#78 球技大会







 三年生の卒業式を終えた三月の初週、今日は球技大会の日である。

 空は青く澄み渡り、例年の三月に比べれば随分と暖かい気温で、まさに絶好の球技大会日和と言えるだろう。

 男子はバレーかソフトボール、女子はバスケかサッカーのどちらかに参加をする必要があり、一応僕はソフトボールの方に参加を決めた。

 今は午前中の試合が行われているが、僕は控えの応援ベンチでその試合を眺めているところだ。

 ソフトボールの方には坂本くんたちがおり、彼らが勝手にチームを決めたことで、こうして僕は控え扱いとなっている。

 恐らく、これは僕へのちょっとした嫌がらせのような感じなのだろう。

 しかし、僕はそのことに対して別に何とも思ってはいないため、ただみんなのプレーを見て楽しんでいる。

 坂本くんや田村くんたちは、なんだかんだ運動部ということもあり慣れた動きを見せているが、少し運動が苦手な男子たちは、中々上手にプレーができていない感じだ。

 そこで攻撃が止まってしまい、僕たちのクラスは点数が思うように取れてはいないが、男子たちの雰囲気はそれほど悪くはなく、以外にも坂本くんがこのチームを盛り上げていたりする。

 チームプレーにおいて、坂本くんのような率先して声を出すことのできる人は重要であり、僕は坂本くんの評価を改めなければいけないと思っているところだ。

 そのまま坂本くんも僕に対する態度や視線を改めてくれれば良いんだけど…と苦笑しながら、僕はその試合の観戦を続けるのだった。










***










 試合が終わった後、ソフトボール組は一度教室へと戻ることになった。

 試合には負けてしまったが、野球部が多かったクラス相手によくあそこまで善戦したと僕は思っている。

 ここから昼休憩までの間は「自由時間」であるため、教室に残って談笑を始める人たちや、他の球技の試合を見に行こうとしている人たちもいる中、僕はカバンから勉強道具を取り出して問題集を開いた。

 僕もこの後見に行きたい試合が一つあるのだが、その時間まではもう少しあるため、その間を有効活用しない手はないだろう。

 こういう小さな積み重ねが、いずれは大きな結果に繋がると僕は信じている。


 そうしてその時間がくる直前まで、僕は静かに問題集を解き進めた。










 時間になったので問題集を閉じ、僕は席を立って体育館へと移動を始める。

 というのも、この時間からクラスのバスケの試合が始まるからだ。

 そのバスケの試合には、愛野さんが出場する予定である。

 朝のホームルームの後、すぐにソフトボール組は移動をしたこともあり、愛野さんとは朝の時間以降会ってはいない。

 お昼はいつものように食堂でごはんを食べる約束をしているため、その時間になれば愛野さんに会えるのだが、折角なら愛野さんの応援に行こうと思い、こうして教室を出たというわけだ。


