#73 初詣
「進さん、送ってくれてありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ私は帰るとするよ。『愛野さん』にもよろしく伝えておいてね」
「うん。それじゃあまた連絡するね」
そうして進さんは、手を振りながら自宅へと帰って行った。
今日は一月三日、愛野さんとの予定がある日である。
その予定に合わせ、僕は自分の住む街へと戻ってきた。
一度自分の家に進さんと向かい、荷物を置いた後、「愛野さんの最寄り駅」まで僕は進さんに送ってもらった。
この駅に来るのは夏休みにあった花火大会以来だ。
愛野さんとの待ち合わせ場所は「二人で花火をした公園」となっているため、僕はその公園に向けて歩き始める。
ひまちゃんと日奈子さんとは向こうの家でお別れを済ませたのだが、二人は僕が今までのように一人で暮らすことを「心配」し、最後の方は二人も僕の家で暮らすと言い始めたため、僕と進さんはお互い困った様子で笑い合った。
しかし、その心配が僕を大切に想う気持ちであることは知っているため、僕は迷惑だなんて一切思わず、むしろ嬉しさが溢れた。
三人とは「毎日三人の誰かには連絡すること」と「月に一度は帰ってくること」を約束したため、僕は「一人」だけど「一人」じゃないと感じている。
次に三人に会うのは一月末を予定しており、今からその日が楽しみである。
そうして目的地の公園にたどり着くと、
「川瀬っ♪」
と僕を呼ぶ声が聞こえてきたので、その声の方向に視線を向けると、そこには着物を身に付けた愛野さんが立っていた。
今日は良く晴れた日であるとはいえ、一月の冬真っ盛りということもあり、愛野さんは着物とよく合う羽織物を着用して、寒さ対策をしっかりとしていた。
髪型はふんわりとまとめられたお団子ヘアで、メイクもいつもより大人っぽく、髪に付けられた花の髪飾りが「華やかさ」を演出している。
そんな愛野さんの「初詣」に相応しい姿に、僕は完全に目を奪われてしまった。
「川瀬っ、明けましておめでとう!今年もよろしくねっ♪」
すると、そんな愛野さんから声を掛けられので、僕は慌てて愛野さんに返事をした。
「えと、愛野さん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
僕のその返事に、「うんっ♪」と愛野さんは笑顔を向けてきた。
僕はその笑顔を見て、自分の顔が熱くなるのを感じ始める。
そして、そんな僕に声を掛けてくる人物がもう一人いた。
「ははぁ~ん、さては川瀬くん、姫花に『見惚れてた』でしょー?」
そう言いながら、その人は僕にニヤニヤとした笑みを向けてきた。
「『南さん』も明けましておめでとうございます」
「あけおめだよーっ。今年もよろしくね、川瀬くん」
「はい、よろしくお願いします」
そう、今この場には、僕と愛野さんの他に南さんもおり、今日はこの三人で「初詣」に行く予定だ。
「それでそれで~?川瀬くんどうなのさー?」
新年の挨拶で誤魔化したつもりだったが、南さんは僕が「慌てていた」ことを見逃してはくれないらしい。
どうしたものか…と頭をフル回転させた僕は、何食わぬ顔で平然を装うことにする。
「いえ、二人の着物姿が新鮮だなと思って」
僕がそう口にすると、
「おっ!そうでしょー?今回は姫花と一緒に着物を着てみたんだよねー」
と言い、南さんはその姿を僕に見せてくれた。
今話したように、南さんも愛野さんと同じように着物でその身を包み、花の髪飾りを身に付けていた。
南さんが「どう?似合ってるー?」と尋ねてくるので、
「似合ってますよ」
と僕は返した。
実際、南さんの着物姿は魅力的なものであり、南さんの活発な雰囲気と着物の色合いが絶妙にマッチしていた。
僕の言葉に「ありがとうっ」と満足そうな表情を浮かべた南さんは、
「それじゃあ、そろそろこちらの『お姫様』にも何か言ってあげてねーっ♪」
と言いながら、愛野さんの背中を押し始めた。
「え、ちょっと、朱莉っ!?」
そして、僕のすぐ目の前に愛野さんがやってくる。
愛野さんの頬は赤く染まっており、僕もそんな愛野さんを近くで見て、心臓がいつもより大きな音を鳴らすのを感じた。
そのまま二人でちらちらと視線を交わし合っていると、
「んんっ」
と南さんが咳払いをしてきた。
恐らく、僕に早く感想を言えということなのだろう。
しかし、南さんの時はいつものように感想を伝えることができたのに、何故か愛野さんに対しては「恥ずかしさ」というものを感じてしまい、いつものように感想を伝えることができずにいるのだ。
こんなことは初めてであるため、僕が気恥ずかしさで言い淀んでいると、
「…川瀬、えと…どうかな?」
と、愛野さんが上目遣いで僕に「期待」する目を向けてきた。
そんな目を向けられて「答えない」なんてことができるはずもなく、僕は「ええいままよ」という心持ちで「素直」な感想を口にした。
「その、とても可愛くて、素敵…です」
「ふぇっ!?」
僕がそんなことを言うと思わなかったのだろう、愛野さんは驚いた声を上げ、一瞬で顔を真っ赤にさせた。
そして顔を両手で隠し、僕に背中を向けてくる。
「愛野さん?」
僕が愛野さんの名前を呼ぶと、
「い、今はだめっ!今は『嬉し過ぎて』変な顔になっちゃってるからっ!」
と愛野さんは返事をし、そのまま南さんの後ろに隠れてしまった。
愛野さんが僕の感想を「嬉しい」と思ってくれている事実に、僕の口元は緩んでしまう。
…南さんが見惚れてた?と最初に聞いてきたが、僕は間違いなく愛野さんの姿に見惚れていた。
今も尚、僕の心臓はドキドキとしている。
でも、このふわふわとした気持ちは、とても心地の良いものだった___。
***
愛野さんが落ち着いた後、僕たち三人は目的の神社に向けて歩き始めた。
公園から十五分ほど歩いたところにその場所はあるそうで、いつもそこで二人はお参りをしているらしい。
それほど大きくはないが、正月三が日の間は出店がやって来たり、境内にはおみくじを引く場所もあったりするのだとか。
そうして雑談をしながら歩いていると、
「そう言えば、日葵ちゃんたちとは初詣に行ったの?」
と愛野さんが僕に尋ねてきた。
僕はそれに頷き、四人で初詣に行ったことを愛野さんに伝えた。
その日はひまちゃんの合格祈願をしたので、今日は自分の願い事をお祈りするつもりである。
「日葵ちゃんって川瀬くんの妹ちゃんだよね!?姫花が『可愛い!』ってずっと言ってるよっ」
愛野さんがひまちゃんの名前を出したことで、南さんは僕に興味津々な眼差しを向けてくる。
愛野さんからは事前に南さんに対して「僕のこと」を話しても良いかと聞かれており、僕はそのことを快諾していたため、南さんは僕とひまちゃんの関係を知っているというわけだ。
「日葵ちゃんは全部が可愛いもんねっ、川瀬?」
「そうですね。ひまちゃんは僕の可愛い自慢の妹です」
愛野さんにひまちゃんの「可愛さ」について同意を求められたので、僕は深い肯定を示す。
ひまちゃんは僕の「癒し」であり、僕がいつでも甘やかしたくなってしまう存在だ。
南さんは僕がドヤ顔でひまちゃんを褒めるのを見て、
「川瀬くんが妹ちゃんにメロメロなタイプだったとは、新しい発見だ!」
と南さんは楽しそうにしていた。
その一方で、愛野さんは僕の方を見ながら「優しい」表情を浮かべている。
「川瀬っ、日葵ちゃんと『仲良しさん』に戻れたんだねっ」
僕が「ひまちゃん」と呼んだことから、愛野さんには全部伝わったようだ。
愛野さんは、僕とひまちゃんが元の関係性に戻ったことを、まるで自分のことのように喜んでくれている。
愛野さんは、僕が大切な人たちと向き合うことを「川瀬ならできる」とあの日伝えてくれた。
僕がひまちゃんとこうして仲良くなれたのは、愛野さんのおかげである。
「愛野さん、ありがとうございます」
僕の「感謝」の言葉を受け、愛野さんはくすぐったい様子で笑みを浮かべた。
そこからは、愛野さんと一緒にひまちゃんの魅力を南さんに話し始めた。
南さんはひまちゃんに会いたいと言っており、ひまちゃんも受験が無事に終わればこっちに泊まりにくると言っていたので、その時にみんなでお出掛けをするのも良いかもしれない。
南さんがひまちゃんに会ったらどんな反応をするんだろうなんてことを楽しみにしながら、僕は「これから」の話に胸を躍らせた___。
***
目的の神社に到着すると、思ったよりも人が沢山おり、神社前に並ぶ多くの出店が賑わいを見せている。
