#22 彼のいない体育祭
有志発表を無事に終え、文化祭の片づけなどが残っている戌亥さんたちと別れた後、僕は行きと同じようにイリーナ先輩の厚意に甘えさせてもらい、リムジンに乗って最寄り駅まで送ってもらっていた。
演奏の後、柄本さんと深森さんが僕たちの方にやってきて、良い演奏だったと感想をくれた。
柄本さんは、戌亥さんに会うや否や、
「今のいぬちゃんと、さっきのめちゃくちゃ歌が上手かったいぬちゃん、まじで別人過ぎだろ!」
というように、びっくりしたような反応をしていた。
それに加え、僕が被り物を被って演奏をしていたのがツボに入ったらしく、
「川瀬っちがあれを被ってた思うと…あははっ、笑い過ぎて涙出ちまうわ」
と言いながら、肘で僕のことをツンツンとしてきたので、僕はジト目を返しておいた。
今こうして車の中でぼんやりとしていると、ほんの少しだけだが、終わったことに対する「感慨」のようなものが胸中に宿っている気もする。
長いようにも短いようにも思えたライブだったが、なんだかんだ貴重な体験をしたと自分でも感じているのだろう。
有志発表はもう懲り懲りだが、楽器を弾くのはありかもしれないなと、ほんのちょっとだけ意識が変わったような気がした。
明日は体育祭が控えているが、今日でもうすでにやり切った感があり、億劫な気分となる。
とりあえず今日は疲れたので早めに寝ようと心に決め、僕は窓の景色に視線を向けた。
***
『朔、さっきの徒競走、一着なんてすごいじゃないか』
『うん!俺がんばったよ!』
『ふふっ、がんばったわね朔』
『さすが私たちの自慢の息子だ』
『えへへ!』
『お昼からもちゃんと二人で朔のこと応援するわね』
『うん、そうだね。でもまずは、今日の運動会のためにいっぱい美味しいものを作ってくれた母さんのお弁当を食べようか、朔』
『わぁほんとだ!母さんありがとう!』
『ふふっ、朔は本当に優しい子ね。よしよし~』
『母さんやめてよ~あははっ!』
「…朝か」
体に倦怠感を覚えつつ、いつもよりも重い瞼をゆっくりと開きながら、僕は自室のベッドから起き上がる。
カーテンを開けようとして立ち上がると、どこか浮遊感があり、僕はその場で少しふらついた。
頭もぼーっとした感じがするので、額に手を当ててみると、案の定と言えば良いのだろうか、体温計で測るまでもなく熱が出ていた。
部屋着も汗でびっしょりと濡れていることに気付いた僕は、
「とりあえず体育祭は休もう」
と決め、星乃海高校に欠席の連絡を入れるべく、ふわふわとした状態のまま、一階の電話前へと移動をするのだった。
☆☆☆
今日は体育祭の当日であり、ちょうど視線の先では校長先生が開会式の挨拶をしているところだ。
しかし、今の私の耳には、校長先生の話はほとんど入ってきていなかった。
その理由は、つい先ほどめぐちゃん先生が連絡していた「川瀬の欠席」が理由だった。
昨日、私は朱莉とともに、花城高校の文化祭に参加していた。
中学時代の友人たちとの再会を楽しみながら、私たちは各クラスの模擬店を回ったりしていた。
どのクラスの模擬店も面白くて、早く文化祭が来ないかな~なんて思ったりもしながら廊下を歩いていると、どこかで見たことがある女の子が視界に映った。
その子は、川瀬とアルバイト先が同じである「戌亥さん」であり、近くで見るととっても可愛い顔をしていた。
その戌亥さんの隣には、戌亥さんと身長が同じか少し高いくらいの可愛らしい男の子がおり、二人は何やら楽しそうな様子だった。
そんな二人の横を通り過ぎると、朱莉も二人のことを見ていたのだろう、
「今の二人可愛過ぎなかった!?ボクはもうキュンキュンだよぉ」
と、可愛いものには目がない朱莉が興奮した様子を浮かべていた。
そしたら花城の友人が「あの二人は花城の癒しキャラなんだよね~」と教えてくれ、校内でもファンの多い「激かわカップル」とのことだった。
そう言えば、川瀬も戌亥さんには彼氏がいると言っていたので、さっきの可愛らしい男の子が戌亥さんの彼氏なのだろう。
川瀬の言葉を疑っていたわけでは決してなかったが、実際にこの目で戌亥さんには彼氏がいるということが分かり、私はホッとしたような気持ちとなった。
