#31 係決め







 二学期が始まって一週間が経ち、次の五時間目では早速文化祭の諸々を決めるそうで、クラスはどんな出し物をするのか、どんな係にするのかなどの話題で盛り上がっている。


 去年のクラスの出し物は「クイズ大会」という出し物であり、意外と人気はあったようだった。

 五つの回答座席が用意され、そこに座った参加者に問題を出していくという単純な出し物だったが、その問題というのが学校の先生に関する問題などのいわゆる「答えなんて誰が知ってるんだ!」という問題で、参加者の回答を見に来る生徒たちも多かったらしい。

 と言っても、僕はほとんど教室にはいなかったので(実際当日は手伝うことがなかった)、あくまでもクラスの人たちがそう話していたという又聞き情報ではあるが…。


 近くの席の人たちは、係についてあーだこーだ会話をしている最中で、「じゃんけんになったら絶対勝てないわ」なんてことが聞こえてくる。


 そう言えば、昼休みの時に愛野さんから「どの係にするの?」と聞かれたが、僕はまだ決めていないと返しておいた。


 愛野さんは「そっか」と曖昧な笑みを浮かべ席へと戻って行ったが、ここ最近の愛野さんはずっとこの調子である。

 愛野さんが曖昧な表情を見せるのは、僕が少し距離を取った対応をしているから…かもしれないが、もしそうであるならば、これは愛野さんが僕なんかに関わらなくても良いようにするため、どうしても必要なことなのだ。

 ほんの少し罪悪感?がある気がするものの、大部分は「これで良いんだ」という安心感であるため、間違ったことをしているわけではない…と思う。

 おかげで、あれ以降坂本くんたちに絡まれるということはなくなり、居心地が完全に悪くなるということにまでならなかったのは救いだ。

 このまま自然な形で愛野さんとは距離を取り、僕のことには構わないでいてくれるようになれば最善と言えよう。


 愛野さんには係を決めていないとは言ったが、僕は今年も「清掃係」に立候補しようと思っている。

 清掃係は、文化祭期間の係の中では人気のない係である。

 去年のクラスでは誰も手を挙げる者はいなかったので、僕は何事もなく清掃係となることができた。

 毎日のゴミ出しが係の仕事として割り振られており、みんなはそれを嫌がっているのだろうが、逆に言えば、毎日クラスで出たゴミを外の回収場所に捨てに行くだけであり、どの係よりも楽な仕事だと密かに感じている。

 今年も清掃係を狙う人はいないのではないかと予想しており、何事もなく希望が通れば良いなと僕は思った。




 しばらくすると、四宮先生が教室に入ってきたと同時に、五時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。


「早速だけど、文化祭の役割分担を決めるわよ」


 四宮先生は、チョークで一つずつ係の名前と人数を書き始める。

 その間もガヤガヤと隣の席の相手と話し合う生徒が多く、徐々に文化祭の雰囲気というものが生まれ始めているような気がした。


 黒板に係が書き出された後、係の立候補が先生によって順番に聞かれていく。

 今のところ手を挙げる生徒はまばらで、決まった係はほんの一部だ。

 恐らく、去年と同じように人気を集めそうなのは「文化祭実行係」であろう。

 ほとんどの係が男女一人ずつや二人ずつの配分であるのに対し、文化祭実行係は男女が五人ずつの計十人となっていて、去年はクラスの陽キャたちがこぞってその係に手を挙げていた。

 しかも、今年はクラスに愛野さんがいるため、今もクラスの男子たちはちらちらと愛野さんに視線を向けながら、愛野さんがどの係に手を挙げるのかに注目をしていた。

 人気の係がまだ聞かれていないということと、愛野さんが手を挙げていないということが原因で、未だ係の立候補者は少ないというわけだ。


 そうして教室の立候補事情を勝手に分析していると、


「次は清掃係を決めるわよ。清掃係も男女一人ずつ立候補者を決めるから、まずは男子で立候補する人は手を挙げてちょうだい」


 と、僕が狙っていた清掃係の立候補が始まった。

 予想通り、清掃係に手を挙げる他の男子はおらず、僕だけが手を挙げていた。


「手を挙げているのは川瀬くんだけのようね。それじゃあ清掃係の男子は川瀬くんにお願いするわ」


 今年も無事に清掃係となり、運が良かったなと思っている中、次は女子の清掃係が決められている。

 ただでさえ誰もやりたがらない清掃係ということに加え、男子のペアが僕だということもあり、恐らく誰も手を挙げようとはしないだろう。

 去年は誰も手を挙げる人がおらず、他の係のじゃんけんで負けた女子が嫌々清掃係となっていた。

 その女子とは最初以外話した記憶はなく、最後は僕だけがゴミを捨てに行っていたのだが、まぁそれはそれで構わなかった。

 一人の方が余計な手間も掛からないし、むしろこっちからお願いしたいほどだったからだ。

 今年もそうなってくれると良いのだが…と思っていると、


「メグちゃん先生、私清掃係やりたーい」


 と、教室中の静寂を打破するが如く透き通った声で、愛野さんが清掃係への名乗りを上げたのだ。

 クラスの男子たちはここで愛野さんが手を挙げるとは思わなかったのか、驚いた視線を愛野さんへと向けており、僕も例外ではなかった。


(どうして愛野さんは清掃係に立候補したんだ…)


 僕が思わず頭を抱えそうになっている一方で、


「他に立候補はいないわね。じゃあ女子の清掃係は愛野さんに決定ね」


 と、愛野さんの清掃係が決まっていた。

 僕が言うのも何だが、こんな不人気の係に立候補をするなんて、愛野さんは何を考えているのだろうか?

