#19 大豪邸
戌亥さんとの待ち合わせ場所に停められていたリムジンに乗り込んだ僕は、その内装の高級感はさることながら、洗練された華美の様相に非日常感を味わう。
「どうぞ、お好きな席にお座りくださいまし」
先に乗り込んだ戌亥さんと堀越くんの他にも先客がおり、その人が僕の方を見ながら声を掛けてきた。
ドリルヘアと言えば良いのだろうか、毛先部分がクルクルと巻かれた金色に輝くロングヘアに、透き通った白い肌と、モデルのようにすらりとした長い手足が印象的な、海外の人形のように美しい女性がそこにはいた。
「失礼します」
とりあえずドア近くの座席に腰を下ろすと、ゆっくりとリムジンが発進し始めた。
改めて、その見知らぬ女性に目を向けると、「自己紹介がまだでしたわね」と言ったその女性が、自己紹介を始める。
「わたくしの名前は、藤園(ふじその)・イリーナ・絢美(あやみ)ですわ。よろしくお願いいたしますわ」
「川瀬朔と申します。よろしくお願いいたします」
そうしてお互いに自己紹介を済ませると、戌亥さんが
「イリ姉はぁ~今回のバンドでドラムをしてくれるのです~」
と紹介していたので、どうやら僕を含めたこの四人がバンドメンバーのようだ。
その後の戌亥さんの説明により、藤園さんは僕たちよりも一歳年上の高校三年生で、花城高校では生徒会長を務めているということが分かった。
戌亥さんと堀越くん、そして藤園さんは家が隣同士の幼馴染らしく、今乗っているリムジンは藤園さんのものらしい。
見た目通りと言っては何だが、藤園さんはお金持ちのお嬢様だそうで、「色々凄いですよ~」と戌亥さんは言っていた。
藤園さんは恥ずかしそうに「そんなことありませんわよ?」と言っていたが、堀越くんはブンブンと首を横に振っていた。
戌亥さんと堀越くんが身振り手振りで藤園さんのお家の大きさを表現したりしていたが、このリムジンからも何となく大豪邸だということは予想できる。
今は藤園さんのお家に向かっているらしく、バンドの練習はその場所で行うとのことだった。
そうしてしばらく話していると、藤園さんが
「どうぞわたくしのことはイリーナとお呼びくださいまし。親しいご友人たちにはそう呼んでいただいておりますの」
と言ってきたので、まだ親しい友人関係ではないと思うのだが…とは思いつつも、
「では、『イリーナ先輩』と呼ばせていただきます」
と、藤園さんのことをイリーナ先輩と呼ぶことが決まった。
「川瀬さんのことは流歌から聞いておりましたの。だから川瀬さんとお会いできるのを楽しみにしておりましたわ」
「自分もであります!」
「そ、それはどうも…」
一体戌亥さんが僕のことをどんな風に話しているのかは分からないが、二人の興味深そうに僕を見つめる視線から、絶対ろくでもない伝わり方をしているということだけは予想できた。
そうして、この場では最年長のイリーナ先輩が会話を回しながらお互いの学校のことを話していると、どうやら目的地に到着したようで、リムジンの扉が執事の男性によって開かれた。
「足元にはお気を付けくださいませ」
「ありがとうございます」
落ち着いた声で優しそうな表情を見せる執事さんに感謝を伝えながら外に出ると、これまた見たことがないほどの大豪邸が視界いっぱいに広がっていた。
開かれた門の先には綺麗な庭が広がっており、何よりその奥にある宮殿のような佇まいの建築物に、さしもの僕も呆気に取られる。
恐らくあれがイリーナ先輩の自宅なのだろうが、あまりの規模感の違いに、僕は思わず思考が現実逃避をしてしまう。
「うふふ、いつもわたくしのお家を見た方はそうやって驚かれますのよ」
「はじはじの驚いている顏なんて滅多に見れないですからぁ~黙っておいて正解でしたぁ~」
「自分は川瀬さんの気持ちがよく分かるであります!」
三者三様の反応を浮かべつつ、とりあえず意識が戻ってきた僕は、イリーナ先輩たちの後を追いながらその大豪邸へと足を踏み入れた。
「川瀬さん、紅茶はいかがかしら?」
「あ、はい、いただきます」
「イリ姉~るかちゃんはジュースでお願いいたす~」
「うふふ、分かっていますわよ流歌。陽太も同じものでよろしくて?」
