14.悪童ふたり
「ど、どうしよう…」
シェフと金髪の男の戦いは、私には収拾をつけれそうになかった。
シェフはともかく、相手の男も徐々にヒートアップしている様にみえるし、もしかしたら二人は似たもの同士なのかもしれない。
あわわ…
私はどぎまぎと見守ることしかできなかった。
そんな私の肩に、突然大きな手がのしかかかり、私はびくっと身体を跳ね上げる。
「きゃっ」
「オイ、お嬢ちゃん。あそこで暴れてるやつの片方。料理店のキャディじゃねぇだろうな?」
野太く深みのある低い声。その問いかけに私はすぐに、答えられず、後ろを見上げるように振り返った。
右目と身体の腕を含む右上半身が
タイプでいうと、最初に料理店に来ていた大柄の機世界人達と近しいが、彼らよりとても大きい。
壮年の顔つきで、文字の入ったライト付きのヘルメットをかぶっている。
「あ、そうです…すいません」
シェフとは知り合いなのだろうか、彼の威圧感に私は反射的に謝ってしまった。
「…ったくよ、あの野郎」
巨漢の機世界人はドスドスと前にでた。羽織っているビブスのようなジャケットの背には《ミキーネ自警団》とでかでかと書かれていた。
「オイッ!!!キャディなにしてやがんでいッッッ!!」
ビリビリと空気を裂くような大声。
「ガ、ガインダンのおっさん!?」
シェフはすぐさまこちらに顔を向け、口を開ける。
その時、相手の金髪の男の放った攻撃を避けた直後、すぐさまこちらに跳んでくる。
「おっさん、なんでこんなとこに」
「うるせぇ、ワシは自警団の仕事だ。てめぇはなにしにきやがったんでい。お嬢ちゃんが困ってたぞ」
「うっわ、わりぃ、カコ…。いやでも、危なそうなやつがきてよ…」
「言い訳すんじゃねぇ!!」
ガインダンと呼ばれた男は、そう怒鳴ったあと、金髪の男のほうにむきなおった。
「てめぇは?」
睨まれた男、ジャックスはその巨漢の機械の姿に驚く。
(なんだってんだよ、どうなってやがる。カオス現象とかいうやつに関係してんのか?)
「あ?そっちこそ誰だよ。さっきはそいつから喧嘩うってきたんだぜ」
それを聞いてガインダンはスレイの方をむいてにらみつける。
「今度はてめぇが相手なのか?」
ジャックスは挑発的にガインダンをにらみつけた。
なぜだか、彼の目が無性に気に入らなかったのだ。ジャックスは自分を下に見ているような、思い通りにさせようとする「大人の目」が嫌いだった。
「やってみろよ!!」
今度は、ジャックスのほうから攻撃を仕掛ける。超人的な力を持つ彼の踏み込みは爆発的な加速力をもって、彼を飛び上がらせる。
「ふん、駄々をこねる野犬だな」
ガインダンはつぶやく。
パァンッッ!
ジャックスの右こぶしは、仁王立ちしたガインダンの無防備な顔面に直撃した。
ジャックスとガインダンの瞳はまっすぐと向き合った。
その瞬間、ガインダンの左腕がジャックスの顔をガッチリとつかみ。すさまじい速度でジャックスを地面へと叩きつける。
ドガァァァァァッッッ!!!!
