#24 夏
「今年の夏も星乃海生としての自覚を持ち、実りのある夏季休暇と~」
今日は夏休み前最後の登校日である。
「夏」を思わせる蒸し暑さを感じながら、僕は今、体育館に座っている。
壇上では校長が何かを話しているが、実際のところ、校長の話をまともに聞いている人なんているのだろうか?
前や横ではこそこそと話している生徒も多く、「早く終わんねぇかな」と言う声もちらほらと聞こえてくる。
注意し出したらキリがないため注意をしないのか、あるいは終業式で校長が話すという形式にこだわっているだけなのかは定かではない。
とりあえず、僕は校長の方に視線を向ける。
しかし、頭の中ではこう考えていた。
(早く終わらないかなぁ)
教室に戻った後、今は四宮先生が夏休みの課題について改めて説明をしており、教室中からは「課題なんて嫌だ」という声が上がっている。
課題自体は期末テストが終わった時から各教科の教師によって提示されており、僕はもうすでにほとんど終わりかけとなっている。
あと数日もあれば提出分は終わるなと思いながら、僕は窓の外に目を向けた。
ここ最近はずっと良い天気であり、その影響かは分からないが、花壇の花もいくつかは咲き始めている。
もう随分と作業が習慣化され、花壇のスペースをもう少し拡張しようかななんて計画を企てていたりもするほどだ。
あまり誰もこないあの裏庭に、どうして花壇があるのかは未だに不思議なのだが、たまに高齢の女性が朝に花壇を眺めている時がある。
いつも僕とは入れ違いになるため話したことはなく、「あんな人、この学校にいたかな?」と思っていたりもするが、特に知ろうとも思ってはいない。
ただ、花壇を見てくれる人がいるというのは、綺麗に花を咲かせている花たちにとっては良いことなのかもしれない。
どんなに綺麗に咲こうが、自分を見てくれる相手がいなければ何の意味もないのだから。
今日はこのホームルームが終われば放課後となるため、ひとまずこの後の水やりでひと月後まではお役御免ということになりそうだ。
夏休み中は自分で水やりができないので、今年も四宮先生に頼んでみよう。
色々と考えているうちに、四宮先生の話も終わろうとしている。
夏休みなんて、別にすることもないしどうでもいいな。
夏休みを心待ちにしていたかのような教室中の雰囲気を感じ取り、僕はそんなことを思ってしまうのだった。
ホームルームが終わり、四宮先生が教室から出て行ったので、水やりのことをお願いするために追いかけようとしたのだが、クラスの陽キャグループの男子が教壇の前まで歩いていき、
「今から一学期お疲れさまでした会やりませんか!?」
と言い始めた。
同じグループの男子たちは「イェーイ!」と前の男子に向けて歓声を上げており、他のクラスメイト達も乗り気な様子だった。
場所はどこそこで、時間は何時からということを前の男子は説明しており、
「それじゃあもう少ししたら移動する予定なんで、よろしくお願いしまーす!」
と言って、教室中がいつもの休憩時間のように騒がしくなる。
僕はそのどさくさに紛れて、静かに教室の外へと脱出をした。
クラスの打ち上げに参加するほど僕はクラスに馴染んでいないし、むしろ何故か目の敵にされているくらいだ。
僕も全く参加したいとは思わないので、主催の男子たちと僕にとってはこれがお互いに最善の結果と言えよう。
しかし、打ち上げの人数を今さっき確認していたが、今から三十人近い人数で行くことのできる飲食店など存在するのだろうか?