その後は、妙に気合いの入った「お化け屋敷」に驚いたりしつつ、私たちは体育館で行われる有志発表を見に行くことにした。
「人が始まる前からいっぱいだね」
私が感じたことをそのまま口に出すと、朱莉以外の二人がその理由を説明してくれた。
「ライブのトリで、さっき話してた二人と私たちの高校の生徒会長が出るから、それで人がいっぱいなんだと思うよ」
「藤園会長は校内にファンが沢山いるからねー、そういう私もなんだけどさ~」
二人の話によると、どうやらこの花城高校の有名人たちがバンドを組んでいるらしく、そのバンドのボーカルが戌亥さんと言う情報を聞いて、私は少し驚いた。
生徒会長さんが美人だということは二人から何度も聞かされていたが、一体どんな人なのか、私は周囲の様子を見て益々楽しみになった。
そうこうしているうちにライブが始まり、流行りのダンスを踊る人たちや、笑いを誘うようなネタと歌を披露する人たちなど、色々な人たちがステージでそれぞれの発表をしていく。
私は花城高校の生徒ではないが、やっぱり文化祭は楽しいな~と改めて感じながら、一つ一つのステージ発表を楽しんだ。
そうして最後のグループの発表となり、これまで以上の歓声が会場中を包み込んだ。
ステージに現れたのは、きらきらと輝くブロンドの髪をした綺麗な女の人であり、恐らくあれが藤園会長なのだろう。
私の隣にいる朱莉も思わず「綺麗…」と呟いており、その存在感に思わず圧倒される。
体育館中から藤園会長を呼ぶ声が聞こえており、話に聞いていた以上の人気ぶりだと私は感じた。
続けて戌亥さんと、「堀越くん!」と周囲から呼ばれている男の子が姿を見せ、会場が湧き立つ中、最後に現れたのは「しろぴよ」の被り物を被った謎の人物だった。
隣にいる花城の二人も「あれ誰だろう?」と言っており、みんなその被り物の人物が誰だか分からないようだった。
その人物はベースを持ちながら音の確認をしつつ、ステージのメンバーとアイコンタクト?をしているようだった。
私はどうにもその謎の人物が気になり、しばらく目で追っていると、
(えっ!?もしかして!)
と思い当たる節があった。
『これは戌亥さんが昨日渡してきたやつですね』
昨日、川瀬は花城の招待券を持っていた。
行かないと言っていたが、もしそれが本当はステージに出ることが私にバレないための嘘で、あえて「行かない」ということを強調していたのだとしたら…?
憶測でしかないのに、考えれば考えるほど、私にはあの被り物の人物が「川瀬」にしか見えなくなってくる。
いや、間違いない、あれは私の知っている「川瀬朔」だろう。
「ふふっ、川瀬ってば、やっぱりしろぴよくん好きじゃん」
私の呟きは歓声の中へと消えて行ったが、誰かに対して言ったわけでもなかったので、むしろ都合が良かった。
「ねぇ、もっと前で見ても良い?」
私がそう言うと、朱莉たちも賛成のようだったので、少しずつステージへと近づきながら、私たちはステージの右前辺りまで移動をした。
ステージの右側は、ちょうど川瀬が前に見える位置であり、私はほんの少し先にいる川瀬の方に目を向ける。
川瀬は私のことには恐らく気付いていないだろうし、別に気付かれなくても良いと思った。
昨日彼はこのことを隠していたのだ、あえて隠していることを聞くような真似をする必要はないだろう。
戌亥さんによるライブのMCが始まり、メンバー紹介をしないまま曲の演奏が始まった。
みんなはプロの歌手のように歌が上手な戌亥さんに釘付けとなっているであろう。
しかし私は、ステージの端で目立たないように振る舞いつつも、確かに演奏の中でその楽器の音を響かせている川瀬の姿を見て、
「あぁやっぱり川瀬だっ」
と確信をした。
___どうしてこんなに胸が高鳴るのだろう。
文化祭の発表で、誰もが一番だと答えるであろう演奏が終わり、大きな拍手と歓声が前の四人へと届けられる中、演奏をしていた四人が、それぞれ腕に付けていた黒いバンド?のようなものを取り外し、観客席の方へと投げ始めた。
藤園会長のバンドを受け取った前の女子生徒は黄色い悲鳴を上げており、戌亥さんたちもその流れに続いて順番にバンドを投げていく。
そうして最後の川瀬が投げたバンドが、まさかの私の手元に飛んできた!