凄まじい音と共に地面が割れた。
「うぉッ!」
「きゃっ」
爆風がスレイとカコの横を通り抜ける。死んだんじゃないのかというレベルの一撃だ。
ジャックスが超人的な身体でなければ確実にバラバラだっただろう。
「おいおい…これだから団長のおっさんは…」
どんびきしながらシェフがつぶやく。
「…ぐ、うぁ…」
「お、まだ起きてるみたいだな。まじで頑丈なやつだ。」
シェフは関心したようだ。
少しの静寂のあと、ジャックスにはまだ意識があった。
彼にとって、ここまで圧倒的な力の差は初めてのことだった。
頭がかすむような一撃だ。急速に彼は自身の力というものに意味を感じなくなってしまった。そして今の状況の不可思議さに疑問をもつ。その力によって惑わされた人生を。
(なにしてんだ…俺)
「ふん、中身は子どもみてぇに脆いが、身体はずいぶん丈夫みてぇだな」
ガインダンはジャックスを見下ろしながら問いかける。
「今よりもっとましになりたいと思ったら、ウチにくるんだな」
「…あ?」
ガインダンの言葉にジャックスは動揺する。自分の何もかもが見透かされているような気がした。
「ほらよ」
ガインダンは懐から《ミキーネ自警団》と書かれたクシャクシャなチラシをジャックスの身体に落とす。
「ウチは何人でも歓迎だ。ダメな奴はワシが何回でも叩きつぶすからな。」
「…この野郎」
「まあワシには一生追いつけないかもしれがな。がッはッは」
ガインダンは高笑いをして、今度は呆然とみていた私たちのところにやってきた。
「おいキャディ、ワシは自警団の仕事で忙しいんだ、これ以上仕事を増やすなよ?」
シェフに顔を近づけて話す。威圧感がすごい。
「お…おう…。当たり前だろ…」
すっかりシェフは委縮して答えた。
「お嬢ちゃん、キャディが悪かったな。こいつとヨンゲンの料理店で働いてるのか?」
「は、はい!昨日から働かせていただくことになりました」
「ワシは今ミキーネで自警団やってるガインダンだ。マスターによろしくな。仕事が落ち着いたら今度行くって伝えといてくれい」
「ガインダンさん…わかりました。さきほどはありがとうございます!」
「おう」
ガインダンはずしずしとその場を後にした。
「おい、カコが呼んだのかよ。あのおっさん…」
すっかりシェフは意気消沈している。
(あ…)
私はふと気が付いて、倒れてる男のところに駆け寄った。
男はまだ立ち上がれるような状態ではないようだ。
かがみこんで尋ねる。
「大丈夫ですか?」
「…ああ。」
「おい、カコ。そいつやばいんじゃねぇか?」
私は、どこかで彼が悪人ではないと感じていた。なぜだろうか。彼は、私のいた世界での外国の人に見える。多分。
そして、私は料理店の新たな一員として。勇気をだしてマスターのまねをしてみることにした。
「私たち、料理店をやってるんで、次はぜひ、お客さんとしてきてください…ね?」
なにか勢いにまかせて言ってしまっている。
「あっちのほうにあるんで…」
私は自分たちが走ってきた道路の方向を指さす。
「おい、オレはシェフやってるからな」
シェフが言葉をつづける。
「オレとだけなら喧嘩も付き合ってやらなくもねぇからな」
シェフはまだ懲りてなさそうだ。
「フッ…考えとく」
少し彼は笑った気がした。
「私は、カコっていいます。」
(…カコ?)
「オレはスレイだ」
「…立てますか?」
「…大丈夫だ、その内自分で立つ。」
「…ジャックスだ。ありがとな」
カコとスレイがバイクで立ち去っても、しばらくジャックスはその場で大の字に倒れ、空を見つめる。見たこともない不気味でも美しくもある空。あまりにも効きすぎた。
(意味がわかんねぇ…んだこれ…)
ヘリが落ちて気を失って目覚めてからの混乱…しかし言葉や思いとは裏腹に、なんだか自分が今、やるべきことが見つかったような気がしていた。
(あのガインダンとかいうジジイ…。一泡吹かせてやる…)
(あと、あの子…)
(シーカーなんて、飽き飽きしていたところだぜ…どうせこんな状況だ。バレやしねぇ)
自分の心のなかでいくつかの整理をつけていく。
あんな滅茶苦茶なジジイもいるし、化け物と呼ばれることも…もうないだろう。
(まずは、あのジジイに一言言って…そのあと…)
(シェフとかいうやつはどうでもいいが、あのかわい子ちゃんのところに行ってやるか…)
実のところ、あのカコという女の子の上目遣いはジャックスに効果抜群だった。
シーカーは今日で廃業。
(今は、このカオス現象ってやつに感謝だ。)
立ち上がって、自分が身に着けていたシーカーとしての装備を取り払う。
(い…いてぇ。あのジジイ…まじで…)
痛む身体をひきずりながら、巨大都市のミキーネに足を進めていった。
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