予約を以前から済ませてあるようなちゃんとした計画だとは思いたいが、どうにもその場のノリで決めたような気がしてならない。
まぁ僕にはどうでも良いことなのだがと思いつつ、僕はひとまず四宮先生の元へと向かうことにした。
職員室の前にたどり着き、扉を開こうとすると、ちょうどそのタイミングで四宮先生が職員室から出てきた。
「あら、川瀬くん。どうかしたのかしら?」
そのまま僕は、四宮先生に夏休みの水やりをお願いすることにした。
四宮先生からは「任せてちょうだい」との返事がきたので、僕は素直に頭を下げておいた。
用件は済んだので裏庭の花壇に向かおうとすると、
「あっ、川瀬くん、少し待っててくれるかしら?」
と四宮先生に呼び止められた。
「はい、分かりました」
とりあえず僕がそう返すと、四宮先生は再び職員室の中へと戻っていき、すぐに一枚の紙を持って僕の元に戻ってきた。
そうして僕の方にその紙を見せる。
「川瀬くんに電話を掛ける時はこの電話番号で良いのよね?」
その紙は、一年生の時に提出をした覚えのある、自分の連絡先や住所が書かれた紙だった。
どうして今更そんなことを聞くのだろうか?と僕は不思議に思ったのだが、
「はい、その電話番号に掛けてもらえれば家にいる時は出られると思います」
というように、とりあえず頷いておいた。
そうすると、四宮先生は一枚のメモ用紙を渡してきた。
それを受け取り、折り畳まれたメモを開くと、そこには四宮先生の電話番号が書かれていた。
「悪用はしないでちょうだいね」と、四宮先生は一応の念押しをしつつ、
「面談の時に、君が水本さんたちに必要な連絡をしていないということが分かったから、今度からは事前に確認の電話をさせてもらうわ」
とジト目を向けながらそう言ってきた。
恐らく今の僕は何とも言えない顔になっているだろう。
「はぁ、嫌な顔をしないでちょうだい。これも川瀬くんがきちんと伝えていれば良いだけの話なのよ」
「…善処します」
「必要な時は電話を掛けるから出てちょうだいね。もちろん、何か困りごとがあればいつでも連絡してくれて構わないわ」
そう言って廊下を歩いて行く四宮先生に背を向け、僕も改めて裏庭の花壇へと向かうことにした。
四宮先生の電話番号が書かれたメモ用紙は、カバンの中にしっかりとしまっておくことにする。
四宮先生が生徒から人気の高い教師なのは知っての通りだが、そんな教師の連絡先を不本意とはいえ手に入れてしまったのだ、もしバレたりでもしたら余計に面倒臭いことになってしまうだろう。
大変なことをしてくれたなと四宮先生にため息を吐きつつ、何だか割とすぐにこの番号から電話がかかってきそうだと、僕にはそんな気がしてならないのだった。
***
気を取り直して歩みを進め、僕は裏庭の花壇へと移動をしてきた。
いつものように作業に取り掛かろうとしたのだが、何やら前の方で話し声が聞こえてくる。
先客がいるようだったので、珍しいなと思いつつもその声の場所に近付いていくと、運動部に所属していそうな男子の他に、愛野さんがその場にはいた。
どうしてこんなところに愛野さんがいるんだ?と一瞬考えるも、何となく二人の雰囲気的に予想が付いてきたので、僕は気付かれないようにその場で身を潜めた。
僕の存在には気付いていないようで、二人は会話を続けている。
「俺は愛野のことが好きなんだ。それで、今年の最後の大会、愛野に近くで応援してもらいたいと思ってる。だから、俺と付き合って欲しい」
やはり予想をしていた通り、どうやら告白の真っ最中だったようだ。
最後の大会と言っていたので、あの男子は恐らく先輩なのだろう。
身長も高いので、バレー部やバスケ部に所属をしているのではないかと僕は考えている。
僕がそのようなどうでもいい推測をしていると、愛野さんが口を開いた。
「…ありがとうございます。先輩の気持ちは嬉しく思います。でも、ごめんなさい。私は先輩とはお付き合いできません」
どうやら愛野さんは先輩の告白を断ったようだ。
先輩の方は悔しそうな顔をしているが、まだ諦めていないようにも僕には見えた。
「どうして俺じゃ駄目なんだ?愛野には他に好きな人がいるのか?」
「えっと…」
そう言いながら、先輩は愛野さんとの距離を詰めていく。
「俺は愛野のことを大切にすることができるし、他の男なんかよりもきっと良いと思うんだ」
「せ、先輩…ちょっと、距離が」
「なぁ、愛野、どうして俺じゃ駄目なんだ!」
「痛っ…!」
先輩は愛野さんの腕を掴み、強引に引っ張ろうとする。
突然豹変した先輩の様子に驚き、愛野さんは動けないでいるようだった。
目の前の光景を見ているだけなのも気分が悪いと思ったので、僕はその場から飛び出し、愛野さんの腕を掴んでいる先輩の手を振りほどき、愛野さんの前に立った。
「先輩、その辺にしておきましょう」
「…あっ」
「えっ…川瀬?」
愛野さんと先輩の間にいきなり僕が割って入ったため、二人とも驚いたような表情を浮かべ、先輩は自分の手を引っ込めた。