「姫花!めっちゃ運持ってるね!」
私が黒いバンドをキャッチしたことに朱莉は驚いた様子を浮かべているが、かくいう私も驚きを隠せないでいた。
そのバンド(ラバーバンドのようだ)に目をやると、そこには
『For you!』
という文字がデザインされており、私は胸の奥が熱くなった。
川瀬は適当に投げたのであって、私がこれをキャッチできたのは偶然である…それはもちろん分かっているのだが、
「ありゃ?姫花顔赤くなってるよ?」
私には特別なことのように感じられた。
「ライブで盛り上がっちゃったからかな?」
「確かにすっごく良いライブだったね!」
___しばらくの間、私の速まった鼓動がおさまることはなかった。
昨日の川瀬の演奏を思い出し、また少し頬が熱くなるが、今日は川瀬がいないということも思い出して、私の気分は下がっていく。
めぐちゃん先生によると「熱が出たことによる体調不良」で川瀬は欠席だそうで、昨日の演奏を頑張り過ぎちゃったからかな?なんて考えると、微笑ましくも思えてくるが、
(…川瀬と体育祭に参加したかったなぁ)
という気持ちは消えてはくれなかった。
開会式も終わり、しばらくクラステントで競技までの時間をみんなと過ごしていると、
「借り物競走に出場する生徒は、ゲートの前にお集まりください」
というアナウンスが聞こえてきたので、私はゲートの前へと移動をし、借り物競走のトラックへと足を進めた。
ルールは至ってシンプルで、スタートラインから少し離れた場所に、お題となるモノや人が書かれた紙が置いてあるので、それに沿ったモノや人と一緒に審査員の元へ行き、合格の判定を貰ってゴールまで走るというルールだ。
去年の借り物競走では「好きな人」というお題が紛れ込んでおり、それを引いた当時三年生の男子の先輩が、そのまま好きな女子の先輩に告白をするという場面があった。
女子の先輩が「OK」を出したことで、一組のカップルが誕生をするという運命的な瞬間が訪れ、グラウンド中が盛り上がりを見せたのは記憶に新しい。
一応今年は最悪の場合も想定し、そのようなリスクの高いお題はないんじゃないかと噂はされていたが、内心では何が出るんだろうとほんの少しだけ不安な気持ちになっている。
前のグループの番が終わり、私のグループの番が回ってきたので、私はスタートラインに立ち、「パンッ」というスタートの合図とともに紙の元へと駆け出した。
そして、私はちょうど目の前にあった一枚の紙を手に取り、その紙の中身を確認した。
そうすると、その紙には
『大切な人』
というお題が書かれており、私は思わず目を見開いた。
それと同時に、私の頭の中には「一人の男の子」の顔が思い浮かんだ。
思わず学校中の生徒の前で赤面を晒しそうになるが、すぐに私はかぶりを振り、二年生のテントの方へと足を向ける。
「朱莉っ、一緒に来て!」
「およよ?よく分かんないけどりょーかい!」
そうして朱莉と手を取り、審査員の前に行って、私はお題の紙を審査員に見せた。
審査員から合格の判定が出たので、私たちはそのままゴールテープまで走り抜け、結果は一着でのゴールとなった。
「一着は、緑団の愛野さんです!」
私のゴールがアナウンスされ、続けてお題の内容が発表される。
「愛野さんのお題は、『大切な人』でした!」
そのアナウンスを聞いた途端、隣にいた朱莉が「姫花~!」と言いながら抱き着いてくる。
「もぉ~くっ付いたら熱いってば~」
「ボクの喜びを受け取ってもらうまでは離れないよっ!」
「うりうり~」と言いながら嬉しそうに抱き着いたままの朱莉を見て、私は「ふふっ」と笑みがこぼれるが、
___もし、彼の元に行ってたらどうなってたのかな?
なんてことを想像して、ほんの少しだけ、今日の体育祭に寂しさを覚えずにはいられないのだった___。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます