#28 花火大会
八月もちょうど折り返しに差し掛かった今日この頃、僕はいつものように読書の時間を送っていた。
今読んでいる小説は、櫻子先生が僕の住所宛てに送ってくれた小説である。
東大のオープンキャンパスに行った日、僕は電車で帰宅をしたのだが、
「少年を家まで送ってやれない代わりに、お詫びと言っては何だが『良いもの』を送らせてもらうよ」
と櫻子先生は言っていた。
そうしてその日から数日後、段ボールいっぱいに敷き詰められた沢山の小説が届いたというわけだ。
中には一枚の紙が入っており、
『私が読んだもので悪いが、少年にお詫びとしてこの小説たちを送ることにする。既に持っているものは売るなり何なりしてくれて構わない』
と書いてあった。
ちょうどその日は、小説を買うために本屋へ行こうと思っていたので、櫻子先生には心の中で感謝をしておいた。
櫻子先生はジャンルに偏りがないように色々な小説を送ってくれており、それにこの小説の数だ、しばらく本に困ることはないなと僕は感じた。
そうして、区切りの良い箇所がやってきたので栞を挟み、ぐっと背筋を伸ばした後、そろそろアルバイトの準備をしようと思い、僕は準備に取り掛かるのだった。
***
アルバイトの休憩時間となったので、僕は休憩室のソファに腰かけた。
今日のアルバイトは店長と二人だけのシフトである。
大体いつもなら柄本さんや戌亥さんもシフトに入っているのだが、今日はこの近くで花火大会があるため、二人はそれに参加すると言っていた。
花火大会というイベントは、付き合っている相手がいる人たちにとっては欠かせないイベントなのだろう。
僕は花火大会に興味はなく、一緒に行くような相手も当然いないため、こうしていつものようにアルバイトに勤しんでいるというわけだ。
ここのコンビニは駅から少し離れているということもあり、去年の花火大会の日はお客さんの数も少なく、ほとんどやることはなかった。
今年も三時間経ったが未だ数人しかお客さんは来ておらず、店長と店内の掃除をしていたほどだ。
まぁたまにはこういう日があっても良いだろうと思いながら、休憩に入る時に店長がくれたカップアイスを食べつつ、静かな休憩時間を過ごした。
休憩時間が終わり、店長にアイスのお礼を伝え、またしばらく店内の掃除や品出しをしていると、
「川瀬っちいるかー」
という声が聞こえてきた。
奥で備品整理をしていたので、声が聞こえてきたレジの方に移動をすると、
「おっす、お疲れぃ川瀬っち」
と言う柄本さんの他に、
「はじはじ~お疲れさまです~」
「川瀬さん、こんにちはであります!」
「お久しぶりです、川瀬さん」
「文化祭ぶりですわね、川瀬さん」
と、戌亥さん・堀越くん・深森さん・イリーナ先輩という顔なじみの人たちが勢ぞろいしていた。
「皆さん揃ってどうかしましたか?」
とりあえず、どうしてこの五人がここにいるのかを尋ねると、
「俺たち今から夏祭りに行くんだけどさ、川瀬っちも一緒に行こうぜって誘いに来たんだよ」
と柄本さんが代表してそう答えた。
柄本さんが言うには、ちょうど駅を出たところで戌亥さんたちと出会い、五人で一緒に行こうという話になったのだが、それなら僕のことも誘おうということになったらしく、こうしてみんなでコンビニにやってきたらしい。
僕が今日のシフトに入っていることは、柄本さんも戌亥さんも知っていた情報だ。
しかし、
「僕はまだバイト中なので、夏祭りには行けませんよ?」
と僕は答えた。
シフトに入っていることを知っている二人なら、僕がそもそもバイト中だという根本的な問題にも気付いていると思うのだが…。
それを聞いた柄本さんは、「へへっ、それなら問題ないぜ」と言い、
「そうっすよね、店長?」
と、ずっとこのやり取りを後ろで聞いていた店長に声を掛けた。
