北見くんは、一年生の時に南さんと同じクラスだったらしい。

 北見くん曰く、何やら南さんとは因縁があるようで、


「また南と同じクラスかよ~」


 と北見くんは悔しがった様子を浮かべていた。

 しかし、少し嬉しく思っていそうな感じもしたのだが、それは僕の気のせいだろうか?

 そんなことを思っていると、


「なぁなぁ、川瀬って彼女いんのっ?」


 と、小さな声で北見くんがそう尋ねてきた。

 その顔はニヤニヤと楽しそうな様子であり、揶揄ってきているのがすぐに分かった。

 「いないよ」と僕が答えると、北見くんは「本当かぁ~?」と言いながらも楽しそうに笑っていた。

 そして、今度は僕の方から「北見くんは彼女いるの?」と聞いてみると、


「それがいねぇんだよなぁ~」


 と北見くんは落胆した表情を見せる。

 「川瀬、どうやったらモテるのか一緒に考えようぜ!」と北見くんが言ってくるので、僕は北見くんと一緒にあれこれ楽しく考え始めた。


 病院で大学生のお兄さんたちと会った時、僕は「男子のノリ」というものを羨ましく思った。


 しかし今、僕はあの時に羨ましく思っていた「男子のノリ」というのを北見くんと繰り広げている。

 ただこの瞬間を楽しむような会話を、僕はずっと「男友だち」としたいと思っていた。


 随分と久しく感じるこの気持ちは、まだほんの少しだけチクっとした痛みを伴っている。


 けれども、心地良さがその痛みを包み込む。


 今の僕なら、あの時「否定してしまった気持ち」を受け入れることができるはずだ。


 焦る必要はない。


 ゆっくりで良い。


 今の僕は、こうして「前を向けている」のだから。




 そうして僕は、昔に置いてきてしまった「友情」へと向き合う覚悟を決めながら、今は北見くんとの「何でもない会話」を楽しむことにしたのだった___。






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