第四章 二年生編 バンドやろうぜ

#18 バンド







「はじはじ~バンドやりませんかぁ~?」


 六月もそろそろ梅雨の季節が訪れ、今も窓からはパラパラとした雨音が聞こえてくる中、戌亥さんは突然そう言ってきた。

 今はアルバイトの休憩中なのだが、いきなりそのようなことを言われたら誰でも一瞬は反応に遅れるだろう。

 僕、川瀬朔も例に漏れず、「何言ってんだこの人は?」と、戌亥さんに胡乱な眼差しを向ける。


「まぁまぁそう警戒しないでくだされよぉ~そこの御仁~」


 当の戌亥さんは普段通りのマイペースさで、何やら変わった口調にもなっているのだが、「それでですね~」と居住まいを正し、ほんの少し真面目な顔で話を続け出す。


「はじはじには~るかちゃんと一緒に学園祭の有志発表に出て欲しいのです~」


 これまた柄本さんの時と同じような、厄介なにおいがプンプンと漂っているのだが、とりあえず僕は戌亥さんの話を聞いてから判断しようと思い、耳を傾けた。










 戌亥さんの話を聞き終わった僕は、簡単に頼まれた内容をまとめてみる。


「つまり、二週間後にある学園祭に有志発表で出場する予定を立てているものの、バンドメンバーのベース担当が見つからないので、僕に助っ人としてライブに参加して欲しいということですね?」


「そうですそうです~はじはじの理解が早くて助かります~」


 僕は戌亥さんの頼みごとに頭を抱えながら、順番に気になることを尋ねていく。


「大前提として、僕はベースなんて弾いたことありませんよ?」


 戌亥さんは「ちっちっちっ」と指を振りながら、何故かドヤ顔を浮かべている。


「この前はじはじが楽器屋で演奏するのを見て~はじはじならベースも弾けると確信しましたぁ~」


 僕本人よりも戌亥さんの方が自信満々にそう言うのも変な話なのだが、ひとまずそのことは置いておき、次の質問に入ることにする。


「そもそも僕はベースを持っていないのですが」


「それなら安心してくださいなぁ~バンドメンバーの一人がベースを持っているので~貸してあげられますよぉ~」


 戌亥さんによると、ギターとキーボードとドラムはメンバーが決まっており(ギターボーカルは戌亥さん)、そのドラム担当の人がベースを貸してくれるということだった。

 戌亥さんの通っている学校は『花城(はなしろ)高校』というのだが、他の花城のバンドメンバーが、別の高校の僕が入ることに賛成しているのかという問いには、戌亥さんも含め全員が賛成をしているそうであり、外堀が埋められているような気がしなくもなかった。

 そうして、僕は最も重要な質問を戌亥さんにぶつけた。


「花城の文化祭に、別の高校の僕が参加するのは駄目なんじゃありませんか?」


 もし僕が頼みを引き受けたとして、ベースを弾けるようになったとしても、そもそも文化祭の有志発表に参加できなければ意味がない。

 花城高校は、花城生以外の文化祭見学も認めており、クラスの模擬店にも行くことができるそうだが、花城生側からの部外者の参加は想定していないだろう。

 それを理由に戌亥さんの頼みを断ろうとしたのだが、戌亥さんは、


「それについては策があるので安心してください~」


 と言いながら、「ふっふっふっ」と何かを企んでいるような笑みを浮かべていた。

 ものの見事に逃げる隙を潰されていた戌亥さんの頼みごとに、思わず舌を巻きそうになるが、それで「はい、参加します」とすぐにはならないのが僕という人間だ。

 学校は違うとはいえ、学校行事に積極的な参加をしない派の僕にとって、この依頼は全く気が進まないのである。

 面倒臭い気持ちは山々なのだが、戌亥さんに借りがあるというのも事実だった。

 そうして悩んだ末、僕は大きなため息を一つ吐きながら、


「…分かりました、できるかは分かりませんが、一度ベースには挑戦させていただきます」


 と戌亥さんにバンド参加を告げたのだった。


「信じてたぜぇ~心の友よぉ~」


 戌亥さんは親指を上に向けながら、いつもよりも嬉しそうな顔をしていた。










***










 次の日、朝のホームルームにて、四宮先生が二週間後にある体育祭の連絡をしていた。

 僕たちの学校も、二週間後に体育祭という行事を控えているのだが、戌亥さんたちの文化祭は木曜日で、僕たちの体育祭は金曜日であり、しかも金曜日の体育祭に向けた前日準備として木曜日は休みとなるため、何故か奇跡的に予定が嚙み合ってしまっているのである。

