#33 フォークダンス
「お~川瀬っちのところも文化祭のシーズンか」
「花城も~もう一回文化祭やりませんかねぇ~?」
「確かになぁー文化祭ってなんぼあってもええですからねー」
「「…」」
「二人とも何か言ってよ!?」
今はアルバイトの休憩時間である。
星乃海高校で文化祭の準備をしているという話になり、こうして文化祭トークをしているところだ。
「川瀬っちのクラスは何の出し物をするんだ?」
「僕たちのクラスは『お化け屋敷』ですね」
「るかちゃんたちと同じですねぇ~」
「そう言えば、戌亥さんのクラスもお化け屋敷でしたね」
「ふっふっふっ~あの日は花城を恐怖のどん底にまで落としてやりましたぜぇ~旦那ぁ~」
戌亥さんの言葉は強ち嘘?でもなく、花城高校の文化祭に参加した星乃海高校の生徒からも「花城のお化け屋敷はすごく怖かった」という話が飛び交っていたほどだ。
戌亥さん曰く、
「心霊好きな子たちと一緒にぃ~最恐を目指しましたぁ~」
とのことだったが、戌亥さんのことだ…本当に手の凝ったお化け屋敷に魔改造してしまったのだろう…。
僕たちのクラスのお化け屋敷では、戌亥さんのクラスのお化け屋敷には恐らく勝てない。
クオリティもそうだろうが、何よりやる気の問題が関わっているからだ。
先日、文化祭実行係の人たちが進行役となり、クラスの出し物を何にするかという話し合いが行われたのだが、当初はお化け屋敷ではなかった。
と言うのも、クラスに愛野さんがいることが大きな理由となっていそうだが、「メイド喫茶」をやりたいという声が最も多かったからだ。
男子たちの希望人数は言うまでもないが、女子たちもそれなりに興味があった様子で、クラスのほとんどがメイド喫茶に手を挙げていた。
ただ、衣装をどうやって用意するのかに加え、提供するメニューはどうするのかという食品衛生的な話にもなり、結局具体的な案が出ることはなく、メイド喫茶は厳しいということになった。
そうして、二番人気であったお化け屋敷になったというわけだ。
女子たちの気持ちの切り替えは大したものだったが、男子たちの中にはメイド喫茶を引きずっている者も多く、若干彼らのモチベーションは欠けてしまっていた。
作業をしていないというわけではないのだが、出し物を決めていた時ほどの勢いがないのも確かだった。
今は愛野さんたちが中心となり、彼女らがクラスを盛り上げているおかげで何とかなっているのが現状である。
そのため、お化け屋敷のクオリティについては二人に話さないでおくことにした。
そう言えば、教室で愛野さんと鉢合わせた次の日だが、愛野さんの様子はいつも通りだった。
前の日に悲しそうな表情を浮かべていたとは思えないほどグループでは楽しそうにしていたので、なんだかんだ愛野さんも僕がペアであろうがなかろうがどっちでも良かったのだろう。
しかも、あの日のおかげ?で、愛野さんが話しかけてくる回数が格段に減ったのだ。
たまに話し掛けられることはあるが、何となく気まずい雰囲気のまま会話が終わるだけなので、これ以上無理に話し掛けてこなくても良いのに…と僕は思っている。
愛野さんは僕なんかに気を遣う必要はないのだから…。
それに、周りの男子たちからの非難染みた視線が減るのも嬉しい限りだ。
少しずつではあるが、去年のように完全な一人の状態へと順調に戻っているような気がするため、引き続き邪魔にならない行動を心掛けよう。
少しばかり違うことを考えてしまったが、すぐに目の前の二人へと意識を戻し、柄本さんの高校時代の文化祭トークに戌亥さんと茶々を入れながら、僕たちはアルバイトの休憩時間を過ごすのだった。
***
文化祭準備期間が着々と過ぎていき、文化祭まで残すところあと二日となった。
お化け屋敷の準備は何とか終わりに近づき、余裕が生まれたクラス内では談笑をする声が至るところから聞こえてくる。
