#10 探偵







 今、僕は昼休みの校舎内を歩き回っている。

 どこかに身を隠せそうな、いや、誰にも気付かれないような場所があるかどうかを探し回っているのだ。


 何故だか全く分からないが、最近愛野さんからよく話し掛けられる。


 朝や帰る時はもちろんのこと、授業と授業の間や昼休憩まで、気付けば愛野さんと会話をしているような気がしている。


 そこで問題となっているのが、周囲の視線だ。


 最初は意識しないようにしていたし、愛野さんからこんなにも毎日話し掛けられるとは思ってもみなかったため、これまでは何となく無視して過ごしてきたが、流石に最近の状況には「待った」をかけざるを得ない。

 愛野さんは「自分が見られること」が当たり前の世界で生きているため、特に気にしている様子はないが、僕は男子から「嫉妬」交じりの視線を向けられたくはないのだ。

 男子たちから相手にされなくなるくらいならむしろ願ったり叶ったりだが、毎日通う学校の居心地が悪くなるのは、普通に面倒臭いので避けたいと思っている。


 しかし、それとなく「僕にばかり話し掛けない方がいいと思いますよ?」と伝えてみると、


「…別に私が誰と話そうが私の勝手じゃん」


 というように、愛野さんの機嫌が何故か悪くなって大変だった。


 そのため、今僕は心の平穏を求め、校舎中を大冒険しているというわけなのだ。

 さながら真実(人がいないところ)を追い求める探偵のような心持ちだが、全くというほどそんな都合の良い場所は見つからない。

 小説や漫画では、主人公だけが使える「空き教室」や「屋上」なんて場所がよく登場するが、現実はそれほど甘くないということだろう。


 数分間ぶらぶらと歩き続けて、ついに端っこの音楽室にまでたどり着いてしまい、諦めて教室に戻ろうとすると、音楽室の中から小さくではあるが、誰かの声が聞こえてきた。

 探偵気分が抜けていなかったのか、僕が少し気になって音楽室の扉に耳を当てた瞬間、


「わっ」


 と後ろから小さく脅かすような声が聞こえてきた。

 しかし、実は後ろからこっそりと近づく足音が聞こえていたので、特に驚くこともなく後ろを振り返ると、その脅かしてきた相手の方が逆に驚いた顔をしていた。


「…驚いた。まさかボクの脅かしに動じない人がいるなんて」


 後ろにいた人は、肩まである青みがかった髪を外はねにしている女子生徒だった。

 身長は160センチくらいだろうか。

 どこかで見たことあるような顔をしているが、僕は思い出すことができなかった。


「君も中の様子が気になったの?」


 驚きから立ち直ったその人が、僕にそう尋ねてくる。


「まぁそうですね。中から声が聞こえたので」


 そう答えると、その人も僕と同じように教室の扉に耳を当て始めたので、傍から見たら二人の生徒が扉に耳を当てている変な状況となっている。


「ボクは中にいる女の子の友だちなんだけど、心配でついてきたんだよねぇ」


 確かに音楽室の中から、男子の声と女子の声が聞こえており、よくよく耳を澄ましてみると、


「これは…告白ですか?」


「そそ。ちょうどこの扉の先は告白現場ってわけ」


 とその人が言うように、どうやら扉の向こうでは告白が行われており、今まさに「付き合ってください」という男子の声が聞こえてきた。


「相手は吹奏楽部の部長さんらしいよ。でも結果は…」


「結果が分かるんですか?」


 僕がそう尋ねると、「すぐに分かるよ」とその人が言うので、僕は耳を澄ます。


『ありがとうございます。先輩の気持ちはとても嬉しいです。でも、ごめんなさい。私は先輩とはお付き合いできません』


