#15 グーポーズ







___えっ、川瀬…?


 私は信じがたいような、それでいて受け入れがたいような光景を目の当たりにし、その場から一歩も動けなかった。










 今日、私は朱莉に誘われて、ショッピングモール内にある映画館に来ていた。

 朱莉は恋愛ドラマや恋愛映画が好きで、今日も朱莉がずっと見たがっていた恋愛映画を観るためにやってきた。

 今日観る予定の恋愛映画は「学園モノ」であり、数日前に公開したにも関わらず、ネットではかなりの高評価で、既に何回も観たという人がいるくらいであり、私も密かに楽しみにしていた。

 映画館に行くまでの道中で、朱莉は主演の男性俳優さんがイケメンだと力説していたが、生憎私の興味はそこにはないので、適当に聞き流しておいた。


 映画館に到着した後、朱莉が事前に予約をしてくれていた座席のチケットを購入し、飲み物だけを買って映画館の中に入った。

 休日なことに加えて話題作ということもあり、館内には既に多くの人がいて、「予約をしておいて良かったね」なんてことを朱莉と話しながら、私たちは指定の席に座る。

 席に座って周りを見渡してみると、同い年くらいの子が多く、カップルで来ている人たちも多いような気がした。


「彼氏と映画館デートも良いよね~」


 朱莉も周りを見て同じようなことを思ったのか、私にそう話し掛けてくる。


「観終わった後に感想を言い合うのも楽しそう」


 私は朱莉にそう返しながら、頭で一人の男の子を思い浮かべる。


 一緒に映画を見て、その後ご飯を食べたりしながら感想を言い合って…。


 勝手な想像をしたせいで顔が熱くなるが、ちょうど映画館の照明が暗くなったので、隣にいる朱莉にはバレていないはずだ。


 結局、そのまま映画が始まるまで、私の顔の熱さが消えることはなかった。










「ふぇ~良がっだねぇ~」


「もぉ、また朱莉泣いてる」


 映画を観終わり、今はスクリーンの外へと歩いている最中だが、映画のラストから朱莉はずっとこの調子だった。

 朱莉は感動的なシーンに弱く、大体映画を観た後はこんな感じになっている。

 しかし、実際に話題作というだけあり、ラストの展開に私もグッとくるようなものがあった。

 最後の告白シーンでは別の人を思い浮かべたせいで、色んな意味でドキドキとしてしまったが、私も随分と映画の内容に感情を引っ張られているようだった。

 飲み物のごみを捨てた後、映画館の外に出てエスカレーターを下りていると、


「姫花、ボクトイレに行ってもいい?」


 と朱莉が聞いてきたので、一階下のトイレまで移動をし、私は朱莉が出てくるのを外で待つことにした。







 そこでふと周りを見た時に、私は見たくなかった光景を目にしてしまった。







 少し離れた位置にある雑貨屋さんから、見覚えのある男の子が出てきた。

 私服姿を見たことはなかったものの、あれは間違いなく私の知っている「川瀬朔」、その人だった。

 そして、川瀬の隣を見たことのない女の子が並んで歩いており、二人の様子は何だか楽しそうだった。

 二人は手を繋いでいたりはしないものの、親しい関係であることを証明するかのような距離感であり、私の頭には「デート」という言葉がちらついた。


「…あ、えっ、うそ…?」


 私はいきなりの状況に頭が追い付かず、ただこの状況に対して意味のない言葉を呟くことしかできなかった。

 二人はそのまま奥の方に行ってしまい、姿が見えなくなったが、私の目にはさっきの光景が焼き付いたままだった。

 次第に、理解したくもない状況を理解しようと頭が働き出し、胸が苦しくて何かを失ったような喪失感をも感じ始める。

 私は今にも膝から崩れ落ちてしまいそうになるのを堪え、力がうまく入らない足で呆然とただただ立ち尽くす。


「…川瀬って、彼女いたんだ…」


 一度口に出してしまうと、まるでその言葉が本当にそうであるかのように感じられ、呪いのように私の思考を侵食していく。

 すると、ちょうどその時に朱莉が戻ってきた。


「姫花お待たせっ!どこにお昼食べに行こっ…か…?」


 朱莉は私の顔を見て驚いた表情を浮かべている。


「どうして泣いてるの…?」


 朱莉にそう言われて手を顔に近付けると、確かに自分の目からは涙が溢れていた。