「ありがとうであります、お姉ちゃん!」
宮殿のような屋敷の中に入った後、イリーナ先輩に連れられてやってきたのは、普通の家で言うところのリビング?のような広い部屋だった。
部屋の中は白を基調としたインテリアで整えられており、塵一つないと錯覚するほど綺麗な部屋だった。
この家に入った時に、メイド服に身を包んだ人たちが何人かいたので、恐らくその人たちがいつもこの部屋の状態を保っているのだろう。
今は部屋に備え付けられている大きなキッチンで、イリーナ先輩自ら紅茶を淹れてくれている。
戌亥さんは、部屋に入るや否や大きなテレビの前にあるソファに座り込み、まるで自分の家のようにくつろぎ始めた。
堀越くんは僕と同じようにソファから少し離れた椅子に座っていたのだが、
「たーくん、続きを見ますよぉ~」
と何やら戌亥さんに呼ばれたことで、戌亥さんの隣に座って、アニメを見始めた。
堀越くんが「川瀬さんもどうでありますか!?」と、戌亥さんの元へ向かう前にキラキラと輝いた瞳で僕のことを見上げてきたが、流石に今日初めて出会った人の家であそこまでくつろぐことはできないので、堀越くんに戌亥さんの相手をお願いしておいた。
そうしてテレビの前で盛り上がっている二人を眺めていると、
「お待たせいたしましたわ」
と、カップを持ったイリーナ先輩がこっちにやってきた。
「手伝いもせずに申し訳ありません」
「うふふ、構いませんくてよ。それに、あっちの二人は紅茶が苦手で飲んでくれませんから、こうして一緒に紅茶を飲んでくださるだけでも十分過ぎますわ」
イリーナ先輩からカップを受け取り、紅茶を一口いただくことにする。
口に入れた瞬間、上品で爽やかな香りが口の中に広がり、とても体が落ち着くような感じがする。
「おいしい紅茶ですね。何だかとても落ち着く味です」
僕がそう言うと、イリーナ先輩は「まぁ!」と嬉しそうな笑みを浮かべ、
「これはわたくしのここ最近のお気に入りで、つい先日に改めてお取り寄せをしたばかりですの。川瀬さんにもその良さが伝わったようで、淹れた身としてとても嬉しく思いますわ」
と僕に伝えてきた。
家柄もそうだが、イリーナ先輩本人の人柄もしっかりとした印象を受け、身近にいる年上の柄本さんよりも、どうしてかイリーナ先輩の方が大人びて見えてしまうのは、恐らく柄本さんに問題があるはずだ。
普段からイリーナ先輩のことを見ているのだ、戌亥さんの柄本さんに対する対応が雑になるのも、まぁ仕方ない?のかもしれないと僕は感じた。
『へっくしゅん!誰か噂でもしてんのかー?』
そうしてイリーナ先輩の紅茶トークに相槌を打っていると、
「川瀬さん、今回は無理なお願いを聞いてくださりありがとうございますわ」
とイリーナ先輩から頭を下げられた。
「戌亥さんにも借りがありましたし、そんな感謝されるようなことでもないですよ」
そうしてイリーナ先輩に頭を上げてもらうように伝えると、顔を上げたイリーナ先輩は、今もアニメを見ながら騒いでいる二人の方に視線を向ける。
「実は、今回の文化祭の有志発表のきっかけはわたくしにありますの」
「どういうことですか?」
二人に向けた視線に慈愛の色を乗せながら、イリーナ先輩は口を開く。
「わたくしと流歌と陽太は、ずっと小さい頃からの幼馴染で、昔からずっと三人でおりましたの。二人はわたくしの本当の弟や妹のような存在で、ついつい甘やかしてしまうのですが、うふふ、話が逸れましたわね。そんな二人も、嬉しいことにわたくしのことを姉として接してくれておりますわ。そんなわたくしは、来年の三月から海外に留学することが決まりましたの。わたくしはヴァイオリンを習っていて、ヴァイオリンの腕を更に磨くために音楽大学への留学を決めたのですわ。自分の選択に不満はないのですけど、二人と離れることは辛い選択でしたわ。留学が決まったのがつい一週間ほど前で、二人の悲しそうな顔にはさらに胸が痛みましたわ。その時に、流歌が『一緒に文化祭に出よう』と言ってくれましたの。恐らくですけど、流歌なりにわたくしを励まそうとしてくれたのだと思いますわ。流歌はギターを弾いておりますし、陽太もピアノが得意ですから、一応どの楽器にも心得のあるわたくしがドラムをするということになりましたの。ただ、ベースを弾ける方がいらっしゃらなくて、そんな時に流歌が川瀬さんのことを推薦したのですわ。最初にお話ししましたように、わたくしたちは流歌から川瀬さんのお話をよく聞いておりましたから、川瀬さんを誘うということに賛成いたしましたの。…急にわたくしたちの事情に巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんわ。ただ、川瀬さんさえ良ければ、このままわたくしたちと一緒に演奏をしていただきたいのですわ」