とりあえずお参りをしようということで、僕たちは境内を目指して歩みを進めた。
二人はそれほど大きくないと言っていたが、十分立派な神社の様相に、僕は驚きを隠せないでいる。
鳥居を通って更に中の門をくぐると、真っ直ぐ伸びた道にずらりと参拝者が並んでおり、僕たちもその列に並び始めた。
ゆっくりと進んでいく列の流れに足を動かしながら、僕は南さんに声を掛ける。
「南さんはクリスマスの出来事を愛野さんから聞きました…よね?」
「…うん、聞いたよ。姫花から聞いた時はびっくりしたんだから」
「それは…本当にごめんなさい」
僕はそうして南さんに謝罪の言葉を口にした。
「…本当に心配したんだから。もうあんなことしないでね?」
南さんから優しく注意を促されたので、僕は強く頷いてみせる。
すると、
「川瀬くん、耳貸して」
と南さんが言ってくるので、僕は南さんの方に耳を近付けた。
そうして南さんは、僕にだけ聞こえるような声でこう言った。
「これからは、姫花を悲しませちゃだめだからね」
南さんのその声からは、「親友」を大切に想う気持ちが強く、強く感じられた。
そんな南さんに視線を向け、僕は自分の精一杯を込めてこう言葉を返す。
「絶対に悲しませないと『約束』します」
僕の言葉に、南さんは嬉しそうな、そして満足そうな顔をした。
そうして僕と南さんが「約束」を交わしていると、
「何の話してたの?」
と愛野さんが横から尋ねてくるので、僕たちは笑顔を浮かべた。
「いいえ、何でもありませんよ」
「そうそう、これはボクと川瀬くんだけの秘密だもんねっ?」
「えぇそうですね」
僕たちの様子に愛野さんは首を傾げていたが、僕と南さんの笑顔を見て、「もぉ~何なの二人とも」と少し呆れながらも笑顔を見せてくれた。
愛野さんが悲しまないように。
愛野さんが笑顔でいられるように。
僕は改めて南さんとの「約束」を深く胸に刻み込んだ。
お参りを無事に済ませた後、僕と愛野さんの「二人」は少し離れたところにいた。
南さんは、
「ボクは甘酒をもらってくるから、川瀬くんと姫花の『二人』はちょっと待っててねっ」
と言い、ニヤニヤとしながらこの場を離れて行った。
あの顔は、間違いなく僕と愛野さんに「気を遣っていた」顔である。
つまり僕たちは、南さんによって「意図的に」二人きりの状態にさせられているというわけだ。
病室で二人になった時もひまちゃんたちが同じような感じだったことを思い出し、毎回みんなが気を遣ってくれることに思わず苦笑してしまう。
愛野さんはあの時のようにソワソワとしているので、僕はいつもの雰囲気を取り戻すべく、愛野さんに話し掛けた。
「愛野さんはどんなことをお願いしたんですか?」
僕がそう尋ねると、愛野さんは「えっと…」と言いながら、願い事を教えてくれた。
「やっぱり今年も健康でいられますように、かな」
そして、愛野さんも「川瀬は何をお願いしたの?」と同じ質問を僕に返してきた。
「僕はお願いというか、新年の抱負というか、自分の今年の目標を神様に伝えてきました」
「今年の目標?」
愛野さんが興味深そうに僕を見つめてくるので、僕はその「目標」を話し始める。
「僕は去年、色々な人に迷惑や心配を掛けました。だから今年は、愛野さんがあの時屋上で言ってくれたように、みんなが僕にくれた『温かい』気持ちを、今度は僕が返していこうと思ったんです」
僕のその目標に、「そっか♪」と愛野さんは優しく微笑んでくれる。
そして僕は愛野さんの方に体と視線を向け、愛野さんにこう「お願い」をした。
「でも、一人ではまだまだ不安なので、愛野さんには僕がみんなに『想い』を返していけるかどうか、いつも見守ってて欲しいです。愛野さんが見てくれているだけで、僕は何だか頑張れるような気がするから」
「川瀬…っ」
「だから、愛野さん。『これから』も僕に力を貸してくれる?」
僕の「お願い」に対し、愛野さんはとびきりの笑顔を見せてくれた。
「うんっ♪私は川瀬と『いつも一緒にいる』って約束したからねっ♪」
愛野さんの言葉に、僕の胸には温かい気持ちが広がっていく。
「ありがとう!」
そうして僕と愛野さんは、お互いに笑顔を交わし合った___。