 明日の土曜日に早速バンドメンバーの顔合わせと練習を行うという予定も入っており、益々言い逃れができない状況となっている。

 八方塞がりなこの状況に少し諦観の境地にまで達しようとしていると、ホームルームが終わった後に愛野さんが話し掛けてきた。


「川瀬っ、体育祭楽しみだねっ」


 そうして今さっき話が出た体育祭の話題を愛野さんが話してくるのだが、僕は相槌を打ちながらも、最近になって強まっている視線の圧に、思わずため息を吐きそうだった。


 ひと月ほど前に愛野さんと外出をした日以降、僕に対する視線の数が強まった。


 というのも、その時の外出をどこかのクラスの女子が目にしていたらしく、「愛野さんとお出掛けした男」として、今も尚嫉妬を浴びている最中なのだ。

 愛野さんが「たまたま外出していた時に会っただけだよ」とフォローしてくれたおかげもあり、直接何かを言われたり実害を受けたりということはないのだが、毎日愛野さんが僕の席まで足を運んで会話をしている姿に、周囲の男子が不満を感じているのは明らかだった。

 しかし、僕がどれだけさり気なく距離を取ろうとしても、愛野さんは周囲の状況に気付いているのかどうか分からないが、普段通りに接してくるので、僕もあまり気にしないようにはしていた。

 ただ、体育祭準備期間中は極力目立たないようにして、愛野さんからも距離を置こうと心に決めながら、「どの競技が良いかなぁ」と楽しそうに話している愛野さんへ視線を戻した。










 六時間目となり、四宮先生主導の元、体育祭の競技決めが行われている。

 クラス対抗リレーと大縄跳びは全員参加の競技で、その他に少なくとも一つはどれかの種目に参加する必要があるのだが、今年の種目の人数的に、男子は一人だけ種目に参加しなくても済む枠があり、僕はそれを虎視眈々と狙っていた。

 クラスには愛野さんがいるため、体育のバスケの時のように、他の男子はこぞって目立つような種目に手を挙げ始めたため、見事端っこで気配を消していた僕はどの種目にも参加せず済んだのであった。

 そんな愛野さんは借り物競走に参加が決まっており、確かに愛野さんなら何でも借りられるだろうなと予想し、最も競技に適した人物だと僕は勝手に想像した。


 そのまま六時間目が終わるチャイムが鳴り、一年から三年までが合同の縦割り団の発表は、後日にあるということを四宮先生が連絡して、この日は放課後となった。

 この学校は団発表として、当日の昼から各団対抗のダンスタイムがあり、僕はその時間を面倒臭く感じていた。


 実はというと、僕は去年の体育祭は参加をしていなかった。


 理由は特になく、いわゆる「ズル休み」というやつだ。

 しかし、休んだところで何かを言われるわけでもなかったので、僕一人いようがいまいが、クラスとしては何も問題はなかったのだろう。

 意外と体育祭などの行事ごとに熱い四宮先生には「ズル休み」を疑われたものの、去年は適当に誤魔化しておいた。

 今年は種目にも全員参加以外は出場しなくても良いので、また休もうかなとぼんやりと考えつつ、僕は荷物を持って裏庭の花壇に移動を始めた。


 そんな僕の後ろ姿を、じっと見つめる視線があることには気付かなかった___。










***










 戌亥さんとの約束がある土曜日の朝、以前にショッピングモールへ向かうために集合場所とした駅が今回も集合場所となっており、僕はここ最近では珍しく天気の良い空を見上げながら、自転車を漕いでいた。

