第五章 二年生編 夏休み
#23 三者面談
先週に一学期末テストを終え、あと数日で夏休みを迎えようとしている。
体育祭は欠席をしたものの、特に今年もクラス内の立ち位置に変化が訪れたというわけでもなく、今日までの数週間は普通の日常を送っていた。
しかし、体育祭後も変わらず愛野さんは毎日話し掛けてくる。
体育祭明けの登校ではやたらと僕の体調を心配してきたり、僕が体育祭を参加できなかったことに不満な様子を浮かべたりしていたが、最近は夏休みの予定を楽しそうに話している。
そんな愛野さんの話を聞きながら、僕はついさっき四宮先生がホームルームで話していた内容を頭の中で反芻していた。
そして、午後からの予定に気分を落としていた。
今日の放課後から「三者面談」が始まるのだが、早速今日の放課後にその面談があり、今回は「進さん」が来る予定なのだ。
どうやら先に四宮先生から進さんの元へ連絡がいっていたようで、つい昨日に「明日は行くからね」と念押しされてしまったというわけだ。
去年の面談のことをしっかりと覚えていた四宮先生に「してやられた感」がなくもないが、今回は諦める他ないだろう。
ちなみに、四宮先生は体育祭当日の僕の体調不良もすぐに進さんたちに連絡しており、体育祭当日の夜は日奈子さんから電話が掛かってきて大変だった。
僕のところにやって来ようとしていたので、具合はもう悪くないからと言って説得し、何とかこっちにやって来ることを防いだほどだ。
僕のことは放っておいて欲しいのだが、どうやら現実はそんなに甘くないらしい。
何事も上手くはいかない世の中のバランスに不満を漏らしつつ、ちょうど今の状況もそうだよなと思いながら、僕の前で笑顔を浮かべている愛野さんの方に視線を向けるのだった。
放課後となってから少し経ち、学校の正面玄関で待機していると、進さんが姿を現した。
「朔、会うのは一年振りくらいかな?」
「お久しぶりです、進さん」
「話したいことは色々とあるんだけども、とりあえず面談の場所に行こうか」
「分かりました。教室は三階です」
進さんはスリッパを持参していたようで、進さんが履き替えるのを待った後、僕たちは教室に向けて歩き出した。
「星乃海高校には初めてやって来たけど、とてもきれいな学校だね」
「改装を少し前に終えたばかりですからね」
「いやぁこうして歩いていると、何だか懐かしい気持ちになってくるよ」
「今日は進さんだけがこっちに来たんですか?」
「そうだよ。日奈子も行きたがっていたけど、それだと四者面談になってしまうからね。日葵の方も面談があるから、日奈子には日葵の方を任せてきたんだ」
進さんの話を聞き、僕は自身の奥底に蠢く黒い何かに促されるまま、
「…日葵さんの面談があるなら、僕の方は後回しで良かったのに」
という言葉を思わず呟いてしまう。
しかし、進さんは笑顔を見せながら、
「朔、前にも言ったじゃないか。私は朔のことに興味があるし、もっと沢山知りたいと思っているんだ。私にとっては『必要』なことだよ」
と僕に伝えてきた。
それを聞いた僕は、視線を別の方向へと反らすことしかできなかった。
僕たちは二年七組の教室前へと到着し、少し待っていると、面談を終えた女子生徒とその母親が教室から出てきたので、僕たちは入れ替わるように教室の中へと足を踏み入れた。
「四宮先生。いつも朔がお世話になっております」
「ありがとうございます。ですが、去年は面談のことを水本さんにお伝えすることができず、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、過ぎたことですし、朔とも話はしましたのでお気になさらないでください。それに、今年は四宮先生がお電話をしてくだったおかげで、こうして私も参加できておりますので」
「そう言っていただけると助かります。それではお二人ともこちらへ」
四宮先生と進さんの挨拶が済んだ後、僕たちは座席の方へと案内をされたので、そこに腰を下ろした。
「早速ですが、面談を始めさせていただきます。これが今学期の川瀬くんの成績になります」