「恥ずかしいから見に来ないでねっ!」


 朝に愛野さんはそう言ってたが、僕は愛野さんがバスケをしている姿を見たいと思っている。

 なので、見つからないようにこっそり見ようと考えながら、僕は体育館を目指した。




 体育館に到着した僕は、そのまま階段を上がってギャラリーの方へと向かった。

 そこにはそれなりに観戦の生徒たちがおり、下のコート端にも観戦の生徒たちの姿が見える。

 試合はすでに始まっているようで、コートにはピンクの髪を靡かせながら味方にパスを出している愛野さんの姿があった。

 一学期の体育の時にも目にしたことはあるが、やはり愛野さんはバスケが上手なようだ。

 今も正確なパスを元山さんに出しており、そのまま元山さんがフリーでシュートを決めていた。

 得点が入ると周りの生徒たちから歓声が上がり、試合はかなりの盛り上がりを見せている。

 そうして愛野さんのことを目で追っていると、


「やっほー川瀬くんっ」


 と、横から南さんに声を掛けられた。

 どうやら南さんも試合を観戦中だったようなので、そのまま二人で試合を見ることにした。


「南さんもバスケを選んでたよね?試合はもう終わったの?」


「うん、ちょっと前に終わったところだねっ。試合は勝ったよー」


「おぉ~、おめでとう南さん」


「ありがとうっ」


 そして、そこから僕は南さんに中学時代の話を尋ねた。

 以前に、南さんがバスケ部に所属していたことを愛野さんから聞いたことがあったからだ。


「当時は姫花と休みに練習したりしてたな~。まだ三年前とかだけど、何だかもう懐かしいよー」


 その当時のことを思い出しながら、バスケ部だった時の話を楽しそうに話してくれる南さん。

 それを楽しく聞きながら相槌を打っていると、


「川瀬くんは姫花が何の部活に入ってたか知ってるー?」


 と南さんが聞いてくるので、そう言えば愛野さんが中学時代に何の部活をしていたかは知らないなと思い、僕はそのまま首を横に振った。


「姫花はねー『料理部』に入ってたんだ~」


 僕が「知らない」という反応を見せたことで、南さんは愛野さんの部活を教えてくれた。

 南さんが運動部だったことや、愛野さんの運動神経が良さそうなこともあり、何か運動部に入っていたのかな?と思っていたので、料理部と聞いて僕は少し意外に思った。

 しかし、料理部と聞いて「納得」をする部分があるのもまた事実だった。

 というのも、ひと月ほど前のバレンタインデーでもらったトリュフチョコは、まるでお店に並んでいるかのような出来栄えであったからだ。

 「姫花は色んな料理が作れるんだよー」と何故か南さんがドヤ顔をしているが、愛野さんが料理上手というのは間違いないことなのだろう。


「料理が得意な女の子とか、川瀬くん的にはどう?」


 愛野さんが料理上手という情報に感心していると、南さんがニヤニヤとしながらそんなことを尋ねてきた。


 南さんの言葉を聞き、僕はキッチンで料理をしている愛野さんの姿を想像してしまう。


 そして、そんな想像をしてしまった自分自身が恥ずかしくなり、僕の顔は熱くなり始めた。

 僕がそうして答えに言い淀んでいると、


「なるほどなるほどぉ~。今ので十分理解できたから、続きは姫花に言ってあげてっ」


 と言いながら、南さんは何だか楽しそうに笑い始めた。

 「やっぱりこの二人は可愛いなぁーもう!」と南さんは僕に笑みを向けてくるので、


「ほらっ、試合の方も見ないと!」


 と言い、僕は南さんの生温かい視線から顔を反らすことにした。

 そんな僕の様子に「にゃははっ」と南さんはまだまだ笑みを浮かべていたものの、僕が誤魔化したことを分かった上でコートへと視線を向けてくれた。


 そうして試合の前半が終わるまで、僕はドキドキとした自分の感情に翻弄されるのだった。










 前半が終わり、間の休憩時間が始まった。

 何故本来のクオーター制じゃないかと言うと、球技大会のバスケは前半と後半が十分ずつの計二十分で試合が行われるルールを採用しているからだ。

 球技「大会」と言っているものの、順位などは関係ない「お楽しみイベント」の側面が強いため、こうしてルールも簡単なものとなっている。

 ちなみに、ソフトボールも五回までのルールで試合が行われていたりする。


 そして、僕と南さんがいるギャラリーのちょうど真下くらいに愛野さんが歩いてきた。


 愛野さんはそのままタオルと飲み物を手に取り、水分補給をしている。

 バレるかなと一瞬思ったが、幸い愛野さんには気付かれていないようだ。

 そうして胸を撫で下ろしそうになったその瞬間、


「おーい、姫花ーっ」


 と、隣の南さんが愛野さんに声を掛け始めた。

 その声に愛野さんは顔を上げ、僕たちの方に視線を向けてくる。


 そうなると、当然愛野さんはこっそりと見に来ている僕の存在にも気付くわけで…。


「川瀬っ!?」


 愛野さんは僕のことを視界に捉えた後、驚いた表情を浮かべた。

 「前半から二人で見てたよーっ」と南さんが言うと、愛野さんは恥ずかしそうに頬を赤く染め始める。

 そのまま「むぅ」と頬を膨らませながら可愛く僕を睨んできているため、後からこっそり見ていたことに対してお小言をちょうだいしそうだ。

 昼ごはんの時のことを考えて苦笑していると、休憩の終わりを告げるタイマーが音を鳴らした。

 その音を聞いた愛野さんは、タオルと飲み物を置いてコートに戻ろうとする。

 そんな愛野さんの背中を見ていると、


「川瀬くん、姫花に何か言ってあげたら?」


 と肘で僕のことをツンツンしながら、南さんが相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべてそう言ってくる。