 そんなことにすら気付かないほど、私の意識はさっきの光景に囚われていた。


「えぇと、今になって映画のラストに感動したのかも。涙も拭きたいから私もトイレに行ってくるね」


 朱莉の返事を聞かないまま、私は足早にトイレの個室に入り込み、座り込んで顔を覆う。


「うぅ……ぅ……っ……」


 声を押し殺しながら、私は必死に流れる涙を止めようとする。

 しかし、私の涙が止まるような様子は今のところなかった。


「どうしてぇ……」







___川瀬に彼女がいるかもしれないという事実に、今の私は立ち直れそうになかった。










***










 戌亥さんとショッピングモールへ行った次の日、僕は今日のアルバイトを終え、店長に声を掛けてコンビニの外に出た。

 外に出ると、


「おっす川瀬っち、今日もお疲れぇー」


 と言う柄本さんが、予定通りコンビニの外で待っていた。


「柄本さんも遠征お疲れさまです」


「おぉありがとな。二日くらいで結構日焼けしたかもな、あははっ」


 そう言ってお互いに挨拶を交わし、僕はカバンの中に入れていた「約束のもの」を取り出して、柄本さんへと渡す。


「土曜日に戌亥さんと選んできました。他にも候補はあったんですが、僕たちは『これ』を選ぶことにしました」


「中を見ても良いか?」


 柄本さんに頷きを返すと、柄本さんはゆっくりと箱を開いて中を確認する。


「おぉ…これは、めちゃくちゃ良いなっ!」


 箱の中身を確認した柄本さんは、僕が想像していた以上に喜んでくれているようだった。


「やっぱり川瀬っちといぬちゃんに頼んで良かったぜ!」


「戌亥さんはこれで貸し一つだと言ってましたよ?」


「あははっ、それは今度ご飯でも奢らないとな!」


 「ありがとな!」と言っている柄本さんに、頼まれていた誕生日プレゼントを渡す(お金も返した)という予定は済ませたので、僕は自転車の元に向かおうとする。

 しかしその前に、僕はどういう風の吹き回しかは分からないが、柄本さんに向けてこう伝えた。


「明日、どうなるかは分かりませんけど、きっと柄本さんなら何とかなるでしょう。僕も、告白が成功したら貸し一つということで」


 「それだけです」と言って、今度こそ僕は自分の自転車が置いてあるところに移動して、そのまま自転車に乗って自宅へとペダルを踏み始める。

 そうすると、後ろの方から、







___任せとけっ!!







 という柄本さんの大きな声が聞こえてきたので、後ろをチラッと振り返ると、コンビニのライトに照らされた柄本さんが、手をグーにした腕をこちらに伸ばしながら笑顔を向けていた。

 コンビニの前であんなに大きな声を出したら、後で恥ずかしくなるだろうに…と柄本さんのいつも通りの奇行に苦笑しながら、僕は少し、ほんの少しだけ、腕を柄本さんの方に向けながら、グーポーズを返しておいた。










***










 次の日の朝、今週も新しい一週間が始まり、僕はいつものように花壇の水やりを済ませ、教室で本を読んでいる。

 その日は普段よりも集中しており、四宮先生が来るまで教室の喧騒にも気付かなかったくらいだ。

 ホームルームが始まったので耳を傾けていると、


「今日の欠席は愛野さんだけね。愛野さんからは体調不良との連絡があったわ」


 と四宮先生が言っていた。

 その言葉を聞いた瞬間、教室中で落胆するような声が聞こえてくるが、


(あぁ、今日は愛野さんが休みだったから読書に集中していたんだな)


 と、自分が集中していた理由に納得がいった。

 二年生になってまだ一ヶ月と半分くらいだが、愛野さんが休むのは初めてだなと思ったものの、まぁ誰だって体調が悪くなる日くらいはあるよなと、すぐに僕は次の授業のことを考え始めた。


 そうして今日一日は、誰かに干渉されることなく、静かな一人の時間を過ごすことができたのだった。










「ありがとうございましたぁ~」


 この日のバイトは戌亥さんと二人だけの夕方シフトで、ちょうど今戌亥さんが対応してくれていたお客さんが店を出ると、店内にお客さんがいなくなったので、僕と戌亥さんは少しの間一息つく。


