#17 デート?
愛野さんとの予定がある土曜日の朝、僕は集合場所となっている自分の最寄り駅に向けて歩いているところだ。
裏庭の花壇で会話をした次の日に、やたらと上機嫌な愛野さんとどこに出掛けるのかを決めていると、
「川瀬が行きたいところはないの?」
と聞かれたので、僕は本を買いに行く予定だったことを愛野さんに伝えた。
そうすると、愛野さんが「川瀬がいつも行ってる本屋さんに私も行きたいっ!」と言い出したので、今日は僕の最寄り駅圏内での外出となった。
別に本屋があればどこでも構わなかったのだが、どうしてもそこが良いとの希望だったため、そのようなプランになったというのが実状だ。
幸いといっては何だが、僕の最寄り駅はこの辺りではかなり大きな駅であり、僕の住んでいる方向と逆側の駅周辺はお店もたくさんあるため、一日くらいなら何とかなるだろう。
すぐに駅に到着し、僕は駅の外にある噴水の前で愛野さんが来るのを待つことにする。
ぼんやりと時間を潰していると、そう言えばもう一つひと悶着?があったなということを思い出し、僕は数日前のやりとりを振り返る。
土曜日の大まかな予定や集合場所、集合時間が決まり、愛野さんとの相談タイムはこれで終わりだなと思っていると、愛野さんがもじもじとしながら、僕にこう言ってきた。
「色々と連絡することもあるだろうし、その、連絡先交換しない?」
愛野さんは、スマホの画面に映る緑のアイコンが特徴的なメッセージアプリを表示させながら、僕にスマホの画面を向けてくる。
(そう言えば愛野さんには言ってなかったのか)
僕は愛野さんに伝え忘れていた、というか話す必要もないと考えていた「あること」を思い出した。
「すみません、愛野さん。僕は携帯電話を持っていないので連絡先の交換はできないです」
「えぇ!?そうだったのっ!?」
僕は嘘を付いていないと伝えるために両手をパーにしてみせると、愛野さんは信じられないというような顔で、僕の方をびっくりしたまま見てきた。
「スマホがないって不便じゃないのっ?」
「持っていても使うことはないですし、今もほとんど不便は感じていませんからね」
「私はスマホがない生活なんて想像できないなぁ~」
僕が携帯電話を持っていないという情報に、一転して興味津々な様子を見せる愛野さん。
話の流れで、愛野さんにも携帯電話のない生活を何となく勧めてみると、ぶんぶんと首を左右に振って「できない」ということをアピールしていた。
それから、女子高校生にとって最新のトレンド情報は特に重要であるということを愛野さんに熱弁された。
その後は、
「じゃあ川瀬これ知ってる?」
という感じで、愛野さんによる流行チェックテストが開催され、僕の回答を聞いた愛野さんは驚いたり楽しんだりしていた。
そうして当日の集合の際、予定の時間を一時間過ぎたら予定はキャンセルという約束を交わし、その時はそこで話が終わった。
___川瀬とメッセージのやり取りしたかったな。
その時の去り際に、一瞬だけ愛野さんが寂しいような表情をしたように見えたのだが、席に戻ってもご機嫌な様子だったので、僕の勘違いだったのだろう。
なんだかんだ色々と考えているうちに、そろそろ愛野さんが乗ってくる予定の電車が到着する時間となった。
実を言うと、僕はこの駅で集合をすることにあまり乗り気ではなかった。
理由は物凄く単純で、中学校が同じ人たちと会うリスクがあるからだ。
会っても話す相手などは「一人」もいないのだが、今もどろどろとこびりついている当時のことを思い出し、不快な気持ちになりそうだと感じたので、僕がこの駅近くを利用することはあまりなかった。
(あまりないというだけで、度々本屋に出向いたりはしているけども)
中学を卒業して以来、見知った顔の人物は一度も見てはいないため、気にする必要もないということは分かっているのだが、用心に越したことはないのである。
また思考の海に沈んでいこうとしたところで、何やら周辺が少しザワザワとし出す。
「見て、あの女の子めっちゃ可愛くない?」
「お人形さんみたい~!」
周りの様子にいつもの既視感を覚えていると、
「お~い川瀬~!お待たせっ♪」
と僕に声を掛けながら一人の女の子が近付いてくる。
やはり駅周辺の注目を一身に浴びていたのは、予想通り愛野さんであった___。
「おはようございます愛野さん」
「おはよっ川瀬♪」
愛野さんが時間通りにやってきたので、予定通り本屋にまずは向かうことになった。