 それを受け、僕は「愛野さん!」とその背中に声を掛けた。

 そして、愛野さんが僕の方を振り向いた後、僕は恥ずかしさを感じながらもこう伝えることにした。




「がんばれ!」




___そんな僕の応援を受け取った愛野さんは、僕にとびっきりの笑顔を返してくれた。




「うんっ!」




 そのまま嬉しそうな様子でコートの中に戻って行く愛野さん。

 愛野さんが見せた笑顔にギャラリーはザワザワとしているが、僕にはそんなことは全く気にならなかった。

 今も僕の頭の中では、さっきの笑顔が鮮明に思い出される。

 胸はさっきよりもドキドキと音を高鳴らしているが、それはとても快い感覚だった。




 試合の後半は、前半よりも更に調子を上げた愛野さんを中心に二年七組が得点を重ねていき、見事相手クラスから勝利を収めることができた。

 メンバーと勝利を分かち合う様子を上から眺めていると、愛野さんがちらっとこっちを見つめ、笑みを浮かべながら僕に小さく手を振ってくる。


 それに対し、僕も笑顔を浮かべながら手を振り返すのだった___。










***










 昼休みが終わってからしばらく経ち、今はグラウンドにてソフトボールの試合が行われている。

 これがラストの本日三回目の試合だが、朝の一回目、それについさっきの二回目と共に、未だクラスは一度も勝ててはいない。

 勝ち負けは関係ないとはいえ、二戦を通してチームの志気が少し下がっているような感じもする。

 しかし、坂本くんたち陽キャ男子の活躍もあり、この試合は一対二という具合に一点差の良い勝負を繰り広げていた。

 現在は最終回の五回裏で、まさかのランナーが三塁・二塁ノーアウトの大チャンスとなっており、観戦をしている他の生徒たちの盛り上がりも著しい。

 外の競技はこのソフトボールの試合が最後であるため、多くの生徒が観戦に訪れているというわけだ。

 そしてこのまま逆転勝利になるかと思いきや、相手のピッチャーをしている野球部の男子がまずいと思い始めたのだろう、どう考えても素人では振ることができないような速球を投げ始め、一人、また一人と三振に倒れていく。

