第二章 二年生編 クラス替え

#7 二年七組







 昨日コンビニで貰ってきたおにぎりを口にしながら、今日の予定を頭で確認する。


 (今日は半日で学校が放課後となるから、お昼は家で食べるとして、バイトもあるし…)


 去年よりも少しゆっくりとした朝の時間を過ごし、コップを洗った後僕は家の外に出る。

 と言うのも、花の水やりで早くに学校へ向かう必要がないため、これまでよりも遅い時間に自宅を出発したというわけなのだ。


 学校に近づくにつれ、段々と通学路を歩く生徒の数が多くなっていく。

 そう言えば、委員会が始まる前の登校はこんな感じだったかと、随分と前のようにも思える記憶を引っ張り出しながら、僕は学校の駐輪場に到着し自転車を停める。

 校門の前にはたくさんの生徒が群がっており、そこから喜びの声や落胆の声が聞こえてくる。

 集団の間を通り抜けながら、今年度の自分のクラスを確認する。


(えぇと、川瀬朔、川瀬朔…おっ、あった)


 二年七組のところに自分の名前があることを確認できた僕は、そのまま二年七組の下駄箱のところに移動する。

 担任の教師は去年と変わらず四宮先生であり、早くも一学期の三者面談のことを考えて少し憂鬱になるが、決まったことはしょうがないと早々に諦め、校舎内を歩き進む。

 新入生らしき生徒たちがよく目に入るが、緊張しているような様子はあるものの、これから始まる高校生活にどこか期待しているような初々しさというものも同時に感じられる。

 自分の時はどうだったかと思考の海に潜ろうとするが、「期待」なんて言葉とは無縁だったなと、馬鹿みたいなことを考えようとした自分自身を鼻で嗤った。




 そうこうしている間に二年七組の教室に到着し、黒板に貼られている座席表を確認すると、三列目の一番前であった。

 前回も名簿順では一番前であったが、四宮先生なら今年も初日から席替えを行うはずなので、あまりこの座席に意味は無いようにも思える。

 教室の後ろの方では、早くもこのクラスの賑やかし担当になりそうな男子や女子が集まって騒いでおり、どのクラスになってもクラスの雰囲気は変わらないんだなと感じた。

 席に着くと、すぐにホームルームが始まるまで手持ち無沙汰になった僕は、カバンから小説を取り出し、静かに読書を始めた。




 しばらくすると教室内がより騒がしくなり、廊下の方に目を向けると、学校一の美少女と噂の愛野さんがこのクラスに入ってくる。

 愛野さんは、黒板で座席表を見た後、自分の席に移動してカバンを置いている。


 どうやら今年は愛野さんと同じクラスらしい。


 後ろの方では、


「今年一年最高過ぎる!」


「二年生は修学旅行もあるし、マジで俺運使ったわ」


「私、愛野さんと初めて同じクラスになったけどやっぱり可愛いよねー」


「それな~」


 など、愛野さんと同じクラスになれたことを喜ぶような声が聞こえてくるが、僕は内心では「何か面倒臭いクラスになったかもなぁ」と思わずにはいられなかった。


 いつも注目をされている愛野さんの立場を考えると、思わず同情をしたくなるような視線の数だが、そんな愛野さんは「当たり前」のような涼しい顔をしているのが少し驚きだ。

 ちなみに、どうして愛野さんが「涼しい顔」をしているなんてことが分かるかと言うと、その愛野さん本人が僕の元にやって来たからだ。

 「川瀬っ」と声を掛けられたので、僕は愛野さんの方に視線を向けた。

 愛野さんのことを初めて間近で見たが、確かに学校一の美少女と言われているのにも納得できるような整った容姿をしており、綺麗で穢れを知らないような、透き通った大きな瞳がこちらに向けられている。


「ねぇ、何の本読んでるの?私、愛野姫花って言うの。今日から同じクラスだしよろしくねっ♪」


 愛野さんは人懐っこい笑みを浮かべながら、僕にそう話し掛けてくる。


「あ、はい、初めまして。川瀬朔と言います。よろしくお願いします」


 『初めまして』という言葉に何か引っかかったような反応を見せた愛野さんだったが、それは一瞬のことで、すぐに愛野さんは元の表情に戻り、僕と目線の高さを合わせるかのようにその場にしゃがんだ。


「読んでいる本は、フランツ・カフカの『変身』ですね」


「うわぁ~難しそうな本だー。川瀬は本読むの好きなの?」


 クラスの全員にする自己紹介程度の挨拶回りだと思っていたので、話を続ける愛野さんのことを不思議に思いつつ、僕も会話を続ける。


「まぁ好き?ですかね。本を読むこと以外にすることがないからっていう理由が大きいような気もしますが」


 「なるほど」と頷きながら僕の話を聞いている愛野さん。


「私、小説とか全然読まないから、文字ばっかりの本を読めるのとか尊敬するなぁ」


「読んでいると自然に慣れてきますよ」


 「それじゃあ…」と、上目遣いでこちらを見つめてくる愛野さん。


「今度で良いからさ、川瀬のオススメの本、私にも教えてよ」


 少し照れた様子を見せながら、「…だめ?」と僕に尋ねてくる。

 どうして初対面の僕にここまで介入してくるのかはさっぱり分からないが、これも噂に聞いていた愛野さんが「優しい」と言われている理由の一つなのだろう。


 どんな相手にでも-例えば僕のような一人でいるヤツにも-こうして接することができるのは、誰にでもできることではないだろう。


 愛野さんの人気は、愛野さんの容姿だけではなく、本人の立ち振る舞いにも裏付けされたものだったんだなと勝手に解釈をする。

 つまりこれも、「オススメの本」を本当に今度紹介して欲しいというわけではなく、恐らく(その場しのぎと言うと聞こえは悪いが)僕と話すための社交辞令的な会話だと考えられるため、こちらもその意を汲み取り、