愛野さんに向けられる視線が多く、それに付随して僕の方にも視線が集まっていたので、僕たちは挨拶もそこそこに歩き出した。
愛野さんは視線の数に対して特に気にした様子はなかったが…。
そんな多くの視線を集めていた愛野さんの方に、僕はちらりと視線を向ける。
今日の愛野さんは、私服ということもあって随分と学校とは異なる印象を受ける。
いつもはサイドテールにしている髪を今日は下ろしており、白いフリルの付いたブラウスに、ライトブラウンのミニスカートを合わせ、肩に小さなバッグを掛けている今日の愛野さんからは、どこか清楚な雰囲気が感じられる。
学校以外ではいつものギャルっぽい感じではないんだなぁと少し新鮮に感じていると、僕の視線に気付いた愛野さんが、毛先をクルクルといじりながら
「…今日の私、何か変だった?」
と、恥ずかしそうに尋ねてきた。
普段とのギャップは感じたものの、変というわけではなかったので、
「いつもとは印象が違うなと思ってジロジロ見過ぎてしまいました、すみません。でも、変だとは思ってませんし、愛野さんに似合っていると思いますよ」
というように、愛野さんの服装が変ではないということを伝えておいた。
僕は、前回戌亥さんとショッピングモールに行った時の服装しか持っていないので、今日もそれを着ているのだが、むしろ愛野さんの隣を歩く僕の服装の方が変ではないのだろうかと思っているくらいだ。
愛野さんは僕の返答を聞くと、
「…ふぇ!?に、似合ってる!?」
と驚きの声を上げて、頬の辺りを赤く染め上げているが、愛野さんほど整った容姿なら似合わない服装を探す方が難しいのではないか?と、愛野さんがどうしてそこまで驚くのか僕は不思議に思うのだった。
___川瀬が服装褒めてくれたっ♪
その後、本屋に着くまでの間、愛野さんは頬に手を当ててニマニマとした状態のままだった。
「ねぇ、今の子見た?」
「見た見た!めっちゃ可愛い子だったね!」
「なんかすっごく幸せそうな顔してたよね?」
「そう!『乙女の顔』って感じだったよね!」
「隣の男の子は彼氏なのかな?」
「はぁ~あんなに可愛い光景見ちゃったら、こっちもドキドキしてきちゃうね」
「私たちも彼氏欲しいね~」
「ほんとにね~」
***
僕がいつも本を買っている本屋に到着し、僕たちは中に入った。
扉を開いた瞬間、本屋の独特な紙やインクの香りが微かに感じられ、落ち着いた内装の影響も相まって、本の世界に迷い込んだような気持ちになる。
お洒落なBGMに耳を癒されながら、僕たちは小説のコーナーへと移動する。
「とっても良い雰囲気の本屋さんだね」
「そうですね、騒がしくもないので落ち着きますよね」
「川瀬は今日どんな本を買うつもりなの?」
「いつも本屋に来てから読みたい小説を買うって感じなので、まだ買う本自体は決まってませんね」
「そうなんだ。あっそう言えば、前に川瀬のオススメの本を教えて欲しいって言ったことあるでしょ?」
「始業式の日でしたっけ」
「そうそうっ。だから、今日は川瀬のオススメの本、教えてよ」
「分かりました。じゃあ早速なんですけど、この本はオススメですよ」
「どれどれ~…」
そうして僕は、今まで読んだことのある本の中でオススメな作品を愛野さんに紹介しながら、気になる本も同時にピックアップしていく。
愛野さんは本をあまり読まないと言っていたが、僕の紹介に「へ~!」「おもしろそうっ!」と反応を返してきており、
「私も読書始めようかな…」
と、僕と一緒に面白そうな小説を探すことを楽しんでいるようだった。
普段よりも小さな声でやり取りを交わしながら、予定よりも長い時間滞在していた本屋を後にし、僕たちは昼食を食べることにした。
「面白そうな本がいっぱいあったから、私も買っちゃった」
「何百ページもある本を読むことには確かに抵抗感を覚えますけど、慣れたら意外とそうでもないと個人的には思います」
「早速帰ったら読んでみるねっ」
昼食を食べるお店に向かう道中、愛野さんはブックカバーの付いた三冊の本を眺めながら、満足そうな表情を浮かべている。
「もしかして、意外と本のことがお好きでしたか?」
本屋にいた時から、愛野さんは意外とそうなのでは?と感じていたので、僕は何気なく思ったことを質問してみた。
愛野さんは「ん?」と不思議そうに首を傾げるので、僕は言葉を付け加える。
「今も本屋にいる時も、随分と楽しそうにしていたので、本がお好きだったのかなと」