店長は大きく頷き、
「今日は川瀬くんのおかげで業務にも余裕があるし、あとは私一人でも問題ないから、気にせず行ってきなさい。もちろん、残りの時間分のバイト代もしっかりと付けておくから、そこも心配しなくていい」
と僕に伝えてきた。
そう言えばつい先ほど、店長が誰かと通話をしていたのだが、恐らくその相手は柄本さんであり、最初からこの話の内容を店長は知っていたということだ。
僕は別にどちらでも良かったのだが、店長が折角気を利かせてくれたのを無下にするのも筋違いだと思い、
「分かりました、店長のご厚意に甘えさせてもらいます」
と伝え、僕は五人からの花火大会へのお誘いを受けることにしたのだった。
***
コンビニを出た僕たちは、早速花火大会の会場へと移動することになった。
僕は自転車を押しながら五人の後ろを歩いており、この自転車は花火大会近くの大会専用駐輪場に置くつもりだ。
そうして六人で話をしていると、戌亥さんが
「はじはじ~るかちゃんの浴衣はどうですかぁ~?」
とその場でクルクルと回りながら浴衣を自慢してきた。
僕はバイトを先ほどまでしていたということもあり、白いTシャツにジーンズという普通の服装だが、僕以外の五人は花火大会に合わせてしっかりと浴衣を着ている。
男性陣の雰囲気はいつもと変わりはあまりないが、女性陣はヘアアレンジやメイクなど、普段とはまた違った雰囲気をそれぞれが醸し出しており、浴衣にも個性が現れていた。
「お似合いだと思いますよ」
「ふっふっふっ、そうでしょう~たーくんも絶賛でしたからねぇ~」
「流歌ちゃんは何を着ても似合ってるであります!」
「ふっふっふっ~」
何やら盛り上がり始めた二人の様子を眺めながら、戌亥さんが着ている白い浴衣にも目を向けるが、それは戌亥さんの銀色の髪としっかり色合いがマッチしており、率直に似合っていると僕は思った。
「ふふっ、流歌は柄本さんにも浴衣のことを聞いていましたわ、きっと浴衣をみんなに見せたかったのでしょう」
「はぁ~可愛い妹分ですわ」と言いながら、イリーナ先輩が僕へと話しかけてくる。
そんなイリーナ先輩も、長いブロンドの髪をお団子にして、黒っぽい浴衣で身を包んでおり、イリーナ先輩の良さが存分に引き出されているように僕は思った。
「その浴衣は戌亥さんのものとお揃いですか?イリーナ先輩もよくお似合いです」
「ふふっ、ありがとうございますわ。そうですの、この浴衣は流歌と一緒に先日買いに行ったお揃いの浴衣ですわ」
口に手を当てて上品に笑うイリーナ先輩を見て、着る人によってこうも浴衣の印象は変わるんだなと思っていると、柄本さんと深森さんも僕へと話し掛けてきた。
「川瀬っち!俺の浴衣はどうよ!?」
そう言って「どうだ!どうだ!?」とワクワクした顔で尋ねてくる柄本さん。
八月の気温も相まって暑苦しさを覚えつつ、
「えぇ、その、良いと思いますよ?」
と、やっぱり柄本さんの暑苦しさが足を引っ張り、微妙な反応となってしまった。
「おぉい!?いぬちゃんに聞いた時と同じ顔!?俺の浴衣のことを褒めてくれたのたーくんしかいねぇんだけど!?」
微妙な反応を浮かべてしまったが、実際はなんだかんだ好青年な柄本さんに似合っているとは心の中で思っている。
何か言っている柄本さんを無視しつつ、僕はクスクスと楽しそうに笑っている深森さんにも声を掛けた。
「深森さんも浴衣お似合いだと思います」
「ありがとうございます、川瀬さん」
「いや、俺との温度差!確かにせっちゃんの浴衣は似合っているけども!似合っているけども!」
深森さんは水色の浴衣を着ており、亜麻色の髪とのコントラストが良いバランスになっていると僕は思った。
そのまま六人で会話をしながら歩きつつ、