***
しばらくして僕たちの元に戻ってきた南さんと合流し、僕たちはおみくじを引きに行った。
僕と愛野さんは大吉であったのに対し、南さんは小吉であったため、
「何でボクだけ小吉なのさー!」
と、南さんは冗談交じりに悔しがっていた。
その後は、南さんがもらってきてくれた甘酒を飲んだり、外の出店を見たりして初詣を楽しんだ。
南さんは、僕の「口調」が変わったことに最初は目を丸くしていたが、「絶対こっちの方が良いよ!」と言ってくれた。
愛野さんも、
「敬語で話されるのが嫌だったわけじゃないの、でも私は、今のタメ口で話してくれる方が嬉しいなっ」
と、南さんが合流する前に僕へと伝えてくれた。
今まで誰に対しても「敬語」で話していたのは、みんなと必要以上に距離を縮めないためであったが、今はもうそんなことをする必要はない。
これからは、ありのままの「僕」でいると決めたから。
そして初詣を終え、僕たちは集合場所にしていた公園へと戻ってきた。
「川瀬と次に会えるのは三日後の学校だね」
お別れの時間が近付き、愛野さんは名残惜しそうな様子でそう言葉を口にする。
だから僕は、ずっと言おうと思っていたことを愛野さんに伝えた。
「愛野さん、良かったら僕と『連絡先』を交換してくれませんか?」
恥ずかしさでちょっと口調が固くなってしまったが、気にせず僕はカバンから「スマホ」を取り出した。
「…えっ!?」
「えと、昨日進さんたちと一緒にスマホを選んできたんだ」
愛野さんに言った通り、僕は昨日から自分のスマホを持っている。
すぐに連絡ができるようにどうしても持っていて欲しいと進さんや日奈子さんに言われ、ひまちゃんにも「お兄ちゃんと毎日やり取りしたい!」と言われので、僕は約二年振りに自分のスマホを手に入れたというわけだ。
電話番号は新しいものに変えたので、今は三人の連絡先しか入っていない。
もちろん、緑のアイコンが特徴的なメッセージアプリの方も三人の名前だけだ。
「愛野さんが嫌なら断ってくれても良いんだけど…」
一応保険を張って逃げ道を用意するのが何とも僕らしいが、その心配は無用だった。
「するっ!連絡先交換しよっ!」
愛野さんはものすごい勢いで僕の言葉に頷いてみせ、すぐに自分のスマホを取り出した。
そうして愛野さんが表示させたQRコードを読み取り、僕は愛野さんのことを友だち追加する。
メッセージアプリだけでなく、電話番号の方も交換しておいた。
すると、早速愛野さんから『よろしくね!!』というメッセージがスマホに届く。
まさか、こうして愛野さんと連絡先を交換する時がくるなんて…。
それに、愛野さんのアイコンは僕がゲームセンターでプレゼントしたしろぴよの画像であり、今も愛野さんが大事にしてくれていることが分かって僕は頬を緩ませた。
そして、僕が「よろしくね」とメッセージを返すと、愛野さんは「えへへっ♪」と顔を綻ばせる。
そんな可愛い反応に僕が心臓をドキドキとさせていると、
「お~い、ボクのことを忘れてるよー」
と言いながら、僕と愛野さんの二人に「やれやれ」といった視線を南さんは向けていた。
「わ、忘れてないよ?」
慌てて僕は南さんの言葉を訂正しながら、南さんとも連絡先の交換を行う。
そんなこんなでそろそろ電車の時間が近付いてきたので、
「それじゃあ二人とも、今日はありがとう!」
と僕は二人に声を掛けた。
そうして駅に向かおうとすると、最後に愛野さんが僕にこう尋ねてくる。
「川瀬っ、これから毎日メッセージ送っても良いっ?」
それに対し、「もちろん!」と僕は返事をした。
手を振って僕を見送ってくれる愛野さんと南さんに手を振り返しながら、僕は駅の方へと歩いていく。
初詣、本当に楽しかったなぁ。
久しぶりに南さん、そして愛野さんに会えて本当に良かった。
早く学校が始まらないかなぁ。
僕の胸には、今までなら絶対に思わなかったであろう学校への「期待」が広がっている。
不安はもちろん抱えているが、今の僕ならきっと「大丈夫」。
だって、僕はもう「一人」じゃないから。
僕は、雲一つなく透き通った冬空を眺めながら、自分の「これから」に思いを馳せるのだった___。
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