「機会があれば」


 と当たり障りのない返答をしておくことにした。


「…ほんとっ?」と想像以上に嬉しそうな表情を浮かべた愛野さんは、「改めてこれからよろしくねっ」と言い残し、その表情のまま他のクラスメイトの女子のところに向かって行った。

 「えっ、社交辞令だよな?」と思いながらも、もう一つ愛野さんに対して引っかかるところがあった。


(どうして愛野さんは最初から僕の名前を知っていたんだ…?)


 今まで一度も話したことはないのにどうして名前を知っているのか、謎は深まるばかりだが、どれだけ考えても答えは分かりそうになかったので、「まぁ座席表で名前を見たんだろう」と結論付け、再び視線を小説の方に向けるのだった。










***










 入学式兼始業式が終わり、教室に戻ってくると、自己紹介もほどほどに予想通り席替えが行われている。

 座席の番号が書かれた紙を取り、番号を確認すると、窓側の一番後ろの座席だった。

 どの席が良いとか悪いとかは個人的にないが、教室を見渡した時にあまり目立たないような座席になれたことは中々の幸運であろう。

 教壇の教師からは教室の後ろ側の方が逆によく見えるなんてことを耳にするが、見られて困るようなことはないので問題なしだ。


 全員がくじを引き終わり、座席を移動すると、教室中で席に喜ぶ声や悔しがる声が聞こえてくる。

 特に廊下側では大きな盛り上がりを見せており、どうやら廊下側の一番後ろの席が愛野さんだったことが原因だろう。

 ちょうど反対側ということもあり、距離も遠いので授業で関わることはほとんどないなと思っていると、愛野さんがこちらをじっと見ていることに気が付いた。

 愛野さんは、自身が手に持つくじの紙を見ながら、何やら悔しそうな顔をしており、僕と僕の隣の席になった女子(その女子は前の席の女子と話しているため、愛野さんの視線に気付いていない)を交互に見つめている。

 愛野さんは窓側の席が良かったのかもしれないと勝手に予想していると、四宮先生が「席に移動できたわね?それじゃあ一度席に着いてこちらを見てちょうだい」と言ったことで、僕は黒板の方に視線を戻した。

 その後は二年生の学校生活や行事についての説明が行われ、そのまま今日の学校は終わりとなった。




 ホームルームが終わり放課後となったので、僕はすぐに帰る準備を始める。

 他の生徒たちはまだ教室に残っており、「今から親睦会も兼ねてカラオケに行く人ー?」とクラスの男子グループが言って盛り上がっているが、僕は全く興味ないのでそのまま教室の外に出る。

 すると、すぐに後ろから「川瀬」と声を掛けられたので振り返ると、教室から顔を覗かせている愛野さんの姿が目に入る。


「川瀬、バイバイ」


 と笑みを浮かべながら愛野さんが手を振ってきているので、とりあえず会釈を返してその場を後にした。




 外に出て、自転車を乗っている最中も


(どうして愛野さんは僕に構ってくるんだ?)


 と頭を悩ませていた僕だが、結局その答えにたどり着くことなく、僕は自宅に到着するのだった___。










***










 昼ご飯を済ませてしばらく経ち、今僕はアルバイト先に自転車で向かっている。

 シフトの時間前に到着し、レジに立っていた店長に挨拶をして休憩室に入ると、「待ってました!」というような顔をしている戌亥さんが、その場で仁王立ちをしていた。


「お疲れさまです、戌亥さん」


「ふっふっふっ、はじはじのことを待っていたぞよぉ」


「一応聞きますけど、どうして待っていたんですか?」


 そう聞くと、「ちょいと待たれぃ」と言い、ガサゴソと何かを取り出す戌亥さん。

 そして、「これを見たまえ~」と言って、手に持っているモノを前に差し出す。


「これは、ギターですか?」


「ご名答です~、ついにるかちゃん、自分のギターを買っちゃいましたぁ~ぶいぶい」


「あぁー、前に言ってたやつですか」


「そうです、そうです~、ばば~んと散財してきました~」


 戌亥さんは「欲しいギターがあるんですよ~」と何回か口にしていたが、どうやらそのギターを購入できたようだった。

 戌亥さんは、見かけによらず?見た目通り?音楽をしているそうで、ギターを弾くのが趣味だと僕も聞いていた。

 テレビや携帯電話がないので、最近の流行には無頓着な自覚がある僕だが、戌亥さんから最近の音楽の話を聞くことも多かったりする。


「このギターで文化祭の有志発表に出るのもありですなぁ~」


「落とさないように気を付けてくださいね」


 「たーくんと同じことをはじはじにも言われちゃいましたぁ~」と笑っている戌亥さんと会話を続けながら、僕はバイトの準備の方も進めていく。







 結局、今日はバイトが終わるまで戌亥さんのギター自慢に付き合わされるのだった。






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