第十章 二年生編 新しい自分
#74 三学期初日
前日に用意をしておいた荷物を持ち、「よしっ」と気合いを入れて玄関の扉を開ける。
「いってきます」
返事が来るわけではないが、そう言葉を口にするだけで、何だか「一日の始まり」を実感することができる。
星乃海高校は、今日から待ちに待った「三学期」だ。
いつもの時間くらいに学校へと到着し、随分と久しぶりな感覚を胸に抱きながら、僕は裏庭の花壇へと向かった。
裏庭に行くと、冬休みを間に挟んでいたにも関わらず、そこは綺麗に掃除の手が行き届いていた。
実は、去年も年明けはこんな具合に綺麗な状態が保たれており、僕のちょっとした疑問になっている。
恐らく、学校の関係者である誰か(四宮先生だろうか?)が掃除をしてくれていることには違いないので、今はその誰かに感謝をしておこう。
そうして僕は裏庭から離れ、そのまま校舎の中を目指した。
廊下を歩き、教室の扉を開けると、案の定クラスメイトはまだ誰も来ていなかったので、僕は自分の席に腰を下ろし、今日のテストに向けて教科書を眺め始める。
今日は始業式の後、冬休みの課題箇所を中心とした確認テストが行われる。
その確認テストは、満点を取れなかった二学期のテスト範囲もしっかりと含まれているため、僕は念入りに出題箇所をチェックしていく。
勉強やテストの点数なんてどうでもいいと思っていたが、父さんと母さんのために勉強を頑張っていた頃の自分を思い出し、勉強を頑張ることが進さんや日奈子さんへの恩返しにもなるということに気付いたため、今の僕はやる気に満ち溢れている。
また、もう一つ勉強を頑張る理由を見つけたため、僕は勉強がどうでもいいとは思わなくなった。
今の僕なら、櫻子先生に胸を張って「何のために勉強をしているのか」答えることができそうだ。
そうしていると、次第にクラスメイトたちが登校をしてくる。
僕のように勉強を始める人もちらほらと見えるが、ほとんどの生徒は久しぶりの登校ということもあり、周りの人たちと談笑をしていた。
確認したかった箇所をチェックし終わったので、教科書を閉じて伸びをしていると、
「あけおめーはじめ」
と言いながら元山さんが声を掛けてきた。
そのため、僕も同じように新年の挨拶を返すことにする。
「明けましておめでとう、元山さん」
そうすると、元山さんは何かおかしなものを見たかのような視線を僕に向けてきた。
「…あれ?はじめってそんな感じだったっけ?何か口調とか雰囲気がいつもと違うような…」
どうやら元山さんも僕の「変化」が気になったらしい。
まぁ確かに、他人行儀だったヤツがいきなりタメ口で話してきたらこうなるよなぁと思いつつ、僕は折角の機会なので、
「前からこんな感じだったけど?」
とあえてしらばっくれることにした。
いつも揶揄われてばかりだったので、これは今ままでのお返しである。
「いやいや!もっと固い感じだったから!」
僕の返事に元山さんはツッコミを入れてくるが、僕はそれを笑って誤魔化す。
そのまま「ちょ、何があったのさ!」と元山さんが尋ねてきたちょうどその時、教室に僕の「待ち人」が入ってきた。
その人はいつものように沢山のクラスメイトに囲まれ、みんなの注目の的となっている。
そして、僕は自分の席を立ち上がった。
元山さんには「また後で話すね」と言い残し、僕はどんどんその方向に歩いていく。
そうして、そのクラスメイトの輪に近付いた後、僕は輪の中心にいる人物に向けて声を掛けた。
「愛野さん、おはよう」
僕が声を出した途端、周りを囲っていたクラスメイトたちの視線が僕の方へと集中した。
クラスメイトは僕がいきなり挨拶をしたことに驚いていたが、愛野さんだけは違った。
愛野さんはその顔に笑みを浮かべ、僕に挨拶を返してくれた。
「川瀬、おはようっ♪」
そうして愛野さんは「ちょっとごめんね」と言いながら席を立ち上がり、固まってしまっているみんなの横を通り抜けて僕の方へとやってきた。
そのまま僕と愛野さんの二人は、教室の後ろで雑談を始める。
驚きやら何やらで固まっていたクラスメイトたちの視線が一斉に僕たちの方へと向けられるが、僕は何も気にならなかった。
愛野さんも僕を真っ直ぐと見つめてきており、周りのことは気にしていない様子である。
クラスメイトたちがざわつき始めた教室内に、僕と愛野さんの声が響く。