「僕は美化委員で、そこにある花壇に水やりをしに来たのですが、ちょうどお二人の会話を聞いてしまいました、すみません。ですが、先輩は少々やり過ぎな気がしました。相手に好意を向けるのはそれぞれの勝手ですが、相手のことを考えずに一方的な気持ちの押し付けをするのは良くないですよ」
僕の言葉を聞いて、先輩も冷静になってきたのだろう、すぐに頭を下げ「愛野、すまない!」と謝罪の言葉を口にした。
愛野さんは僕の後ろに隠れながら、先輩の方に顔を少しだけ覗かせているのだが、何故か僕の背中にくっ付いている。
しかし、背中部分の制服を掴む手が微かに震えているので、もしかしたら少し怖かったのかもしれないなと思い、今だけは何も言わないでおいた。
「…先輩のこと、許します。でも、告白のお返事は変わりません。本当にごめんなさい」
愛野さんの言葉を聞いて、先輩は今度こそ諦めの付いたような表情となり、
「…返事をしてくれてありがとう」
とわずかに笑みを浮かべ、その場を後にした。
その瞬間に、
「君のおかげで冷静さを取り戻したよ、ありがとう」
と先輩は僕に告げて行くのだった。
先輩が裏庭から去って行った後、残された僕たちの間に変な空気が流れ始めるが、とりあえず、
「愛野さん、そろそろ離れてもらっても良いですか?」
と僕は愛野さんに声を掛けた。
「あっ!ご、ごめんっ!」
慌てて僕の背中から離れる愛野さんは、何故か顔を赤くさせていたが、先輩の勝手な態度に少し腹が立っているのかもしれないなと僕は思った。
そして、僕は離れた愛野さんと向き合っているのだが、愛野さんはもじもじとしたまま動こうとはしないので、僕は元々の予定であった花壇の水やりをするべく、花壇の方へと歩き出した。
そうすると、後ろから愛野さんが付いて来ているような気がするのだが、そのまさかで、僕が荷物を置いて倉庫から道具を出していると、
「どの道具を使うの?」
と、僕の横から顔を覗かせてそう尋ねてきた。
近くで見る愛野さんの頬は未だに少し赤みがかっているが、愛野さんが普段の調子で話し掛けてきたため、僕は指摘をしないでおくことにした。
愛野さんは興味深そうに道具や花壇の方を見ているので、
「愛野さんも水やりしてみますか?」
と少し冗談交じりで聞いてみると、
「良いの!?」
というように、さっきとは打って変わって嬉しそうな表情を見せ始めた。
まるで百面相をしているかのような愛野さんにじょうろを渡し、簡単な説明をした後、二人で花に水やりを行う。
愛野さんはニコニコとしているが、特に会話という会話はなかったので、僕はふと気になったことを愛野さんへと尋ねた。
「そう言えば、愛野さんはクラスの打ち上げには行かないんですか?確かもう移動の時間だったと思いますけど」
それを聞いた愛野さんは、「それがね~」と言って話し始める。
「どうやら場所の予約はしてなかったみたいで、みんなが参加できるようなお店はちょうどお昼だし空いてないっぽいから、結局中止になったの。その後はカラオケに行く人を募集してたけど、私は先輩にも呼び出されてたし、朱莉との約束があるからね」
どうやら僕が教室を出た後に、そのような出来事があったようだった。
案の定と言ったところだが、やっぱり今日の打ち上げの計画は突発的なものだったらしい。
まさかこんなにもクラスメイトに計画性というものがなかったことに驚きを隠せないが、「予想通り」だったということは、僕は彼らのことをそういう残念な目で見てしまっているのだと言うこともでき、何だか複雑な気持ちになる。
でも実際、関わりのないクラスメイトを見る目というのはこんな感じだろうと思い始めると、何だかそのような感じもしてきたので、今回のことは気に留めないようにした。
そうしている間に水やりが終わり、道具を片付けて、後は帰るのみとなった。
愛野さんは「あかり」さんが教室で待ってくれているらしいので、僕たちはここでお別れというわけだ。
「それでは、失礼します」
カバンを持ち、僕が校門の方に移動をしようとすると、「待って、川瀬っ」と呼び止められ、僕は足を止めた。
「…さっきのことだけど、私のこと助けてくれてありがとうっ」
愛野さんは胸の前に手を置きながら、そのように感謝を告げてくる。
「僕が勝手にしたことなので、気にしないでください」
僕の方を見る愛野さんの顔は、またさっきのように真っ赤になっているが、本当にどうしたのだろうか。
僕が頭を悩ませ始めた瞬間、愛野さんは口を開いてこう言ってきた。
「さっきの川瀬、とってもカッコよかったよっ」
いきなり僕のことを褒めてくる愛野さんの言葉に、どういう意味だ?と僕は思考が停止するが、愛野さんは「えへへっ♪」と満面の笑みを浮かべ、
「それだけっ!じゃあ、またね!」
と言って手を振りながら、教室の方へと帰って行った。
愛野さんが時折見せる「あの感じ」は一体何なのだろう?と考えを膨らませるが、僕には理由が全く分からなかった。
空に目を向けると、やっぱり今日は良い天気で、雲一つない青空が広がっている。
「夏だなぁ」
もうすぐお昼ということもあり、気温も上がっているのだろう、何だか今日はいつもより暑いような気がした___。
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