四宮先生が前に出してきたのは、一学期のテストの点数が書かれた紙と、成績評価が十段階で評価されている二枚の紙だった。
テストの点数はすでに知っているし、成績評価の方にも興味はないので僕はさっと見るだけだったが、隣に座っている進さんは驚いた表情を浮かべていた。
「全科目満点…ですか」
進さんの反応が意外だったのか、四宮先生は僕の方に目を向け、
「川瀬くん、もしかしてだけど水本さんにテスト結果は報告していないの?」
と聞いてきたので、「はい」と僕は答えた。
すると、四宮先生は「…はぁ」とため息を吐き、信じられないといった様子を見せた。
「朔、もしかしていつもテストは満点なのかい…?」
四宮先生の様子を不思議に思っていると、進さんがそのように尋ねてきたので、
「主要五科目はそうですね」
と答えると、進さんも目の辺りに手を当て始め、「なんてことだ…」と変な様子になっていた。
教室中に変な空気が流れ始めたが、四宮先生がその空気を断ち切るが如くそのまま話し始めた。
「んんっ、川瀬くん、今回も君の五教科の評価はいつもの通りよ。だから私から成績について何か言うことはないのだけど、今回は水本さんもいらっしゃるし、志望校について考えて欲しいと思っているの」
四宮先生はさらにもう一枚の紙を取り出し、僕と進さんの方に見せてくる。
「これは、一年生の時に見た進路希望調査の紙ですよね?」
「そうよ。あの時は志望校が決まっていない場合は白紙の提出でも良かったのだけど、今回の面談では一応とは言え、今の志望校について書いてもらっているの」
そう言いながら僕にボールペンを渡してくる四宮先生。
紙を見てみると、志望校を記入する欄が第三志望まで書かれており、下の注意書きには「志望校は第一志望だけでも可」と記載されている。
「朔は行きたい大学や進路は何かあるのかい?」
進さんがそう尋ねてくるが、自分自身の進路のことなんて、相変わらず僕の頭の中にはなかった。
これから先の自分自身が想像できない。
将来の自分像を持っている人なんて方が稀なのかもしれないし、案外志望校なんて決まっていない方が普通なのかもしれない。
ただ、どんな人でも夢があったり、もしもの自分を想像したりすることはあるはずだ。
でも、僕には何一つない。
本当に何もない、ただの真っ暗闇だ。
先のことを考えるどころか、過去を振り返ることすら僕はしていない。
___となると、僕はいつも何を考え、何を目的に生きているのだろう?
僕の思考がどんどん闇の中に引っ張られていくような感覚に陥るが、
「…朔、朔!大丈夫かい?」
と僕の体を揺すった進さんによって、僕の意識は元に戻ってくる。
「…すみません、少し考えごとをしていました」
「いきなり黙り込んでしまったからびっくりしてしまったよ」
進さんはホッとしたような表情を浮かべていたが、すぐに真剣なものとなり、
「恐らくだけど、朔はまだ志望校は決まっていないんだね?」
と、僕のさっきまでの反応からそう予想をしたようだった。
僕はそれに対して首を縦に振って肯定を示した。
「そうかぁ」と言いながら悩んだ様子を見せる進さん。
その時、四宮先生が「よろしいですか」と手を挙げて発言することを求めてきたので、僕たちは頷き返す。
「私から志望校を考えて欲しいと言った手前恐縮なのですが、実は今回の進路希望調査は担任である私と学年主任しか確認をしない仮提出のものとなっています。本提出の進路希望調査は一月に実施する予定となっていますので、今回は保留ということも可能です」
四宮先生が言うには、まだもう半年くらいは進路希望についての猶予があるということだった。
その話を受け、進さんは僕の方をチラッと見た後、
「私たちの方でも朔と話し合ってみますので、今回は保留にしていただいてもよろしいでしょうか?」
と四宮先生へと返答をした。
四宮先生は「分かりました」と保留の件を承諾してくれたので、とりあえずの猶予を得ることができたようだ。
その後は学校生活の話や夏休み中の注意事項のことなどを話し、面談は終了となった。
しかし、進さんは僕の方へと視線を向け、
「少しだけ四宮先生にお話したいことがあるから、朔は五分だけ教室の外で待っていてくれないかい?」