 今日、戌亥さん以外のバンドメンバーと初めて会う予定なのだが、結局戌亥さんは他のメンバーの情報を教えてはくれなかった。


「会った時のお楽しみです~」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべていた戌亥さんのサプライズ精神に思うところがないわけではないものの、まぁ何とかなるだろうと僕は考えていた。

 僕から誰かに話し掛けたりすることはほとんどないが、必要になればコミュニケーションも取っているつもりなので、二週間くらいの関係なら上手く乗り切れるはずだ。

 肝心のベースの方だが、こっちも何となく二週間あれば仕上げられそうな感じもしているので、後は僕のやる気次第だ。


 そうこうしているうちに駅へと到着し、自転車を停めて、約束の駅駐車場前に移動すると、これまでの人生でお目にかかったことがないような黒い高級車、リムジンという名前だっただろうか、の前で、戌亥さんがゆっくりと手を振りながら待っていた。

 戌亥さんの隣にはもう一人見たことのない人物がおり、その人物は僕に向けてぺこぺこと頭を下げていた。

 まさかの出来事に、流石の僕も呆気に取られながら戌亥さんたちの元に近付くと、戌亥さんがいつもの感じで声を掛けてきた。


「はじはじおはようです~」


「おはようございます、戌亥さん。あの、これは一体なんですか?」


 僕の驚いた様子に「ふっふっふっ」と笑っている戌亥さん。

 そんな戌亥さんに状況を説明してくれという視線を向けていると、隣の人物も「あのっ!」と声を掛けてきた。

 その人物の方に視線を移動させてよく見てみると、その人物は、戌亥さんよりは高いものの平均よりは随分と小さい身長に、大きな瞳、短く切り揃えられた茶色の髪が特徴的な男の子だということが分かった。


「自分、堀越陽太(ほりこしようた)と言うであります!川瀬さん、初めましてであります!」


「そう言えば、はじはじは『たーくん』と会うのは初めてでしたね~」


「『流歌ちゃん』から話は沢山聞いているであります!」


 戌亥さんからいつも聞いていた「たーくん」さんのイメージとは全然違ったので、僕は今日二度目の驚きでいつもよりも大きく目を見開いた。

 まさか「たーくん」さんがこんなにも童顔な人だとは思わなかった。

 僕もそうだったのだが、柄本さんも恐らく「たーくん」さんのことをもっとワイルドなイケメンだと勘違いしていると思うので、実際は幼い感じの可愛い系だと知ったら、柄本さんは腰を抜かしてしまうだろう。

 色々とインパクトが強すぎて固まってしまった僕だが、「たーくん」さん改め、堀越くんに挨拶を返す。


「初めまして、川瀬朔です。いつも戌亥さんにはお世話になっています。前回は堀越くんのおかげで、戌亥さんと一緒にアルバイト先の先輩に頼まれたプレゼントを買うことができました。その節はありがとうございました」


 堀越くんは「いえいえ!自分は何もしてないであります!」と照れた表情を浮かべており、隣の戌亥さんは自慢げな顔をしていた。

 そうして簡単な挨拶をお互いに済ませた後、僕は改めて戌亥さんに「後ろ」のことについて尋ねた。


「戌亥さん、そろそろこのリムジンが何なのか教えてください」


 戌亥さんは「分かりましたぁ~」と言うと、車の窓に向けて手を振り始める。

 そうすると、車の運転席の方から一人の初老の男性が現れ、こちらに近付いてくる。

 背筋をピンとさせ、アニメから飛び出してきたと錯覚するような、いわゆる「執事服」でその身を包み、気品の感じられる所作でリムジンの扉を開きながら、「こちらへ」と落ち着いた声色で乗車を勧めてくる。

 僕の困惑をよそに、戌亥さんは「はじはじも乗りましょう~」と言いながらリムジンに乗り込んでおり、堀越くんもその後に続いている。


「…」


 なんだかもう既に気疲れしているような気がするのだが、色々と考えるのが面倒となってきたので、僕はもう何も考えずに未知なるリムジンの中へと足を一歩踏み出すのだった___。






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