「あぁ!」と僕の言った意味が分かったような反応を見せた愛野さんは、僕の前に躍り出て、こっちに笑顔を見せながらこう言った。
「それは…川瀬と一緒だったから、かなっ♪」
ちょうど太陽の光が反射しており、愛野さんの笑顔が色んな意味で眩しく見えた僕だったが、すぐに愛野さんは顔を両手で覆って何やら悶え始め、その表情豊かな姿を見た僕は、思わず愛野さんに気付かれない程度でクスっと笑ってしまった。
***
喫茶店に到着した僕たちは、昼前ということもあって並ぶこともなくスムーズに店内に案内してもらえ、座席も窓際の良い感じの場所だった。
というのも、やはり愛野さんの存在感はどこにいても最早流石の一言であり、本屋ではそうではなかったものの、外を歩いている時は視線を感じていたので、そういう意味でも目立たない端の座席になったのはありがたかった。
席に着いた後、僕たちはメニューを広げてどれにするかを話し合う。
「川瀬はこのお店に来たことあるの?」
「えぇありますよ。僕が小さい時からあるお店で、人気メニューはオムライスですね」
「あっほんとだ!このオムライス美味しそうっ!」
愛野さんにも言ったように、このお店はずっとこの場所にある喫茶店で、小さい時から何度かこのお店を利用したことがあった。
日葵さんがオムライスを好んでいたので、中学生の時に二人で食べにきて以来だと少しだけ懐かしく感じていると、当に忘れ去ったはずの過去の記憶がいきなりぶり返してきたことに僕は少しだけ驚き、今のは気の迷いであったとかぶりを振った。
その間に、メニューを見ていた愛野さんは頼むものを選んだようなので、僕は店員さんを呼び、注文をした後水を一口飲んで、乾いた喉を潤した。
「迷っちゃったけど、やっぱりお店オススメのオムライスにしちゃった」
「卵がふわふわで美味しいですよ」
「川瀬はハンバーグが乗ってるデミソースのオムライスだよね?川瀬はハンバーグ好きなの?」
「…」
愛野さんから何気なく聞かれた質問だが、何だか「はい、そうです」とすぐに答えることに抵抗感を覚えた。
ハンバーグは確かに僕が一番好きな食べ物なのだが、子どもっぽいと思われるのではないかと一瞬考えてしまい、クラスメイトに自分の好きな食べ物を伝えることに拒絶反応が生じた。
また、無意識のうちにハンバーグを選んでしまっていることに、再び過去の要らない記憶が呼び起こされた気がして、少し胸がざわついた。
しかし、「違います」と言った場合、どうして頼んだのかという話にもなってくるため、僕は不承不承ながら、
「…まぁ、そうですね」
と、愛野さんに肯定の意を伝えることにした。
そうすると、愛野さんはメニューで何故か顔を隠しながら、メニュー越しの少し籠った声で、
「へ、へぇ、そうなんだ」
と返事をしてくるのだった。
他にどんなメニューがあるのか気になったのかな?と、僕は愛野さんの様子に疑問を持たなかったため、愛野さんがメニューの裏でスマホのメモを開き、
【川瀬 好きな食べもの:ハンバーグ】
と打ち込みながら、
(あんなにクールな感じなのに、ハンバーグが好きなんて可愛いっ!)
と、「ギャップ萌え」をしていたなんて僕は全く気付かないのだった。
***
本屋の話や次の予定を話しながらお昼ご飯を済ませた僕たちは、愛野さんの希望でゲームセンターにやってきた。
さきほどの本屋とは打って変わり、ドンドンと大きな重低音が店内に響き渡るゲームセンターの中を、僕たちは何かをするわけでもなくグルグルと歩き回っている。
そして、とあるコーナーの近くに来た時、愛野さんが僕の袖を摘まんできた。
僕が視線を横に向けると、愛野さんは耳を赤くしながら、照れた様子を浮かべていた。
「川瀬さえ良ければなんだけど…一緒にあれ撮らない?」
愛野さんが指を差した方向にあったのは、いわゆる「プリクラ」というやつであった。
ちょうど撮影を終えたカップルらしき男女が、楽しそうにその写真に何かを書き込んでいる。
僕はプリクラで写真を撮ったことは当然なく、僕のような男があのブースに入ることにはある種の気恥ずかしさというものがあった。
それに、僕は「写真」というものが大の苦手であった。
「幸せ」な瞬間だけを切り取って、都合の良いようにその「幸せ」を閉じ込めておくような「写真」というものの在り方に、僕は忌避感を持っている。
そのため、今日一日は愛野さんのやりたいことにも付き合おうと考えていたが、どうしても僕の口から「はい」という言葉が出ることはなかった。
