#13 頼み







 柄本さんとご飯を食べに行った次の日、僕は前でブーブー言っている戌亥さんの相手をしていた。


「はじはじだけずるいです~」


「そうは言っても、昨日戌亥さんはシフトに入ってなかったじゃないですか」


「呼ばれたら行きますよぉ~こーた先輩の奢りとかいうそんな面白いことがあったらぁ~行くしかないじゃないですかぁ~」


 昨日、僕と柄本さんの二人だけでご飯を食べに行ったことに、ご不満な様子の戌亥さん。

 昨日の話題的に、戌亥さんにもいて欲しかったところではあるのだが、戌亥さんも参加していたら今頃柄本さんは一文無しになっていただろう。


「面白いかどうかはさておき…まぁ一応僕はデザートまで頼みました」


「ふっふっふっ流石はじはじです~主も悪よのぉ~」


 そうして戌亥さんと会話をしていると、噂をすれば柄本さんが休憩室に入ってくる。


「おっす、二人ともお疲れぃー」


「こーた先輩、なんでるかちゃんにも奢ってくれなかったんですかぁ~?」


「それは…いぬちゃんなら『メニュー全品頼みましょうよ~』なんてことが起きそうだからな!あははっ」


 「そんなことしませんよ~、たぶん」と、戌亥さんは未だにブーブー言っているが、完全に否定していないところから本当に戌亥さんなら頼んでしまいそうな感じもするのが恐ろしいところだ。


「っと、そんなことより、二人に頼みたいことがあるんだけどいいか?」


 柄本さんはそう言ってパイプ椅子に腰を下ろした後、カバンをガサゴソと漁って、一枚の封筒を取り出す。


「このお金で、俺のかわりに『せっちゃん』のための誕生日プレゼントを買ってきてくれないか?」


 急な柄本さんからの提案に、僕と戌亥さんは首を傾げる。


「誕生日プレゼントなら、自分で選んだモノの方が良いんじゃないですか?」


 僕が思ったことをそのまま口にすると、柄本さんが-僕たちにとっては-そう頼んでくるのも納得せざるを得ない言葉が返ってきた。


「川瀬っちの言う通りなんだけどさ…その、俺って絶望的にセンスないじゃん?」


「「あぁ…」」


 柄本さんの情けない返答を聞き、僕はこの前のホワイトデーの時を思い出した。










 ホワイトデーの日、柄本さんは戌亥さんから貰った「友チョコ」のお返しを事前に用意していて、その日のバイトの休憩時間に用意したものを戌亥さんへと渡していたのだが、それが…まぁ何というか、個性的なものだったのだ。

 チョコはチョコなのだが、パッケージには何故か変なおじさんのキャラクターがでかでかとプリントされており、流石の戌亥さんも


「誰ですかこのおじさん?」


 というように、いつものマイペースさがすっかり消えるほど、驚きと困惑を隠せないでいた。

 それを「ネタ」として買ってきたというのなら反応もできたのだが、


「これ海外のチョコなんだけど、めっちゃうまいんだよな!」


 と柄本さんは本気でこのチョコをお返しとして選んできたようだった。

 そしてその時、僕は触れない方が良いかもしれないことに気付いてしまった。


(もしかして…)