 去年の清掃係に愛野さんは恐らくいなかったので、清掃係が意外と楽だということは知らないはずだ。

 他の人からその情報を聞いていたのだとしたら話は変わってくるが、「どうして?」という気持ちは拭えなかった。


 そして、当然起こるべき反応も教室中では見られるわけで…。


 今も多くの男子たちが、学校一の美少女とのペアの座に就いてしまった僕に向けて、非難の視線を向けてきている。

 僕は狙って愛野さんとのペアになった訳ではないし、変われるものなら変わってやりたいくらいで、そのような視線を向けられるのは理不尽もいいところだ。

 こんなどうでもいいことで目の敵にされてしまっては、明日からの居心地が最悪となってしまう。

 少し状況が好転していただけに、愛野さんの行動には思うところがあった。


 どうしようかと頭を悩ませていると、ここでまさかの救世主?が現れた。


「せんせー、俺やっぱ清掃係やりたいんだけどー」


 愛野さんと同じ係になることが諦めきれなかったのだろう、クラスの陽キャグループの男子がそう発言した。

 その男子の一言を皮切りに、「俺も!」と清掃係に名乗りを上げる男子が沢山現れ始めた。

 クラスの男子たちによるこの行動に対し、四宮先生は少し困った様子を見せながら、


「そうは言っても、もう清掃係は川瀬くんと愛野さんに決まったわよ?」


 と伝えていた。

それを聞いたクラスの男子たちは、「清掃係の時、話聞いてなくて…」「でもさー…」と口々に言い訳染みたことを言い合っており、愛野さんとペアになりたいという下心が透け過ぎていて、少し面白い状況となっていた。

 周りの女子たちも「これだから男子って…」というような会話を小声で行っており、事の発端である愛野さんにも彼らの下心はバレバレなのではないだろうか?


 そうしてクラス中が変な空気になっていると、急に男子たちが僕の方へと視線をぶつけてくる。

 タイミングを合わせたかのように一斉に視線が向けられたので、僕は少しびっくりした。

 それぞれが圧のある視線を僕へと送ってきており、彼らが求めていることに察しが付いてしまった。


 恐らくあの目は、「清掃係を辞退しろ」という意味が込められているのだろう。


 すでに決まったことであり、無視をしておけば良いだけの話なのだが、これは僕の方も願ったり叶ったりの展開だった。

 どうしたら愛野さんとのペアを回避できるかを考えていた僕にとって、この展開は渡りに船であり、この流れに乗らない手はない。

 僕は手を挙げ、こう口を開いた。


「四宮先生、僕は去年も清掃係をしていますし、さっきの決定は取り消してください」


 僕の言葉に男子たちが小さく湧き立つのに対し、四宮先生はほんの少し眉を寄せた。


「川瀬くんが本当にそれでも良いのなら決定を取り消すけど、川瀬くんはそれでも良いのかしら?」


 心配するような声色でそう四宮先生が話し掛けてくれるが、邪魔にならないことを第一としている僕は、


「はい、今年は別の係に挑戦したいと思います」


 と笑顔で答えた。

 四宮先生は小さくため息を吐き、


「…川瀬くんがそう言うのなら分かったわ。それじゃあ改めて男子の清掃係を決めるから、立候補者は手を挙げてちょうだい」


 と言いながら、僕の言い分を認めてくれたようだった。

 一度目の立候補の時とは打って変わり、ほとんどの男子が勢いよく手を真っ直ぐ挙げており、四宮先生や周りの女子たちは呆れた目をしていた。

 係の指定人数に対して立候補者があまりにも多いため、じゃんけんによって清掃係の男子が決まるようだ。

 四宮先生が前への集合を求めた途端、男子たちは気合いを入れながら席を立ち上がり、教室は喧騒に包まれる。

 誰もが「愛野さんとのペア」の座を求めているのはやる気の入り方からも明らかであり、清掃係自体はどうでも良さそうなのが少し悲しいところだった。

 結構清掃係自体良い仕事だと思うんだけどなぁと思いつつ、僕はどの別の係にしようかなと考え始めた。

 文化祭実行係は絶対に避けたいので、あまり人気がなさそうで尚且つ楽そうな係に目星を付けていく。

 教室の前ではじゃんけんが盛り上がりを見せており、もしかしたら愛野さんとペアになれるかもしれないという期待感から、男子たちはとても楽しそうな表情を浮かべていた。

 替わると言って良かったとしみじみ思いながらも、僕は冷めた目で彼らのことを眺めるのだった。




 一方で、そんな僕のことをじっと見つめる視線があったことに、僕は気付かなかった___。






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