と、僕にお願いをしてきた。
「四宮先生もよろしいでしょうか?」と確認を取る進さんの言葉に、
「はい、構いません」
と四宮先生は頷いているので、僕以外の二人で何を話すのだろうかと少し気にはなったものの、僕は言われた通りにそのまま教室の外へと出るのだった。
数分後、進さんが「朔、待たせたね」と言いながら教室から出てきたので、僕たちは正面玄関の方へと歩き出す。
「何を話していたんですか?」
状況的に僕のことを話していたのでは?という予想はできるが、内容まではさっぱり分からないので、僕は進さんに直接聞くことにした。
「去年は面談に参加できなかったからね、去年の分の成績も見せてもらっていたんだ」
「ほら」と言って、進さんは僕の去年の成績表を見せてくる。
僕がいるところで話しても良い内容な気もするが、嘘は付いていないので、
「そうだったんですね」
と言い、僕は深く尋ねないことにした。
二人が何を話していたのか、それを僕が知るのはもう少しだけ先の話である。
***
今僕は、進さんの運転する車の助手席に座りながら、星乃海高校よりも更に少し先にあるショッピングセンターに向かっていた。
僕は自転車通学のため、学校で進さんとは別れるものとばかり思っていたのだが、
「朔、少し買い物に付き合ってもらっても良いかい?」
と進さんに言われ、帰りはもう一度学校に戻ってくることを条件に、僕はその誘いに応じたというわけだ。
車から流れる音楽に耳を傾けながら、僕は進さんに話し掛けた。
「今から何を買いに行く予定なんですか?」
「朔も覚えていると思うんだけど、明日は日葵の誕生日だからね。私じゃ何をプレゼントすれば良いのか分からないし、朔の知恵を借りようと思ったんだ」
何だか以前にも似たような頼みごとをされたな…と、アルバイト先の某大学生の顔を思い浮かべつつ、
「僕にできることなんてないと思いますよ」
と、僕は進さんの頼みごとをさり気なく断ろうとした。
しかし、進さんは「いいや、大丈夫だよ」と、何か根拠があるような笑みを浮かべている。
「どうしてですか?」と僕が尋ねると、進さんはこう言った。
___朔が選んだプレゼントなら、日葵は絶対に喜ぶだろうからね。
ショッピングセンターに到着し、僕たちは日葵さんの誕生日プレゼントを選び始める。
「日葵さんは、何か欲しいものについては話していましたか?」
「うーん。基本あの子は物持ちが良いからね、家では何も言っていなかったかな」
「つまり、手掛かりはなしというわけですか」
「いつもは日葵と一緒に買い物に行って、その時に欲しいものを買ってあげるようにしているからね」
「今年もそれでは駄目なんですか?」
「折角誕生日の前日に朔のところにやってきたんだ、たまにはサプライズも良いだろう?」
そう言って楽しそうに笑い声を上げる進さん。
そんな進さんの様子を見て、「どうして僕の周りにはこんなにサプライズ好きが多いんだ…」と僕は頭を抱えたくなった。
「ちなみに、いつも日葵さんには何をプレゼントしているんですか?」
「大体毎年日葵が欲しいと言うのは洋服かな。いつも日奈子と楽しそうに服を選んでいるよ」
進さんはそう言うが、流石に本人もいない状態で、サイズも分からないまま洋服をプレゼントするというのはかなりリスキーであろう。
進さんもそのことには気付いているようで、洋服以外の候補について頭を悩ませている。
「欲しいものじゃなくて、何かが壊れたとかでも良いんですけどね…」
僕がそう呟くと、進さんは「あっ、そう言えば…」と何かを思い出した素振りを見せる。
「ちょうど一週間前に、日葵がシャーペンの動きがたまに悪くなると言っていたような気がするよ」
「なるほど。確かに何度も芯を入れ替えて使っていると、芯の出が悪くなってきますからね。物持ちの良い日葵さんなら、恐らくそのシャーペンもずっと使っているものなんでしょう」
僕たちは一つの光明が見えたような気がして、ショッピングセンターの中にある文房具店へと移動をした。
そこで、文房具を一つ一つ眺めながら、どれが良いかを話し合っていると、
「あっ」