お化けの衣装は、お店でしっかりと買ってきた本格的なものから、黒ビニール袋に穴を開けただけのシンプル過ぎるものまであり、怖いのか怖くないのかよく分からないお化けのラインナップとなっている。
僕は壁や小道具といったモノの色塗りや工作という完全な裏方に回り、お化け屋敷の運営には関わっていないため、当日はほとんどやることがない。
今年も一日中図書室で時間を潰せそうだと思いつつ、今僕は教室の端っこで、元山さんと机を合わせながら投票係の作業をしていた。
「ねぇ~はじめ~、これ全部切るのめんどくない?」
「切らなくちゃいけないやつなんですから手を動かしてください、元山さん」
「はじめ、スパルタでウケる」
元山さんと一緒に切っているのは、当日の投票に必要となる投票用紙である。
クラス人数の四十人に三枚ずつ配るので、百二十枚の投票用紙をカットしなければならず、僕たちは雑談をしながらチョキチョキとハサミを動かしていた、
文化祭準備期間が始まってからというもの、元山さんに絡まれる機会が多くなり、教室の隅で色塗りをしていた昨日も、
「はじめ、暇だからおもろい話してよ」
という感じで、何かとちょっかいを掛けられたりした。
結局二人で途中からは色塗りをしていたのだが、良い意味で、元山さんと一緒にいてもクラスの男子たちから視線を向けられることはなかった。
いや、なかったというのは語弊があるかもしれないが、愛野さんと一緒にいる時のような視線とは全く違い、精々珍しいものを見るような視線だった。
たまにすごく見られているような視線を背中に感じることもあるが、それ以外はほとんどが気にならない視線だ。
「ところでさ、文化祭の最後にフォークダンスあるじゃん?はじめは誰かと予定あんの?」
「いや、ないですね。あれは自由参加ですし、僕は閉会式の後すぐに帰るつもりですから」
僕たちの文化祭は、閉会式が終わった後にキャンプファイヤーをして、男女でフォークダンスを踊るのが伝統となっている。
そこで一緒に踊った人と結ばれる…みたいなジンクスなどはないが、何となくそういう甘い雰囲気があるのは確かだ。
去年のクラスにも、フォークダンスのおかげでカップルとなった人たちがおり、文化祭明けの教室で話題になっていた。
ちなみに、去年の文化祭は閉会式後に爆速で帰ったので、僕はフォークダンスがどのような感じなのか全く分からないでいる。
「そういう元山さんはフォークダンスを誰かと踊るんですか?」
元山さんが聞いてきた質問をそのまま返すと、元山さんはニヤニヤとし始める。
「なになにぃ~?はじめはうちのペアが気になってんのかなぁ~?」
「いや聞き返しただけですよ」
「ちぇ~、薄い反応だなー。まぁうちも予定はないんだけどさ」
どうやら元山さんも誰かと踊る予定はないらしい。
「去年は当日のノリで近くの男子と踊った」とのことで、その場のノリで近くの男子と踊れる行動力に少し驚いていると、さらに驚かせる内容を元山さんは口にした。
「折角一緒の係になったし、はじめ、うちとフォークダンス踊るの決定ね」
元山さんが言ったことがすぐに理解できず、僕は意識を元山さんに集中させながら、もう一度言ってもらうようにお願いをする。
「…今なんて言いましたか?」
「ん?はじめはうちと踊るって言った」
恐らく、今の僕は苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。
同時に、元山さんのフッ軽過ぎる発言に大きなため息も出てしまった。
「はははっ!はじめの反応ウケる!」
元山さんは抱腹絶倒といった様子であり、僕は今も絶賛揶揄われているということに対して、少しムッとした表情を元山さんに向ける。
そんな僕の後ろの方では、ガタッ!と椅子を鳴らす音が聞こえたが、誰かが急に立ち上がったりでもしたのだろうか?