僕が答えを渋っているのが愛野さんにも伝わったのだろう、愛野さんは眉を落としながら
「あ、やっぱり今のなし!ふふっ冗談だよっ川瀬」
と、ほんの少し寂しさも滲ませる顔で言ってきた。
どうしたものかと考えていると、僕の視界の端に、とあるゲームの企画が目に入った。
「愛野さん、あのゲームがしたいので着いてきてもらっても良いですか?」
「えっ、うん、良いけど…」
了承を得たので、僕はそのゲームのところに移動し、前にいた店員さんに声を掛けた。
「あの、このチャレンジに参加しても良いですか?」
「もちろん良いですよ!最高得点更新で景品プレゼントです!」
そう、僕の目に入ったのは、時間内にどれだけバスケットボールをゴールへと入れることができるかを競うシューティングマシーンの企画だった。
現在の最高得点を見ると、三十秒間の時間制限で二十七得点であり、言い換えると、三十秒で二十七回ゴールを決めた人がいるということになる。
つまり、三十秒間の内に二十七回以上ゴールを決めれば景品がもらえるということだ。
僕は挑戦料金の百円を渡して、ボールの感触を確かめる。
そうして成功を確信しながら、僕は愛野さんに告げる。
「少し待っていてください」
「う、うん」
そうして「ピー」というゲームが始まる音に合わせ、僕は一定のリズムでぽんぽんとボールをゴールに決めていく。
「わぁ…すごい」
愛野さんが何やら後ろで驚いているようだったが、僕は気にせずボールを投げ続け、一度もミスをすることなく三十秒間のシュートを終えた。
「なんと!得点は三十点!記録更新です!」
ハイテンションな店員さんに「おめでとうございます!」と声を掛けられながら、僕は景品の棚に誘導される。
そこでパッとすぐに目に入った「ぬいぐるみ」を景品として貰い、僕は愛野さんの元に戻った。
「川瀬っ!とってもシュート上手だったね!やっぱり本当はバスケやってたの!?」
僕の投げる姿を見て、興奮冷め止まぬといった感じで僕にキラキラとした瞳を向けてくる愛野さんに、僕は「これをどうぞ」と言って、貰ってきた「ぬいぐるみ」を渡す。
それは、最近何かと縁がある「しろぴよ」のぬいぐるみだった。
「プリクラは一緒に撮れないので、お詫びになるかは分かりませんが、良ければこれで許してもらえると嬉しいです」
「えっ、私が貰っても良いの…?」
僕は頷き、愛野さんにそのぬいぐるみを渡す。
いきなりの僕の行動に、愛野さんは目を白黒とさせていたが、次第に口角が上がっていき、満面の笑みへと変わった。
「嬉しいっ!ありがとう川瀬っ!」
そうして、しろぴよを両手で抱きかかえながら、次は「ふふっ」と笑みを溢す愛野さん。
「どうかしたんですか?」と僕が尋ねると、
「そう言えば、この前川瀬から貰ったお菓子にもこのひよこがいたから、川瀬はこれが好きなのかなって」
と愛野さんが言ったので、最近やたらとこの「しろぴよ」に縁があるだけなのだということを伝えておいた。
「ほんとかな~ふふっ」と愛野さんは信じていないような気がしたので、僕は戌亥さん直伝のしろぴよトークを交えながら、改めてそうではないということを念押しし始めた。
結局解散するまでの間に愛野さんの誤解を解くことはできず、愛野さんはしろぴよを胸の前で抱えながら、ずっと楽しそうな笑顔を見せていたのだった___。
☆☆☆
「ただいま~」
自宅に到着し、私は自分の部屋に移動をした後、今の今まで大事に抱えていた「しろぴよ」くんを良い感じのところにセッティングしながら、「カシャッ」とスマホで写真を撮影する。
そして、良い感じに加工をして、よく利用するメッセージアプリのアイコンにその画像を設定した。
少しすると朱莉から
「姫花、アイコン変えたの~?かわいいね~」
とメッセージが送られてきたが、私はしろぴよくんを抱きかかえながらまだ今日の余韻に浸っている最中だったので、ほんの少しだけ返信は保留にしておいた。
「今日は本当に楽しかったなぁ~」
今日の出来事を思い返しながら、私は自分の胸がドキドキと高鳴っているのを感じていた。
頬も熱くて、顔が真っ赤になっているということは自分でも分かった。
視線を下にずらすと、しろぴよくんの顔が目に入るが、どことなく川瀬に似ている?かもしれないと思った私は、しろぴよくんのことを強く抱き寄せ、ベッドの上でバタバタと悶えながら、今日の嬉しさを噛み締めるのだった___。
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