 と聞くかどうかを迷った挙句、思い切ってその気になったことを柄本さんに尋ねた。


「あの…もしかしてですけど、『せっちゃん』さんにもこのお返しをしたなんてことはありませんよね?」


 僕の尋ねたことに対する柄本さんの返答を、戌亥さんも固唾を呑んで見守っていた。

 恐らく、この時の二人の気持ちは「違うと言ってくれ」だっただろう。

 しかし、現実とは非情なもので、


「おっ、よく『せっちゃん』にもこれを渡したのが分かったな川瀬っち!」


 と柄本さんは宣(のたま)った…。


 そこからは戌亥さんが中心となり、柄本さんの絶望的なセンスのなさをひたすらいじる時間が続いた。


「『せっちゃん』はめっちゃ笑ってくれてたもん!嬉しいって言ってくれたもん!」


 柄本さんは僕たちの「口撃」に何やら反抗していたが、最後は「…マジデスカ?」と自分のセンスのなさを自覚したようだった。




 そのようなことがあったので、柄本さんのセンスには期待しないというのが僕と戌亥さんの暗黙の了解になった。

 …チョコ自体は「意外と美味しいですねぇ~」と戌亥さんは言っていた。










「だからさ、今回の誕生日プレゼントは二人に選んで欲しいんだ」


 確かに、前回のことを思えば柄本さんが選ばない方がきっと良いのだろうが、


「それならぁ~三人で選べば良いのではぁ~?」


 と戌亥さんが言うように、完全に僕たちに任せっきりじゃなくても良いのではないかと思ったのだ。

しかし、柄本さんが言うには、


「俺もそうしようと思ったんだけど、明日の授業終わりにすぐ部活の遠征に行くことになってさ、帰ってくるのが日曜の夜だから買いに行くタイミングがないんだ」


 とのことで、確かにそれはタイミングが悪いなと、僕と戌亥さんの二人は考える素振りを見せる。

 そして顔を上げた戌亥さんは、「仕方がないですね~」といつもの調子で柄本さんにこう言った。


「そういうことなら分かりましたぁ~るかちゃんとはじはじで誕生日プレゼントを買いに行きますよ~」


 戌亥さんは柄本さんの頼みを聞くことに決めたようで、ついでに僕の参加も強制的に決まったようだ。

 「本当か!?恩に着るぜ、いぬちゃん、川瀬っち!」と柄本さんは嬉しそうな顔をしているが、戌亥さんと誕生日プレゼントを買いに行くにあたり、どうしても確認しておかなければならないことがあったので、僕はそれを戌亥さんに問い掛ける。


「僕も買いに行くこと自体は構いませんが、戌亥さんと僕が買い物に行くことを『たーくん』さんは良しとしているのですか?」


 僕は「たーくん」さんと会ったことがないため、彼女である戌亥さんが他の男子と外出することを嫌う性格だった場合、面倒事になるようなことは避けたかったので、事前のリスクマネジメントとして戌亥さんにそう伝えた。

 しかし、戌亥さんは「ふっふっふっ」と笑みを浮かべながら、「少々お待ちを~」と言いつつスマホを取り出し、何やら文章を打ち込んでいる。


「返信がきましたぁ~」


 「これを見てくだせぇ旦那ぁ~」と言いながら、戌亥さんがスマホの画面を僕に向けてくるので、その画面を見てみると、


『了解であります!川瀬さんにも大丈夫と伝えてくださいであります!』


 とのメッセージの返信が表示されており、戌亥さんはドヤ顔を浮かべた。


「『たーくん』は、るかちゃんの交友関係に何かを言うような器の小さい人間ではないのです~ぶい(ピース)」


 「それにはじはじのことはいつも『たーくん』に話しているので~」とのことらしく、どうやら僕と戌亥さんの外出は『たーくん』さん的にも問題がないということだった。


「まぁ、そういうことなら…」


 そうして、二日後の土曜日に誕生日プレゼントを買いに行くということが決まった。

場所も戌亥さんの希望により、電車に乗ってここから数駅先のショッピングモールとなった。

 戌亥さんは元々その日発売予定のCDを買うため、そのショッピングモールに行くつもりだったらしく、都合も良いということでその場所になった。

 それに加え、柄本さんの情報によると、


「『せっちゃん』は小物とかアクセサリーとかが好きって言ってたな」


 とのことで、そのショッピングモールには雑貨屋が多いということも理由の一つだ。


「それじゃあ二人とも頼んだぜ。日曜の川瀬っちがバイトしてる時間帯にはこっちに戻ってきてるだろうから、川瀬っちのバイトが終わる時間にここの外で待っとくからよろしくな」