『…っ。理由を聞いても良いかな?』


『それは…』


 中にいる女子の告白を断る声を聞いた瞬間、僕は聞き覚えのある声だなと感じた。

 そしてその疑問を解決するかのように、隣の女子が口を開いた。


「やっぱり姫花は告白を断ったね」


 予想通りというべきか、今、この中で吹奏楽部の部長から告白をされていたのは、愛野さんだったようだ。


「なるほど、あなたには告白を断ることが分かっていたんですね」


「そゆことっ」


 告白されている相手が愛野さんだと予想していた間に、


『今日は時間を作ってくれてありがとう』


 と告白が終わろうとしているので、僕は扉から耳を離し、その場を後にしようとする。

 盗み聞きしていたなんてことが愛野さん本人に知られたら、何が起こるのか分からないし、噂にでもなれば余計に学校の居心地が悪くなることは目に見えているからだ。


「それでは僕はこれで。もちろん今のことは誰にも言わないので、僕がここにいたことも他言無用でお願いします」


「え、ちょっ、君ってば」


 後ろで何か言っている声が聞こえるが、僕はそのまま教室へと引き返した。


 結局、どこかに避難するという計画は諦めることにし、明日からも普通に教室で過ごすことに決めたのだった。










☆☆☆










「ありゃ、行っちゃった…」


 ボクと一緒に盗み聞きをしていた共犯者?は、振り返ることなくこの場を去って行った。

その少し後に音楽室の扉が開き、ボクの「親友」が先に廊下へと出てきた。


「先輩はまだ中?」


「うん。もう少し音楽室にいるだって」


「そっか」


 そのまま二人で歩き出すも、「親友」の表情は少し暗い。

 いつも告白をされた後はだいたいこんな感じで、告白を断ったことに対して申し訳なさそうな表情を浮かべている。

 そんな暗い顔は「親友」には似合わないので、「親友」の頬に手を伸ばし、頬をぷにぷにと触ることにする。


「ちょっ、え!?なんなの、もぉ!『朱莉』ってばっ!」


「いや~、姫花のほっぺた見てたら触りたくなっちゃって!」


「もぅ、何それ…ふふっ」


 その後「…朱莉、ありがとね」と姫花が感謝を伝えてくるが、ボクがとぼけるように「なになにぃ?そんなにほっぺた触られたかったの?」と返すと、「ち、違うわよっ!」と打って変わって、ぷんぷんと「怒ってます!」というような表情を浮かべた。


「まぁまぁそう怒んないでよ。てか、聞いてよ姫花!今さっき変な男の子に出会ったの!」


「変な男の子?」


「そうそう!ボクが後ろから脅かしても全然びっくりしないんだよ!?」


「朱莉は何をしてるの…」


 姫花は呆れた表情を浮かべたものの、ボクの目にはいつもの調子に戻っているように見えた。


「その男の子の名前は何て言うの?」


「いや?聞いてないし、何ならボクも名乗ってないや」


 「本当に朱莉は…」と更に呆れた様子を見せる姫花だったが、


「どんな感じだったのその男の子は?」


 と聞いてきたので、ボクは自信満々にこう答えた。


「なんかね~『探偵』みたいな感じがしたよ!」




 「…ん?」と本当に何がなんだか分かっていないような姫花の表情に、ボクは我慢できずに思わず笑ってしまったのだった。










***










 昼休憩が終わり、僕は今、体育の授業を受けているところだ。

 体育館を半分ずつネットで仕切り、男女に分かれてバスケットボールの授業が行われているのだが、男子たちの視線は前で説明をしている体育教師よりも、隣の女子たちに釘付けだ。