元山さんの笑いが落ち着いた後、僕は元山さんに話し掛ける。
「さっきも言いましたが、僕は閉会式が終わった後すぐに帰るので踊りませんよ」
「ちょっと残るだけじゃん、踊ったあと写真も撮ろうよはじめ」
「…余計に帰らせてもらいます」
「あははっ!嫌そうな顔しないでよ、面白過ぎでしょはじめ。まぁ当日で気分が変わるかもだし、踊る気になったら言ってよ」
今の元山さんには何を言っても聞き流されてしまいそうだったので、とりあえず保留ということにしておき、当日は気付かれないように素早く学校から帰ろうと強く誓った僕だった。
というか、そもそも元山さんに誰かと踊る予定が入れば、この問題に頭を悩ませる必要はないのでは?と僕は感じ、こんな提案をしてみた。
「元山さんは僕以外の人を誘う方が良いと思いますよ?どうです、水上(みずかみ)くんなんて良いんじゃないんですか?」
僕が早速軽いジャブをかますと、
「はぁ?水上くんなんてうちみたいなブスが誘えるわけないでしょ、アホはじめ。彼は学校の『王子』なんだよ?彼と一緒に踊れるのなんて姫花ちゃんくらいだから」
というように、元山さんから普通に右ストレートが返ってきた。
「バーカバーカ」とケラケラ笑いながら揶揄ってくる元山さんの態度に、僕はまたため息が出そうになるが、彼にはそれほどの影響力があるということなのだろう。
水上流星(みずかみりゅうせい)。
通称、王子。
愛野さんが学校一の美少女なのに対し、水上くんは学校一のイケメンと呼ばれている。
サラサラの金髪に甘いマスクで、彼を好きな女子も数多い。
愛野さんと同じく、彼もアイドルのような扱いを受けているということは、全く彼を知らない僕でも知っていることだ。
廊下で数回すれ違った程度だが、その全てで彼の周りには多くの女子がいた。
性格も温厚で誰にでも優しいと評判であり、まさに非の打ちどころのないイケメンというわけである。
確かに、そんな水上くんと唯一釣り合いが取れるのは愛野さんくらいかもしれない。
学校一の美男美女のフォークダンスは、さぞかし絵になるはずだ。
「だから、うちが強気にいじれ…誘えるのははじめのようなヤツってわけ」
「今『弄れる』を『誘える』に言い変えましたよね?」
やっぱり元山さんにオモチャ扱いされていたようだったので、僕は元山さんに抗議の意を含めたジト目を向けた。
「はははっ!やっぱ、はじめは弄りがいがあるわぁ。てか、はじめを誘う人なんてどうせうちくらいなんだから、むしろ感謝して欲しいくらいなんだけど?」
元山さんの言うことに思うところはあるものの、実際そうでもあるため、何も言い返せないのが辛いところだ。
元山さんが言うには、そもそも水上くんを誘うこと自体、それ相応の資格を持った(釣り合いの取れた)女子じゃないといけないらしい。
自称「ブサイク」で、その資格を持っていない元山さんが強気に誘えるのは、誰にも相手にされない僕のような男子だけというわけだ。
さり気なく元山さんから、僕は誰にも相手にされないほど「可哀そうなヤツ」、あるいは誰にも相手にされないほど「ブサイク」だと言われているような気がするのだが、気のせいだろうか?
愛野さんしか水上くんには釣り合わない…と、元山さんは自分の容姿を卑下しているが、元山さんもかなり整った容姿をしていると僕は思っている。
グイグイと揶揄ってくる性格はちょっとアレだが、バレー部に所属しているとあってすらりとした身長に、短く切り揃えられたショートボブが合わさり、爽やかな印象を与えている。
元山さんを好む男子も多くいるだろうとは思うのだが、そんな元山さんでも愛野さんの存在というのは眩しいものなのだろう。
元山さんからしたら僕は確かにブサイクだろうが、間接的にとは言え、巻き込み事故にあったような心持ちである。
「まぁ僕を誘う人なんて確かにいないので、否定はできませんが…」
そう言うと、また僕の後ろの方でガタッ!と椅子が鳴る音が聞こえた。
その後は、元山さんのいじりを適当に受け流しつつ、順調に投票用紙を切り取っていき、今日の作業は無事に終了した。
…作業中に背中側から強烈な視線をまた感じていたのだが、僕の背中に何かくっ付いていたのだろうか?
もし虫とかがくっ付いていたのなら教えてくれても良かったのに…と、誰かは分からない視線の主に、僕は非難の声を心の中で送っておいた___。
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