 柄本さんから封筒を渡されたので、このお金は責任を持って僕が預かっておくことになった。

 「二人のセンスに期待してるぜっ!」と中々にウザいウインクをしながら柄本さんは休憩室を出て行った。


 その後は、休憩時間を使って戌亥さんと当日の予定を決めながら、どんなモノが良いのかについて二人で頭を悩ませるのだった。










***










 次の日、ちょうど今は昼休憩の時間である。

 いつものようにコンビニから貰ってきたご飯をついさきほど食べ終わり、人もまばらとなっている教室で僕は静かに本を読んでいる。

 しかしその一方で、頭の片隅では「女性にプレゼントするモノは何が良いのだろうか」ということについても考えていた。


 少し時間が経ち、珍しく愛野さんが食堂から早い時間に教室へ戻ってきて、そのまま僕の方にやってきた。


「川瀬はもうお昼ご飯食べたの?」


「食べましたよ。今日は教室に戻ってくるのが早いですね」


「朱莉が五時間目の小テストのことを忘れててね…それでいつもより早く戻ってきたの」


「なるほど、そうでしたか」


 そのまま愛野さんは僕の隣の空いている席に座り、「それでね、朱莉ってば…」といつものように僕に話し掛けてくる。

 その話に相槌を打ちながら、これは良い機会なのではないかと僕は思い、


「愛野さんに聞きたいことがあるのですが、聞いても良いですか?」


 と愛野さんの知恵も借りることにした。

 そうすると、愛野さんは「えっ!?何でも聞いてっ」と何故か嬉しそうな顔をしていたので、どうして嬉しそうなのかは分からないものの、とりあえず考えていたことを愛野さんに尋ねた。


「小物やアクセサリーを好きな女性が、貰って嬉しそうなものって何かありますかね?」


「…えっ」


 その瞬間、愛野さんの表情が固まり、嬉しそうな表情が嘘みたいに消えていった。

 しかし、「どうかしましたか?」と僕が声を掛けると、


「…あっ、うぅん、何でもないっ」


と愛野さんはいつもの表情に戻ったので、僕の勘違いだったのだろうか?

 そのまま愛野さんは僕の質問に答え始める。


「えと、小物とかアクセサリーが好きな人…かぁ。その人との関係性にもよるけど、無難なのはハンドクリームとかの消耗品だと私は思う」


「形に残るようなものは、関係性次第では受け取りづらいものにもなるってことですよね?」


「…うん。ただ、アクセサリーが好きならヘアピンとかブレスレットとかは個人的にだけど受けが良いかも。自分で買ったアクセサリーしか付けないって人もいるかもだけど、自分の好きなものを貰って嫌がる人は基本いないと思うし…」


「確かにそうですね」


 愛野さんからの回答で、僕は何となくだが、プレゼントのイメージが湧いてきた。

 戌亥さんもいるので当日の心配はしていないのだが、一応一緒に買いに行く予定の僕が、何も考えていないというのは戌亥さんにも迷惑が掛かると思ったので、愛野さんに話を聞けたことは良いきっかけとなった。


「ありがとうございます。おかげで少しイメージが湧いてきました」


「あっ、うん、力になれたのなら良かった」


 愛野さんの様子には、ほんの少し違和感があるようにも思えるが、僕が愛野さんの話の途中でどうでもいいことを聞いたのが少し気に障ったのだろう。


「…あのさっ、川瀬、その相手…」


 僕が愛野さんの様子について考えていると、愛野さんから何か話し掛けられたような気がしたのだが、食堂から戻ってきた他の生徒たちの喧騒で上手く聞き取ることができなかった。

 何て言おうとしたのか愛野さんに聞き返そうとするが、


「…みんな戻ってきたし私も席に戻るね」


 と愛野さんは言って、そのまま自分の席へと戻って行ってしまった。




 愛野さんが席に戻る際にちらっと見せた、何かを堪えているよう表情が、何故か僕の頭からしばらく消えないのだった___。






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