 隣のコートには愛野さんがいるため、ほとんどの男子たちがカッコいいところを見せよう!というような気迫に溢れている。

 時々愛野さんたち女子グループがこちらに視線を向けると、


「俺のこと見たって!」


「絶対今俺のことを目で追ってたわ!」


 と男子たちが盛り上がっているのを見ると、どこか冷めた気持ちになってしまうのも仕方のないことだろう。


 準備体操と簡単なシュート練習が終わり、男女どちらのコートでも試合形式のゲームが始まろうとしている。

 僕は率先してコート外に座り、ゲームに参加したい男子たちの輪から外れる。

 そうしてとりあえず十人の参加者が決まり、半分に分かれてのゲームが始まった。

 適当なタイミングでプレイヤーは交代していくらしいが、やりたくないオーラを出し続けていれば、このまま座っているだけで授業を終えられるかもしれない。

 男子たちのコートでは、バスケ部の男子たちが隣のコートを意識しながら派手なプレーをしている一方で、女子たちのコートは、何とも平和なバスケが行われている。

 チーム分けも、恐らく経験者と初心者がちょうど混ざるようなバランスの良い分け方になっており、みんなが得点できるような雰囲気が流れている。

 ピンク色の髪をしていることでよく目立っている愛野さんの動きに注目してみると、恐らく経験者サイドだと思えるほどの上手なプレーをしており、運動神経も良いんだなと僕はぼんやり考えていた。

 僕がちょうど見ていた時に、愛野さんもこっちを振り返ったことで一瞬目が合ったのだが、愛野さんはすぐに視線を反らした。

 少し距離が離れているので、あまり良くは見えなかったが、一瞬愛野さんが嬉しそうな表情をしていたのは気のせいだろう。


 そうして意識を男子のコートに戻した直後、男子の方の授業を担当している体育教師がコート外で座っていた生徒の方に来て、


「それじゃあここの三人、今からあっちのチーム入るように」


 と指示を出した。

 その三人の中に僕は含まれており、不本意ながらバスケのゲームに参加することになってしまった。

 コートの三人と交代をした直後(恐らく変更のない二人はバスケ部なので、チームバランス的に残されたのだろう)、「ピッ!」という笛を鳴らす音が聞こえ、ゲームが再開される。

 ゲームに参加してしまった以上、僕がすることは「いかに参加しているように教師に見せるか」ということである。

 ボールを追っているような動きを見せつつ、同時に味方のパスコースに近寄らないことで、一度もボールに触らないまま参加した感を出すという高等技術だ。


 そうして、なんとなくゲームに参加している風を装っていると、味方がボールを弾いてしまい、僕の方にボールが転がってきた。

 ボールを取ると、相手チームのバスケ部の一人が、ボールを奪おうと僕の方に突っ込んでくる。

 このまま相手に奪われるのもそれはそれで違うしなぁと思った僕は、そのバスケ部の男子の股下を狙ったパスをその先にいる味方に出すことにした。

 ボールは予想通り味方に渡り、そのままその味方がレイアップシュートで点数を決めた。

 股下からパスを通されたバスケ部の男子は驚いた表情を浮かべた後、僕に何か思うところがあるような視線を向けてきた。

 その目は、いつも愛野さんが話し掛けてくる時に教室で感じるものと近かった。

 恐らくだが、バスケで愛野さんにカッコいいところを見せようとしていたのに、僕に水を差されたとでも考えているのだろう。

 もしそうだとしたら迷惑極まりない話ではあるが、彼は味方からパスを受け取った後、僕の方にドリブルをしてきているので、強ち間違いでもないようだった。

 とりあえず、彼の名誉のためにも適当にブロックをして抜かれようと思っていたのだが、彼は中々僕のブロックを突破し切れないでいるようだった。


(…あれ?)


 そうして、彼は埒が明かないと思ったのか、どう見ても三回以上歩きながら(トラベリングしながら)、僕の横を強引に突破しようとした。

 彼が勢いよくボールを上に掲げようとした瞬間、そのボールが僕の顔にぶつかり、僕は後ろに倒れて尻もちをついた。




 「ピピッ!」と笛の音が聞こえ、体育教員がこちらに走って近づいてきている。

 僕は鼻辺りに若干の痛みを感じながら下を向くと、体育館のフローリングには点々と血溜りができていたのだった___。






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