「たーくんのこと、もっとワイルド系かと思ってたらさ、こんな小動物系だったとは思わなくてさっきはめっちゃ驚いたわ!」
という、柄本さんが堀越くんと初めて会った時の話で盛り上がりながら、僕たちは花火大会の会場へと到着したのだった。
***
花火大会の会場は沢山の人で溢れており、道の両側には沢山の出店がずらりと並んでいる。
ガヤガヤとした喧騒が聴覚を刺激し、ソースの香ばしい匂いなどが嗅覚を刺激する。
随分と懐かしい感覚を覚えながら、僕たちは人の波の流れに従い、会場をゆっくりと移動していた。
「るかちゃんあれ食べたいです~」
「おっ、せっちゃんあれどうだ!?」
みんなで固まりながら気になる出店の方に向かい、それぞれが欲しいものや食べたいものを買っていく。
とある出店が視界に入った途端、戌亥さんは
「イリ姉~るかちゃんあれ欲しいです~」
と言ってその出店へと駆けていき、何かを頭に付けて戻ってきた。
戌亥さんの頭には「しろぴよ」のお面が付けられており、
「これは買わざるを得ませんなぁ~」
とドヤ顔をしていた。
戌亥さんはしろぴよの熱烈なファンのため、相変わらずだなぁと思っていると、
「流歌、一人で移動しちゃ迷子になりますわよ」
というようにイリーナ先輩から注意を受け、その右手をイリーナ先輩の左手にがっちりと握られてしまうのだった。
「ぐぬぬ…」と唸っていた戌亥さんであったが、すぐに「たーくんはこっちです~」と言って堀越くんを呼び、両手を堀越くんとイリーナ先輩に握られ満足そうな表情をしていた。
「いぬちゃんの案、採用だ!せっちゃん、俺たちもはぐれない様に手繋ごうぜ!」
「もぅこーくんってば、人前ですよ?」
柄本さんの提案に深森さんは頬を染めていたが、なんだかんだしっかりと手を握り返していたので、本人も満更ではなかったのだろう。
そうしてそれぞれの組み合わせによる迷子対策?を後ろから見ていると、みんなが一斉にこちらを見てきた。
何となくだが、それぞれが少なからず思っているだろうことに気が付いた僕は、
「僕は手を繋ぐ相手がいなくても迷子にはならないので、お気になさらず」
と、ため息を吐きながら五人に向けて口を開いた。
苦笑している深森さんとイリーナ先輩、そしてあわあわしている堀越くんは問題ないのだが、柄本さんと戌亥さんは何やらニヤニヤとしているので、僕はジト目を返しておいた。
結局、前に柄本さんと深森さん、真ん中に堀越くん・戌亥さん・イリーナ先輩、最後尾に僕という布陣で歩くことになり、「俺と手繋ぐか?」とキモい提案をしてきた柄本さんに対しては、脇腹をつねっておいた。
出店をある程度見て回り、人込みから少し外れた場所へと移動した僕たちは、どこで花火を見るかについて話し合っていた。
同時に、焼きそばやフランクフルト、わたあめにりんご飴など、色々と出店で買ったものもみんなで食べており、僕もかき氷をスプーンで少しずつ食べているところだ。
かき氷にかかっているシロップは、色が違うだけで味は全部同じだと言われてもいるが、しっかりとレモンならレモン味、イチゴならイチゴ味など、味通りの味がするように感じるのは僕だけだろうか?
かき氷の冷たさを舌で感じつつ、戌亥さんがくれたベビーカステラも口にしながら、花火大会特有の空気感を味覚でも味わう。
そうして話し合いの結果、花火が始まるまでの時間はもう少しあるため、このまま観覧ゾーンに移動しようかと意見が一致した時、
「…川瀬?」
と小さな声ではあるが、喧騒の中でもよく通る澄んだ声が聞こえてきたので、僕はその声の方へと視線を向けた。
予想通り、後ろで僕の名前を呼んだのは、浴衣を着た愛野さんだった___。
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