「昨日のこーた先輩の顔はどうでしたかぁ~?」


「戌亥さんの予想通り舞い上がってましたよ」


「ふっふっふっ、るかちゃんの予想通りでしたかぁ~」


 柄本さんとのやり取りを話していると、来店を告げる音が店内に響く。


「「いらっしゃいませ(いらっしゃいませぇ~)」」


 戌亥さんと視線を扉の方に向けると、


「お~噂をすればこーた先輩じゃないですかぁ~」


 と戌亥さんが言うように、柄本さんが入ってきたようだった。


「川瀬っち、いぬちゃんお疲れぃ~」


 僕たちにそう言ってくる柄本さんの隣には、会ったことのない女性が並んで立っていた。


「二人に改めて紹介するぜ、俺の『彼女』の『せっちゃん』こと『深森雪菜』さんだ」


 柄本さんが隣の女性を紹介するのに合わせ、隣の女性が優しそうな笑みを浮かべながら口を開く。


「『こーくん』からいつもお二人の話は聞いていて、会うのを楽しみにしていました。『こーくん』の『彼女』の『深森雪菜』です。初めまして」


 「せっちゃん」さん改め、深森さんの言葉を聞き、僕と戌亥さんは顔を見合わせ、同時に


「「おめでとうございます(おめでとうございます~)」」


 と、お付き合いを始めた二人に祝福の言葉を投げかけるのだった。




「こーた先輩ついにやりましたね~」


「いぬちゃん、いえ師匠のおかげであります!」


「ほっほっほっ、もっと崇めよぉ~」


 いつものように茶番を繰り広げている二人を横目に見ていると、深森さんの方から声を掛けられた。


「川瀬さん、いつもこーくんと話してくれてありがとうございます」


 深森さんからどうして柄本さんのことを感謝されているのか分からなかったので、「どういうことですか?」と尋ねると、深森さんは笑顔を浮かべながら、


「こーくんはアルバイトの話をいつも楽しそうに話すんです。そんなこーくんを見ると私もつられて笑顔になっちゃうので、川瀬さんや戌亥さんにはずっと感謝を伝えたかったんです」


 深森さんの話が聞こえたのか、柄本さんは照れたような表情を浮かべている。

 すぐに戌亥さんが「こーた先輩は照れ屋さんですなぁ~」と柄本さんをいじると、「にゃ、にゃんだとう!?」とまた変なノリが始まったが、深森さんはそれを見て楽しそうに笑っているので、まぁ深森さんが楽しそうにしているなら良いかと、僕も二人のことを眺めた。


 変なノリが終わると、「それにしてもぉ~」と戌亥さんが何かを言おうとし始めたので、僕たちの視線は戌亥さんの方に向けられる。


「こーた先輩は~よくこんなに美人なお姉さんを彼女さんにすることができましたねぇ~」


「また俺のこといじってるだろいぬちゃん!せっちゃんが美人なことは間違いじゃないけども!」


「もぅ、こーくんってば」


 戌亥さんが言うように、深森さんは誰が見ても「美人」だと言うほどに整った容姿をしており、これまでに柄本さんが話していたことは嘘ではなかったんだと、僕は驚きを隠せないでいた。

 深森さんは、年上の優しいお姉さん感というものが全身から溢れており、戌亥さんの言うことも一理あるなと変なところで納得をしていると、深森さんの腕に見覚えのあるものが付けられていることに僕は気付いた。

 戌亥さんも気付いたのか、「おっそれは~」と深森さんのブレスレットに視線を向けていた。


「お二人にはもう一つ感謝をしないといけませんでした。素敵な誕生日プレゼントをこーくんの代わりに選んでくれたんですよね?ありがとうございます。とっても可愛くてすぐに付けちゃいました」


 そうして腕に付いている「ブレスレット」を見せる深森さん。

 そのブレスレットは、ゴツゴツとした装飾が沢山付いていないシンプルなデザインであり、アクセントに雪の結晶と青い薔薇の形をした装飾が付いているのがポイントで、深森さんの「雪」という名前の部分と、誕生日の五月に咲く薔薇がちょうど意味を成しているように思い、僕たちはこのブレスレットにした。

 実際に嬉しそうに付けている深森さんの姿を見て、これを選んで良かったと内心で少しホッとしたのは秘密だ。


「二人のおかげでせっちゃんにも喜んでもらえたから、改めて選んでくれてありがとな!」


 柄本さんがそう言うと、


「でもこーくん、次はきちんと自分の力で選ばないといけないですからね?」


 と深森さんが冗談交じりにそう言うのを聞き、柄本さんが「ご、ごめんよぉせっちゃん」と小さくなっているのを見て、何となく二人のパワーバランスが垣間見えたような気がした。


 そのまま四人で少し話していると、他のお客さんがコンビニに入ってきたので、


「それじゃあ俺たちはこの辺で」


 と言って、柄本さんたちはコンビニから出て行った。




 お客さんの対応をしながらも、「とりあえず柄本さんの恋が実って良かった」なんて、自分らしくもない前向きな「恋愛」思考にかぶりを振りながら、今回はアルバイトでお世話になっている先輩に恩を返しただけだと、自分自身を言い含め納得させた。


 その後は、ここ数日の自分の様子に違和感を覚えながらも、隣で「『雪姉』の圧倒的バブみ、バブバブ~」と変なことを言っている戌亥さんと一緒に、アルバイトの業務に勤しむのだった___。






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