 チームは下位打順だったこともあり、バッターは経験の浅い男子たちが続いたため、彼らは手も足も出ない様子だった。

 経験者との差を少なくするために、誰でも打てるような球を投げることが決められてはいるのだが、恐らく彼はこの人数の前で負け姿を晒したくはないのだろう。

 坂本くんたちは「そんな速い球卑怯だろ!」と言い放っているが、ピッチャーの彼は案の定どこ吹く風だった。

 そうしてツーアウトとなり、次のバッターである男子の順番となるが、その男子は中々バッターボックスに移動しようとはしない。

 彼の顔は真っ青になっており、どう見ても打席には立ちたくないと思っているような様子であった。

 彼も経験が浅い男子の一人であり、あの速球は振れないと思っているのだろう。

 それに…この人数、この盛り上がりの前だ、ピッチャーをしている相手の男子のように、彼が「恥を掻きたくない」となるのも無理はないのかもしれない。


 なので、僕はその男子に声を掛けた。


「良かったら僕に打たせてもらっても良い?」


 僕が話してくるとは思わなかったのだろう、その男子は目を丸くさせていたが、すぐにうんうんと頷きを返してきた。

 メンバー登録は一応されているため、代打で出るのは問題ないだろう。

 彼から了承してもらった後、そのままチームリーダーである坂本くんのところにも行き、僕は自分が打席に立つことを伝えた。

 坂本くんも驚いた様子だったが、すぐに含みのある笑みを浮かべ、「良いぜ」と僕の代打を認めてくれた。

 恐らくあの笑みは、どうせ打てないから負けの責任を押し付けてやろうとか、大勢の前で恥を掻かせてやろうといったマイナスの意味なのだろう。

 実際、坂本くんは隣にいるクラスの男子とコソコソ話しながら僕のことを「嗤って」おり、強ち間違いでもなさそうな感じである。


 しかし、僕はこの試合に負けるつもりは一切ない。


 それに、昼ごはんの時、愛野さんに試合には出ていないということを伝えると、


『川瀬が出てるところ見たいなぁ…』


 と愛野さんが小さく呟いたのを僕は覚えている。

 その時の愛野さんは、僕が試合に出ていないことを本当に残念に思っているような、そんな顔を浮かべていた。


 少し周りを見渡すと、一塁の方向に愛野さんの姿を見つける。


(あんなに残念そうな顔をさせたままじゃ終われないしね)


 そのまま僕はバットを手に取り、軽く素振りをしてからバッターボックスへと入った。


 これまでの体育では、あえてソフトボールの授業は選択してこなかった。

 そのため、こうしてまともにバットを振るのは中学以来である。


 球技大会とはいえ、久々の打席に確かな高揚感を僕は味わう。


 周囲は僕の代打にざわついており、守備をしている相手側も不思議そうな顔をしていた。


 そうしてピッチャーから第一球が投げられ、僕はそれを「振らずに」見逃した。


 審判からはストライクの声が聞こえてくる。


 僕がバットを振らずに見逃したのを見て、ピッチャーの男子は僕のことを「打てないヤツ」だと判断したのだろう、僕のことを鼻で笑い、外野に前進守備を伝え始めた。

 周囲からも諦めムードのようなものを感じ、ピッチャーを応援する声もちらほらと聞こえてくる。


 でも、これで良い。


 一球目は、元からどんな感じかを見るために見逃すと決めていた。

 それを「打てない」と判断して守備が甘くもなったのだ、思わぬ儲けものと言えるだろう。


 それに、これなら次は「確実」に打つことができる。


 球は速いが、それでもただ速いというだけであり、変化球が来る心配もないため、タイミングを合わせればきっと大丈夫だ。


 そうしてピッチャーから二球目が投げられた。


 その瞬間、一塁側から大きな声援が僕の耳に入ってくる___。




___川瀬がんばれーっ!!




 その声援に力をもらいながら、僕は「完璧」なタイミングで自分のバットを振ってみせた。


 バットは「カキーン」という快音を鳴らし、打ったボールはセンターの頭を飛び越えていく。

 僕の打った打球はセンターオーバーのヒットとなり、慌てて守備の男子がそのボールを追いかける。

 しかし、その間に三塁と二塁にいたチームメイトがホームに到着をしてみせた。


 周囲は異様なほどの静寂に包まれていたが、すぐに何かが弾けたかのような勢いで大歓声が巻き起こる。


 僕たち二年七組は、三対二で逆転勝利を収めた。


 相手チームのどんよりとした様子とは裏腹に、僕らのチームメンバーは全員が舞い上がった様子である。

 特に坂本くんたち陽キャ男子は大盛り上がりをみせており、「現金な人たちだなぁ」と思う気持ちもなくはないが、彼らが頑張っていたのも事実であるため、僕は打席に入る前の出来事は忘れてあげることにした。


 そして、試合終わりの整列をするために一塁からホームのところへ戻ろうとすると、


「川瀬ーっ!」


 とグラウンドの外で観戦をしていた愛野さんが声を掛けてきた。

 隣には南さんもおり、僕に手を振ってくれている。


 そうして、愛野さんは僕にこう言ってくれた。




「とってもカッコ良かったよーっ!!」




 愛野さんの褒め言葉が嬉しくて、僕は自然と口角が上がった。


「ありがとうっ!!」


 愛野さんの顔には、はにかんだ魅力的な笑みが浮かび上がっている。

 どうやら僕は、愛野さんの期待に応えることができたようだ。




 こうして球技大会は、楽しい気持ちのまま終わりを迎えることができたのだった___。






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