そうして再び頭を下げるイリーナ先輩。
戌亥さんの気まぐれでバンドに誘われたと思っていたので、理由がちゃんとあったことには少し驚いたが、さっきもイリーナ先輩に伝えたように、僕は僕のため―戌亥さんへのこれまでの借りを返すため―という理由で今回参加をしているという感じなので、僕の返事が変わるというようなことはなかった。
「ベースは弾いたことありませんが、できる限りのことはやってみます」
「ありがとうございますわ!ベースの方はわたくしもしっかりとお手伝いさせていただきますわ!」
「これから当日に向けて一緒にがんばりましょうですわ」と言いながら、イリーナ先輩は真っ白な手をこちらに伸ばしてきたので、僕も手を伸ばし、イリーナ先輩と握手を交わす。
その時、ちょうどアニメが終わったのか、戌亥さんと堀越くんが僕たちのいる方にやってきたので、そのまま僕たちは「演奏ルーム」という場所に移動を始めた。
***
「演奏ルーム」とイリーナ先輩が言っていた部屋に到着し、二重になっている重厚な扉を開けると、そこには大きなグランドピアノの他に、イリーナ先輩がいつも使っていると言っていたヴァイオリン、それに今回の演奏で使う楽器たちが並べてあった。
他にも音楽機材が多く置かれてあり、プロの練習スタジオとかはこんな感じなのかなと僕は思った。
「この部屋は防音室となっていて、音も好きなだけ出していただいて構いませんわ」
部屋の中を見渡していると、戌亥さんに肩をぽんぽんと叩かれた。
「はじはじ、こっちに来てくださいなぁ~」
そうして戌亥さんはスタンドに立て掛けてあった一つのベースを僕に渡してくる。
「これがはじはじの相棒となるベースさんです~」
「やっぱりギターとは少し違いますね」
黒い色のシンプルなデザインだが、ピカピカと輝く眩い光沢に、
(これ絶対高いやつだろ…)
と、僕は思わず体が固まってしまう。
ちょうどそのタイミングで、戌亥さんが顔を近づけながら、
「ちなみにぃ~このベースのお値段は聞かないことをオススメします~」
と呟いてきたので、「やっぱり…」と思いながら、絶対に落とさないようにしようと心に誓い、僕はしっかりと両手でベースを掴んだ。
「それでは川瀬さんはわたくしとベースの基礎練習をいたしましょう」
「よろしくお願いします、イリーナ先輩」
「うふふ、こちらこそよろしくお願いいたしますわ」
そうして、用意されていた椅子に腰を下ろし、イリーナ先輩によるマンツーマンのベース練習が始まる。
指の位置はもちろんのこと、弦の弾き方が慣れない動きのように思え、苦戦をしそうにも思えたが、イリーナ先輩の教え方はとても分かりやすく、何とか教えてもらっている内容には食らい付けてはいると感じた。
「…川瀬さんは本当にベースを初めて弾くんですの?」
「えぇ、そうですよ?」
イリーナ先輩は手を口の前に当て、驚いた表情を見せる。
「流歌が言っていたように、初めてでこの調子なら二週間後のことは心配なさそうですわね」
イリーナ先輩はそう言ってくれているが、僕は本当に一度もベースを触ったことがない素人のため、
「まだまだ分からないことばかりですよ。次を教えていただいても良いですか?」
と、いつものように知識は吸収できる時に吸収するというスタンスを崩さないことを僕は心掛ける。
「教えがいのある後輩で、わたくしも熱くなってきましたわ!」
結局、その日は時間が来るまでイリーナ先輩との練習は続くのだった。
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