そのまま四宮先生が教室に入ってくるまで、僕と愛野さんは朝の時間を楽しむのだった___。
***
始業式、そして確認テストが終わり、今日はそのまま半日で放課後となった。
明日からは通常授業の時間割となるため、今さっき「教科書やノートを忘れてこないようにね」と四宮先生が全体に呼び掛けていた。
朝のホームルームで四宮先生と目が合った時、四宮先生は僕に笑みを向けてくれた。
その笑みには、僕が元気な姿で登校をしていることを喜ぶような色が浮かんでいた。
そんな四宮先生の優しさが嬉しくて、僕は四宮先生に笑みを返したのだった。
今日は他に予定はないので、そろそろ家に帰ろうかと思っていると、カバンから取り出したスマホに愛野さんからメッセージが届いていた。
時間はちょうど今であり、教室を見渡すとスマホを操作している愛野さんが目に入った。
そのメッセージを開くと、
『今から朱莉とごはんに行くけど、川瀬もどうかな?』
という文章が書かれていた。
どうやら今から行くお昼ごはんのお誘いらしく、もう一度僕が愛野さんの方に視線を向けると、愛野さんは僕の方を見つめていた。
その目はワクワクとした色が浮かんでおり、僕が参加をすることに期待しているのだろう。
僕は帰ってからのごはんをどうしようかとも思っていたので、
『僕も行きたいな』
とメッセージを返した。
すると、愛野さんはそのまま僕の方へとやって来て、
「川瀬行こっ♪」
と嬉しそうに声を掛けてきた。
「うん、行こっか」
僕も自分の席を立ち、そのまま愛野さんと一緒に南さんのクラスの方へと歩いていく、
クラスメイトの男子たちからは色々な視線が向けられるものの、朝の時と同様に驚きが上回っているのだろうか、彼らが声を掛けてくることはなかった。
前まであれほど視線に敏感だったのは、僕の心に「邪魔をしたくない」という考えが根付き、余裕が全くなかったからだろう。
でも今は、そんな自分も認めた上で愛野さんと一緒に話したりしたいと思っているので、周りの視線などは関係ない。
だから僕は、胸を張って愛野さんの隣を歩いた。
***
「「「かんぱーい」」」
僕たちは今、学校から歩いて十分くらいのところにあるファミレスにいる。
それぞれの注文を終え、ドリンクバーから飲み物を取ってきた後、こうして三人で乾杯をしたというわけだ。
南さん曰く、確認テストお疲れさまでしたの乾杯らしい。
「いやーそれにしても、二人を見る視線は結構すごかったねー」
南さんが言っているのは、三人で教室から正面玄関まで歩いていた時のことだろう。
ファミレスには僕たちの他に数人の星乃海生しかおらず、視線も向けられてはいないが、南さんが言うように、玄関付近での視線の数は中々のものだった。
「川瀬、無理してない?大丈夫?」
昨日の夜、愛野さんとメッセージのやり取りをしていたのだが、そこで愛野さんから学校で話し掛けても良いかと尋ねられた。
僕はそれに「良いよ」と返事をし、早速朝から愛野さんと話していたわけだが、これまで僕が周りの視線を気にしていたこともあり、愛野さんは僕がみんなの視線に疲れていないかを心配してくれている。
「大丈夫だよ。それに、僕自身が愛野さんと沢山話したいと思ってるから」
愛野さんの不安そうな顔は見たくなかったので、僕は全く問題ないということと、僕が「自分の意思」で愛野さんと一緒に話したいということを伝えた。
「えへへっ♪」
僕の言葉に愛野さんは嬉しそうな笑みを浮かべた。
そんなやり取りを交わしていると、
「二人ってボクのこと忘れる時あるよね~」
と言いながら、南さんはニヤニヤとし始める。
南さんにそう言われ、僕と愛野さんは自分たちが「二人の世界」に入っていたことに恥ずかしくなり、お互い視線をサッと反らした。
そんな僕たちの何とも言えないもじもじとした様子を見た南さんは、
「…ちょっとボク、ドリンクバー行ってくるね」
と言った後、そのままブラックコーヒーを持ち帰ってきた。
そうして、そのブラックコーヒーをゴクゴクと飲み始める。
愛野さんが「朱莉ってブラックコーヒー苦手じゃなかった?」と南さんに声を掛けたが、
「今のボクにはこれが必要なんだよ…」
と南さんが言うのを聞き、僕と愛野さんは二人揃って首を傾げた。
その後、ちょうど良いタイミング?で注文していた料理が届き、僕たちはお昼ごはんを食べ始めた。
すると、愛野さんが僕にこう話し掛けてくる。
「川瀬って本当にハンバーグ好きなんだねっ」
僕が注文したのは、愛野さんが言ったようにハンバーグとライスのセットである。
以前外出をした時に愛野さんからハンバーグが好きかどうかを尋ねられ、そう言えばハンバーグが好きだと答えた記憶が思い起こされる。
日奈子さんにも同じようなことを言われたなぁ…と思い始めた途端、僕は何だか恥ずかしくなった。
「…だって美味しいし」
僕は二人から照れ隠しに顔を背けながら、恥ずかしさを誤魔化すようにパクパクとハンバーグを食べていく。
そんな僕の姿を見た愛野さんは、
「可愛い~っ!」
と僕に言い始めた。
何だか愛野さんに子ども扱いされている気がしたので、
「僕は男だから可愛くないよ?」
と、愛野さんにほんの少し抗議をしてみたが、
「ちょっと拗ねてる川瀬も可愛いねっ♪」
という感じで、愛野さんには全くの逆効果だった。
南さんも愛野さんと一緒になってキャッキャとしており、僕はしばらくの間、二人に「可愛い」と言われ続ける時間を過ごすのだった。
昼ごはんを食べ終わり、僕は自転車で、二人は電車で家に帰るため、僕たちは星乃海高校の最寄り駅で解散することになった。
「それじゃあね、川瀬っ」
「川瀬くん、また明日ー」
二人がそう声を掛けてくるので、僕も今日の感謝を伝えることにする。
「今日はお昼ごはんを誘ってくれてありがとう、二人とも。放課後に同級生とごはんに行くのは『初めて』だったけど、その、とっても楽しかったよ!」
言い始めたのは良いものの、面と向かって言うのが段々照れ臭くなってきたので、
「それだけ!じゃあね、また明日!」
と僕は言い、自転車に乗ってその場を後にした。
ちらっと後ろを振り返ってみると、二人は何だか楽しそうな様子を浮かべていたが、どうして盛り上がっているのかは距離的に分からなかった。
…みんなとごはんに行くのって、やっぱり楽しいなぁ。
自分が「高校生らしい」ことをしていることに気付き、僕は思わずクスっと笑みがこぼれてしまう。
『朔、高校生活はとても楽しくて、あなたのかけがえのないものになるはずよ』
ふと母さんが言ってた言葉を思い出し、僕は心の中で母さんに話し掛ける。
(母さん、僕ね、今とっても楽しいよ)
これまでの僕なら、こんなことは考えることなんてできなかった。
でも今は、「楽しい」気持ちが胸の中に広がり、充実感というものを強く感じている。
僕は、うきうきとしながら自転車を漕ぎ進める。
肌に当たる一月の風は、何だかとても心地良かった___。
☆☆☆
川瀬が自転車で帰って行った直後、私と朱莉は顔を見合わせた。
「ねぇ姫花…」
「うん、朱莉…」
恐らく、私と朱莉が考えていることは同じだろう。
そして私たちは、答え合わせをするかのように同じタイミングで声を出した。
「「今の川瀬さ(川瀬くんさ)、めっちゃ尊かったよねっ!?」」
やっぱり朱莉とは同じことを考えていたようで、私と朱莉はそのことで盛り上がり始める。
「『とっても楽しかったよ!』の時の川瀬のはにかんだ笑顔、あんなの反則っ!」
「流石のボクも、あまりの尊さにキュンキュンしちゃったよ…っ!」
今日のごはんが初めて放課後に誰かと行くごはんで、それをあんなに可愛い笑顔で喜んでくれるなんて…。
朱莉と同じく、私もあまりの尊さに胸がキュンキュンとしていた。
川瀬は日葵ちゃんとは似てないと思っているようだが、笑った顔なんて本当の兄妹にしか見えないほどそっくりである。
特に、笑うと幼く見えるところは私に効き過ぎるため、良い意味で心臓に悪いと言えるだろう。
本当に川瀬をごはんに誘って良かったと思うのと同時に、これから川瀬といっぱいごはんに行けたら良いなぁなんて私は思う。
この後の電車は、朱莉と川瀬の「可愛い」ところで盛り上がることにしよう…。
これからは、色々な川瀬の顔を見ることだってできるかもしれない。
ドキドキで私の心臓が持つかどうかは分からないが、私はそんな「これから」が今からすごく楽しみだ。
そうして私は、大好きな男の子との毎日を想像しながら自分の頬を緩ませた___。
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