と思うようなシャーペンが目に入った。
値段も高価なモノではなく、これが誕生日プレゼントというのはあまり良くないのかもしれないが、前回のブレスレットを見つけた時のような「これだ」という感覚が僕の中にはあった。
「進さん、僕はこれが良いと思います。それでなんですが、流石にこれだけが誕生日プレゼントだと日葵さんも嬉しくないと思うので、これは僕が買うことにします」
「朔が買ってくれるのかい?」
「はい。それで、これは僕からの誕生日プレゼントということにして、進さんたちはいつものように日葵さんが欲しいと言ったものを買ってあげてください」
僕がそう言うと、進さんは優しい笑みを浮かべ、
「分かった。これは朔からの誕生日プレゼントとして日葵に渡すことにするよ」
と、僕の提案に賛成をしてくれた。
「では僕はこれを買ってきます」
そうして僕はそのシャーペンを手に持って、レジへと移動をした。
進さんは僕の歩いていく背中を眺めながら、
「…きっと私たちが買ってあげるものよりも、朔のあのシャーペンの方が日葵にとっては良い誕生日プレゼントになるだろうね」
と、僕に聞こえないような声で楽しそうに呟いていた。
☆☆☆
「「日葵、誕生日おめでとう」」
「お父さん、お母さん、ありがとう!」
今日は私、水本日葵の誕生日だ。
今はお父さんが買ってきてくれたケーキを三人で食べている。
「今日は日葵に誕生日プレゼントがあるんだ」
お父さんはそう言って少しだけ席を外し、リビングに戻って来た時にはラッピングされた小さな箱を手に持っていた。
誕生日プレゼントはいつも誕生日の週のお出掛けの時に買ってもらっているため、今年も数日後のお休みの時に買ってもらうはずなのだが、一体どういうことだろうか?
私の疑問をよそに、お父さんが私にその箱を渡してきた。
「これはね、日葵のために朔が用意した誕生日プレゼントだよ」
「…えっ!?お兄ちゃんが!?」
箱を受け取る時にお父さんがそう伝えてくるのを聞いて、私は驚きのあまり大きな声を出してしまう。
しかし、そうなってしまうのも許して欲しいと思うほど、私はお兄ちゃんからの誕生日プレゼントに驚いていた。
その驚いた状態のまま箱を開けると、その中には一本のシャーペンが入っていた。
「あっ…」
「この前、日葵がシャーペンのことについて話していたことを思い出してね、朔にもそのことを伝えたら、朔がそれを選んでくれたんだ」
私は、お兄ちゃんがプレゼントしてくれたシャーペンを見て、思わず笑顔になってしまうほど嬉しい気持ちでいっぱいになる。
そのシャーペンは、シンプルな白いデザインのシャーペンなのだが、クリップの部分に「向日葵」の装飾が付いていた。
私は昔から自分の名前にも似ている向日葵のことが大好きで、近くの公園でこの時期に咲いている向日葵を、お兄ちゃんに手を引かれながらよく見に行った記憶がある。
お兄ちゃんは私が向日葵を好きなことを知り、私が小学校に入学をした時に、入学祝いとして「向日葵のヘアピン」をくれたことがあった。
そのヘアピンは今も私の大切な宝物なのだが、お兄ちゃんもその当時のことをずっと覚えていてくれたのだろう。
お兄ちゃんが中学生の時に起きた「あること」のせいで、お兄ちゃんはすっかりと変わってしまった。
笑うことはなくなり、私たちとも距離を開け、一年前にお兄ちゃんに会った時はまるで別人のような冷たい目をしていた。
でも、この「向日葵のシャーペン」を見て、お兄ちゃんは何も変わっていない、あの頃の優しいお兄ちゃんのままなんだ!ということが強く実感できた。
このシャーペンを見ていると、胸の奥に温かくて心地の良いものが広がっていく。
「私、とっても嬉しい!」
私の様子を見て、お父さんとお母さんは微笑ましいものを見るかのような、そんな優しい表情を浮かべていた。
___ありがとう、お兄ちゃん。私、ずっと大切にするからね。
私は大好きなお兄ちゃんの顔を思い浮かべながら、とっても楽しい誕生日を過ごすことができたのだった。
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